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2012年12月19日 (水曜日)

夢のことをもう少し考える

夢のことをもう少し考えることにする。あの人は果たしてどのような夢を描いていたのだろうか、問いたくなる。

◇振り返る
家に帰って母と昔のことを振り返れば、あのころの暮らしのことや苦労・苦難のこと、貧乏のことを思い出すと同時に、先に逝った人の特権のように必ず父が話題に出てくる。あの人はよそさまの人を困らせたこともあったものの、誰にも憎まれたり恨まれることがなかったのだ。人柄の良さや正直さ、表裏のない人間性などをみんなが認めていて嫌われることがなかった。その性格のおかげでか、膨大な数の夫婦の縁を世話し、晩年には依頼を受けて奔走していた。

だから、ストーブの周りに残された家族が集まって取り留めのない話を始めても、幽霊のように昔の話題に出てくるのだ。そしてその場で、あの人の夢は果たして何だったのか、と問うてみるとき、人それぞれがあの人を語れても、具体的な夢を明確に答えられる人は誰1人いないようである。ツマ(私の母)でさえ、姉でさえ、弟でさえ、答えを言い出せないのではないだろうか。

◇不思議な人
不思議な人であったといえよう。誰にも気に掛けられない人であり、誰にお節介をする訳でもなかった人とも言える。何の欲もなく、大きな夢を抱く訳でもない。自由に、まさに気ままに生きていた人だった。

併し、気の毒な側面もある。自分の夢を誰にも伝えない哀しさがそこにはあったのではなかろうか。その打ち明けなかった気持ちを誰が知り得るのか。

◇孫のこと
自分の孫はすべて見てから死にたい。さらには孫の晴れ姿を見てから知りたい、などと孫を思う心はいつの世の人にも強いものがある。あの人には孫が4人いたのだが、もの凄く大事にしたなどという記憶や逸話もない。ただし、若いころから子どもは好きであったと、あるときに母は話してくれたことがあり、孫に接する機会に恵まれなかっただけで、孫を思う心は人一倍強かったのかもしれない。

私にはムスメがいる。近くに住んでせっせと顔を見せに通うこともなかったが、父はうちの子をどう感じていたのだろうか。

◇私とのこと
母は「あんたはあの人とは(18歳までで)そんなに一緒に暮らした訳でもないから、あんまり憶えとらんやろ」という。確かに、人間味を感じるような年齢になってから暮らしたことはなく、例えば意地の張り合いをしたり物事に対する主張をぶつけあったり取り合いをしたこともない。政治の話もしなかったしニュースを話題にして何かをしゃべった記憶もない。

もちろん夢の話をしたことなどもない。小学生のころに何になりたいかと聞かれて、船乗りになりたいと答えて、高学年ころにはアナウンサーになりたいと答えたことがよほど強烈に印象に残ってたらしく、逝ってしまう直前までも、(学校にはやったのだが)「オマエはアナウンサーにはなれんだなあ」というようなことを口癖ではないものの、振り返りながら呟くことが多かった。大学時代には金も心でも苦労を掛けた。そのことを振り返り続けていたのだろう。(しかし責めたり叱ったことは1度もなかった)

◇消えてゆくもの
1973年の年末から74年の春ころに掛けて、昔からの家の脇に続いていた味噌部屋(と呼んでいた物置小屋)を壊し、鉄骨造りの2階建ての家を父は自分1人で建てた。2階に8畳間と4畳半、1階に4畳半ほどの部屋と車が置けるガレージを設けた。

建築にあたって、建物の土台のコンクリートを打つところから始まり、うちの山に行って木材を切り出し、(自動で製板する機械まで作ってしまい)柱や壁の用途ごとに弾き、階段や窓枠の設置までもすべて自分でやってしまった。(但し、屋根瓦を拭いたり木の建具で障子を作ったりするような専門的なことは職人さんに任せた)

その部屋は私が高校時代に勉強部屋として使用して、あとは物置のように使っていたが、今年の11月に解体した。

◇ひそむもの
ただそれだけであると言えばそれまでだが。併し、これを書きながら気づいたことがひとつある。

あの家は私が受験勉強に取り組み始めるころに考案され、3ヶ月ほどで出来上がって、我が家の本家を解体してもなお物置小屋として残っていた。まさにこの離れの家は、父が若きころ(私が中三のころ)に誰にも言わなかった夢のようなものを2階建てをつくりながら夢見た…ひとつの形であったのかもしれない。

解体が進む家屋を見ながら、そんなことが想像の上で蘇ってきた。

あの人は、間違いなく何か夢を、大きな夢を心に抱いていたに違いない。誰も知らないし気づかなかった夢を。


【- Walk Don't Run -】遺す言葉から

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