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2012年12月26日 (水曜日)

噛みつく

おそらくこの国の人の大勢の人が原子力発電所や原子力で電気を起こすことに疑問を抱いていて、それを停止させてでも新しいことを始める努力をしなくてはならないと考えている。私はそう感じているし、同じことを感じている人も多いと思う。

しかしながら、年末に行った選挙の結果の白黒の話をすれば、原発は推進していいのだし、幻となったひと昔もふた昔も前の経済の繁盛ぶりを夢見て、また一度豊かな暮らしを取り戻し、満足のいく毎日を送りたいと願っているという結果を示している。

昔の政治は、たとえ野暮を通せる過半数を持っていても、野暮を通す心配や不安をどこかに潜めていた。ヤクザの任侠の世界にも似ていて、考えてはいても即座に野暮ったく振る舞って品位を落としたくないし、理性と品位と見栄と義理がそこにあって、慌てずともじっくりやっつけてやろうという親分的な感覚もあった。

果たして今の政治にそんなものが残っているのか。それが不安なだけに多くの人がざわざわとするのかもしれない。

(過半数を持っていても、3分の2を持っていても)人々のことを直に見つめる温かみのある「良心」を持った政治をやって欲しいと願う。そう先日、ここで書いた。その同じころに「のんびり」の記事も引いてきて、これからの「定常化社会」を生き抜いてゆく気持ちの拠り所を投げてみた。しかし、残念なことにそのことに「噛みついた」人は誰もいなかった。

電子ツールによってネットワークに簡単に入ってゆける。そこには仮想空間が広がり、ホンモノとニセモノが混在したソーシャルな世界があり、自由に誰もが意見を述べることも、聴きいることもできる。それらを情報として活用したり、重要な知識として利用する人も出てくる。そんなことは当然で予想通りのことであったのだが、これが人々の判断基準や規範を揺るがしているのではないかという不安は拭い去れない。もしかしたら、その歪んだ「何者か」がこのたびの選挙の結果の「淀んだようなあと味」を齎したのではないか。

噛みついてくる人が少なくなった。これは、この国の人が大人しくなったからではないと考えている。端的にいえば、ネットワーク・ボケで情報ボケで、判断力を失いっていったことと、さらには、失った判断力を(何をどう勘違いしたのかどこからか拾ってきた知的そうな情報を背負ってしまって)自分の判断力は失われて行っていないと思い続けているために、この二重の失敗が社会構造をどんどんと荒らしてゆく。

簡単で、安価で、損をしないものにはすぐに飛びついたり噛みついたりするのだけど、面倒なことやどうでもいいことや金がかかることや他人のことや未来のことにはいっこうに興味を示さないし意見も言わない。考察さえしないでお任せにしている。「いかにも」な世相であるが、それを改善するには今のこの時期に飯台をひっくり返す勢いで怒りが必要だったのかもしれない。

荒れた社会を元に戻すのは(やはり本当の政治ができるのは)自民党しかないという心の底に潜んだ気持ちが、隙間から至る所で前面に吹き出した形になっている。だから、何代か前に社会を滅茶滅茶にした良心の全くなかったバカ総理や内閣ではなく、しっかりとじっくりと政治のできる人たちの「良心」に期待したい。

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