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2012年12月 8日 (土曜日)

この日にコートを出しました ─ 大雪篇

▼今年ももれなく大雪を迎える。この日から冬至までの間に冬の覚悟を決めて、そのあと正月を迎え冬を乗り切る勢いをつけて、一気に大寒を過ぎるまで全力で冬を走り抜けるのだ。まさに冬の寒さが身体の中まで染み込んでくるのはこれからだ。だから、身体中が凍てついてしまう前に春になってもらわねば、我慢の限界がきてヘタレてしまうような気持ちになる。

▼誰だって冬の寒さは苦手だろうと思う。朝、布団から飛び出すのが辛いし、服を着替えるのも寒くて億劫になる。えいやーと気合いと勢いでパジャマを脱ぎ、着替えてしまえば、そのあとはトントン拍子にお出かけの支度も進むことが多いのだが、みんなそこでもう少しだけこの温もりの中で微睡んでいたいと思い、誘惑から抜け出すのに苦労しているのだ。

▼12月になると寒さが一段と厳しくなり、朝、庭に出て植木の葉が霜で凍り付いているのを見ると、いよいよ本格的な冬を覚悟をせねばならないと思う。12月5日、歌舞伎役者で俳優の十八代目中村勘三郎さんが亡くなった。2歳しか違わない人であることにある種の無力と寂しさ、覚悟と使命のようなものを感じる。

▼大雪の朝、7日からコートを着用し始めた。特に辛抱をするつもりもないが、まだ冷たい風がシャツに吹き付けても痛々しい寒さを感じる訳でもなかったというのが延び延びになっていた理由で、二三日前から鞄を持つ手が悴むようになってきたことが切っ掛けだ。思うほどに吐息は白くないものの、寒さはぴりっと厳しい朝だった。一度着たら脱げないなと思い、これを脱ぐ春のことちょっとだけ想像してみる。

▼今年度の冬はどんなになるのだろうか。節電モードは去年よりも色褪せ華やかなイルミネーションも堂々と胸を張って輝いている。大雪の夜に東北地方・三陸沖で大きな地震があり、東日本は大きく揺れた。前の大地震から一年半余りが過ぎている。冷たい風の吹く冬に起こる地変は不安も大きくいっそう辛い。原発の被害を受けた地域や震源地に近い人たちが「原発がなければ放射線の被害はなかったし家族が離散したり古里を離れなくても良かったのに」とネットで呟くのを読むと、文明というものをもう一度最初から見つめ直し、社会を再構築しなければならないことを痛切に感じる。

▼一度手にしたものを手放すのは勇気のいることではあるけれども、科学技術の齎した幸福を振り返り、自分自身ばかりに向いている視野を周囲に転回しなければならない。高速道路の天井板の落下事故を見ても、人の奢りと横着が気にかかる。畏れる心が枯れてしまいつつあるのはやはり幸せボケと思わざるを得ない。イルミネーションを消すことがそれほど不安なのだろうか。

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