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2012年11月29日 (木曜日)

年の瀬が近づくと…

父が生きていた時は暮れになると年によって日本海の方にゆく旅行に出かけた。旅行先でブリを予約しておき、正月頃にはその土産のブリが家に送られてきた。二の腕より大きなブリだった。

父は魚が大好きで、刺身をするのが得意だった。まず包丁を研ぐことからはじめる。近所の人にも頼まれて包丁研ぎをしていたほどだったので、その技は秀逸だった。

キレのいい包丁で魚を捌くと別格の味を引き出すことができる。几帳面な人だったので、お皿に並べてもことさら旨そうに盛った。やること成すことが所々私も似ている。包丁を研がねば始められないところなど涙が出るほど私も同じ性分なのだなと染み染み思う。

冬は、温い思い出が幾つかあって、すぐには出てこないところに埋れている。静かに酒でも啜りながら思い出すのがいいだろう。

*

そうだ。毎年書いているような気がするが、しめ縄を作るのが得意だったし、草鞋を編んでいるのも何度も見た。

縄や藁を綯うてモノを作る作業は、秋から冬にかけてすることが多い。それは農業が季節に依るもので、農閑期にあたる秋から冬にが作業に向いていることや年が暮れてゆく時期が何かと物入りだったこともあるだろう。小屋に籠って地道な仕事をすることが必然的に多くなる。冷え込む小屋で、そう!、我が家では「長屋」と呼ぶ小屋で、夜なべをしてコツコツとしめ縄を編み上げる。

父のしめ縄は丁寧に作られていて、しかも美しかった。近頃はスーパーなどにもしめ縄が並ぶようになったが、父は店に出すようなことは一切せず、あれこれと世話になった人に差し上げていたのではなかろうか。

しめ縄をスーパーで買うようになったらモノの価値が金銭に変換されてしまう。しめ縄なんていうものは、一年を振り返って感謝しながらぎゅぎゅっと編み上げてゆくものだから、掛かった時間や材料などの金銭価値を生むものとはかけ離れたところで人々が感じ取る価値があって、戴いた人が薄っぺらな人であればそれだけのものになるし、厚みのある人なら立派な価値となってくれる。心を込めてお礼として渡していたのだと思う。ホンモノの良さがわかる人が少なくなった時代、最後の職人的な趣の一面を見せてくれた人だった。

子どものころはすでに蓑は姿を消しつつあったので、縄を綯って編み上げるモノといえばしめ縄か草鞋くらいのものであったのだが、馬鹿息子はその寒い土間には近寄ろうともしなかったのだから、罰当たりだったなあと思う。

草鞋の編み方を教わっていれば、私という人物も少しは違っていたかもしれない。いや、そんな人間になれもしない愚かな者だったからあの土間に一緒に腰を掛けて話を聞こうとしなかったのかもしれない。

「人間なんてのはヒトにあれこれと指図されているうちは未完成だ」と独り言のようによく言っていた父の横顔を思い出すと後悔のやり場が無い。

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