M's Zoom

  • 誕生日(健ちゃん)
    M's Days フォト

歩きの日記

  • 三野瀬駅
    あるく

BIKEs

  • 平成24年(2012年)最後の春(閏日)のKLE
    かつて
    バイク・ツーリスト
    だったころ

Walk Don't Run

  • ユース宿泊スタンプ帳
    忘却をおそれず
    記憶を記録として
    遺そうと思う

ノート

  • 車谷長吉
    ふと開く一冊の絵手紙集

写真日記(平成28年版)

  • 越乃寒梅
    平成28年の
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります

京都日記(平成27年11月)

  • 渡月橋
    京都日記
    平成27年11月篇

京都日記(平成27年7月篇)

  • 鱧のお弁当
    京都日記
    平成27年7月篇

京都日記(平成27年春篇)

  • 焼き鳥
    京都日記
    平成27年版の
    春の日記です

写真日記(平成27年版)

  • 伊達巻
    平成27年の
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります

日々是好日写真記

  • ハーモニカ
    860枚 平成18年から平成26年まで(写真日記)
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ

« ブリを照り焼きで | トップページ | 朝の散歩 (津城跡) »

2012年10月27日 (土曜日)

親の心子知らず

この言葉を私は親から直接に聞いたのかどうか、記憶にない。しかしこういう一種の説教じみた話は母の小言であるとか、父のつぶやきであったことが多い。

今、考えるとこの小言やつぶやきが、自分の踏み出すべき一歩に対し示唆に富んでいた、と思う。特に父の独り言のようなつぶやきは、反発感も抱かせず心に届いた。インパクトが弱かったこともあるので、今ごろになって響いているという後悔もあるが。

私が1977年に北海道に1人で出かけると言い出したときに、いくらかのお金と電話をかけるのに便利なようにと小銭を黙って持たせてくれた母は、おそらく私がもっともっと子どものころに、親の心子知らず、という昔の人の言葉を記憶のどこかに棲まわせたのだろう。

77年の旅日記の冒頭にこの言葉を引用して、見送ってくれた親たちに感謝をしている。だが、感謝の本質を改めて問うならば、あのときの感謝は感謝ではなく,教科書に書いてある程度の表明のようなものであったのではないかと反省する。

私が難儀な子どもだったから育てて行く未来に希望を持つしかなかった。しかし、なかなか舵を取れない息子に対し、ある種の諦めのようなものを伴いつつ、自分の思うようにならない子どもに向かって溜め息混じりで、「親の心子知らずというやろ」と母はつぶやいていたのかもしれない。

私の母は父を生まれてすぐに失っていたので、不幸にまみれた自分の心を息子に伝承させないためにも、母としての努めを果たそうとした。

親の心を子どもは知ることなく、ゆく果て制限のなき所まで、枠などを感じずに羽ばたかせてやりたいという気持ちと、そういってみても貧乏だったのでそうもできないという悔しさとの狭間が存在し、母はおそらく、親の心は必ずも子どもに伝わることがよい訳でもなく、時期が来れば自ずから分かり合えるものだと考えたのだ。

では、いったい私たちはいつになって親の心を知ることになるのだろう。

若い時代には知ったような気分に陥り、ヒトは親になって初めて親の心を知ると悟り、さらに親を亡くしてさらに本随の親の心の原点に触れるとも考えるようになる。つまりは、親心などというものは、何ひとつ子どもには伝えることができない、のではないか。

いつの時代になってもそうであるが、オヤジの背中という言葉が哀愁を持ったテーマであちらこちらで取り上げられるように、背中は大いなるものを伝えてゆく。背中のほかにも、言葉でもなく書物でもないもので、「子知らず」であったはずのものが伝わってゆく。一種のオヤジの哲学のようなもので、DNAではなく空気感染をするのだと感じている。

そういうものは、きちんと伝わると越えることはできないのだが、曖昧に伝わるから親父を飛び越した大物も生むことができる。つまり、このように物理学のエネルギー理論にそぐわない伝承が世代の受け継ぎの中には存在する。

しかし、昨今はこの事象でさえ、合理化、数値化されてしまって、ひと回り大きなものを生むチャンスを失いつつあるように思えて、いささか家内くなる。トンビはタカを生む。これが親心というものなのだ。

父親は役割を失った…のではなく、どんな父親であろうとも必ず役割を果たしていて、受ける側の方が受身体制を一段と強め、柔軟性や貪欲な向上心、成長しようとする自己増殖細胞のようなものをなくしつつあるために、自分をひと回り大物になることができないのではないか。

親の心子知らず、という苦言を常にその年齢に相応した形で肝に銘じ続けることがこの言葉の目指すところではなかったのだろうか。そして、子は何ひとつ親の心を形にしては受け継がないのだろうと思う。


【- Walk Don't Run -】遺す言葉

« ブリを照り焼きで | トップページ | 朝の散歩 (津城跡) »

【- Walk Don't Run -】」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/46088/55982617

この記事へのトラックバック一覧です: 親の心子知らず:

« ブリを照り焼きで | トップページ | 朝の散歩 (津城跡) »

フォト
2018年12月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31