2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
フォト
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ

京都日記(平成27年7月篇)

  • 鱧のお弁当
    京都日記
    平成27年7月篇

京都日記(平成27年春篇)

  • 焼き鳥
    京都日記
    平成27年版の
    春の日記です

京都日記(平成27年11月)

  • 渡月橋
    京都日記
    平成27年11月篇

« (京都検定の話題になって) | トップページ | 父の帽子のこと、母のこと »

2012年10月31日 (水曜日)

金森敦子 芭蕉はどんな旅をしたのか

芭蕉はどんな旅をしたのか。

まあ、そういう本なのだが、その裏にある様々な人間模様のなかで生まれてくる旅というものに対する見方の違いに拠っても面白みや着眼点が変わる。生活スタイルを日常から歴史的な線上で捉えようとしているならば、この書籍の面白さは計り知れないほど深くなる。

この作品の前に「関所抜け江戸の女たちの冒険」を取り上げました。あれはこの「芭蕉は…」の布石のつもりでしたが、「関所抜け…」の作品のほうが関所という特定の機能をもとにして紐解いてゆくので、中身が濃くて完成されているように思えます。ですから、資料的要素の高いある意味では高尚な作品だったと感じます。しかし、この「芭蕉…」が詰まらない作品だったとは決して言えなくて、引用文献は非常に広い範囲に及びますし、タイトルとは違って、江戸時代の旅の民俗学のような感じでしょうか。

金森さんの視点に揺らぎはなく,二つの作品の差は、興味の発端に違いに因るものではなかろうかと考えます。

「奥の細道」は、一種の現代人が持っている旅の憧れの完成作品のひとつであり、東北という地域やルートにしても時間にしても、途上の味わいにしても夢を叶えるひとつの形であります。ですからそこを芭蕉がどんな旅をしたのかということには興味がある人も多いはずです。旅人の目線で資料を読んでゆくわけです。

江戸時代は貧しかったにもかかわらず、お金もないのに、割合は高くはないにしても幾らかの人が全国を股にかけて旅をしました。この好奇心には凄まじさがあります。日本を回るなんてのは、現代の海外旅行より思い切った行動です。

馬車は日本にはない。だから、車の轍はないわけで、泥田のような狭くて凸凹した街道を、乞食のような纏で歩いてゆく。道行く先には盗賊がいて不安は多い。関所は厄介だ。川を超えるのもひと苦労だったに違いなく、渡しを使えば金がいる。僅かな金を工面して旅をするにしてもあれこれとお金がかかる。銀行はない。言葉は通じないことが多い。天候に左右されながら、健康を気遣い、国を跨いで旅をする。

これは、現代人が考えるような甘くてロマンに溢れたようなものではなく、修行のような旅だったのかもしれない。何故旅に出るのだろう。人間の本能のようなものなのだと感じざるを得ない。

通貨が流通していない時代です。経済という概念はささやかながらあったのかもしれないものの、人々が生きていられるのはお互い様,というような感覚で暮らしていたのだろう。そうはいっても,いいこともあれば世の中には腹の悪い人間もいただろう。そういう、結構ドロドロとした面と純粋な面も持ち合わせた社会は、現代社会とどんな風に違っていたのだろうか。そんなことを、江戸を旅してゆく資料から感じ取ってゆく。

金森さんの本には髪を結うにも(例えば)20文と書いてあっても、それが今の時代に幾らの換算かの解説は一切なく、読みながら身体で感じ取ってくださいという感じである。だから、関所を越えてゆくときも、街道を駆けてゆくときも、その時代に人の気持ちになって、読んでゆく。道案内に何百文も払う。命の保証、この先の情報に対する不安は、想像を絶するものがあります。

僅か2-300年の過去のことなのにこの国の文化は信じられないほど姿を変えてしまった。その変わる前の世相の中に飛び込んでゆきたい。言葉にしても振る舞いにしても全く違っただろうし、人々が、存在さえ知らないような概念とどのように付き合っていたのか、などを文献を読んで知りたい。そこには必然的に信仰や神の姿が現れ、畏敬に満ちた姿があります。

現代社会はここまで荒廃しながらも、快適で豊かな暮らしを求める未来志向を持ち続けている。そのくせ、そのことに対して何故かしら不満があって、どこかを直してゆきたいと大勢の人が常々考えている。だからこそ、江戸の時代に戻ってもう一度考え直すことをした方がいいのではないかと強く私は思った。文明というものを見つめ直してみることで、解決の糸口を掴みたい。そう期待するわけです。

もっとたくさんの人に、こういう作品に触れてもらって、私たちの暮らしの原点を純粋に見つめたい。そうしないとこれからの未来は良くならない、とこの作品を読んで改めて感じます。

芭蕉はどんな旅をしたのか

« (京都検定の話題になって) | トップページ | 父の帽子のこと、母のこと »

BOOKs【読書室】」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/46088/56013226

この記事へのトラックバック一覧です: 金森敦子 芭蕉はどんな旅をしたのか:

« (京都検定の話題になって) | トップページ | 父の帽子のこと、母のこと »

写真日記(平成29年版)

  • 肉じゃが
    Days29
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります

M's Zoom

  • チキン南蛮
    M's Days の
    フォト日記
    ぼちぼちと

写真日記(平成28年版)

  • 越乃寒梅
    平成28年の
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります

写真日記(平成27年版)

  • 伊達巻
    平成27年の
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります

日々是好日写真記

  • ハーモニカ
    860枚 平成18年から平成26年まで(写真日記)

BIKEs

  • 平成24年(2012年)最後の春(閏日)のKLE
    かつて
    バイク・ツーリスト
    だったころ

Walk Don't Run

  • ユース宿泊スタンプ帳
    忘却をおそれず
    記憶を記録として
    遺そうと思う