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2012年10月22日 (月曜日)

なぜ、ひとり旅なのか  花も嵐もⅡ その26

ひとり旅を続けていると、同じように旅を愛する人たちと出会い、言葉を交わし、ときには友だちになれる。

そこには人それぞれの事情があってひとりで旅をしているのだと思う。単に友だちがいないのではなく、ひとりを選択している人がほとんどだ。

都会の雑踏から逃げ出してきている人、仕事で受ける重圧で苛まれた自分自身を慰め労るためにやってきている人、何かを考えるために真っ白の世界を見つけにきている人など、様々な人々が旅という共通のカテゴリーの上ですれ違い合う。

たき火をしながら、夜空を見上げ、緊張のときほぐれた自分を見つめて、旅のことを考えるときに、多くの人は、ぼそっと「逃避ですね」と口を揃える。この「逃避」という言葉には途轍もなく深いものがある

本当は逃避してはいけないことを知っていながら、逃げている自分を許している人。あるいは、逃避するのもいいじゃないか、また元のところに戻る覚悟はあるさ、という人。

元気が出たから戻って行くよ。また、逃げたくなったらいつでも来ればいい、と考える人。いつまでもどこまでも逃げて行きたい、と真剣に考えている人。

何も考えないで、時間が過ぎてゆくのを、儚く淡い酔いに任せて、たき火を見つめ、過去を振り返り、未来を語っている人

ひとりで飛び出すだけで、同じ地面でつながって,一本の道を行けば辿り着けるところにいながら、誰も追いかけてこないユートピアみたいなとこにすっぽりと収まることができる。

ひとり旅かい、勇気あるね、と声をかけられたことがあった。そうなのだろうか。いや、確かにそうかもしれない。

日常社会のなかで、私たちは勇気を出せずに縮こまっているのかもしれない。縮んだままばっかしではカラダがおかしくなってしまう。息をするのと同じように、瞬きをするのと同じように、私たちソロツーリストは、あるとき、ふと、ひとりの旅に出る。

しかし、勇気なのだろうか。自分の行く方向を決めて足を踏み出すこと。その着地点が真っ暗闇でも、スリリングでありながら確信があって、自分のスタンスがわかっていれば、空を飛んでいる鳥と同じように、大丈夫なんだなと思う。

舞い降りる地面を探すというけっこう難しい技も学んでゆける。

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