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2012年8月 6日 (月曜日)

夢を叶えてくれるのは、夢のエネルギーではない

余りにもおバカな手紙で
出せなくなってしまって
ここに捨てることになった。。。。
──────────────────

Aちゃん
先日のSkypeは非常に楽しかったね。

おでこが光ってるのもわかる、というようなことを言ったら、いくら友だちでも気を使え、と思わせたみたいで、少し無口にさせてしまったようで申し訳ない。ただ、前が光るか、後ろが光るか(僕)の違いはあるけど、光ったほうが当たり前で、光ってこないほうが恥ずかしいのだとこのごろつくづく思う。

詰まり、発毛剤、育毛剤、植毛、増毛で馬鹿みたいに騒いでる連中を見てると、売りつけるほうも、売りつけられるほうもアホそのもので、人間の生き物としての尊厳を取り違えているとさえ思う。世の中のばかげた風潮に対して、結構まじめに怒りを持っている。もしもサルが禿だったら自分を恥ずかしいと思うか。サルでもこだわらんことに、馬鹿みたいこだわるなよ、といいたい。というか、そういう風に世の中の流れを作っているや面や文化的な側面、経済学者も一緒になって経済効果を叫び、政治学者も巻き込んで自由主義社会を主張することに、私のように本当の自由主義社会論者は怒りを持っているのではないだろうか。

ボケ経済学者、くたばれ、と常々思っているが、社会は変化しない。国民はボケに翻弄されている。

さて、怒りは、ボケに関係することに向けられている。

科学技術が作り出したコンピュータ社会や化石燃料を不必要に、しかもいつまでも固執しながら燃やしてニセの快適社会を作って満足する現代社会のことを考えると、メラメラと怒りが燃える。

・コンピュータ化された社会
・情報化された便利な社会
・婚活、就活などという言葉が普通にメディアに出てくる社会
・遺伝子組み換え技術、そのもの
・原子核工学、とその応用
・IPS細胞
・延命治療の進化
・精神科学と心理科学の体系な進化がもらす新・精神病

しばらく考えてれば幾つかまだ思い出すものもあるだろうけど、その辺で終わりにしておく。

東京では、原発稼動反対することを呼びかけるデモと称するイベントが毎週金曜日に盛大に行われているらしい。
総理大臣や政策を考えるのに毎日眠れぬ夜を過ごしている人の側から見たら、イベントは何ぼやってもイベントで、政策を遂行しようと知恵を絞る人たちには何のヒントも与えないのではないだろうか。

デモをするには策略や政策が必要だ。その最低条件というのが、論座の逆転させて政策実行する策が練れるか。相手の論座からの相手側からみた傷みを理解しているのか。

幸せボケや快適ボケになっている自分たちが、それを既得権としてさらに世の中を改善して、私たちのためのことを考えて最善を尽くし事態の打開を図ることを提案するのは大いに結構ですけど、今の社会に欠乏しているのが、これらの局面を勢いで打開(昔風に言えば一種の多数決論理のようなもので打開)して行こうとするのは間違いだ。

デモをすることや民意を高めることは大いに結構だ。しかし政局を動かせるほど厚みを感じないし知性も論理もみなぎることがない。もちろん一部の知識人たちや理論派の方々は立派であるし、この人たちが先導して世の中を変えてゆかねばならないと思うものの、肝心の群がるパワー軍がスカスカという感じ。だから・・・・というわけでもないが、イベントといわれてもおかしくない。

原子核理論なんてのは、人間が頭の中で考えた素晴らしいことであるのは理解するけど、遺伝子組み換えなどでは抑制が掛かったのに、どうして原子力をエネルギーに使う応用段階でブレーキというか、人道的倫理的な抑制が掛からなかったんだろうか。目の前の明るく輝かしい幸福で快適な未来社会に目が眩んだんだろうか。貧しくて不便で寒くて痛くて苦しい暮らしから脱出することの夢を真っ先に叶えてくれるのは夢のエネルギーだった。

今考えると、そこでストンと潔く諦めて、継続を解消することを考えなかったのは失敗であった。今からでも遅くないのだから疫病を封印した過去の歴史の呪いのように、夢の科学技術を封印すべきだ。そして、人間の宇宙を解明する知識や科学のチカラが、銀河系レベルから見たら、ミミズの脳細胞に思考程度なんだから、夢のエネルギーの技術に手を染めるなんてことは、神の域を犯すに匹敵するのだと、今からでもいいから思うべきなのだろう。

まあ、このように、人は「もっともっと不便になって工夫をしながら暮らさねば・・・・」というと大勢の怒りを買うのだが、人間の本質に戻ってエネルギーと付き合い、文明を拓いてきた何十のステップをもう一度戻って、暮らしを考え直すところから始めることが必要な世紀を迎えている。そのことまで深く掘り下げてエネルギーを見直すことで初めて原子力エネルギーというものを幻のエネルギーであったと言い切ることができる。

スマートグリッドを考え直すこと、風のエネルギーのマイナス面といわれていることをいつまでもマイナスのままで放置して、経済的とか投資効果などという便利な言葉で言い訳をするのをやめて、滅びた文明が生き返ってゆく物語のように自然エネルギーと向き合うことを考える社会を作ることが大事であり、デモのようなイベントやってないで、NHKやその他の放送局の放送時間を11時で打ち切るとか、電車は12時で終わりにするとか。始発は4時から走らせるとか。
国民総IDの時代なんだから、こういうところにITの技術を使って、国民の生活管理を一括管理して、早朝に電車を利用したり昼間に節電したり、不必要なテレビを見ないような協力的な国民を、救い上げてやる政策が必要だ。

年金だって不足ばかりを叫ぶけど、払った以上に貰う人はゼロにしてしまわねばならない。大企業や歴史的企業のOBたちや公務や教員などのOBが自分たちが払った分だけ貰ったら後はもらえなくすることで相当の年金が残る。もらえないまま早逝してしまう人には誠に申し訳ないけど、年金とはそういうものだったはずだ。

得をする既得権は、他にも山積していてそれらを刈り取ることが大事なんだが、国民は目の前の利益と快適さ豊かさ感覚(満足感)に溺れている状態で、国家が心理的にも豊かな心で満たされることは並大抵のことではない。

(中途挫折)

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