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2012年6月 2日 (土曜日)

もっと遠くへ ─ 花も嵐もⅡ その11

もっと遠くへ、と私は考えた。何故、信州を目指したのだろうか。

卒業の前の年に同僚の井上と一緒に峠越えの旅に行ったときの印象が残っていたのだろうか。旅心は、私を未知なる場所へと誘ってゆく。

温泉に出会い紅葉に感動し地産の味を堪能して走り回った。でもそれだけではなかったようだ。地図を見て、山の稜線を越えてゆくクネクネ道を想像すると血が騒いだ。

散々走り回った挙句、近頃は面白くないと思うようになり、バイクをいったん降りることにしたのは、行く果てに魅力がなくなってきたからだと思っている。

行き尽くしたわけではない。美味しいものがなくなったわけではない。秘湯がなくなったわけでもないのだ。私が地図の上で夢を描くことができなくなったのだと思う。

情報が充分に提供され、旅の結果に当たりハズレという感覚もできてきた。行く前から筋書きが出来上がり、ひとつしか正解はないと思えてくることもある。ココに行けばコレしかない、というようなスタンダードができてきている。

天候にしても、空を見上げて雲の流れを見て考え込むことがなくなった。道は、高速道路で出発地から目的地を繋いでいる。道草はしないし、そのような発想は考えにも及ばない。時間に無駄も許されないし、ルートに冗長性もない。スタイルも画一化されてきて、誰もがどこかの雑誌から切り出したように装い、贅沢に金をかけたバイクに乗っている。本当にバイクの旅が好きかどうかも怪しそうな人もいる。

これらは、旅の姿だけではない。日常に溢れている。受験、就活、婚活、飲み会、仕事、果ては健康管理にもこのような考えが浸透している。

峠の向こうには、まだ行ったことがない町があって、見たことのない道がある。噂にもならない温泉や食い物があって欲しい。そして、同じように旅行く人々は、そこで情報をかわし交流を深めてゆくという私は、もはや昔の(歴史上の)旅のスタイルを大事にしすぎているのだ。ピースが廃れて行った理由もこのあたりにあるのだろう。

美しい景色や単に美味しい食い物なら、本や雑誌で見て人が溢れるレストランで行列に並んで食えばいい。

そうじゃなかったのだ、私の旅は。

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