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2012年6月18日 (月曜日)

科学技術は誰のためにあるのか ─ 6月中旬号

●●はじめに

今年は例年通りの時期に梅雨入りとなったようですね。

これからは、肌寒い日や蒸し暑い日が織り交ざりながらやってきて、やがて暑い夏になっていきます。

さて、今年の夏も節電が叫ばれています。みなさまの節電対策はいかがでしょうか。

先日、80歳を回ったお年寄りと電気がないと不便でしかたがないなあ……と話をしておりましたら、その人が子どものころの電気の話を聞かせてくれました。物を冷蔵して保管するのは夢であったころのことで、冷蔵庫などは何処にもなくテレビや洗濯機もまだまだ家庭に普及するずっと以前の話のことと思います。

電灯というものが珍しいころのことでしょうか、家の中なのか街灯のようなものなのかははっきりしませんが、そこには小さな電球があって昼間は消えているのだけれども、夕方になって暗くなるとポッと勝手に点いたものだ、と懐かしそうに話してくれました。明るいうちは田や畑、山へ仕事に出かけていて、暗くなって家に帰って一息つくころになると、昼間は電気などきていないのだが、夜になったら暗くなるので電灯が点いたのだ、というお話でした。

別にただそれだけで、細かいことを追求する必要もない話ですが、人々の暮らしが現代とはまったく違い、電気というものにそれほど依存していなかった時代があったということでしょう。明かりはロウソクか薪か月明かりくらいのもので、涼をとるのも暖をとるのも人が考え出した知恵や工夫だけであった時代です。

現代の私たちにとって電気を失うことは辛いことですが、視点を変えることで昔の人のように知恵を働かせ工夫ができれば、節電に貢献できるかもしれません。

当庁の玄関前のゴーヤも梅雨を迎えていっそう元気に伸び始めました。今年は去年以上に緑をアピールしているように見えます。知恵や工夫を掘り起こす着眼点から見直して、じっくりと考えてみたいと思っています。

●●あとがき

三重大学・環境・情報科学館で四日市公害訴訟の判決40年を記念した写真展が6月に入って始まりました。写真展は7月31日まで開催されています。四日市再生「公害市民塾」の沢井余志郎代表(83)が所有する50枚の写真などが展示されています。

1960年代から70年ころにかけて、四日市市にあるコンビナートは、真っ黒の煙を噴き上げ、空は現在のように青くはありませんでした。そのころの空気の匂いや住民が企業に抗議するようす、裁判のニュースなど、もはや、ほんの一握りの人だけしか知らない時代になっています。

この展示のほか、数々のサテライトでのイベント展示や環境学習センター(四日市市)での展示を見て痛切に感じたことは、これらの記録は、1つの歴史事件として捉えるだけではなく、科学技術史におけるこの出来事の必要性や必然性を考え、その半世紀の後に私たちの成し遂げた技術がもたらした豊かな社会とその副産物、さらには社会システムや環境学などあらゆる面から見つめ直し、統合的に考察することが必要なのだ、ということでした。

分業化や効率化でビジネス市場が巨大化し、経済がめまぐるしく発展を遂げる一方で、私たちの身近な物を生み出す農林漁業やお互いが助け合う社会が衰退し、物を粗末にしたり使い捨てる文化があたり前になり、そして「モッタイナイ」(MOTTAINAI)という言葉が世界の共通語になっていきます。

公害というものを産んだ歴史上の1つの発展期の記録を見るとともに、もう一度、さらに長い目で科学技術史を振り返って、本当に私たちの未来にかけての豊かさを実現してくれるものは何か、を考えてみることも必要ではないでしょうか。

展示は7月31日まで三重大学構内で一般公開されています。夏休み(夏季休暇)を利用してぜひ行ってみてください。

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