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2012年5月25日 (金曜日)

今宵は100回目。レイクス、コンサート

レイクス コンサート

レイクス コンサート

第1回目のマンスリーライブには出させていただきました。2回目も出たかな。
あれから100回まで。12で割れば・・・・歳月人を待たず。

いろいろ楽団を渡ったけど、ここの譜面が一番素晴らしいアレンジです。
(またここでやりたいなと、ひっそり思ってみたり)

早いねえ。
今夜、聴きに行きます。

2012年5月24日 (木曜日)

からあげ

から揚げ

から揚げ

5月24日 (木)

から揚げを並べて貴方を待ちきれない 
摘み食い人差し指だからなお美味い

ねこ作

うなぎ

うなぎ

うなぎ(5月20日 日曜日)

内緒なのこの前うなぎを食べたこと ねこ作

2012年5月23日 (水曜日)

ユウゲショウ(夕化粧)

ときどき、勝手気ままに拝見しているこはるさんというかたが 名前がわからないといって、 花の写真をアップしておいででしたので 少し調べてみたら、出てきました。

アカバナユウゲショウ、というらしい。 合ってるかな。

名前は?

ユウゲショウはぐれ雲みてキミを待つ ねこ作

思わずそんなことを書いてしまう私ですが
調べてみるとこの花は、マツヨイグサの仲間にも近いらしい。

真っ赤でなく、淡く咲くところが可愛らしい。
ユウゲショウ(夕化粧)という名前がなんとも過去を擽るようで・・・。

久しぶり、ぶり

久し・ブリ

久し・ブリ

5月23日 (水)
小満すぎて貴方に会うのも久しぶり ねこ作

2012年5月16日 (水曜日)

山本 兼一利休にたずねよ を、ぼちぼちと

懐から袋を取り出した。美しい韓紅花に染めた麻の上布だが、すっかり色褪せてしまった。
なかに小さな壺が入っている。
掌にすっぽりおさまる緑釉の平たい壺で、胴がやや上目に張っている。香合につかっているが、すがたは瀟洒で、口が小さい。もとは釈迦の骨をいれた舎利器だったかもしれない。
全体にまんべんなくかかった緑釉に、深みと鮮やかさがある。
よく晴れた夏の朝、海辺に出て濃茶を練ったら、こんな色に見えるだろうか。
気の遠くなる歳月をへて銀色に変じた緑釉の景色は、見ているだけで、顔もこころもほころんでくほどやわらかい。
緑釉の色味が、唐三彩の緑よりはりかに鮮烈である。おそらく、何百年もむかしの高麗の焼き物であろう。
あの女の形見である。

山本兼一 利休にたずねよ  (P21から)


山本兼一 利休にたずねよ

山本兼一 利休にたずねよ

少し前に買ったので
読み始めました。

井上靖 孔子
を再読しているので、2冊並べて読んでます。

時間掛かりそうですが、大事に読む価値のある2冊です。
昨今、こういう美文に出会えない。

井上靖 孔子

井上靖 孔子

夕暮れや飛行機雲が見たくなる ─ 5月初旬号

5月7日(月)

▼微笑んであなたの泡に酔いしれる

ビールの季節が近づいた。
そういうトキメキは大事なのだな。

ビアガーデン。
最後に行ったのは20年以上昔のことだ。

5月8日(火)

日差しが夏めいてきたので、
駅まで歩く道のりの緑が生き生きしている。

▼雑草の茫々たるや露纏う
▼青苗に日差し優しき車窓かな

表面張力の緊張の中で
弾け落ちないで揺れている水玉を見ていると
がんばれ、といいたくなる。

麦の穂が出ているのに気が付く。
あと1ヶ月か。

▼もう居ない貴方の心のバラの花

どこかの家の軒先で綺麗な花壇をみたことが
とても強烈に目に焼きついているのだ。

初夏の花を切って、花台に活ける。

その人と二人並んで花を見つめている私を想う。

▼草を噛んでヤギのお乳を思い出す 
▼おはようございます。視程6キロ

この日は6キロほどだったのか。

どんよりとしているけど、
夏の風が吹いていたのだろうな。

5月11日(金)

▼はなきんと言うことばのノスタルジー
▼母の日や気は合わないのだけど顔を出し
▼母の日と太筆で書く、丸を打つ
▼新しい筆を買おうか、母の日に

今度の日曜日は母の日だというのだが
とりわけ、私は母と話すこともなく
酒飲みのぐうたらな話は聞きたがらない。

そういえば、私の父は、
そういう理屈じみた終わりのない話を
一切しなかった人だった。

5月13日(日)

▼夕暮れや飛行機雲が見たくなる
▼日暮れどき子どもの声も赤くなる
▼茜空きみも見上げる伝言板
▼キミとボク赤い夕日の美術室
▼約束は指切りでなくうふふのふ
▼ははの日やハハハうふふの八十一

インドアな生活をしている。
出歩くことに心が飛び跳ねなくなってしまって久しい。

しかし、インドアにいても
老眼のせいで、
読書が昔ほどてきぱきと進まなくなった。

あらゆるものが
終焉の準備を始めているらしい。

5月14日(月)

▼爽やかと毎朝言うて君に会う
▼雨だってやさしく降れば好きになる

県庁の下の坂道のツツジが咲き始めた。

いえ、その花をみて
毎年、同じことを思い出している。

▼ツツジ咲く、それは昔のプロポーズ

夕暮れが待ち遠しい季節だ。
でも、なかなか、秋のように鮮やかに晴れてはくれない。

梅雨を控えたアンニュイな季節かもしれない。

▼あかね空貴方の赤を独り占め

5月15日(火)

▼ひっそりと寂寞なりや月もなく

解説不要。

5月16日(水)

▼おおおおお!恋愛運が高確率!

というわけで、5月の後半が始まってゆくのだった。

怖くないやさしいエネルギーに巡りあう

大型連休が終わるころ、遅れ気味であったサクラや梅前線も北海道に到達したようです。初夏を迎えて鮮やかな色や甘い香りを誇らしげに漂わすツツジや藤の花が盛りです。・・・・と書いている間もなく夏は、早足にやってくるのでしょう。あと1ヶ月もすれば、伊勢湾岸を南北に走る列車の車窓はこがね色の麦畑と青々と育つ稲田とのコラボレーションに変化してゆきます。

環境活動のイベント情報には、夏の講座が満載です。とりわけ、一番身近なところでは「金環日食」の話ではないでしょうか。「どうぞ、お見逃しなく」という案内が活気を帯びてきました。

ときは、5月21日。前回は沖縄などで1987年9月23日に観測したのが最後で、次の機会は、2030年6月1日に北海道まで行かねばなりません。18年先のことになります。さてさて、お天気はいかがなものか、と心配をしますが、こればかりはどうにもなりません。

これを機会に環境活動のイベントに眼を向けてみる。すると、ふだん知らないことの中に愉しいことがたくさんあることに気付く。そこでこれらの活動を通じて暮らしと自然とのつながりを再認識して、森や空や水に感謝をする気持ちが育ってゆけば、きっと、怖くないやさしいエネルギーに巡り会えることになるだろうし、暮らしにもゆとりが出てくると、そう願ってこの仕事を続けている。

●●

編集原稿は、発行の前月末ころにイベントなどの主催者のみなさんが届けてくれるのですが、編集に取りかかりますのは毎月10日を過ぎるころからになります。今回の記事の中に「樹木医の視点で木を観てみよう」(上野森林公園)というものがありましたが、〆切が5月中旬で、応募者が多数であったこともあり、このメルマガが発行される前に満員になっていたようです。

メルマガでは、県政だよりやホームページよりもいくらか柔軟に情報をお届けしたいと考えていますので、空席のようすなども掲載できたらいいなと思っています。読者のみなさんも気兼ねなくイベントの空席情報を電話やメールでお尋ねください。もしかしたら、最新情報にも書けないようなキャンセルなどがあるかもしれません。

2012年5月13日 (日曜日)

覚悟

どんな問題にせよ、いきなり易を立てるということはしない。占い師は判断を最初から請け負うわけではない。判断は迷いの段階で君主によって、またはその他の官僚たちによって、軍人によって、充分に練られ細部まで考えつくされていなくてはならない、関わりを持つ者がそれれぞれの立場で考え、議論を重ね、すべての可能性の筋を読み、迷う。そして最後の最後に、その熟慮の果てに、人間として考えを絞りに絞ったあげくに、二つに一つを選んで悔いないために、易が立てられる。筮竹を絶対に信ずるという覚悟が全員にないかぎり易は立てられない。人間の言うことではどうしても疑いが混じる。だから、人の心の入らない筮竹というものに頼る。易とはそういうものだった。

池澤夏樹 真昼のプリニウス P212

立ち読みの収穫 ─ 島田裕巳 映画は父を殺すためにある

ちょっと、コヒーブレークね。

昨日、時間が余って1時間ほど立ち読みをする機会があった。
面白い本だったので紹介しよう。
島田裕巳は「浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか-幻冬舎新書」も書いていますね。

島田裕巳 映画は父を殺すためにある

島田裕巳 映画は父を殺すためにある: 通過儀礼という見方

立ち読みをひとしきりした後 ふと別の棚を見ると面白い本が。
結局この本を買って帰ったのですが。

山本兼一 利休にたずねよ

山本兼一 利休にたずねよ

2012年5月11日 (金曜日)

風を感じる

少し前からときどき、風のフォトスケッチというブログに立ち寄る。
何の縁もないといえばそれまで。FACEBOOKの友だちの友だちの……と辿ることもできなくはない。

津波の来る(地震の起こる)朝に、女川の観光協会のブログを見て、町の景色の素晴らしさを愉しませてもらい、明日はお祭りなんだなあ、と思っていたのに、地震が来てなくなってしまった。

あの日の午後、職場では議会中継のテレビが付いていたが、地震直後にニュースに切り替わった。そのニュース映像を見ながら真っ先にYさんを思い出した。街は確実に丸ごと流されているはずだった。彼の安否を心配する時間が過ぎてゆくなか、ネットに安否問い合わせを書いているのも発見したし、とても心配な日々が続きました。

いまだにご苦労な思いをなさっている方がおられるのを思うと、ヒトとして最大限の知恵を絞ってこれからのみんなのために前に進まねばならないのだと痛感する

*

写真スケッチの中には、風が吹いている。
山も海も木々も、知らんふりして風に吹かれているのだが
カメラは容赦なく、風が吹いている地上の音も静寂も、人の叫びも、的確に捉えている。

宇宙という想像もできないほどの大きいものの中にある、波長の長い生命を持った地球という星の上にある小さな島の、その片隅で生きている私たち。

サクラの花が咲き始めた日を日記に書きとどめ
鶯の啼いたときにうたを詠み
ツツジやフジが香りを放てば、大きく息を吸う。

少し前の日記に、サクラの花は嵐で散ってしまったのを見て、「あの花たちは散りたくなかったのだろうか」と書いた。

きっと、ヒトだけがそんなことを考えるのだろう。

2012年5月 9日 (水曜日)

雨あがりの庭で

雨あがりの庭で Ⅰ

雨あがりの庭で Ⅰ

雨あがりの庭で Ⅱ

雨あがりの庭で Ⅱ

雨あがりの庭で Ⅲ

雨あがりの庭で Ⅲ

午前中、雷が鳴って、雨が降った。

母の日も近いので
ミスタードーナッツで
ポン・デ・リングを3個、買うて
会いに行った。

竹の子ご飯と
ウドを
ご馳走になって
庭を散策して

会話はほとんどせずに帰ってきた。

これでいいのだ。

鯖街道 ─ 花も嵐もⅡ その10

【鯖街道】

京都市から日本海に向かって北上する街道には、周山街道のほかに鯖街道がある。この歴史街道のみちのりは、北山の山奥から国境の杣道を通って行くものであったのだろうが、人の往来が激しくなり、荷車や馬が使われたりするようになったこともあって、街道は朽木村のほうへと遷移してきたのではないか。

歴史街道である。

羽柴秀吉と柴田勝家が賤ヶ岳で戦ったときに、秀吉が京都へと必死の思いで逃げ落ちる街道としても有名だ。

1984年から1989年ころにかけて、まだまだこの朽木はたいそうな山の中であった。京都市内から向かうとすれば、三千院や寂光院で有名な大原を通過し途中越へと向かう。途中のトンネルは随分と後になってからできたので、そのころは旧道で越えた。

さらに、花折峠を越えてせせらぎは日本海のうほうへと流れはじめると道路は緩やかなくだりとなり、渓流に沿いながら朽木村を目指して狭い国道をゆく。賤ヶ岳で戦いのころに、数名の武将を連れこの山岳地帯を必死で今日に向かった武者たちの姿を想像しながら、鄙びた集落のなかを道草をしながらゆく。

鯖を背負うて若狭湾から京の都へと昼夜を問わずに昔の商人たちの苦しかったであろうその時代の暮らしぶりなどにも、タイムスリップできそうなほどの山中だった。

日本海は遠かった。

バイクで走り回るというだけではなく、私なりの愉しみをもち、村に佇み、人と言葉を交わし、道端の鯖寿司店を見つけて家に持ち帰ったりした。店はやがて有名になってTVでももてはやされるようになったりするのだが、私の旅が求めるものとかけ離れるにしたがって店に通うのも遠のいてゆく。

道は拡幅工事を施され便利になり、車が増え、村は栄えてゆく。日本海は近づき、味はすべての人のもとにと届く。

村の産業が栄え、人の暮らしは潤い、人材の流出も少しは防げる。しかしながら、犠牲にしたものもあるかもしれない。都会の尺度になじんでしまうのは寂しいと感じ続けている。

2012年5月 6日 (日曜日)

その昔、せっせっせーのよいよいよい ─ 黄金週間号

4月28日

▼取って置きのエンピツで試す言葉は秘密

iMac が私の勉強部屋に来たのだ。
ムスメが買って、ムスメのものであるのだが、
私のアカウントも設定したの。

トラックパッドのノウハウとか、ショートカットとか。
いろいろ教えて欲しいことが出てくると思いますが。
……と友だちを見かけたらお願いしている。

(買ったことをアピールしているようにも取れるか)

でもまだ
電源ボタンもどこか知らんし
天気はいいし、
暇やし。
脳みそ、腐りそうやな。

そんなことを呟きながら、連休初日が過ぎてゆく。
まあ、これをあと、6日言えば連休終わってくれるか。

4月29日

▼暇すぎて哲学者の如く成る

連休であっても何も変わらん。
風呂に入らず過ごすのが楽チンだ。

▼先月に会った素敵な、ある人のことが忘れられない。届かない、この気持ち

ええっ?!誰に会ったっけ。忘れてしもた。歳のせい。

▼ブルブルと振り回される貴方の都合
▼しみじみと大空みればくもの飛ぶ

この日は1日家にいて
「おはなはん」のお好み焼き。

▼今やもう奇跡を起こしてまでして、あの人を連れ去ろうとは思わない
▼坂道を先に駆け上がって行ったあの人のうしろ姿が陽炎
▼雲雀高くさえずる空に飛行機雲

昔なら、いつも連休になると
♪暮らしてみたい……遠くで汽笛を聞きながら
なんて呟きながら旅をしていた。

もうそんな気はないな。

4月30日

うど。
もらってきたので、今夜は、うまうま。

▼三日間、ゆるりと太って炭酸酒

うどうど

 

近年、これほどまでに美味いうどを食ったことはない。
人の心が寂れてゆくほどに、美味さが増す。

これを食わねば夏は迎えられない。

5月1日

おはようございます。
列車ガラガラ、高校生だけ。

▼山ウドや貴方と向き合う苦い酒
▼しみじみと八十八夜に便り待つ
▼山の味八十八夜にほろ苦く

▼ねえあなた逢いたいの八十八夜

5月2日

▼失恋も八十八夜に棄ててゆく
▼恋しさを八十八夜に置いてゆく
▼あの人は赤いバラなの棘のある

5月3日

▼想い出や楔のごとく墓碑を打つ
▼おはようさんオシッコに起きまして

れんげ畑。
寝転んでいるだけで幸せだったあのころ
ヒバリ高く囀って、
何をしても愉しかった。

缶蹴りも達磨さんが転んだもポコペンも。

潮干狩り日和やなあ。絶好の汐加減

▼静かなる野山も海も息を吸う

部屋を片付けたら、楽譜が出てきて

楽譜

ガーシュイン、
難しかったなあ、と振り返る。

5月5日

▼さあレンゲ畑を探しに出かけよう
▼その昔、せっせっせーのよいよいよい
▼ホトトギス、啼いた気がするこどもの日

日記アプリをダウンロードしたので、
28日から何をしてたのか思い出そうとするが、
何も思い出せない。

何もしないまま連休が終わることがわかった。

映画に行った以外、
まともな服も着ないまま
外にも出ないで終わるのだろうか。
とほほ。

仕事しとる方がええわ。

▼月見酒貴方を飲んでいるような
▼満月や白無垢そろりそろりとな
▼満月や喧嘩したときキミの顔

▼キミの名を呼んでみたくなる月の夜
▼夏が来て泣いていないか子猫ちゃん

5月6日

連休最後の日。ゆっくり過ごそう。

▼ 土の匂い吸うておるのか葱坊主

2012年5月 5日 (土曜日)

池澤夏樹 真昼のプリニウス

紙にペンで文字を書いてそれを積み上げて物語を作る。
あたりまえのことなのだが、それだけじゃいつかきっと同じことを別の形で実現しようとしたものに乗っ取られてしまう。つまり、やがてそんな軽薄な小説は簡単に映画にされ、金儲けの手助けをするようになってしまう。

ヒトを惹きつける作品とは、そんな現代の企画商品のようなものではない。

つまり、池澤夏樹がどんなことを考えているのかは、会ってもいないし話も聞いていないのでわからないのだが、この作者の作品は、タダでは済まさないという物書き人の意地のようなものがあって、それを微塵も見せずに、しかし、しっかりと私たちには伝わる作品を投げつけてくる。

一行一行に魂がこもっていて、数ページにわたって押し寄せてくるものがあって、束になって捲るときには重みがあり、中身が詰まっているように思えて、もう一度読み返すに十分価値がある作品なのだ。

話の筋や流れが、特別にドラマチックでもなければ、美文の集大成でもない、といったら叱られる。けれども、こういう作品はこの人にしか書けない。真似をした人がいたら途轍もなく詰まらなくなるだろう。

それは、きっと作者はかつて詩人であって、詩人の血脈を持っているのだろうと、何も知らないころに私が想像をして後に数々の解説を読んで私の大好きな福永武彦の名が出て知らされて、私は腰が抜けるほど驚いたのを、この作品を読みながらも思い出して、そのことが嬉しくて嬉しくて、どこのどのページを読んでも、泣けるほど嬉しくて、仕方がなかった。

大事すぎてなかなかな読み進まずごめんなさい。(老眼のせいです)

この感想を書いているのも満月の夜なのですが、月はひとりで見上げるものだと常々思ってそれを詠んでいる私ですが、そういうひとつの波動をこの人は物語に引いてきている。太陽ではなく月という陰に隠れたクロックの刻む時間の中で、人々がモノの見つめ方を披露し、眼の輝かせ方を見せ合い、大局を見つめるウラ技を哲学的に語り合う。

実は、職場にひとりの女性がいて、その人は既婚か未婚かさえもわからないそれなりの年齢の人なのだが、髪を長くひとつに束ねてヒールの音もコツコツとクールに、そして背も高く毅然としている人で、(なかなか素敵なのですが)、私はその女性をずっと思い浮かべながらこの物語の女性と重ね合わせてしまっていた。

いとも簡単に身近な人に関連付けられるところもあれば、そうではなく、易の話を哲学的に押し出してくるときもありながら、押されているようには感じなくてその魔術に化かされてゆく読者がいる(私だが)。

主人公頼子を上手く書けている。マシアス・ギリを読んだときにも痺れるように引き込まれていったが、この作品でも同じだ。(どちらが先の作品か未調査でわかりません、すみません)

細部まで行き届いた言葉の魔術と、これを取りまとめる数段落の展開、さらに場面や時間を展開してからの向心力のようなものを読みながら感じる。ときどき強制的に頭を休めて遅く読む努力をしたりした。

作者の、電子や映像には負けない、これは文学作品であり言葉を武器にした小説なんだ、という気迫と哲学をひしひしと感じる。声に出して朗読をして大勢の人に知ってもらいたいと思わせるような一面も持つ、凄いパワーを秘めた作品だと思う。

久しぶりに★を5個つけることになる。真剣に小説を読みたいのなら噛み応えのある作品がいい。良いも悪いもわからないような薄っぺらな読書家が増える中、きちんとした作品を読んで次のステップに進んでいただきたいと、まだ読んでない人には伝えたい。

またしても、浅間山に登りたいと強烈に思う。火山からパワーを授かりたいという神がかりのようなことを思うのだ。

池澤夏樹 真昼のプリニウス

キツツキと雨

伊勢新富座のホームページに「2012年4月」というタイトルで水野さん(新富座代表)が以下のように書いている。

-- 
5,6月は思いもかけず良い作品が並びました。
自信のラインナップで集客できるというのが興行の理想ですが、なかなかそうもいきません。
今、デジタル化が問題なのではなく、「映画人口の減少」が最も危惧される課題なのです。
このサイトについて マスコミもようやく映画の危機に気づき始めたようで、当館への取材も増えました。
いろいろありそうですが、もう少し粘ってみますか、不得手な梅雨時ではありますが・・・
--

昔、1975年ころのこと(高1か高2だった)、砂の器という映画があって、それに伊勢市の新道が映っているという話で、映画のことなど全然わからない高校生だった僕は、倉田山から宇治山駅という通学路しか知らなかったけど、ふーんといってそんな世間の話を聞いて、銀座新道にある大きな映画の看板を近鉄電車の中から眺めていただけだった。それから2,3年後に東京で映画を見る機会があって、砂の器をみた。どこかの映画館で、席を立たずに2,3回連続してみた。そんな記憶がある。

あのころは、そう、僕の学生時代は、朝9時にひらく池袋文芸座(300円)でその日1日だけ上映という監督シリーズなどの企画上映に朝の6時ころから並んで日が暮れるまで5回ほどみたことも多かった。

みんな僕と同じ奴ばっかしで、幕がひらくと大きく拍手をし、そして幕が閉まるたびに手がちぎれるほど拍手をして、いつまでも席を立とうとしない奴らばっかしで、映画館もそんなことは承知で入り口に溢れる人が絶えなくとも僕たちを追い出すこともなかった。

ほんとうに人口は減ったのかな、とも思います。あのころだって多くはなかった。都会のあのちっぽけな映画館に確かに人は溢れたけれど、ほんとうにあの映画をみたい人やあの映画のよさがわかる人や、映画というものを銀幕の向こうの別世界と肌で感じ理屈もなく自分を注ぎ込めた人は、少なかったかもしれない。減っていったように見えるのは、ニセモノの映画ファンであり、見かけもホンモノも区別できないししようともしない人たちであったような気もする。

社会は変化して「経済的」という概念がもてはやされて、山の中の数軒の集落に住む人たちの医療や福祉や、果ては郵便なども、どうぞ都市部に移り住んで快適に暮らしてくださいといわんばかりに、切り捨てられてゆく。

映画もテレビもニュースも報道企画も、月並みな言葉を使えば金儲けができなければ成り立たなくなっている。ヨーロッパの片隅で、中東のどっかで日本人が1人事故やテロで倒れてもニュースにするのに、山奥の静かな1軒家へ一番近い医者が閉院して車で4時間も掛かるところが最寄になるという事態が起こってもニュースにはならない。

映画人口は減っても、みる人の質や心に変化がないのならそれでいいように思う。欲しがっている人に届けられないのは悲しいとかいう問題でなく、悔しいという気持ちではなかろうか。

では何故えに人口が減ったなどと思うのだろうか。確かに映画のソフトもハードも作風もポリシーも時代に応じて変化してきていることは認めつつも、映画人の意地のようなものは相変わらず変わっていない。いいえ、変わっていないのではなく、変化してゆく速さや道のりが違うといったほうがよさそうだ。

どんどん増える車、あっという間に夢を現実に変えてゆくテクノロジー、進化をやめることのない概念が生み出す世界と、ヒトの心が超ノロノロペースで変わってゆこうとすることの間に生じる軋轢のようなものが、ちかごろ見直されつつあるけれど、でもほんとうのことはわかっていないと思う。精神科の学者さんたちも確かに進化したけど、今の社会を捻じ曲げて腐らせている本質を見つめようとしないで、治療というお役を演じているだけだ。そんな社会に取り残されてこれからも映画というものが昔ながらの姿を守りながら残ってゆくことは、双方にとっても辛いことなのだろうも思う。

中身のまったくないストーリー性だけを売り物にして、味わいや余韻や厚みや深みも存在しない小説がバカみたいに売れて、それが高く評価されて、メディアは取り上げて騒ぎたて、人々は喜んで愉しんでいる。社会がどんどん変わるのについて行かなかったのが頑固で阿保だったのかどうかはなんともいえないけど、普遍的な芸術というものにもたらされるある種の宿命的なシャワーなのかもしれない。

(沖田修一)キツツキと雨

さて、新富座でみた映画のことは、僕があれこれと言っても仕方がないのですが、何よりも嬉しいのは、字幕の最後が画面の上に流れて消えて、フロアに明かりがついても誰も席を立たなかったことです。10人ほどしかいなかったんですけど、これもいい。(みんな女性だったこともメモっておこう)

ほんとうに僕が映画から感じたものは、古臭い映画風にみえながらも、時代が変わって社会が変わって監督が若返ってくれば、映画の作風は新しく変化してきているし、守るべきところはきちんと守っているし、作品のなかでは複数の波動を着実に個々に振動させて、最後にはきちんと共振させている。映像も綺麗だし、絵も綺麗だ。色も光も音もよかった。

昔の映画ってのは予告篇というのが一番よくて、本篇はそれを超えられないという作品も多かったし、それほどまでに予告が素晴らしかったのだが、この作品は予告篇より本篇がよかった。もちろん、いつものように、予告篇は本篇をみてからみたのですけど。
(俳優さんも、役所さんと山崎さんしか知らなかった・・・)

そうそう、新富座の水野さんが最後に、「もう少し粘って」なんて書いています。こう書かれると、「粘らずにサラリとして負けないで」、なんて書きたくなるなあ。

--

映画久しぶりに観ました。あれ以来
ぐるぐる  幕を引かない ─ マザーウォーター

エンドロール

きのう映画をみて
きょうは神島の予定だったのですが
少し怠けたい気持ちがあって
ツマがお肉を食べて酷い下痢をしてたし
家でのんびりとしています。

映画がよかったので
1年に1回もみなくなったので
久しぶりの余韻を愉しんでいます。

昔、映画少年?だった学生時代には
朝9時に開く池袋文芸座(300円)に
その日一日だけ上映という監督シリーズに
6時ころから並んで
日が暮れるまで5回ほどみたことも多かった。

みんな僕と同じ奴ばっかしで
幕が開くと拍手をし
幕が閉まるたびに手がちぎれるほど拍手をして
いつまでも席を立とうとしない奴らばっかしで

新富座も
エンドロールが終わって明かりがついても誰も席を立たなかったので
とても嬉しかった。

2012年5月 3日 (木曜日)

お似合い

(前略)

いいお天気になりました。
何をしているのでしょうか。

恋人がいるとか
かつていたとか
そういう話もしてくれるようなヒトじゃないし
今のところそんな話よりも
もっと別の話のほうがよくお似合いなような気もしてるけど
ある面でそれでほっとしてるところもある。

……そんな書き出しで手紙を書いて、夕暮れになってゆくのだ。

楽譜が出てきて

部屋を片付けたら、楽譜が出てきて
楽譜

ガーシュイン、
難しかったなあ、と振り返る

2012年5月 2日 (水曜日)

周山街道 ─ 花も嵐もⅡ その9

【周山街道】

京都というところが予想以上に不便なところだったので、通勤にはバスではなくバイクを使った。自動車を買うほど余裕もなく、ありったけの給料をはたいて夏にCBXを購入し、高校卒業以来二輪車から遠ざかっていたのを終わりにしてバイクとの暮らしが始まる。

休日には、市内の古刹を巡ったり京都市の郊外の寺院にカメラを持って出かけることが多くなる。特に天気のよい日は、周山街道を走って日本海へと向かった。

あのころの周山街道は、狭くて険しい山の中をいくつもの峠で越えていった。現在のものからは想像できないほど田舎の街道だった。大きめサイズの車であったらこんな峠を走るのがさぞかし嫌だったのではないだろうか。簡単にすれ違えない箇所が峠にはいくつもあった。

今は新しい道ができて、てっぺんはトンネルで越えてゆく。昔ながらの集落が山のふもとに寄り添うように散在しているのを遠くから眺めるように盆地の真ん中をバイパスが突っ切っていってしまう。

バイクツーリストたちは、この快適道路を愉しむために大勢やってくる。休日のドライブインや道の駅にはバイクがあふれている。

私がひとつの時代の区切りとしてバイクを降りて徒歩とか自転車に乗り換えていこうと考えるのは、このように群がる人たちと私の間にバイクという乗り物の共通点があるだけで、過ごす時間や感じる対象は食い違ってきているからだろうと思う。

私の時代は終わった、のではなく、私は次のステージへとゆかねばならないのだ。

2012年5月 1日 (火曜日)

八十八夜

車窓から

車窓から

会いたいの
好きな人
八十八夜

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