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2012年3月31日 (土曜日)

沈丁花あの日のウソは朧月 ─ 3月下旬篇

瞬く間に三月も過ぎて行った。
こうして季節が巡り
歳を取り、
わたしは成長し続けるのだ。

3月22日(木)

▼沢庵でお茶漬けしたら父思う

20日は父の誕生日で
生きていれば81歳だ。
66歳で逝ってしまったことを思うと気の毒だが
そういう人生を
そういうふうに
満喫した人だったのかもしれない。

▼春の雲どこまで行っても君遠く
▼お別れの指切りの向こうに春の雲

春は切ない季節だ。

3月23日(金)

▼長い夜眠れぬ背中を感じてる

少し暖かくなってきたせいで
眠りが浅いような気がする。
眠れない夜を過ごしたのは
記憶にもないほど昔のことだが
春先は眠れないなと思いながら寝返りを打つことが多い。

わたしは隣で眠る人の寝息が気になって眠れない
というような繊細な神経の持ち主ではないので
眠れぬ夜を浮遊するように愉しんでいる。

朝は来る。

▼言い訳を考えつつ傘をさす
▼シャッターの音聞きたくてキミを見る
▼物語、曇る車窓の指のあと

通勤列車に乗ってくる高校生もいなくなって
静かな時間を過ごしている。
毎朝会う子供たち、今年度から3年生やなあ。

3月25日(日)

引っ越しは土曜日に済ませてしまって
日曜日はのんびりとしている。

▼この指にとまってほしい子逃げてゆく
▼沈丁花あの日のウソは朧月
▼豆鉄砲貴方が倒せるものならば

ぼーっと暮らすと、十七音のリズムを失ってゆく。
激しく熱した自分のほうがスリリングだ。

3月26日(月)

8階の窓から公園を見下ろす。
道路から坂道にぼんぼりついたのが見える。

嬉しいな。

▼窓いっぱいウソじゃなかった晴れの朝
桜情報は、カウントダウンとなった。

3月27日(火)

▼今朝の雲ひとつもなくて空白で
▼空白と言った貴方の心模様
▼もう住まないあなたの心の片隅に

これは、朝の通勤列車の中で思いついたものだ。

息を吐いたように春休みになって
みんなさようなら、またね、と別れを惜しみあい
4月になったら
熱く肩を組み、頑張るのだ。
新しい人と。

そんなことを考えながら
あなたを思ったのだろう。

2012年3月25日 (日曜日)

曲がり角追う人消えて沈丁花 ─ 三月中旬篇

3月17日 (土)

お風呂は二人で入るのがいい。二人で入ると追い炊きが少なくなるので、ガスも水も相当に節約になるから。

このことは意外と知られていないのだが、我が家では冬には必ず二人で入るように心がけている。

時間を合わせたりするのが面倒だが、地球温暖化対策にはかなり貢献できていると思っている。

▼一度だけ背中流してあげたこと

若い二人ならなおさらのこと、仲良く湯舟に浸かっていると、一日の出来事の話などが愉しいと思う。

▼口喧嘩した事もないまま色褪せる
▼夜更かしの時間に電話かけたこと

真冬に公衆電話から友達に電話をするのは辛かったなあ。
今の時代のように部屋や机に電話がある時代ではなかったのだ。
炬燵を買うのももったいないなあという季節、まさに早春に上京した36年前が懐かしい。
いろいろあったなあと、春になると思い出す。

3月18日 (日)

▼空白と詠んだ貴方のまなざし

空白に季節はないのだが
今頃には今頃の空白がある。
別れであり、出会いである。
ぽっかり。なのだ。

▼二ヶ月を待てずに逝った父の誕生日
▼サクラサクただその言葉だけ待ったとき

私の父は1月22日、母だけが21日に67歳の誕生日を迎えて
あと二ヶ月後の3月20日の67歳の誕生日を迎えることなく逝った。
悔しいと思っているわけではなかろうが、
私は、二ヶ月を悔しいと思うことがある。

▼ホーホケキョ鳴かぬスズメが澄ましおり
▼一夜にて別れ惜しまずカモは発ち

鳥たちは何を考えているのか。
オマエら幸せかいと聞いてみたい。

▼冬布団片付けたいの、いや待てよ
▼春の土深呼吸して鋤を打つ

春が来るのが嬉しいのだ。
夏になるのはキライなくせに
短い春も悔しいくせに
春が来るのがウレシイのだ。

3月19日 (月)

▼曲がり角追う人消えて沈丁花

別に誰かを追うてきたわけではありませんが
曲がり角で出会うと嬉しい。

▼油断する貴方のくちびる盗みたい
▼おはようとショートカットの君が現れてビックリ

いつも近くに座る女子高校生たち。もれなく可愛らしい子たちばかりなんだが、その中に宇多田に似ている子がいた。髪も長くすらりとしている。
この日は終業式の日だったのかもしれない。
もう1日あったのかもしれない。
残り少ない3学期の終わりに、長い髪をバッサリと切ってきた。
それがまた、ことさら可愛らしい。

耳たぶ赤いの終業式の日

3月20日 (月)

▼あれこれと理由をつけてカンパイで
▼お肉など食べたくないの、あれは嘘

いいの。みんな異動でどっかに消えていくんだから、飲むの。

3月21日 (火)

▼せっかちにおはぎを丸める母の癖
▼筆を置く哀しみ隠す父の癖

ぼたもちは、母の味が一番だ。
まずくなってきたなあ、と思うのだが
近頃は店に並ぶものもまずくなってきたから。

▼癖偲ぶあれもこれもと悪い癖

癖。
そうだなあ、父の癖って、なんやったやろ、と
ふと考えてしまうのも、私の癖だろうな。

▼じっとじっと水槽見つめる長い時
▼耳の遠い母に電話で春を告げ

めっぽう冬に強い母なのだが、暖かくなるのは少しうれしいようだ。
風呂に入る時刻を心配しなくてもよくなるなあ。

もう一度、山霧の晴れゆく谷間に差し込む朝日を二人で見ることができるだろうか、
と考え続けた時期があった。
幻を追いかけて、旅を続け、
大きな夢をみていたとき、
それを馬鹿馬鹿しいとも非現実的とも思うことなく、
向かっていこうとしていたときが、
とても懐かしくなることがある。

「プラ」ごみを考えてみる その2 ─ レジ袋のこと

「最近は大手スーパーが2円引きしてくれるとか、ポイントくれるくらいですね」

とブログにコメントを下さった方があったのだが、
実は意味が最初はわからなかったのでした。
でもわかりました。

よその県では、レジ袋は有料ではないのだ。
みんなエコバックを持っていくのは全国の共通じゃないのだ。

そういうことらしい。
そうですよね?

当県では、レジ袋を無料でもらえない店がほとんどで、みなさん、エコバックを持っていきます。9.5割以上がレジ袋を使わないと思います。

2012年3月22日 (木曜日)

「プラ」ごみを考えてみる

きのう、FACEBOOKとtwitterに

引越し難民を受け入れるため台所を掃除したらスーパーレジ袋が45リットルに3袋分出た。まだまだゴミ出る。
プラ扱いと不燃物、雑紙が多い。
不燃物も3袋は硬いなあ。
自分の家で実際にやってみて、社会の実態を予測できた

と書いてみた。

プラ プラ

この「プラ」マークが、非常に身の回りに多いことが分かって、しかも、きちんとポテトチップスやラーメンなどの「袋」を集めてみれば普通の「紙ごみ」よりもたくさんの袋が必要なのかもしれない、ということがわかった。

さらに、雑紙と呼ばれる雑誌ではなくダンボールでもない紙類も多いことに気づく。雑紙は、いわゆるパンフレット類、1枚モノの案内紙、ポッキーなどの箱も含まれる。

どうしてたくさんあるにもかかわらず、まとめてもらえず、つまりは資源ごみに回してもらえないのかを考えてみたが、答えは非常に明快だった。

分別は簡単であっても、ゴミとして出すときに面倒だからだ。
現代人は面倒なことをしてまで、みんなのためには尽くさない。
震災被害支援というような大義名分でもない限り。

2012年3月21日 (水曜日)

続 3匹のこぶた (その4)

この物語は、3匹のこぶたたちがある日、突然の地震に見舞われたときのお話です。続 3匹のこぶた (その3) から続いてきて、こんどは、第4話になります。

みー子は3番目のこぶただったので、小さいときからお姉さんのお下がりの服を着て、残り物のご馳走をいただいて大きくなりました。それが嫌だったことは1度もありませんでしたが、周りの豚さんたちは、みー子ちゃんは可哀想だといいました。

藁で家を建てているときにも、いろんな人がやってきて、みすぼらしい家を見ては不憫だといってくれました。でも、みー子は自信を持って、藁の家であっても雨は漏らないし強風が来ても飛んでいったりはしないのだと説明をしました。

雪が降っても大丈夫なように槙を燃やす暖炉を工夫しましたし、台風のときでも風の渦に巻き込まれないような森かげを選んで建てましたので、みんなが心配するような困難な目には遭いませんでした。

太陽の光を存分に受けてすくすく育つ野菜をたくさん作れる畑を耕し、森のせせらぎを縫って流れてくる美味しい水のお世話になって暮らしています。

地震がやってきたときは、うちの前の桜の木に吊ったハンモックでお昼寝をしていました。空が大きく回って、桜も大きく揺れて、藁の家がざわざわとしました。森の中からは鳥たちがばたばたと飛び立ち、谷のほうから木の家とレンガの家が次々と崩れる音が聞こえてきました。

2012年3月20日 (火曜日)

ネバネバ丼 ─ ひょいと熊野へ

ネバネバ丼 ネバネバ丼

強烈に納豆の匂いがキツかった。
うまかった。

20日の火曜日。
イオンは凄い人。

ひょいと熊野へ、晴れきっている

いや、うす曇りだったか。

2012年3月18日 (日曜日)

ふとしたことから

ふとしたことから、昔に書いた読後感層の「 向田邦子 男どき女どき」を読み返す機会があった。

その中で、いしぶみのことについて書いている。

「無口な手紙」では
〈昔、人がまだ文字を知らなかったころ、遠くにいる恋人へ気持ちを伝えるのに石を使った、と聞いたことがある。男は、自分の気持ちにピッ タリの石を探して旅人にことづける。受け取った女は、目を閉じて掌に石を包み込む。尖った石だと、病気か気持ちがすさんでいるのかと心がふさぎ、丸いスベ スベした石だと、息災だな、と安心した。「いしぶみ」というのだそうだが、〉

この部分を引用をしながら、何かを感じていた。
そのときの気持ちは、再現できないのだが

そういうものを少しずつ屑篭に棄てていき
棄てるものがなくなったら、おしまいにしよう。

そんなことを思う。

カツオのお茶漬け

カツオのお茶漬け カツオのお茶漬け

よくも飽きずに
カツオを買うたびに
お茶漬けにして食べる。

3月18日土曜日
今夜は静岡産。解凍。
でもでも、素晴らしい食感。

このまま食べるほうがウマそうだとも思えるが、
茶漬けは1度すると、やめられなくなる。

まだの人は、ぜひともどうぞ。

しょうがすりおろし、みりん、お酒、醤油、大葉刻み。
これだけ、1時間ほど漬け込めばいいので、飲んで喋っている間に支度ができます。

えびチップス うすしお味 と チキンラーメン チップス

チキンラーメン チップス

チキンラーメン チップス

これは日清の商品ですが

おやつカンパニーも頑張っています。

 

えびチップス うすしお味

えびチップス うすしお味


おやつカンパニーは、同級生の口野もがんばっていることだから、ちょっと贔屓にしています。よろしく。

3月17日 (土)

スーパーに買い物についてゆくのは休日の日課で
そこで、食べないかもしれないのに、こういう商品があることに嬉しさを感じてしまい、買ってしまう。

なんだかんだいいながらも、酒のツマミにして食べてしまうのですが。

日清焼そばチップスもあります

2012年3月17日 (土曜日)

スーパーでこっそりかごに入れたのは

えびチップス えびチップス

スーパーでこっそりかごに入れたのは、コレです。

おやつカンパニー えびチップス・のりしお味。

うすしお味、もあります。

美味しかったよ。

お茶漬けにするあられをもらって帰る

3月15日 (木)

穏やかないい天気だったので、母を訪ねる。

いつものように、春に咲く。

一枝切って打ちの庭に分けてもらう話を毎年するが、枝を落とす初夏のころになると忘れている。

咲きました。沈丁花咲きました。沈丁花

かき餠とあられをもらってきた。

お茶漬けにして食べる。
あられの茶漬け。美味。

麦畑、いよいよ青く 麦畑、いよいよ青く

少し散歩をする。
風は冷たい。

風力発電の風車も回っているのが見える。

JR JR

金森敦子 芭蕉はどんな旅をしたのか──「奥の細道」の経済・関所・景観

こはるさんという方のブログをときどき拝読していますが

金森敦子 芭蕉はどんな旅をしたのか──「奥の細道」の経済・関所・景観  晶文社

という本を紹介しておられるのを見つけたので、ここにメモしておきます。

図書館検索したら、貸出し可。

後に借りて読みました感想はコチラです

2012年3月14日 (水曜日)

温かくて晴れる日を待っています

松名瀬海岸にて 松名瀬海岸にて

2012年2月29日(水)の日記にも書いたけど、今年最初にエンジンをかけて、岐阜にお嫁に出すときは自分で乗っていこうと決めたのだが、なかなか、三月になって暖かい日がやってこない。

14年も付き合ってきたのだから最後はしっかりと乗ってやりたいと思っている。

そのあと、4月から?

しばらくは、オートバイから離れてみるかなと思っています。
18歳から14歳までの間にも、まったく乗らずにいた期間があったのです。
この間に免許もなくなってしまったので、私のバイクの免許は24歳のときに取得したことになっています。

また戻ってこることができると思っています。体力と好奇心を元通りに元気にさせてから戻ります。

ひとつのけじめとして、このブログに書いている「花も嵐も」の続編を、少しでも書けたらいいなあ、とか考えたりしてます。

弱虫も啓蟄過ぎて顔を出す ─ 三月お水取りのころ

桜吹雪が谷から吹き上げてくるころ、吉野の奥千本を訪ねたことがある。
一人で佇むには最適の場所だった。
杣道に踏み込むと西行の句碑があった。

ちょうど、大河ドラマに西行が登場して
懐かしい吉野の山を思い出す。

桜のころに一度、赤ん坊だった娘を連れて花見に出かけたことがあった。

わずか20年ほど前であるだけなのに、今のようにモノゴトに過剰に人々が反応するようなこともない穏やかな時代だった。
誰かがダッシュをしたら出遅れてはいけない、とか
勝ち負けに必死に目を凝らして、常に勝ちの方角ばかりを見ているような風潮とか

そのようなものはなく
比較的のんびりと、していたように思う。

しかし、やがて、人々は簡単なものやそれなりのお金や努力で確実に手に入り易いものに、抜け目なく手を出す風潮が現われ始め、その情報を付加価値をつけて売り物にする社会が出来上がってゆく。

新自由主義という便利な言葉ができて、人々は幻想の幸せを手にして、回復もしない経済の蘇りに夢を棄てない。

今もそのままだ。

その幻想が、鬱憤を晴らすかのように、一見正しそうな政治改革に走ってゆく。

最たるものが、減税であり公務員の改革だ。
間違いなくこの間違った選択で自分たちの生きる社会は瓦解する。

それでも、ヒトは自分の幸せだけを追うことをやめないだろう。

3月12日 (月)

三月は弥生という。
人の名前にも使われるやさしい響き。

ぬくもりが広がるのが分かる。

▼坂道を登って通うのこの春から
▼弱虫も啓蟄過ぎて顔を出す

▼ため息を手紙に添えて罪深く

3月13日 (火)

少し温かかったのだが、今週は再びコートを出すことにした。

このころの寒さが一番好きかも知れない。

それは、三月という時節の持つ歓びもあるのかも知れないものの、寒かった日を今は許すのだ。

山の端が少し白いか。
布引の山も最後の白き肌。

子どものころにおとうちゃんと炭焼き小屋の中に入ったあの温もりを思い出した。
列車の暖房がお尻にほんわか。

▼炭焼きのしたくを呼ぶや父の声
▼炭焼きの小屋の温もり春とおし
▼手のひらの汚れて温き炭焼き小屋

▼錆び付いたネジそのままにして蓋をする

花は桜の

●●

あたたかくなったり、寒さが急に戻ってきたりして、まさに三寒四温の日々が続いています。まもなく土筆が芽を出すのでしょうが、まだもう少し寒い日が続きます。

今年は例年よりも気温の低い日が多かったような気もします。寒さが厳しかっただけにいっそう春が待ち遠しいです。

2月のある日、県立博物館の移動展示「くらしの道具いま・むかし」というのを見る機会がありました。そこには暮らしのなかで昔から私たちが受け継いできた文化が並んでいました。

木の枡や湯たんぽ、蕎麦や米を粉に引く石臼などが展示で、現代っ子たちは、きっとそれらの多くを知らないようなものばかり。

昨今、省エネ活動などの影響もあり湯たんぽが注目されたり、薪を焚きつける竃や暖炉が見直されています。

しかし本来、これらは私たちの先人たちが暮らしてゆくうえであみ出してきたわけであり、生かしてきた知恵であるわけです。

そのことを考えると、エネルギーを見つめ直すことは暮らしの文化を振り返ることでもあるのだ、と気づくことができます。

「文化力」という言葉が少し鳴りを潜めていますが、素晴らしい環境を持続することは、その土地で芽生えた文化と暮らしの知恵を受け継いで守ってゆくことでもあります。

そしてそこに存在する「豊かさと満足度」にも県民性があってもいいのだろうと感じます。

●●

春という季節には花がつき物です。

三国志では桃園で誓いを果たし、中古では梅の花に想いを起こしています。現代、別れや出会いの舞台を飾る花は桜です。しかしながら、「サクラサク」という伝統的にも素晴らしい電報も今や電子のモノとなってしまいました。

大河ドラマでは西行が登場し、歴史物語に花を添えているのですが、寒さのせいで桜の開花が遅れ気味と予報されているようです。

西行庵のある吉野山奥千本のあたりの花が満開を迎えるのは、年度が開けた4月上旬から中旬ころのことになります。

昔、桜吹雪の舞う奥千本を訪ねたことを思い出します。ひっそりとした気品のある谷でした。

お弁当を手に再び吉野を訪ねたい、という念願が叶うのはいつになるのでしょうか。

2012年3月11日 (日曜日)

あうん

向田邦子 あうん / 帚木蓬生 閉鎖病棟

◎ 向田邦子 あうん
◎ 帚木蓬生 閉鎖病棟

ツマを待つ時間、ブックオフに寄る。


桜餅と鶯餠

桜餅と鶯餠

夕方、家に帰って炬燵に潜り込むと、こんなものが目に飛び込む。

春を感じるもうひとつの時間。

キング3B

キング 3Bです

久しぶりに楽器を吹くと左手が痙攣する。
筋肉痛になりそう。

3月11日
何してたんだろうか、、、という感じで終わっていくのだった。


スランプということにしてハンバーグ  三月初旬篇

3月8日(金)

おはようさん。
きょうから、コート無し。

そんなことを思いながらいつものように窓の外を眺めている。

賑やかだった女子高生が静かに話をしている。

 「期末試験は終わった?」
と聞いたらにっこりと
 「はい!」
と返事をしてくれた。

麦畑、土の色がおおかた見えなくなりつつある。

▼貴方には渡したくない春の月

3月9日(金)

別に
今の私に別れなどないのだが

食堂で会うYTさん、
今日からベトナムに三泊四日の旅。
女子同士で行くのだそうで。

その歳で

一緒に旅をできるような友だちなど
いなかったなあ、あのころは。

▼覚えてる?貴方と私が別れた日
▼覚えてる?貴方と私が出会った日

帰ったらお茶でもしましょうとメールしておいた。
餞別はしない。

3月10日(土)

─鳴る

▼ケータイが鳴ったことなど1度もない
▼鳴らぬならそれでも十分幸せで

ホトトギスは啼くのだが、ケータイは鳴らない。
別に鳴って欲しくない
鳴るときは、誰かが危篤のときだ、きっと。

─澄ませる

▼ほんとうに耳を澄ませば聞こえるの?

春の足音って
本当にあるのかと思ってみるが
むかし、峠の切通しの
ひとけのない山影の
春を拒否したことがあった。

あのときに耳に飛び込んできたざわめきは
デジャブだったのかもしれない

─諦める

▼スランプということにしてハンバーグ
▼かみ合わぬ歯車上手にまわしてく

そうだ。
こんやはハンバーグだったんだ。
焼肉はおあずけ。

─見つめる

▼お雛さんしまい損ねて娘おり

しまう
こしらえる
というような表現が身近な暮らしから消えかけている。

あのころの私には戻れないように

私たちが子どものころに
日記を書こうと思って
真っ白の帳面を手にし
表紙を1枚開けたときに。

それは
アインシュタインが
思い浮かべた時空の世界とは
途轍もなく離れた
幼稚な空想だった。

誰も読まないかもしれない帳面の
最初の1枚を何から書き出すかに
悩んでしまう。

あのときに
じっと考えて
歩きながらも考え続けて
書いたひとことは何だったのだろうか。

あのころの
私には戻れないように。

思い出せない。
それでいいのだ。

車谷長吉・恋文絵から(車谷長吉全集恋文絵から)

2012年3月 7日 (水曜日)

林芙美子 放浪記 をアルバムに

林芙美子 放浪記 放浪記

向田邦子 三冊をアルバムに

向田邦子 思い出トランプ

思い出トランプ

向田邦子 父の詫び状

父の詫び状

向田邦子 男どき女どき

男どき女どき

雨だけど上がればきっと春になる ─ 啓蟄篇

三月になりました。
母の命日があり、結婚記念日があります。

3月1日(木)

▼三月の空の予感ふわふわふわ
▼三月のその日を待てばソワソワと
▼ねぇ、なごり雪なんてマボロシだったの

3月2日(金)

朝の通勤列車から
(田んぼばかりで)
人の影など見えないのだが

あ、傘さしてる人がいる。
まだ雨上がらずか。

車窓流れる水玉の行方を見ている向かいの席の人。
その人を見ている私。

▼元気だそう、春の地面を蹴ってみる
▼雨粒がひとつ地面に手のひらを
▼雨予報やよいの空は桃色で

おお、桜餅の話題の季節になったなと。
さっき、スーパーで考えてたところ。

桜餅桜餅
家族三人。4個入

3月3日(土)

お布団の中で朝寝をする。
気持ちいいが、時間がもったいない。

▼ひな壇や亡き母呼んで正座する

夢をみる時。

高いところから落ちている、
失くして探してる、
追われてる、
迷子になってる、
出遅れてる、
うまくカチッと収まらない、
漏らしてる、
こぼれてる、
攻撃されてる。

気持ちのいい夢、見なくなったなあ。

三月三日の三句。

▼卒業をしてから早くも三十年
▼お雛さん飾ってた寒い奥の間
▼違い棚光届いて雛の朝

3月4日(日)

▼マンサクや咲かぬ貴方を連れにゆく

▼雨だけど上がればきっと春になる

雨雨ふれふれ母さんが。

この歌のように、

課題がもたらす難題を簡単に解決できることができれば
モノごとはもっと楽しくなる。

コップの水を子どもがこぼして床まで汚してしまうにしても、
掃除を自分がしないなら笑っている母も多い。

視点を変えれば楽しく生きていけるし、
やれば楽しくなれるかもしれない

3月5日(月)

▼打ちつける雨粒鉄路の錆流す ★ ★
▼喜怒もなく鉄路染み入る春の雨 ★
▼降りしきる雨憎き、なお人を待つ

さて、飲むか。

3月6日(火)

温たいわ。
コート、やめるべきだった。
少し後悔

▼およ、田んぼに水か入っとると驚く

ぬくたい、ぬくたい、帰り道。

3月7日(水)

▼春風がそわそわそわと吹いてくる
▼ふと春におやじの好物思い出し

66歳で逝ったけど
生きてれば
今月20日で81歳やなあ。

2012年3月 4日 (日曜日)

梅と桜 ぽかぽか陽気の3月3日

桜餅 桜餅

家族三人。4個入り。イオンにて

さて、荷物の回収をと思い出かけたのですが
ぽかぽか陽気に誘われて、少し散歩出かけました。

梅

寮の裏山の石段や杣道をとことこと散歩した。
汗ばむ日だった。
3月3日。
異動まであと一息。

(ほかの写真はアルバム参照)

十七音はスローペースです……

2012年3月 3日 (土曜日)

春の空いつまでたっても片思い ─ 2月下旬篇

そうか。花粉の季節か。芽吹く山、麗しき

2月23日(金)

久しぶりに
通勤列車の中で
パンとコーヒー
ゆっくりいただきました。
ふつうの各停

▼メール書くハートの絵文字さがしてる

2月24日(土)

逢う人ごとに「温たいな」と言ったり「寒おすな」と挨拶したりして春になってゆく。

朝の通勤。
3キロ先の山は霞んでいますが、陽が差してきました。

数Ⅲの教科書を読んどる女子高生がまえに座っている。
いつもの子。
名前は古川さん。
へたくそな字なので名前まで読めない。

そう、
高校のクラスメートに「男は数学」と言った奴がいた。
その影響で数学系が専門に。
でも、そいつは文学部。をい!
一時、県内で遺跡を掘っていたんですが、今は校長さん。

▼ヤンキーの履いてる靴が内股で
▼ふんわりと裂けたハートの春の空
▼わかってる、恋は片道春の空
▼春の空いつまでたっても片思い

朝は雨が少し残っていたのですが
夕方にはあがっていました。

跨線橋の階段をのぼる高校生。
元気ないぞ。
こら、しゃきっとしろ!

2月25日(日)

▼ねえキミの特等席はひな壇の
▼キミのブログ夏で終わったままだけど

別に誰を思い浮かべて書いたわけでもないのだが
ひな祭りが近づくとすこし嬉しい。

▼助六の海苔巻き稲荷残していたら大好きなほうをキミにとられる

2月26日(月)

▼木瓜の朱手紙に添えたくペンを買う

男の長距離男の長距離

10年前の3月に近所の高等学校の陸上部の部室で撮影したもの。
陸上部員どうしてるかな。

野球部は今年の春の甲子園です。

2月27日(火)

おひなさま。3句

▼お雛様内緒の話聞いていい
▼お雛様悲しい別れもみてたよね
▼お雛様嬉しい出会いもみてたよね

夕方、月のそばにいたのは
金星と木星だったんですね。

2月28日(水)

気温低いけど寒くない。
ベストはカバンの中へ

昼は、すき家でカレー。

▼明日から温なるとメールくれた人

こういう人。好き。

▼嘯くや胸に手を当てお雛さん
▼春一番わたしのひたいを撫でてゆく
▼渡り鳥まるまる肥えて帰りじたく

とにかく
春が近づくのが嬉しい毎日。

2月29日(木)

おはよう。みなさん。
8時半です、もうすぐ。
さて。

--

まだ今朝からニュースは見てませんけど、
夕べのニュースでは雪予想。

そうか、雪なのですね。
私のなごり雪を思い出す。

30年前。

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