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2012年2月22日 (水曜日)

落とし蓋母の手形に指を置く ─ 雨水篇

2月12日(日)

▼火を囲み昔のことを母に聞く
▼井戸水がぬくぬくしている台所
▼かき餠を焼いて茶漬けでいただくの

♪わらぶきの屋根 高石ともや
なぜか今夜は田舎の家を想い出しています
父も母も祖母も妹も子供の僕もいます
想い出にふとふり返るわらぶきの屋根
田舎の古い家のあとには夏草ばかり

こんな歌を口ずさみながら
真冬には井戸水の温かさを思い出す。
炭をおこした煙が目にしみる。

▼助六の最後のひとつを持ってかれ
▼冬眠をしたいと言いつつ春になる
▼春浅き畑の蕾みをじっと見る
▼白魚や鱗輝く箸の先
▼冬眠をし損ねて肥えたまま

なごを食う なごを食う

2月13日(月)

▼如月の雨雨冷たい雨冷たい

そんなことを呟きながら道を行く。
如月と書いてキサラギと読む。
カタカナで書くと寒々しい。
冷たい冬の雨は意地悪だなあ。

2月14日(火)

立春が過ぎて、春になる。
でもまだ寒い。

▼雨あがりハクセキレイさんおはよう
▼井戸水のあふれる先にフキノトウ
▼白魚の輝く鱗に箸を止め
▼バレンタイン胸にしまうことひとつ

▼春浅しシラサギ丸く旅支度

鳥は北国に帰る時期をどうやって知るのだろう。
2キロも3キロも太って、30時間以上もかかって、北海道の向こうまで飛んでゆく。
地に降り立ったときは痩せ細っているという。

白鷺が丸いような気がしてならない。
春が近いのだ、きっと。

久しぶりのグラタン 久しぶりのグラタン

2月15日(水)

5時40分。
お隣さんのおじさんが仕事に行くクルマのエンジンの音がする。
もう、70歳近いのに、毎朝、偉いな。

ほんと、雨の日も風の日も。

私はそれを布団の中で聞きながら、えい!と布団を飛び出す。
新聞屋さんのバイクは、5時半頃に路地にやって来る。
雨でも雪でも。

子どものころ新聞配達をしたことがあるのを、毎朝思い出す。
あの厳しさが僕を変えた。
それは、間違いのない事実だ。

▼切り干し大根の味噌汁が好き。
▼ふわりふわり舞う雪も見ないまま春になる
▼山に入る炭焼き小屋跡で立ち止まる

炭焼き小屋もなければ、立ち上る煙もない。
このごろは。

2月16日(木)

▼寒くても一歩踏み出せば春になる

意地っ張りになってみる。
そういってみると、元気が出る。

▼風凍え頭冷たい毛が欲しい
▼あの時の名残の雪を胸にしまう
▼別れどきじゃあねといえばツバキ落つ
▼それぞれの別離を紡ぐ藪椿

▼桃の花切って貴方の墓にゆく

そうや、貴方は、母の67歳を祝ったあくる日に、66歳のままで逝ってしまったのですね。
3月。桃の咲くころまで生きていれば67歳になったのに。

ブリの照り焼き ブリの照り焼き

2月19日(日)

雨水。

今夜は冷えるな。
しんしんと染み通る寒さの違いを天性で感じ取れる様々な条件を失ったら、ヒトは自ら滅びる道を歩み始める。

▼落とし蓋母の手形に指を置く

鍋から白い湯気が立ち上る。

▼カレー食う貴方の無き母思いつつ、
▼手さばきが母の形見と鍋を煮る

▼路地奥にそっと控える木瓜の花
▼春寒し銭湯帰りにキミに会う

2月20日(月)

▼ユキヤナギまだ咲かぬかな、別れまで

なんだか、花が咲いて賑やかになるのだから
別れもまんざら悪くないじゃない。
そんな気がしている2月。

2月22日(水)

そうか。花粉の季節か。
芽吹く山、麗しき。

▼ボクの書くおやすみも夜空を舞い飛ぶ

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