2018年1月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
フォト
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ

« 落とし蓋母の手形に指を置く ─ 雨水篇 | トップページ | 貨物列車のゆくところ »

2012年2月25日 (土曜日)

昨日のままなら

Sさんが、心の病気で入院したときの友だちのことを書いていた。退院してからも親交があったのだが、次第に疎遠になり、音信が途絶えたあとしばらくして自殺という話を聞いたという。

人生とはなんだろうか。幸せとはなんだろうかと、問い詰めてゆく。

--
(私は通勤の列車の中で走り書きをしたのでそれを貼って置こう)

人のスタンスってのは、些細なところで幾らでもバランスを崩す。
フラフラしないなんてのは特別な時で、いつもユラユラ。
そんなままで大人になってゆく。
いいのか、悪いのか。
分からないけど、生きていれば世界は広がり続けるし、自分でも変化しなくてはならない。
生きると言う事は成長であるのだが、変化してゆくことでもある。
幸せだって、昨日のままなら、誰も自分を幸せとは思わない。

« 落とし蓋母の手形に指を置く ─ 雨水篇 | トップページ | 貨物列車のゆくところ »

【随想帖 I】」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/46088/54070419

この記事へのトラックバック一覧です: 昨日のままなら:

« 落とし蓋母の手形に指を置く ─ 雨水篇 | トップページ | 貨物列車のゆくところ »