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2012年2月29日 (水曜日)

幸せとは、を考え続けて

幸せとは、を考え続けている。

世の中が経済的に成長を続けて、会社が核分裂のように大きくなり続ける中で、私の時代は就職戦線を闘っていた。ある人が、就職をする私に問いかけた。

「会社に入って何になるのが目標か」と尋ねる。「昔の新入りは社長ですというようなことを平気で言ったものだが今の子たちは課長ですというような子もいる」、そんな世の中に変化している話してくれた。会社に入れば未来があった。給料も組織も企業成績も、さらには物価や地価も下がるということは誰もが想像しなかった時代だ。

まさかの急旋回。しかし経済神話だけは残り続けたのではないか。いつか必ずまた昔のように右上がりが取り戻せ、増殖し続けるような会社が次々と生まれる社会が再現できる、と信じ続けている人がゼロにはならない。また、そうでなくては経済学というものの学問的価値がないのではないかと思い続けている人たち。

多くの人々はその神話を信じないと思いながら夢として棄てきれていないから、幸せというものを夢のステージの上に築き上げて、風が吹いたら喜び日が照ったら新しいものに期待して、次を諦めていない。

私が永年、エンジニアとしていた「パー」な会社も、本当はあのときに倒産すればよかったのかもしれない。しかし、本当にバラバラになるまでとことん解体をすることはありえなかったから、やはり今の姿が落ち着くべき姿だったのだろう。経営者というのは先を見据える力が凄い。

でも、会社という生き物は死にたがっていたのだし、贅肉が重くて、重病で腐っていたのだから、10万人の社員の3万程度を整理したからといって、見せ掛けだったのだと思う。7万人ぐらいを整理して、しかも本当に有能な人を残して再出発したいところではなかったか。

まあ、辞めたんだから、関心もまったくないのだが、社会が一向に良くならないのは、あのような腐った企業が、社会や社会を構成する人々を「幸せ」という迷信など飴のようなものを撒き散らすからだ。しかも利益を上げながら撒くものだから、社会が幻のようなその幸せに骨抜きにされてしまった。利益が上がっているころまでは良かったが、優良でありつづけるために迷信のように大企業神話だけが残り続けた。

人々は幸せというもの考える力をなくしている。マクドナルドのハンバーガーを食べるようになって、美味しいパンや美味しいハンバーグの味を見極める力が退化していったように、幸せボケの世紀がやってきたのだと思う。何も外食産業ばかりではなく、情報化社会の中で見直された時間軸上に重みつけられる価値観を背負ったあらゆる概念が、費用対効果のような一見まっとうそうな論理で社会を腐らせ続ける。今も。

いつかは再び。そんなことがあるわけもなく、そんな夢を見続けるようなステージなんかないのではないか。そんなことを考えながら、幸せとは何だろうか、を考え続けている。

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