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2012年1月25日 (水曜日)

感謝とか恩義とか仇とか憎しみとか。

たくさんの人を見送って自分も大人になってゆく。
親が死んで、世の中がはっと見渡せる。
人の宿命かな。
感謝とか恩義とか仇とか憎しみとか。
いろんな言葉があるけれど、こんな節目をいくつもこなさなきゃ、真意はわからんものよね。
これからよ、人生は。

---

先日、ある方の言葉に走り書きで上述のようなコメントを書いたのだが、この言葉には至らないところが多いことがわかる。
受け取った人は困惑するし、伝えるべきことではない部分で反応なさった可能性もあろうし、このように意味の難解なコメントは避けるべきであろうと自分に言いつつ、少し分析を試みる。

ヒトは、通則として歳の順番に逝ってしまう。このことは千年経っても変化は無い。通則。

しかし、その規則に従わない事例はいくらでもある。世の中は例外によって成り立っている。だから、確率論も存在するし、そのおかげでご飯も食べてくることができた。

親より早く逝く。逝くべきでない人が先に逝く。
私たち人間は、このような一見して不条理のようなことに底知れぬ悲しみを抱き、嘆き、苦やしむ。

ヒトの涙は、すべてが悔しさから成り立っている。悔しさを克服すれば涙はなくなるが、悔しさをなくしたらヒトはヒトではなくなってくるのではないか。つまりは、涙はヒトの証なのだとも言える。

親しい人が死んでゆく。死んで欲しくない人が死んでゆく。引き止めることはできない。
そういうものを運命といい、その重みを背負うことを宿命という。

恩義を強く感し、人を惜しむ。そこには、感謝の気持ちがあふれる。
しかし、場合によっては仇とか憎しみであることもあろう。

死んで欲しい人があるとまでは断言できないにしても、人生の道程の上から消えてしまって欲しいと思う人が過去にいたことは事実だ。私はそういう悪者の側面も持っている。

死んだら終わりであっても、許せないこともある。死刑ではなく、懲役千年というような極刑も世の中に存在して欲しいと思うことすらある。

命を亡くした人を見送るのは辛い。そしてその辛さは必然的に年齢と共に増加し、それは指数関数的に、そう、f(x)=exp(x) 的に増え続け、最後は自分である。

その1コマ1コマに自分の感情の乱れがあり、哀しみはもちろんのこと、苛立ちや憎しみ、同情、後悔、怨念、果ては無関心などもあるのかもしれない。

だが、その瞬間に自分自身を奮わせる波動のようなものは、誰の力や意思によっても揺るがせることはできず、心が正直であればその微動でさえも受け止めざるを得ない。

得てして、人は未熟で未完成で揺らぎに動じやすい時期に、困難やアクシデントなどの大きな変化を受けることが多い。いや、そんな気がするというのが正しく、それは確率の基本式を紐解けばそれほど難解ではないだろう。

人が消滅して行くときに、私たちは何を思うのか。

それは儚くも、巻き戻すことのできない過去であり、死に直面するたびに許せなかった過去や許してもよかった過去を振り返り、消えてしまったもの、─ それは命であり罪であり、または功績でもあろうが ─、を手繰るのだ。

人にはそういう節がある。竹のような節目かもしれない。
その節目を、いったいいくつ数えれば自分の番がやってくるのかは分からないけど、その節目を迎えるごとに一人の人間としての自分の姿を見つめ ─ 暫らくしたら忘れるかもしれないが ─ 、広くて澄みきった視野と、熱くなりすぎない冷静な感情と、いつでも奮えることのできる心を、少しずつ固めてゆくのだ ろう。

ちっぽけな日常の、その刹那的な馬鹿馬鹿しさから身を引いて考えることができる時にはもう手に負えないほどに自分が覚悟をしてしまっているわけで、だから、社会は太古の昔から愚かを繰り返しているのだ。

科学や哲学がどれほどまでに洗練されても叶わないのだろうと思う。川の流れは変えることなどできない。(水は清く、光に輝くようにはなれるとは思うが)

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