令和元年

  • 25日の夜は鰹のタタキ
    令和の足跡

M's Zoom

  • 大井川鉄道(5月6日)
    M's Days フォト

歩きの日記

  • 三野瀬駅
    あるく

BIKEs

  • かつて
    バイク・ツーリスト
    だったころ

Walk Don't Run

  • 忘却をおそれず
    記憶を記録として
    遺そうと思う

ノート

  • ふと開く一冊の絵手紙集

写真日記(平成28年版)

  • 越乃寒梅
    平成28年の
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります

京都日記(平成27年7月篇)

  • 鱧のお弁当
    京都日記
    平成27年7月篇

京都日記(平成27年春篇)

  • 焼き鳥
    京都日記
    平成27年版の
    春の日記です

写真日記(平成27年版)

  • 伊達巻
    平成27年の
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります

日々是好日写真記

  • ハーモニカ
    860枚 平成18年から平成26年まで(写真日記)
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ

« 記憶にとどめる | トップページ | 寒波来て »

2012年1月22日 (日曜日)

きくということ。

きくということ。

風邪で床に臥している時間が長くなるにつれて、つまらないことを考えてしまうものだ。
命日を迎えた日に、父親とはどういう人物であったのかをふたたび考えていた。

静かに話す人の語りに耳を傾けるという姿や、そうさせる語りや、またそんな魅力そのものも減りつつある。TVをつけると単発的で薄っぺらい笑いが溢れている。

あるときには、ラジオから流れるアナウンサーの落ち着いた語りが届いてくる。

これらに耳を傾けながら、またアナウンサーの語りと別の時刻にTVで流れていたお笑いのタレントたちの喋りと比較して、語るということが、そしてその語りに耳を傾けるということが少なくなったなあ、とつくづく思う。

良質の語りに出会う機会は激減した。そして、語り自体ももしかしたら忘れ去られつつあるのかもしれない。

私の父は難聴だった。子どものころの不注意でこのような不幸を背負い、人生の大方を片耳で過ごした。残った聞こえるほうの耳も、年齢につれてほとんど役立たない中で生きてきた。

父は、テレビを見ないで、しばしばラジオを聴いていた。聴くということを人一倍大切にする人であったのか……と、はたと、今頃になってそう気づく。

« 記憶にとどめる | トップページ | 寒波来て »

【- Walk Don't Run -】」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: きくということ。:

« 記憶にとどめる | トップページ | 寒波来て »

フォト
2019年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31