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2011年12月15日 (木曜日)

父の策略

まとまらない話であったが、大人になったらオヤジ(父)と飲みたいを思いつきで先日書いて、しばらくひと息をついていた。飲みたい人はそのときにはすでにいなくなっているという話である。

そのうち話せるときがくると安易に考えていたことに加えて、今の自分が出来上がるまでの計り知れない愛情を、私が心から理解できずにいたのだと後年になってから私は反省をした。つまり、言ってみれば育ててくれた人の苦労など気にも留めずに大人になってしまったので、いざお礼をしなくてはならない時期が来たときには「時スデニ遅し」だったわけである。

このような思いを経験した方は、この世の中には多かろうと思う。そのことに気づくことさえなく過ごした人を除けば、半分は後悔をし悔やんだに違いない。

しかし、それはそれでまたいいのだ。先人は直接の感謝を受けたいと思っていたのではなく、気性を受け継がせたかったのだとすると、気づくことに大いなる価値があったのだ。

であるならば、同じような状況下にある私も「何が遺せるのか」という大きな課題を新たに受けたことになる。もしかしたらこれも父の無言の策略であったのかとさえこのごろ思う。

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どこまでも「バカボンのパパ」のようだったオヤジであるがなかなかの思慮家だったのではないか、というのが私の永遠に解決しない命題である。私が死んで命題も消える。 オヤジの策略を書き残してから少し時間が過ぎる。過ぎる間に、書き留めたかったことを忘れ、取るに足らないことが浮かび上がって、記憶の巻き戻しの邪魔をする。 一瞥すると変人で、しばらく付き合ってみても変わり者であったオヤジであった。しかし、本当はそうだ「バカボンのパパ」のような気質であったのだと思っている。 赤塚不二夫は、「バカボンのパパってさ、別に... [続きを読む]

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