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2011年12月31日 (土曜日)

ごみ─最近の言葉メモから

最近の言葉メモから

◆年金

年金って老後に収入もなくなったときを保証してもらえるように若いうちからかけておく仕組みです。
老人が増えて原資が食いつぶされてきていますので、受給年齢を引き上げていこうとすることは理解できます。
しかし、その負担をほぼ全面的にこれからの世代や払える人に頼るのは、本当に正しい筋道とは言えない。

◆掛けた額に達したら辞退すべき

まず、老人になって年金をもらい始めて、自分が掛けた金額に達したらそこで年金受給を停止するのが正しいと思わない?
余分なお金を払うのは打ち切って、生活保護の支給額に変更すればいい。そうすれば原資の食いつぶしを少しは防げるはずだ。

◆高齢化社会

老人を守る、高齢者を守ることと、年金を受給者に払うことを同一線上に置かない。これは大事です。
贅沢は敵だといった時代に還るべき。優しさも取り戻しながら。

◆あさましい

自分だけ得しようとか、掛けた以上にもらわな損やという卑劣な行為を摘み取ることは、地道であっても大事ではないか。そして、そういうことを当たり前にしている社会へと、今を改革せなあかん。
早く亡くなってゆく人は、せっかく掛けたのに気の毒だが、その人のご不幸をお悔やみするとして、ほかの連中は自分の金でないものをもらって得をする必要はないだろう。そういう時代じゃないのだ。

◆税金

どうして少しでも払わずにしようとするのか。
自分だけ得をしようとするのか。
人間として最もアホな姿じゃないのか。
そう思う。

そもそも論ですが、自分たちの社会は自分たちの歴史の上で築いてきたのだという意識が欠落して、自分の力や努力だけで今の地位や名誉や資産を得たと思っている人が多すぎる。
もう少し、歴史的な先駆者の知恵に感謝をしなくてはいけない。

◆無人島にひとりで暮らしているのではない

税金は、払わされるのではなく、納めるのであろう。
本当に必要な種別なのかどうかの吟味は相当真剣にする必要である。しかし、どこぞのボケ首長みたいに、何でもかんでも減税できるわけがない。
税金とは何か。考えれば分かるでしょう。
なぜそのようなシステムが、太古の昔に考え出されたのかを考えれば、税金は価値あるものであることをしっかり学び、その徴収方法や種類を徹底議論すべきです。

◆暮らしを考える

通貨が不要な暮らしをする人はほとんどいなくなってきたものの、私たちが用いている通貨とそれが流通する社会と、その社会の構造の地域性と、それらがもたらす地域の中での通貨の実質価値を考えれば、税金というもののあるべき姿が見えてきます。
税金というシステムが東京などの都会中心の生活や経済社会を基準に作られていることもわかってくる。
そこから見つめなおしていくことが大事だ。

◆マネーはどこに消えるのか

大きな自然災害と人災を蒙ったのにもかかわらず、全然、反省しないで自分たちだけの幸福を考え続ける。
経済的な理論は知らんけど、ウチの国にある資金は燃えて灰にならない限り、国民に戻ってくるような仕組みを作ることは、それほど難しくないと思うのだが、残念ながら現実は難しかったのだなあ。

◆暮らし

歪んだ波形を合成してゆくと、必ずノイズと損失が発生しますが、その状態に似ているのかと思う。
結局のところはノイズや損失というものは、中流意識の中で発生した贅沢や成金家族の無駄遣い。
一生懸命に東北災害に募金をする方々の姿を見かけても、人の暮らしのスタイルから見直してゆかねばならないのだと痛感する。
高度経済成長社会が遺した社会の中にある吹き溜まりのような無駄やエゴや贅沢をきちんと摘み取ることが不可欠で、経済理論がいくら先行してもこのあたりに諸悪の根源が眠る。
しかし、それらをゼロにすることは今や不可能で、永遠に椅子取りゲームやド貧民ゲームは続くのでしょう。

人の気持ちが変化しなければ上昇な望めない。

◆絆

どうもこの言葉に「待てよ」という気持ちが引っかかる。
人々は優しく労わりあっているようで、情熱を持って前進して活躍する人も多い中、(推測)2割くらいのマイナス因子で社会は随分と混乱して立ち止まっている。
絆は、触媒のようなもので、本当に必要なものがほかにあると思う。

◆SNS

奇麗事を飾って満足するだけの社会や、馬鹿なメディアに煽られるのはやめて、本当の哲理を考えることのできる流れは生まれないものか。
軽々しいネットワークシステムがもう少し損得抜きで動いてくれるといいのだが、無理だろう。
だったら、一切を、麻薬取締りのように両断すればいいのだ、と言いたくなる。
麻薬の拡散は取り締まるが、メディアの進化は無条件で認めてしまった。反省は本当にないのだろうか。

でも、自分のことしか考えない社会なんだから。………という具合に、年金の話のようなところに戻ってくる。

ねぶか食う、母のすき焼き思い出す ─ 12月下旬篇

12月24日(土)

昨日のことですが……天皇陛下。
どれくらい、おめでとうのメールが届いたのだろう。

おめでとう、と申し上げたい。

私の両親より1歳お若いと思ったが、健康をお祈りします。

▼ねぶか食う、母のすき焼き思い出す

JRタカシマヤ名古屋へ出かけた。
すごい人でした。
人ごみに出たのは久しぶり。

12月25日(日)

だし巻きのかすかな甘さを何でつけるのか。
これは難しい。
まさに隠し味なんですが、誰か教えてくれんかなー。

と思って、母親に尋ねたら、
「マヨネーズを入れると美味しくなるとTVで言ってた」
と教えてくれた。

▼サヨナラも言わず指切りもせずに消ゆ

12月26日(月)

おはようございます。
多雪の地域のみなさま、お見舞いもうしあげます。

うっとこも、キンと凍えております。
でも、雪も霜もありません。

▼年の瀬を拾い集めて五十五回

孫さんも、総理も。

▼落ちてゆく時計が止まるほど速く

寒いというより、風が冷たい

12月27日(火)

おはようございます。

今朝は地平線の上に雲があって
朝焼けが赤くならなかった。
出かける時は薄暗く
ヘッドライトをつけたクルマが
まだ走っていた。

▼落ち葉焚きむかし話をひとつふたつ
▼時雨雲明日を占うのはやめにして

風が冷たくて、目の玉、凍りそう。

▼恋しいと海ばかり見ていたあのころ 

▼ピアノぽろん、今月光を恨んでた
▼月明かり弱く儚くピアニシュモ
▼届かない激しくピアノ叩いても

季語のある川柳。
のようなもなか。
俳句のような現代詩か。
まあ、そんなものを目指す

12月28日(水)

仕事納め。

この職場は、何もない。
よそは市長の話とかがあるのですが、
知事は年末には何も話さない。

あれ?、去年は「よいお年をお迎えください」というメールが届いていたような気がするが。

▼寝違えて首の動かぬ夢を見た

お金がないからかな、と苦笑う。

▼本年もあっけらかんとおわりゆく
▼夜更かしは嫌いなんだけどしてる

12月29日(木)

おはようございます。
忙しいようであり、
マイぺーすなようであり。

これから、餠つきをしにいきます。
(別日記になりました)

古日記の一枚一枚ページをめくる。
そのたびに蘇るものがある。

▼古日記ページをめくる旅をする

12月30日(金)

今年を振り返りたい。
振り返るようなことなど何もない。

まあ、それが一番、イケナイなあ。

▼時雨れても軒にもの干す年の暮れ

母と娘は30日ということで、イオンへ。

▼時雨雲親の顰めた眉に似て
▼ナイショなの、昨日すき焼き食べたこと

▼孫さんも総理もボクと同い年

▼年忘れ、忘れたくないこともあろ
▼恩人や逝って今ごろ癖を知り
▼少しだけ我儘になったけど大人びて

もうすぐ
五十五回目の
大晦日とお正月が来る。

そんなことをツイッターに書きながら眠ってゆく。

2011年12月29日 (木曜日)

軒先を歩く

軒先を歩くと
つるし柿が
鄙びたまま
ぶら下がっていた。

その隣に、大根が干してある。
ヒトの何かに似ていなくもないが
自然の美しさを放っている。

大根
大根

風が冷たい。

風力発電の風車が遠くに見える。
数えたら二十数基、きちんと数えられたらしい。
その数を教えてもらったが、忘れてしまった。
23といったか、29といったか。

墓に参った裏山で
墓に参った裏山で

墓に参る。

蝋燭に火はともさない。
水もかぶせない。

裏山のほうへと踏み出すと 赤い実が、これだけ目立っている。
夏は葉が生い茂り
セミがなく山も
じっと静かに年を越そうとしている。

餠を丸める

餅つきに行く。

湯気がすごいええにおい。
土間に満ちる。

餠をちぎる
餠をちぎる

手でちぎる。
まだ、熱い。

餠を丸める
餠を丸める

転がすように丸める。

できたてのお餅は、大根おろしに鰹節をたっぷりと入れて醤油を掛けたなかに入れて食べる。

おろし餠というてますが、これが一番うまい。
食べるのが忙しいので、写真はない。

スイセン

庭にて
庭にて

寒風の吹く日に
ふるさとを訪ねて
餅つきをしようと
考えた。

寒さに良く似合う。
コイツ。
ゆれていた。

2011年12月24日 (土曜日)

手紙を書くということ

手紙を出し合う友だちは昔からありますよね。

でも、

メールの時代になって、返事がすぐに書けることが災いになり、メールであれ紙の手紙であれ、便り出すということが次第に軽くなったり面倒になったりしてきていると思うのです。

メールにしても返事をすぐ書かないで、2,3日ためておくのを常套化してしまえば、結構、手紙を書くということが復活するのかもしれないです。そんな気がします。

2011年12月23日 (金曜日)

夢を見る、冬至の晩に父と飲む   12月中旬篇

早いもので12月の下旬です。
歳を食うことはさほど気にならないけど、感動するセンサーが弱ってきたようで気にかかる。

12月10日(土)

久々に楽器を吹いたら、筋肉が痙攣して止まない。でも、クリスマスソングは、ウォーミングアップにちょうどいい曲が多いなあ。

今夜は月食らしい。

普段強がりを言ってるくせに、いざとなったら寒くて。
外に月見に行くなんて。
とほほ。
布団ラブ。

……でしたが、二人で風呂上りに少しみてきました。
キレイに欠けている。

大昔にもみた記憶がある。
もっとはしゃいでみたなあ。

400ミリくらいのレンズでみたの。
三脚とフイルムいれたEOSもあるのに、サボってます。

今夜も、日本野鳥の会のおかけで双眼鏡上手に使えて、しっかり捉えることができました。

というわけで、月と星を同じ時刻に見上げた皆さん、おやすみなさい。
いい夢を。

12月11日(日)

▼2時間もコタツでうたた寝してしもた

そんな日々が続く。

12月14日(水)

お昼は、あっさり焼きそばにカレーをかけてみた。
キャベツをざくっと切って多めに入れて、
塩味で少し強めに炒めて、
お皿に盛ってから昨日の残りのカレーをかけました。
コロッケも買ってきて載せました。

けっこういけるよん。
なかなか新創作でグッドでした。

▼暮れゆきて餅つきいつかと母に問い
▼注連縄を綯う親父なく土間寒々

お風呂のおそうじ、年一回 。
強力カビ取り作業つき

▼おっぱいや冬至も近しプカプカと
▼好きな人と銀河鉄道を旅したい
▼湯たんぽを抱いてボコボコあばら骨

12月16日(金)

▼改札口駆け込んで来るキミ、髪型変えたね
▼冬が来る、漬け物ツイート嬉しいな
▼おはようと声かける中学生、卓球部

アンデルセンの(ケーキ屋)の前で、毎朝友だちを待ってる中学生がいる。
これから朝練。

─ おはよう。何部?

─ 卓球部

初対面とそんな会話をしながら、駅へ。

▼北風が昔の僕を呼び起こす

北風が冷たいねえ。
今夜あたり忘年会のところ多いのでは?

12月17日(土)

朝。
部屋の温度。8.6℃。
いよいよ冬や。
暖房さすがに入れたい。
地肌パジャマにガウンだけでは少し寒い。
というか手が冷たい。

▼洗濯バサミを持つ我が手を北風が突き刺す

▼椿落ちる、ポタリではなくポトリだった

▼今夜は家族三人でコタツでうたた寝
▼椿落ちて叶わぬ恋のひとり酒

12月19日(月)

▼丸い月より三日月の方が神秘的
▼師走雨凍えるほどに銀色の
▼クリスマスあの人と語らえたら、と夢を抱く
▼だしまきを食べたいとメールして叶う 

▼餃子食う息吹きかけてチューをする 
▼プチプチと大根つついておでん食う

12月20日(火)

昼はカレーでした。

▼お弁当で背中ぬくぬく朝の道
▼時雨雲ここまで来ぬと高括る

12月21日(水)

曇っているとメモしておく。

部屋があまり寒いので、ストーブをつけた。
15度くらいになったら切ろう。

▼厚着して胸のうちには恋心
▼さんま干す銀のエッジに切り込まん
▼着ぶれてぼっぺ膨れて腹へって
▼はっとする透明ガラスにうつる影
▼いじらしく潤め鰯の頭噛む

潤め鰯ってお茶漬けが一番だと思う。

12月22日(木)

クリスマス一色である。

今年は紅葉もゆっくり見ることがなく
秋の味覚も十分に楽しんだというわけではなかった。

社会情勢は依然として考えさせられることが多く
不満と不安が交錯する。

▼落ち葉積もり苦しみたまる年の暮

▼長い夜届かぬメールの予感かな

▼夢を見る、冬至の晩に父と飲む

遺す言葉を別ページに少しずつ書いている。
記憶の断片である。

▼なんだろね、キミのエクボに愛が棲む
▼柔らかなゆずを手のひらでギュッと潰す

ゆず湯に入る。
朝から微かに傷む頭の片隅も少し和らいだような気もする。

人は素朴を愛するのなら
もっと徹底して素朴であっていいのではないか。

そんなに経済活動が大事なのか。
社会のニュースを見て、それは戸惑いだぞと言いたくなる。

物語は進まないほうが愉しいかも。その9

(その8)を書いたのが10月26日であるからおよそ2ヶ月の日々が過ぎていった。

その間に、何の花が咲くわけでもなく、嬉しい出来事があったわけでもなく、大きな変化が起こったわけでもなかった。

メルアドを教わったのでときどきメールするけど、以前にも触れたように、話題がないので困る。寒いですね、とか、クリスマスですね、とか、ディナーに友だちと行ってきました、とか、そんな程度だ。

「シルク・ドゥ・ソレイユ」に行ってきます、なんてメールが届いたこともある。

そんなふうに、なかなか接近ができずにいる。

ちかごろFACEBOOK で遊んでいて同窓会モード&職場雑談モードを楽しんでいる私は、よし彼女も誘ってみようと思い立って声をかけてみたものの、あまり関心がなさそうだったので、強引に誘うことはせずにそれきりになってしまった。まあ、それはそれでかまわない。彼女がFBにもし来たなら、たちまちのうちに職場の中から知り合いが湧き出てくることになるのかもしれない。FBを見ていると私たちの業界の人が確かに目立つ。

そんなこんなで、クリスマス。あの人は何をしているのだろうか。あとでメールでも放り込んでみよう。

* *

先日、映画のことを書いた日記を振り返っていたら、マザー・ウォータのことが書いてあって、そうだ!この映画を見に行ったときに映画館でばったり会ったのが2月のことで、あれが私たちの急接近の始まりだったということを思い出した。家族も一緒にいたので夕飯のときなどにもあの人に久しぶりに会ったよなどと話題に出ることも多く、それだけに、食事にもコンサートにも声をかけられないのだ。

もしも、お互いに20歳若くて独身であったならば、間違いなく、その後もそれなりの付き合いをしていただき花が咲くのか、はたまた散るのか。……となったのかもしれない。

そんなことを考えてみると、そのように友だちになって散ってしまうのも悔しいので、こうしていつまでもメル友してるのがいいのかもしれない。

2011年12月21日 (水曜日)

ジャンケンに強くなる その2

ジャンケンに強くなる その2 、「考察 3」をいってみようか。

ジャンケンの勝敗結果は、あくまでも平等に分布します。しかし、実際には強い人がいます。だからそこには勝てる手法が存在する。そういう話が発端でした。

  • 最初に、あいことなった場合は、グー・チョキ・パー。この順番で出すと勝ちやすい。
  • 最初はグー。これで始めると、自分に運を呼べることが多い。

※あくまでも、人間の心理として、

  1. 現在の拳骨が次に出すものと同じありたいと思う心理と
  2. 2種から選択して選べる別のものにしたいという心理と

では、どちらを選んでしまいやすいのかを考えるなら、2番目になるだろう。そうであるなら「グー」→「チョキ」→「パー」の順で出せば、勝つ確率が高くなる。

** **

さて、
考察 3

しかし、事態を見通す力の高いかたはそれでは済まない。

「あいこでショ!」が続いたとき、「グー」→「チョキ」→「パー」 戦術では永遠にジャンケンが終わらないことが分かる。

ここで次々と手を打ちながら、どうするといいのか、を考える……ようでは遅すぎる。勝てない。

ジャンケンは、偶然で勝つものではない。知能で勝つものだ、というのはこの瞬間の判断だ。

おや、相手も「グー」→「チョキ」→「パー」 戦術だなと気づいたら、タイミングを惜しまず、

  • 同じものを連続して出す

これが大きく勝利を呼ぶ。
相手は、「グー」→「チョキ」→「パー」 を出してくる。もはや、止まることのできないエネルギーで突っ走っている。だから自分がそのエネルギーと断ち切るのだ。

つまり

  • 相手            : 自分
  • 「グー」  → 「チョキ」 : 「グー」
  • 「チョキ」 → 「パー」  : 「チョキ」
  • 「パー」  → 「グー」  : 「パー」 

で勝負を終わらせることができる。

「おお、相手も同じ作戦か・・・・」と気づいたら「同じものを続けて出す
普段から頭に入れておけばよろしい。

2011年12月18日 (日曜日)

ジャンケンに強くなる

〔2002年春の彼岸号〕の【塵埃秘帖】(秘蔵版)ジャンケンという日記を書いたことがある。

どうしたらジャンケンに強くなれるかである。しかし、さらに、この考察に第3の考察を加えねばならないことがわかった。

じゃんけんに強くなりたい人は多かろう。
私の解析した手法でジャンケンは強くなる。
しかし、みんなが同じ手法を用いるとたちまちそれは決着がつかなくなる。

もう一度、ジャンケンの日記を詳しく読み直してみると、面白いことが見えてくる。

(続く)

第3の考察はこのあと。

2011年12月16日 (金曜日)

「バカボンのパパ」 その2

どこまでも「バカボンのパパ」のようだった父であるが、なかなかの思慮家だったのではないか、というのが私の永遠に解決しない命題である。私が死んで命題も消える。

「永遠なる序章」のなかで椎名麟三は「生きるということは、激情だということです」と言う。彼は「自分は、瞬間瞬間に、死を生き、無意味を生活した」とも書いている。

父が激情の中を激しく燃えるように生きていたのかどうか、今更、分かるわけもないし探れる術もない。

多くの人の回想を寄せ集めると少しずつ見えるものがある。

そこには、純粋に生き、嘘もなく、見栄もない。人を騙すことも欺くことも、陥れることも、謀ることもない父の姿がある。

彼は、機嫌の悪い姿を一度も見せたことがなかった。他人の悪口を言うこともなかった。
何かを悔やんでいるような様子やそれを言葉にすることもなかった。

不思議な人だったのかもしれないと今になって思う。

バカボンのパパが
「忘れようと思っても思い出せないのだ」
というセリフを言うが、私の父にも言ってほしいような気がする。

「バカボンのパパ」 のようだった

父の策略を書き残してから少し時間が過ぎる。過ぎる間に、書き留めたかったことを忘れ、取るに足らないことが浮かび上がって、記憶の巻き戻しの邪魔をする。

一瞥すると変人で、しばらく付き合ってみても変わり者であった父であった。しかし、本当はそうだ「バカボンのパパ」のような気質であったのだと思っている。

赤塚不二夫は、
「バカボンのパパってさ、別にラクして生きてるわけじゃないんだよ。パパはパパなりに、どうすれば家族を幸せにできるか、どうすれば毎日を楽しく過ごせるかを考えながら一生懸命ガンバってるわけ。そのためには体ごとぶつかっていってる」
と言っている。

家族を幸せに……なるほど。口下手でペラペラと理屈は言わなかったが、東京に送ってくれる荷物の中には必ず手紙が添えられていた。
私を心配してというよりも、長い人生を睨んだ言葉であったような記憶がある。

その手紙はもうすべて棄ててしまって現存しない。
そんなもんだ、人生と言うものは。

2011年12月15日 (木曜日)

父の策略

まとまらない話であったが、大人になったらオヤジ(父)と飲みたいを思いつきで先日書いて、しばらくひと息をついていた。飲みたい人はそのときにはすでにいなくなっているという話である。

そのうち話せるときがくると安易に考えていたことに加えて、今の自分が出来上がるまでの計り知れない愛情を、私が心から理解できずにいたのだと後年になってから私は反省をした。つまり、言ってみれば育ててくれた人の苦労など気にも留めずに大人になってしまったので、いざお礼をしなくてはならない時期が来たときには「時スデニ遅し」だったわけである。

このような思いを経験した方は、この世の中には多かろうと思う。そのことに気づくことさえなく過ごした人を除けば、半分は後悔をし悔やんだに違いない。

しかし、それはそれでまたいいのだ。先人は直接の感謝を受けたいと思っていたのではなく、気性を受け継がせたかったのだとすると、気づくことに大いなる価値があったのだ。

であるならば、同じような状況下にある私も「何が遺せるのか」という大きな課題を新たに受けたことになる。もしかしたらこれも父の無言の策略であったのかとさえこのごろ思う。

2011年12月14日 (水曜日)

大人になったらオヤジと飲みたい

遺す言葉-2 を書いてから6ヶ月ちかくが過ぎる。その間にも時々刻々と時間は過ぎる。

いくつものメモがあって、いくつもの没メモがある。
自問を続けながら、私が残せるものは、未来を見つめる視線ではないか、と思ってみたりしている。ヒトは必ず果てる。意思を受け継がせてこそ未来が開ける。

物質的、経済的視点での判断で今を乗り切る力こそがパワーだというような風潮が広まって、人々はいわゆる賢くなって強くなっているのだが、思想哲学のようなものが疎かだ。宗教も軽く見られがちであり、思想とは歪んだものを生む恐れがあるという錯覚めいたことを考える人もいる。現代で最も欠落しているのは、そういう間違った理屈を打破できる強い哲学がないことかもしれない。

メモに
◆大人になったらオヤジと飲みたい
と書いたことがある。私もその一人であったかもしれないが、そういう人々が多かったのではないか、という回想である。

私が高校から大学生活を過ごしたころ、その年代の子たちは割合とそういう夢を抱いていたかもしれない。昭和30年代生まれの連中で、現在は50歳から60歳くらいになっている人たちだ。

まだ、日本には貧乏が残っていたと思う。つまり、精神がまだ金持ちや安定生活層に達していない親たちが、戦後の苦しみを引きずりながらいつかは楽になりお金も物資も不自由なく使いたいと夢を見た。そしてそれを少しずつ実現する人が現われ始め、会社も急成長の兆しを見せ、農家の若者は都会にサラリーマンとして働き出て暮らし始める。

冷蔵庫やテレビが一家にそろい始め、テレビにはやがて色がつき始める。そんな中で育った子どもたちは親の背中を見て育ち、親の苦労を肌で感じながら進学の道を選択したり、人によっては事情で断念し、社会人になってゆく。おおらかで自由で少し金持ちになったようなゆとりの文化が学生たちの間にも先駆けて広がり、同時に経済は急成長の時代を迎えて、給料は5倍10倍と通貨単位が変わったかのごとく増えてゆく。

親父(オヤジ)には苦労をかけた、世話になったから、いつか一緒にゆっくりと酒でも飲みたいと思ったのはそういう背景があるのではないか。

1990年代から2000年代へと、予想外の急降下で父とはろくに話もする暇もなく、自分は子育てに追われ気がついたら50歳はとっくに終わっていた。

親父は死んでしまって、話せるところにはいなかった。

角田光代  空中庭園

ずいぶんと長く読んでいました。
その間に、ひとり日和が終わってしまったな。

あちら(ひとり日和)は★★★

空中庭園は★★★★

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買ったばかりのとき、ここの日記で、
子どもには読ませたくない……
みたいなことを書いたけど
子どもにはというよりは、大人に読んでいただきたい。

作者くらいの人々がいいかもしれない。

角田光代
空中庭園
文藝春秋2005

空中庭園

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空中庭園 この本は、青山七恵さんの「ひとり日和」と並行に読み始めた。女流の作家さんという点が共通するほかにどんなことがあるのか、興味深く読み始めたわけだ が、少し早めに空中庭園から読み始めて、角田さんらしい小説を味わいながらも、「ひとり日和」というタイトルと表紙に惹かれて待ちきれなくなって青山さん の作品に手を着けてしまう。

そんな風にして読み続けた空中庭園であったが、青山作品のほうが面白いとか優れているということはまったく無く、むしろ同時に読むことで、読むほ どに角田さんの作品の緻密さや構想力や、さりげなく各所で現われてはすっと消えてゆく文学性や彼女独特の表現が、生き生きと働きかけてくる。

少し大人の誰にも話さないエッセイのような物語が「空中庭園」の厚みではないだろうか。そういうわけで、急いで読まずにゆっくりじっくりと落ち着いて読める時間を見つけては手に取るようにした。

いつものように、無理やり作者のイメージを消し取ることはせず、この人(作者)を主人公たちと重ね合わせてみる、年齢的なものや人生を想像してみる、私の頭の中に自分なりの「空中庭園」を思い浮かべるなど、普通の感覚で読んでゆく。

するとこれは文学作品でありながら、日常のスナップ写真であり、しかし、三流のトレンディドラマとは一線を画している質の高い自省的なエッセイのようにも思えて来る。

もしも親しい友だちに尋ねれば、10人に数名はどこかしらに自分に当てはまるようなエピソードを見つけるかも知れない。どこか思い当たる節に擽られながら、我が家を振り返ってゆけた人も居るかもしれない。

家族とはどういうものなのか。その中で自分とは何なのか。

社会の中で普通に胸を張りまた後ろ髪を引かれるようなことをやりながら知らぬ振りして戻ってこれるところ、それはあたかも誰にも束縛されないながらも、自省という束縛のもとに遥かな人生という、命を乗せた波の上を、心地よく彷徨っている私の物語でもあったのかも知れない。
(Rev0)

2011年12月11日 (日曜日)

寒波来いこいこいこいと恋もこい ─ 12月上旬篇

12月1日 (木)

12月の始まりの日は曇り空で、
今にも降り出しそうだったのだが、
暖房も要らない温かな朝だった
と書きとどめておこう。

▼雨マークばかりを眺めておやすみ
▼肩の荷が少し降りたの今年から。
▼床に入りひとつイイネを押して寝る

12月2日 (金)

▼背を丸め火鉢にあたる父偲ぶ
▼渋い雨エンピツ画のように冷たい

この日の朝の雨が冷たかったことは間違いではないが
エンピツ画のようにというのは、私のひとつの妄想だ。

渋々と降る雨を見ても、楽しかった思い出はないなあ。
雨は嫌いじゃないのだが。

12月3日 (土)

おはようございます。
雨の確率が下降線。

雨が降ると「雨をみたかい♪」を真っ先に思い出して、繰り返して歌っている。
そして、「雨をみたかい」をひとしきり歌い終わると「悲しき雨音」を思い浮かべている。
青春は雨の中にあったのかもしれない。

昨夜から降った雨は、朝にはあがって
峠を越えて海が見えたころには、晴れ間が出ていた。

熊野灘の波は、嵐のように高い。

新宮のオークワに行ったことを書き留めておく。

ぬくたい。
▼波は、やはりかなり高い模様。

12月4日 (日)

誰を追うの。
追いつきたい人があるの。
そんな自問とともに。

▼追いつけずバサリと捨てることもある

12月5日 (月)

月が綺麗やったなあ。
でも、立ち止まってじっくりと見上げることはあまりない。
理由は書かない。

▼ごまめ食う早すぎるねと見つめ合う

▼ひとり日和、読み終わったと書いている

12月6日 (火)

▼夜更かしをしてみたくなる月夜かな

そう書いてみたくなるだけで
夜更かしなどさらさらする気はない。
早く寝て、朝を早く迎えたい。

12月7日 (水)

おはようございます。
太陽が真っ赤だった。

▼卵焼き干物も匂う朝の道

手帳を買おうか、どうしようか、迷っている。
紙のノートが欲しいのだろう。
指で1枚1枚めくるノート。

▼大雪や喪中の便り舞い込みて

雫石の池田さんのおかあさんが亡くなったという喪中が届く。
大塚先輩もお父さんを夏になくされたという。
東芝の総務部長就任の日経新聞記事の1ヶ月ほど後のことだ。

▼山茶花の落ちるふりして泣き寝入り
▼凪の夜しんしんと月白く白く
▼暮れの月丸顔好きで色白で

ぼんやりと日常を振り返りながら眠ってゆく。
死ぬときもこんな感じであればいいのに。
そんなことを思いながら

▼おやすみとケータイ閉じて目を閉じて

12月8日 (木)

キーホルダータイプのおにぎり入れらしいものがある。
いつも近くに坐る女子高生さん、おもむろにおにぎりを出しパクつく朝。

朝の通勤列車の風景。
この風景は好きですが、そんなに時間がないのかな…と不思議になる。
眠くて仕方のない年ごろなんだろう。

▼車窓から見えるイチョウの散り初めし

▼マッチ売りの少女にナイフ渡したら・・・

殺伐とした傷害事件が起こっている。
刃物を持ち歩きたくなる気持ちは理解できなくもないが、
その前に自分の目標を見直すチャンスに巡り会えなかったことが
この子の最大の悲劇だ。

▼寒波来いこいこいこいと恋もこい
▼ヤキモチをやいて焼き芋串で突く
▼まるまると着ぶくれてなお片思い

こういうのを書いているときが一番愉しい。

12月9日 (金)

畑の春菊。
すくすく。

▼春菊や早く食べれる芽に育て

2011年12月10日 (土曜日)

去年の今ごろ

ふとしたことから去年の今日のつぶやきに再会して、そこに自分の進歩のないことに気づくのだが、ひとこと「進歩がない」といえばマイナスの意味にもなるものの、ヒトはそう簡単にあらゆる面で進歩できるものでもなかろうから、そういう窪んだ時期があってもいいのではないかと思ってみたりしている。ジャンプをする前には屈むのと同じようなものだろう……。

私たちは学校にいく過程で三角関数というものに出会う。sin、cos、tan である。この基本的関数は、その前に習った xの2乗、3乗などという n次関数と、後で習う複素関数とあいまって、世の中のすべての状態を近似的に表してくれるといっていいだろう。 ─ その意味の持つ一番大事なところを高校の数学では教えないで、解法に終始するのが少し残念だが。

人生においてであろうが、人間関係であろうが、ヒト社会でも、動物たちの仲間でも、生命の進化においててでも、また心の変化においてでも、私たちのすべての行動のプログラムにはそういう関数成分が含まれていて、その関数には終わるものがなくどこまでも続くことを定義している。

ヒトは転んでも立ち上がらねば歩き出せない。転んだままでなければ移動できないならばそこには事情があろうけど、転がったり滑ったりする技術を身につけてゆく。起き上がると必然的に速度が必要になる。つまり、速かろうが遅かろうが、動作は速度を持った行動(走ること)に変化してゆく。

時間軸上に、そのように刻まれる私たち。
私たちの心。
そして、私たちの悲しみや喜び。

それを受け入れることは決して怖いことでも不名誉なことでもなかった。
永遠の美学としての数学関数の中で生きてゆく。

なんども走って転んでまた走る (ヌカガジュンコ)

フーリエ変換というのがあって、押しなべていえば時間関数で表した軌跡を周波数成分として解析(変換)するのだが、これと似たようなことは人間の頭の中では比較的容易く行われてきているように思う。

たとえば、ヒトの笑顔をフーリエ解析してみるとか。怒りや喜びであってもいい。結局のところ個性だ何だといいつつ、その喜びや悲しみには数知れない背景や重みがあるのを、「嬉しさを★5つで表現」みたいな調子では行かないだろうということも知っているし、人には言えないものを聞かなくても理解しあうという心も持ち合わせている。だからヒトはそんな曖昧さをきちんと分析しているのだ。

ヒトの性格だって同じだ。
あらゆるところで食い違いがあり異質であるにもかかわらず、とても仲良しでくっついて離れない二人だっている。(私たち夫婦みたいに)
歯車だって、どんなすばらしい技術者が最高の設計図を描いたとしても、必ずギシギシと音を立てるだろう。止まってもいいし、悲鳴を上げてもいい。歯が磨り減ってがたがたになってもかまわない。

いつかどこかでで誰かが定義付けた複合的な三角関数のウエーブの上をサーフィンでもするように流れていくしかないのだ。

歯車の数がそれぞれ違うからときどき止まるときどき走る 砂女

─ 師よ、転んだらどうすればいいのでしょうか?
─ なあに、起き上がればいいのだ。

そういえば、そんなことを学生時代のノートの裏表紙に書いていたなあ。
あの大学ノート、どこにいったのだろうか。

毎年、同じようなことを振り返りながら年が暮れれてゆく。

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(前年同日を見る)

2011年12月 8日 (木曜日)

今井むつみ ことばと思考

今井 むつみ
ことばと思考
岩波書店
2010年10月21日

非常に面白い本であるということをまず伝えたい。
しかし、これを読んでもそんなに得することもないし、役立つ手段が即効であるわけでもない。

今井先生は、心理学の先生ですね。私は心理学という学問は一般教養でしか習っていないので、ロールシャッハなんて人の名前が出てきたような記憶しかない。

しかし、心理学は、文学部の中の理学系列の中から範囲を広げて科学の域まで入り込み、さらには数理学のセンスと脳科学や生理学の学理も取り込ん で、さまざまな実験を繰り返し、面白い仮説からヒトの思考回路を探ろうとする。そこに、人類の持っている文化が微妙に絡まってくるのだから、めちゃめちゃ 快感。

行動科学や精神科学のことを、私は学生時代に非常に興味を持って、それは数理科学を学ぶ人間(私)のある種の行き着くところであったのかもしれま せんが、なんだかそういう気持ちを抱いた私の心のモヤモヤをすっきりさせてくれて、明快な提案をポンと置いてくれたのです、この本は。

ですが、
この本を読んで面白くないとか分からないとかいう感想の人もあるようですが、受け入れるような土壌や興味が整っていなかったのでしょう。
総合科学なのだし、実験も多いので、結構中身の濃いものになっているようです。

岩波新書もまだまだがんばっていて、こんなうすっぺらくても、分厚い内容で、さらに他の研究と統合化させてさらに磨きがかかるような本を出しているのだから、一安心ですね。

何よりも、今井先生。こんな売れそうにないというか、読まず嫌いを多く抱かえ、かつ知られていないかもしれないような学問を、よくぞ紹介してくださった。

やはり、子どもの発達過程の思考というのは、面白いですね。

少しでもこういう分野へ興味を抱いてくれるような若き研究者が増えることを祈ります。重ねて、金儲けや面白興味半分のマスメディアに悪用されないことも祈ります。

ことばと思考

青山七恵 ひとり日和

近頃、小説のストーリーやバリエーション、結末などがちやほやされて…というか、物語のドラマ的な側面ばかりに読者側が囚われて、文芸の元々持っている味わいのようなものが疎かになり、本当に読んでほしい作品が少なくなりつつある傾向がある。

商業主義も追い討ちを掛けて映画化、ドラマ化を売りに騒ぐものだから、多くの文学ファンが求めてきたような作品が隅に追いやられていっている。鑑賞者側の質の劣化とまでは言わないものの、似たように思っている人も少なからずいることと思う。

結局のところ詰まらないものが詰まるもとして大手を振って歩いているのだから、チャンチャラおかしい。このままでは、映像芸術などと明確に区別して書かれた文芸作品群たちは浮かばれない。そんなことを考える日々が多くなったなあと、自分を嘆く……。

この作品に出会ったのは、そんな不満を抱きながら本屋通いをやめてしまって随分と時間が過ぎたころのことだった。時間つぶしのために本屋に立ち寄って「ちくま文庫」を手にしながらこんな作品たちに埋もれて暮らしたい…などと戯言を考えていたときに「ひとり日和」(青山七恵)の文庫が目に付いた。そこの本屋さんはかなり贔屓にしていたのだが、またまた株が急上昇してゆく。

そういうわけで、まあ、この作品には一目惚れ的に出会うわけです。

実際にはそれほど驚くほどの作品でもなく、新鮮味の溢れた芥川賞作品のひとつだ。こういう作品を読み続けていればいつまでも文学が好きでいられるし、映画騒動が起ころうがアイドル作家が出てきて騒ごうが、容易くは動じないで読書を楽しめると思う。

やはり、芥川賞という称えは大きい。そういうものを先入観として持ち大いに役立てながら読み進むのが素直な愉しみ方だと思います。

一生懸命に作家としての自分と空想する自分を格闘させながら、小説家としての魅力的な作品を書き上げるために考えに考え抜いている人がいて、若い女性主人公とそんなリアルな人物がオーバーラップする。美人でもなさそうだし、意地悪で変人で変な癖を持っている。もしかしたら、読者に嫌われてしまうかもしれないのに、その淡々とした日々の中に「ひとり」の自分と向き合う作者自身が見えてくる。私的なものも少しくらいあってもいいじゃないかと思いながら、自省じみた女になってみたり天然になってみたりしながら大人になってゆく。

作者は、自分自身からどうしても抜け出れないのだが、芥川賞のころなんだからこれでいいのだ。5年たって10年過ぎてもこんな小説を書いていては進歩も無く創作力もセンスも無い駄目な作家と言われてもしかたないけど、この小説は今しか書けない、とっても輝いていて美味しい小説だと思う。だから、読む人も、読書中毒などを自称するような腐った読書家ではなく、生き生きした人でなければ味わえないと思う。決して上手な文章でもなければ惹きつけてくれるような美文でもない。

きっと書くことが大好きなのでしょう。物語を妄想的に考えながら夢を組み上げて自分に似ていないコピーを自在に操って、時には刺繍のように、そして漢詩のような流れで読者を魅了してやってください。

ひとり日和

ひとり日和

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