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2011年11月30日 (水曜日)

恋しいと手紙を書けばイチョウ散る ─ 11月下旬篇

あれは11月22日ころのことだったか。いつも、向こうのホームで列車を待っている後ろ姿だけしかわからない女性が、その日からコートを着ている。
いよいよ冬なのだなと思い、去年の今頃にはコートをもう出していたのだろうか……とぼんやりと列車の中で考えていた。

11月23日 (水)

寒くて暗い道を駅まで歩く。
その先には真っ白なビルの明かりが見える。

▼ショーウインドゥあなたを待つのつむじ風

そんなドラマはどこにもない。

サンタのブーツで立ち止まる。
いつか買おう。

▼コタツ。出ました。部屋ぐちゃぐちゃ

コタツ出してやっぱしうたた寝ばかりして。
おやすみなさい

11月24日 (木)

▼おはようさん木曜日が始まった

▼抗いもこの曲がり角まで、あとは冬

久々に本屋に立ち寄る。
またもや、ちくま文庫の前で動けなくなる。
全部買いたい衝動

▼寒風のよく似合う人がおりました
▼貴方は何色のマフラーなのかしら?
▼寒すぎてああ寒すぎてハナたれて

11月25日 (金)

私の乗る汽車はボックス席で、女子高生はナマの太ももをニョキッとだして坐っている。
シートの下から上がってくる温風ヒータがさぞかし温かろうな。

▼向かい合うナマの太ももじっと見る

▼寒い朝ひとりがよろしい、顔あらう
▼汽車がくるまであと10分
▼おでん食いたいと思うが猫舌で

11月26日 (土)

▼休日になるとやたらと早起きで

アサヤケきれい。
しかし、パソコンの部屋に行くのもそろそろ寒いなあ。

京都に行ったお土産の千枚漬けをあける。

▼大安、千枚漬。いらっしゃい。

おじいさんと嵐山パークウェイに車を止めておき、高雄に行って紅葉を見てきたとツマは言う。

▼シクシクと痛む頭で夢をみる

11月27日 (日)

▼けんちん汁食うてかの人の国思い出し

ふくしまからは放射能汚染関連のニュースが絶えない。
あの子は、どのあたりでどうしているんだろう。

11月28日 (月)

▼あられいって夜なべの母と向かいあう

あられをいる姿も消えつつあるし、火の燃える火鉢もない。

11月29日 (火)

「空中庭園」(角田光代)と「ひとり日和」(青山七恵)を並行して読んでいる。

ひとり日和

ひとり日和

通勤列車のなかは高校生ばかり。
私のいる車両は女子ばかり。

▼茸狩りでタヌキの八化けに騙される
▼端くれで鶴一羽折っている

老眼のせいだということにしているのだが
本は一気に読まないし読めなくなった。

ぼーっと、師走、クリスマスなどという言葉でいろいろと考えている。
こういうのを妄想というのだろうか。

▼板チョコを囓ったあとでチューをして
▼恋しいと手紙を書けばイチョウ散る
▼卵焼き突っ込つきまくって僕を見る
▼羊羹を二つに切って苦笑う
▼苦笑い、きっと恋人と喧嘩した

なんだか、現実めいたものがあって面白い。

11月30日 (水)

お昼までブログを書い過ごす休み

引き戻るところ

記憶というものはとても曖昧で、先日も学生時代に住んだ街を30年ぶりくらいに歩く機会を得たのですが、駅前はこれほどまで狭かっただろうかとか、商店街の規模もこんなものだったかと感じたのです。

二十歳から二十四歳ころという最も信頼できる記憶細胞を持っている時期に、この程度のことが正確に頭の中に残せないのだから、思い出というものは甚だいい加減なものなのだということがいえる。

三角形の面積を求める公式や三平方の定理を中学時代に一生懸命覚えて、後になって微分積分を習ったときにそんなものがいとも簡単に証明されていってしまい、また新しい数学的な難問が頭の中に蓄積されて、私たちの頭脳は解析するということを理屈でなくカラダで覚えて使いこなし始めるわけですけど、そこに必然として存在する記憶力というものと、玉虫色にあせてゆく生活の中の思い出や恋愛感情などの記憶を司る力とは、もしかしたらまったく違う場所に想像もできない仕組みの違いをもち置かれているのではないか、と思うのです。

ヒトは、だから、信じられないほどアホになれるし失敗も犯すのでしょう。

*

砂女さんは雨降茫々日々記「671」のなかで

この頃、どうも目を開いているときより閉じているときの方が色んなものが見えるような気がする」という一節を書いておられ、本文を読み終わってからも、なお歌人というものは理学者のような視点や思考回路網を持っているのかもしれないのだな、と思ったのです。

私も、果てしなく、昔に引き戻らされつつある。遺伝子で残せないものを遺さねばならないとこのごろ切実に思う。

2011年11月27日 (日曜日)

遠慮がちに

特別な予定などない明日でもというブログがあります。 まあ、今までにもふらっとネットを彷徨っていて出会って、悲しいことに知らない間に姿を消してしまった方もあるので、この作者のkomukanaさんもいつか、会えないままに終わってしまうのかもしれないと思うと、ここにお借りしてくるのも、これからたびたびお借りするかもしれないことも、申し訳ないような気がするし、また自分のブログとしても不完全だと思ったことがあった。

しかし、現代ほどネットが自然消滅的なものを美学として、一時的であれその美しさを燃やそうというのであるならば、私だってここで燃えて尽きてしまってもそれはひとつの完結の姿なのかもしれない。

+

095
遠慮がち差し出す君の左手を握る加減がまだわからずに 香村かな
2011-11-15

+

この握られた手はいつまで握ったままで、二人はどこに行ったのだろう。

そんな野暮なことを少し考えたのだが、そのあとで、ふと、私の過去にこのような遠慮というものが存在したことがあっただろうか、とも思った。

人を好きになれば、我慢できずに「すき」といい、別れたくなければ「いやだ」と叫ぶ。

もしも「遠慮がち」に生きていたら、どうなったのだろう。ふと、そう思う。

2011年11月26日 (土曜日)

東京日記 神保町から湯島まで篇

11月11日。

午後はひどい雨でした。
神保町のあたりを3人で少し歩きました。
古本屋さんも雨だれよけのビニールのカーテンで覆われていました。
すずらん通りでコーヒーを飲んで、二人を地下鉄の駅まで送ってから、私は御茶ノ水のほうへと歩いていました。
写真には撮りませんでしたが、明治大学の周辺はえらい変わりようで、昔ながらなのは坂道の傾き加減だけです。

  神保町  
  神保町

湯島聖堂にまで歩いていきました。
聖橋が見たかったからです。

相変わらず大勢の人が歩いているのですが、あのころと比べて御茶ノ水橋も聖橋もひとまわり小さく思えます。小さくなるわけありませんから、それが意識と記憶の変遷というものなのでしょう。

医科歯科大学の校舎もあのころは大きく聳えているように思えましたが、今は街の中に融けこんでいます。過去とはそんなものでしょう。

新しい意識だけを次の世代に受け継いでゆくべきなのだということを示唆しているようにも思います。

 

孔子像  
  孔子像

湯島聖堂に立ち寄ってみました。
雨の中の聖堂はがらんとしてますが、それでも訪ねてくる人に会いました。

湯島聖堂にて  
  湯島聖堂

絵馬を見ると撮りたくなります。

湯島聖堂  
  湯島聖堂

かなり激しい雨が降っています。
お参りに来ている人が一人、中まで入って行って拝んでいました。

湯島聖堂  
  湯島聖堂

歩いて本郷の方へ行こうと計画していましたが、雨足がさらに激しくなってくる。

湯島聖堂  
  湯島聖堂

こうしてみていると、この場を離れるのが惜しいのです。

湯島聖堂  
  湯島聖堂

立派な聖堂です。
晴れていれば、もっとゆっくりと眺めてられるのに。

湯島聖堂  
  湯島聖堂

東京日記 葛飾柴又篇

11月12日。

早稲田をあとにした私たちは、都電全線に乗るという次の目的に移ります。

早稲田から三ノ輪まで移動して、次は都バスに乗り換えて浅草経由で柴又へ。

午後に柴又に到着。

寅さん

寅さん

駅前で写真を撮る。
記念写真をとる人が絶えない。

帝釈天参道で

帝釈天参道で

柴又駅からまっすぐ帝釈天の参道をゆく。
ガイドブックにあるお団子屋さんに立ち寄って、観光気分を味わう。

団子を食べ始めてからあわてて写真に収めた。
寅さんは逝ってしまったけど、今もなおそのファンがこの地を訪れるのだろう。

惹きつける力。
人の心を見つめることができる。

帝釈天

帝釈天

寅さん記念館を見終わって17時。
柴又駅に着いたら完全に日が暮れていました。

柴又駅

柴又駅

2011年11月23日 (水曜日)

東京日記 ノスタルジー篇

11月11日に東京に着いて、神田あたりを散策したあと、その夜は池袋でした。

1日土砂降りでしたが、12日の朝には雨もあがって、いい天気になりました。

ホテルは、池袋でした。

サンシャインは、私が学生時代に完成して1周年記念の無料の時に登った思い出がある。

ホテルにて

ホテルにて

江古田の下宿は、昭和3年に建てられたもので、東京の空襲でも焼け残ったというオンボロだったので、あれから30余年過ぎても残っていることはないと思っていました。

新しいアパートができていました。あのときの大家さんの子どもさんが近くに住んでいる様子でした。(手ぶらだったし、どこまで覚えてもらっているか分からないので、そっと立ち去りました)

能生館

能生館

この下宿は、1階に武蔵野音大の女の子が、2階には早稲田大学の学生ばかりが下宿していました。けっこう伝統的な下宿でした。

夕ご飯がついていて、2万5千円でした。家族のテーブルと共有のテーブルで、みんなでご飯をいただきました。

私の部屋の向かいには、南国屋さんという食堂があって(ちょうど写真の右に隠れるあたり)、窓を開けると南国屋さんの2階に下宿している女の子(OLさん)の部屋が丸見えでした。彼女は、平気で窓を開けっ放しにしてましたから、怪しくエロッちい姿もオープンでした。二十歳のころの私にはあまりにも厳しい風景でしたが、私は窓際に机を置いていました。


江古田にて

下宿の前からは、武蔵大学の正門が見えました。

江古田にて

江古田にて

江古田の駅から下宿に行くのに神社を通りました。

こんなに小さな神社だったかな、と思います。でも、たぶん、あのころと何も変わらないはずだ。

江古田にて

江古田にて

神社を歩く。

江古田にて

江古田にて

途中で桜台の下宿に変わったので、そちらにも行きました。

その帰りに再び江古田まで歩くのはとても遠いので、あのころには無かった「氷川台」の駅に降りていきます。

桜台のアパートからすると裏のほうにあたり、そのころは何も無かったのでほとんど行きませんでしたが、今は綺麗になっています。

氷川台

氷川台

氷川台の地下鉄入り口近くのパン屋で朝ごはんとした。

副都心線という地下鉄があるらしい。

朝ごはん

朝ごはん

地下鉄を雑司が谷で降りて、そこから早稲田まで都電に乗った。

大学時代には都電に乗ったことなどなかった。

島田君(友人)がこの神田川を渡って、田中角栄の家のほうに行ったところあたりに下宿したことがあって、遊びに行った記憶がある。小さな雑木林も残っていたが、さすがに30数年も過ぎれば面影はない。

大隈講堂

大隈講堂

大学構内をぐるっと回ってまた都電の駅まで。

校舎も大方が新しくなったのではないか。

大隈重信

大隈重信

東京日記─11月12日の交通機関

都営一日乗車券
都営一日乗車券

都営地下鉄と都電と都バスに乗れます。

都電に乗りたかったし都バスにも乗ろうと思っていました。
都営地下鉄はそれほど重要視していなかったのですが、利用してみるとなかなか便利でした。

寅さん記念館 11月12日

寅さん記念館 チラシ表紙
寅さん記念館 チケット裏
寅さん記念館 チケット表
寅さん記念館 内部案内
寅さん記念館 内部案内
寅さん記念館 葛飾柴又案内1
寅さん記念館 葛飾柴又案内2
寅さん記念館 葛飾柴又案内3
寅さん記念館 パンフ 裏
寅さん記念館 料金

足元に霜柱あり容赦なく踏む

うしろすがたのしぐれてゆくか

種田山頭火がそう詠んだ時雨の冬がやってきた。

早夏秋もいつしかに過ぎて時雨の冬近く。あのころには時雨を少しばかりは楽しみにしていたのかも知れない。時雨という言葉の響きが好きなのだ、きっと。

--

平成18年の今ごろに発行したメルマガの巻頭で私はこう書いた。

11月12日の早朝は、鈴鹿山麓でも晴れ間と時雨が交互にやってくるような空模様でした。
時雨の合間にきれいな虹が出ていました。
その虹をカメラに収めようとして外に出たら、冷たい風が小雨混じりに吹き付けてきます。
「早夏秋もいつしかに過ぎて時雨の冬近く」 そんな季節の到来です。
そのころ、御在所岳頂上の気温はマイナス1℃。
夜明け前には初雪が舞っていました。
例年より6日早い記録だそうです。
(津地方気象台発表)

今年も二三日前に気象台が初雪を発表している。
ぼんやりしていると冬に凍らされてしまう。

ゆるゆる生きる。そういうことを仰る方がも多いですけれど、ゆるゆると激しくは適度に混在してこそ、それら本来の力を発揮する。ゆるゆるばかりではいけない。
木枯らしの吹く冬には、それなりの備えをして冬に望み心も体も鍛えて四季の変化を愉しんでゆく。

うしろすがたを追うのもよい。
ふりむくのもよい。

私はどこに行くのだろうか。
そこが大事なのだ。

足元に霜柱あり容赦なく踏む ねこ

砂女さんのブログ(雨降茫々日々記)から
君に似たうしろ姿を追いぬいてととんととんとでもふり向かず

雨のつく音楽五つあげてみる ─ 十一月中旬篇

11月22日 火曜日

おはようございます。
ピリッと寒いですね。
暖房がいる一歩手前の寒さ好き!

11月21日 月曜日

▼北風が学校帰りの二人撃つ
▼放課後だ。凩のなかへ二人で

日は暮れ切っているのだが、学園前の道路を高校生が歩いている。
二人。
並んで影がやってくる。

受験生だろうか。
追い込みの季節だ。

11月20日 日曜日

おやすみを本当に伝えたい人は遠すぎて

木枯らし吹く駅前で恋人を待つ。
そんな思い出。

餃子なべ。食べて何かを思い出す

▼キツネの嫁入り過ぎたら猫になる

きのうから降り続いた雨が朝にはやんで
青空が見え始めたのに、山あいでは時雨れている。

母に用があって家に行く。
久々に
▼3月で廃車を決めたバイクのエンジンをかける


11月19日 土曜日

雨降りの土曜日。

▼肌寒しお鍋がいいと伝えたい
▼雨あがりロックのリズムで走り出す
▼元気です。この歳年賀はコレしかない
▼ごろごろりすっぴんノーブラ雨模様
▼雨の朝元気におはようと声かける
▼ドジョウ掘る父に似てゆく三十年
▼汗臭いキミの匂いをぎゅっと抱く
▼君を追うショーウインドゥのからっ風
▼雨唄うロックギターはセピア色
▼ショーウインドゥ赤も吹き飛ぶつむじ風
▼鴉ないて大雨粒が口の中に
▼雨のつく音楽五つあげてみる

のんびりと部屋で過ごした日だったかもしれない。

11月18日 金曜日

▼雨はまだ降らぬだろうな君を待つ

そうだ。
この日は雨が降りだしそうだったのか。

でもそんなことはどうだっていい。
待つことが大事なのだ。

11月17日 木曜日

▼本当は誘いたい人がひとり

そんな十七音を書いたこと、ありました。
そりゃあ、今でも居ますけど。

▼年の瀬の音楽会にあの人を
▼貴方との思い出消すの流れ星

▼またひとり年賀減りゆく年の暮れ

生きている奴と
死んでゆく奴と
私。

11月16日 水曜日

▼こっそりとひっそりが出会い頬染める

11月15日 火曜日

▼戸を開けて、ぶるっと寒いの大好き

2011年11月17日 (木曜日)

月あかり貴方の影を踏んでみる ─ 霜月を迎える

11月15日 火曜日

寒さがやってくるという。
ちょっと、怖気づいている。

寒いから部屋の暖房入れた。
コタツの準備を急がねば。
その前に部屋を片付けなあかんなあ。

▼あの子には何色マフラー似合うかな

11月14日 月曜日

寒さが来ると、決まってお鍋のことを考えてしまう。
食欲の秋が終わってお鍋の冬。

白い湯気。
ラブ

11月13日 日曜日

東京から帰ってきました。
日記は別に書きます。

金曜日は寒かったけど、土日は暖かでした。

冬の格好で歩いている子たちが居ると

▼母が編んでくれた手袋思い出す
▼コタツ出して編み物の脇でうたた寝をする

うたた寝の季節。

11月9日 水曜日

冬の月は、いかにも寒そうで好きだ。
暗い夜道を月明かりを頼りに歩く。

▼月あかり貴方の影を踏んでみる

温かい鯛焼きが食いたいな。

▼しっぽ食う、頭を食って奪われる
▼たい焼きの尻尾と頭がキッカケで

11月8日 火曜日

立冬。

▼立冬の朝新しい靴おろす

▼立冬やコタツ出したかと電話する

ふるさとの母は、もうコタツを出したのだろうか。

▼クリスマスケーキの予約の夢を見る
▼凩や涙枯れても吹き荒ぶ

街はもう準備を整えている。

twitterの人が <立冬やもう忘れねばならぬひと> と、つぶやく。
そう、やがて時雨の師走も近いと気づかされる。

▼立冬に共に過ごした温い人
▼あの人は今夜は何を飲むのやら

11月7日 月曜日

▼好きですとじゃがりこかじってメールする

▼ちょっとだけおやつばかりでブタになる
▼芋煮してふたりで母を思い出し

そうだ、お茶漬け食べよう!
カツオがいいな。

▼あの人が急に憎くて茶漬け喰う
▼さらさらとお茶漬け喰うてネコ気分

▼渋柿や日差しを浴びて赤くなり

11月4日 金曜日

お芋を家に帰ってもらってきたので、大学芋にした。

サツマイモ
サツマイモ

▼赤鮮やかに慎ましく庭に居り
▼鮮やかなオヤジの遺産言葉なく

11月1日 火曜日

霜月。
大豆畑が黄色くなり始めた。

▼秋深き幾度も手紙読み返す
10月28日にこう書いた。

なかなか染み染みと机に向かう日がない。
日当たりのいい縁側にソファーを置いてぼんやりしたい。

2011年11月16日 (水曜日)

枯れ色にうつろう

■── 巻頭言

枯れ色の大豆畑を通勤列車の中からぼんやりと眺めつつ、いつの間にか終わってしまった夏や足早に過ぎ去った秋を振り返り、やがてくる時雨まじりの凩が吹く冬のことを考えていました。駅前のショッピングセンターにはすでにクリスマスツリーが飾られ、冬を迎える準備は万端のようです。

コタツを出してこなくては、そろそろ寒いなと感じるようになりました。コタツでマフラーを編もうと思っている方も、ぼちぼちと気合を入れてスパートをかけて下さいね。

節電対策も頑張らねば…ということで、みなさまのご家庭でも省エネに力を注がれると思います。ちょっとした工夫をすれば、節約をしながら温かい冬を過ごせます。たとえば、断熱材を上手に使うと効果が出ます。ひとつだけ身近なものを紹介しますと、お風呂の湯舟に発泡スチロールのような板を浮かせるだけでお湯が冷めませんので、ぜひ、お試しください。

11月下旬を過ぎるとぐんぐんと寒くなってきます、どうぞ、十分な準備をして師走をお迎えくださいますように。

■── あとがき

いよいよコタツの季節になりました。うたた寝をするのが大好きです。

そのコタツも子供のころは正真正銘の「やぐら炬燵」で、お風呂や竈で焚いた炭を「やぐら」の中に入れて使っていました。布団の中に潜り込むと煙たかったのを覚えています。

この頃、ファンヒーターに代わって赤外線反射式の石油ストーブがちょっと注目を浴びているようです。やかんを載せておけばお湯が沸きますので、部屋の湿気を保てます。さらに、沸かしたお湯でお茶も飲め、お湯が残れば湯たんぽに使えるからでしょうか。

おまけに焼き芋ができます。お芋を焼く温度は80度くらいが一番美味しく出来上がります。焼けてゆくときにできる旨み成分は、ちょうどこの温度条件でほどよく生成され、電子レンジですと高温(200度ほど)になってしまうため、お芋は柔らかくほぐれるだけで美味しさが引き出せないのだそうです。ストーブをこれから買おうというみなさんは参考になりますね。

2011年11月 9日 (水曜日)

(仲間の)バイクのホームページ [LINK]

永年お付き合いのkawasemiさんがバイクのホームページをリニューアルしたことを書いていた。

彼は現在、札幌に単身赴任中だ。

今年はもう乗ることはできないけれど、来年は今年よりは走ってみたい。そのために何をするべきかを考えよう。

と書いているのを読むと、乗れなければなおさら乗りたかろう、と思う。

冬中乗り回せる私は恵まれている。だが、このKLEも買い手がつかないので、年度末でお蔵入りとします。そのあとにバイクに乗り続けるのか、健康のためにも体力で走るバイクに乗り換えるのか、それとも家族とともに鉄路を巡る人になるのか。

思案は続いている。

kawasemiさんのバイクのホームページ

2011年11月 6日 (日曜日)

東京

東京

長年のバイク旅を語り合う友であるkawasemiさんが東京に帰省して、日記を書いてらした。

一部をお借りすると


  

久しぶりに東京へ帰ってきた。やっぱり東京は人が多くて、暖かく、風が凪いでる。住みやすいな。朝の八高線から空を見上げる。


と書いてて、ふふふ、と思った。

私たち家族、ちょうどこの月の中ごろに入ったら東京に行くので、今、「東京」という言葉に少し敏感なのだと、気づく。

かわせみさん、生まれも育ちも東京の人だったか。

私たちは関西の文化で育ったから、「東京にはよう住まん」、という気持ちが強いので、きっと東京見物旅行に出かけても、「人が多いなあ、ぬくいなあ、風が吹かへんな」、なんて言いながら愉しんでくるだろうと思っていたもん。

いや、イチャモンをつけているのではなく、
やはり育ったところや長く暮らしたところにはかけがえのないものがある。その大ききな大きな包み込むような何かの隅に、人のざわめきや空気の温かさがあるのだろ思ったのです。

それは、母なるものに通じるんだな。きっと。

11月のはじめに考える ─ 目線をかえる

11月2日に

上から目線、 という言葉がある。
悪い意味で使われるようだが、わたしはこの言葉を悪く思う必要はないと考えている。
大事なのは上からも下からも見る姿勢である。

と書きました。

上から見る必要があるときもあるし、下から見ることを必要とされることもある。
ふらっとに見るのも当然必要だし、枠の外から見ることも重要だ。

行政を見直すとか、裁判を公平性を出すために・・・・などということを目指すのかもしれないが、行政刷新担当、裁判なら裁判員(陪審員)といっ て、あとから委員を選んであたかも何事にも左右されずにしかも非常に道理にあった判断が、何の駆け引きもなしに行えるというようなイメージでの改革手法 (見直し手法)が取り入れられつつある。

では、いったいそれまでの行政人の努力や苦労を如何に考えるのか。

あとから出てきて、好き勝手な意見をいい、前提としてその人物が信頼できるということで、左右にぶれも無く、ばさばさと切り捨てるのは格好いいが、貴方のどこまでが正しいの?と問いかける人が居ないのとこのシステムを疑う声がほとんど聞こえてこないのが心配だ。

貴方を選んだのは誰なんだろう、と考えると未来がとても怖い。
私たちが欲しいのは、切り捨てることではなく、しがらみの無い判断をして実行することにあるわけで、のこのこえらそうに選ばれて出てきた人がこれ までのこの上の無いほどの上出来の立案を何を根拠に取りやめることができるのか。取りやめは貴方にお任せしたくない。実行だけ手伝ってください、といいた いのだが。

世の中のあらゆるところで、アホ・カス・ボケ(AKBと呼ぶ)どもが、自由に意見をいい、その意見の重みや根拠や論理などの不明確さはまったく無視されて刷新が続く。例えば、公務員の給料を削減する、人員が多い、無駄な政策が多い、xx法案はおかしい・・・・などと叫ぶ。

叫ぶのは自由だが、論座を替えっ子しても同じことが言えますか?
貴方が突然大富豪またド貧民になっても同じことが言えますか。

このままでは、AKBの無責任発言(ネットやマスコミに多い)によって行政の政策立案システムやノウハウ、伝統は、失われていってしまう。

何度も書いてきたが、縄文時代には行政という言葉は無かった。飛鳥の大地を聖徳太子が馬で駆けていたころにも政治という概念はまだまだ薄く、法の概念がやっと芽生え始めるのだ。
自分たちのために作った行政のシステムを、自分の利益や我満をまず第一尺度にすえる目茶目茶な(そして一見正しそうで正当そうである)意見が、社会を破壊してしまう日がやってくる。

税金にしても、社会保障、教育、医療等についても、自分だけが助かる自分だけが生き抜く自分だけが幸せである仕組みを作ろうとしている社会システムに移り変わりつつある。

(かつて、多数決という決定手段の一手段である言葉が大手を振り歩き、その背景にある意見を擦り合わせて協議しあらゆる意見を取りいれて熟成して新しいものを作り上げるという知恵を踏み潰したのと似ているのかもしれない。数の論理の暴走した愚かな昔)

宴会の席で、自分の目の前の美味しそうなご馳走を食べたかったら、隣の席の人のお膳をよそいなさい。
今夜の夕飯の6品目のうちの2品を困っている人に還元する心を持てるようになりなさい(この場合、「持つ」という動詞に命令形は成り立たないが)

上から目線を非難するときは下から目線も非難する。それぞれにはそれぞれの論座がある。相手の論座の見えない(見ようとしない)時代を迎えている。

蛇足だが、TPPが話題です。上から目線なら早く推進、参加。下から目線であれば、留まるとなりましょうか。
優秀な政治家さん。国に居たときには推進の色合いが強かったけど、地方にきたら見直し不参加の様な感じ。どこぞの農地で泥のついた手と握手でもしたのでしょうか。総理も握手をしてから出直され、新しい意見を組み立てられるといいのかもしれません。

2011年11月 5日 (土曜日)

★★ 足跡帖 (mail) ★★ のことで

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で受け付けています。

mixi をやめてしまおうかと思い、また二つコミュを閉鎖してきました。
2000人以上いたかもしれないけど、もうその時代は終わった。
(mixi がそう考えているように思える)

ということで、ブログでしか交流できなくなりつつありますね。

実は、
スマートフォンからですと、こっちのページが見えないのね。
って自分で見て初めて気づいた。

Walk Don't Run

2011年11月 4日 (金曜日)

ときどき、あそぶ

やはり、文化の日は、裏切らなかった。

訳もなく「文化」と騒いでも、日本じゅうが「ぶんか」というものの味わいも厚みも苦味も忘れかけてしまっているのだから、いささか、空しさも感じていた。

文学は自分たちの美しさに酔いしれて迷走し、つぶやきは紙くずよりも哀れにプライドもなく棄てられてゆく。

わたしたちが心から求めてきた十七音や三十一音のざわめきのような轟きは、この迷走社会の中でどこへ向かうのだろう。

この日の砂女の作品から好きなものを三つ選んでみたいと、ここまで書いてそれは無理なことだったのだと気づく。

だらしない男になりたい、とときどき思う。

 きつつきや行きも帰りも道はなく
 鶴きたるぽかんと底が抜けた空
 情緒だけ発達させて月夜の野
 末枯れに後姿のひとひとり
 見てる先になんにもなくて菊人形
 猫がきてつまらなそうな栗御飯
 だらしない男と過ごす文化の日  
(砂女:雨降茫々日々記 [657]から)

赤、鮮やかに、慎ましく

マンリョウ
センリョウ
2011年11月 2日 (水)

11月2日

庭を少し散歩すると、軒先で干し柿が食べごろになっていたので、ひとつちぎって食べた。

秋は赤がよく似合う。

▼鮮やかなオヤジの遺産言葉なく

▼赤鮮やかに慎ましく庭に居り

2011年11月 3日 (木曜日)

鴉ないて寝床で瞬き三度する ─ 文化の日

11月3日 木曜日

▼文化の日便秘解消ウンコの日

休日になるとスカッとウンコが出るので
便秘を憂うことも無い。

▼腰痛で家で寝てます文化の日

そういうわけで、原因不明で腰痛です。
明日、仕事に行けるやろか。

11月2日 水曜日

眼科に行って
内科に行って
実家に行って

▼たぬき汁、冬の支度に精を出す

▼鴉ないても干し柿悠々ゆれており
▼干柿を吊って井戸水ぬるくなる
▼干柿を見上げて冬のしたくする
▼干柿の簾のしたで縄をなう

▼振り向いて涙のしずくを受け止めて

11月1日 火曜日

大豆畑が黄色くなり始めた。
霜月。

▼朝露や銀緑色に苔光る
▼鴉ないて寝床で瞬き三度する

朝焼けを一番列車がくる季節 ─ 十月下旬篇

10月31日 月曜日

早いもので、もう10月も終わるのですね。
暮れる秋とか深まる秋、秋深き、などという言葉は、まだまだ早いと思っていたのに、もう遅い。

▼おはようと朝日さす窓辺の空席
▼雨あがる柿かじってみる十月尽

10月30日 日曜日

麦とホップ。
黒があったので、すかさず買う。

麦とホップ 黒
麦とホップ 黒

お味は、黒の味になってます。

10月29日 土曜日

▼おはようと言葉を交わす、朝焼けと

そんな感じで朝に目覚めて
のんびりと一日を過ごしたと思う。

30日のイオンは相変わらずスゴイ人だ。

▼上機嫌で飲んだらしんどい歳でした
▼PCを切って静かに酒を飲む
▼あさやけの向こうにこの国の土は無い
▼旅人を気取ってみちのくの土を踏む
▼連休に手紙でなくて逢いに行く
▼アサヤケに万歳三回、飛び跳ねる

10月28日 金曜日

▼金曜日秋へ一気に十月尽

10月27日 木曜日

▼茜空、きれいと伝える人もなく
▼朝焼けを一番列車がくる季節

朝日が昇る時刻が遅くなってきた。
霜は降りないけれど、朝露がべっとりのあぜ道。
白く凍える季節も近いのだ。

10月26日 水曜日

北杜夫さんが亡くなったニュースが流れる。
どうも、おつかれさま、ありがとう。
お礼を言いたい。

▼石段のうえのケヤキも色づいて
▼りんご齧る、あの子の白い歯思い出す

毎朝にりんごを齧ってから出かける。

10月25日 火曜日

▼もうキミはガラスケースの人でいい
▼ねぇきょうはワインがあるの少しだけ

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