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2011年7月28日 (木曜日)

地デジを考える その2

その1で少しコメントをもらったので、その返事を書きましたのでここに貼っておきます。


私としては、可能であるなら、地デジの工事はおやめになることをお勧めしたい。
今のところは。

テレビを見るだけであるなら、NTTの宣伝に言っているとおり、ネットワークでもいいわけですし、お金のことを言わなければネットワークから配信されてくる情報を買えばデジタルテレビ放送を受信する必要はない。

NTTを薦めるつもりはないし、大体が人間が一日にテレビを見てられる時間はそんなにないのだから、そんなことに膨大なお金を投資するのは、感覚が麻痺しているとしか思えない。

それでもドラマが見たい人は、そのドラマだけを携帯電話で見るなどして凌ぐことをオススメします。

地デジではなく、デジタル無線情報通信技術として時代に浸透したら、通信料金も安価になります。だって、テレビは無料が当たり前だからね、昔から。

その中で、ホテル予約、旅行計画、地図検索、歴史探訪、辞書検索、路線検索など、今のインターネットで扱っている技術が押し寄せてくる。

そのころにはテレビという名前はなくなってしまっているかもしれない。昔はテレビというものがあってね…というのだ。

そんな中で、ドラマなどを楽しむという文芸文化や庶民のささやかなるスローな放送の中での楽しみは残されてゆき、ラジオにゆだねるのがいいと思う。

高齢化も手伝って、私たち現在の中年は、将来の老年になる過程で、音声メディアを楽しみボケ防止もしてゆく。

映像メディアは、気の毒だが、ますます崩壊して、利益を奪い合い、相互崩壊の道をたどるかもしれない。NHKはそのことを予測しているからこそ、デジタル放送のもうひとつの技術の浸透に布石を打つ。

双方向という言葉は、それほどキーワードではないと思います。
放送メディアが心配しているのは、利益を上げるツールだと思います。

情報は、無料である、という概念は簡単には変わらない。
そんな中で、稼がねばならないけど、時間は24時間ですし、人々の収入は目覚しく増加はしないのですから、それほどのシェアが見込まれることはない。

国民は、このような快感な暮らしに溺れていたら、必ず、心を滅ぼします。

すでに、飢餓で苦しむ大陸の人々のほうが、美しく真剣に生きているというように見えてならないのですが、皆さんはいかがでしょうか。

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