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2011年5月31日 (火曜日)

雨は好き、いくら貴方が嫌いでも

雨は好き、いくらあなたが嫌いでも
(5月28日)

大粒の雨に打たれて揺れている姿も逞しい。
梅雨入りが少し早かったみたい。

5月18日。あら、今年は咲いてくれるかな。
私がバッサリ切ってしまったから、久しぶりの花ですね。

アジサイ

梅雨に入って
嵐も来て
そして、
嵐は去って

いいお天気。

少し大きくなったな。
揺れている。

アジサイ

2011年5月29日 (日曜日)

原発ジプシーを本棚から取り出してきた

色があせてますね。
30年前の本ですからね。

人類は、大変なものに頼りきってしまったね。
神様のように。

愚かだな、と思う。

楽をしようと思うからいけないのよ。
哲学を失ったら、虫と同じだ。


堀江邦夫
原発ジプシー (1979年)

原発ジプシー

私はこの本を1982年6月20日に買っている。
裏表紙に「やっと買った!」と書いているので、お金がなくて買えず、就職して2ヶ月あまりでやっと買えたのか。79年10月に初版が出てこの時期には12刷になっていたから、当時としては注目のルポだったのかもしれない。

東京にいたころには、飛鳥田さんや石橋さんの率いる政党の宣伝カーで選挙応援にも行ったことがあったな。しかし、原発というものをアレルギー的には否定せずに、工学部の学生として科学技術を推進することには前向きに考えていただろうと思う。

しかし、一方でルポを読み、社会の現実側面に目を向けることの必要さや事実を我々が知って新しい考えを築き上げねばならないのだという危機感のようなものも持っていた。

まだまだ社会の奥深いところが自在にオープンにされるような時代にはなっていないころだった。技術者・研究職として京都の会社に就職をした。敦賀や美浜の原発は東京にいたころよりも近くにあった。休日にバイクを飛ばしても原発あたりまではすぐに行けた。

ルポにウソはないと信じているし、実際になかっただろう。現在新篇となって「原発労動記」として出版されたという。

表向きに言論の自由を認めていながらも実際のところはかなりの制圧のかかっている現代の報道メディアは、面白いことや金になることで生き延びるこ とに重点を置いてしまっており、今の時代のルポルタージュやニュースと比べると、もしかしたら、30年前の作品のほうがキワドイことを書いているのかも知 れない。

当時には誰もがそれほど言わなかった(言葉)「目線を低く」したルポで、そのあたりが読者を捉えたのだろう。

今でも読めるルポかもしれない。この業界は100年たっても体質に大きな変化が出るようなところじゃないのだから。

2011年5月28日 (土曜日)

物語は進まないほうが愉しいかも。その3

期待してクリックした人。
ごめんなさい。

ぜんぜん進んでいませんし、
メルアドも知らせていません。

見かけないなー
と相変わらずキョロキョロしてたら
幽霊のように階段の後ろから現れて

─ (オヨッと驚く)
─ 台風が来てますねぇ
─ そうなんですか。
  忙しくてテレビも見る暇もないんです

今忙しい時期なのだそうで
(なるほど、確かに)
毎日深夜まで仕事をしているそうです。

がんばり屋さんのようです。
そのうち現場に戻ることもあるのだろうな。

(戻るときは教頭先生としてですが
うっかり、ジロッと見つめられたら
ちょっと怖そうな教頭先生かもしれない)

前回:その2

衣更え想われニキビを手で隠し ─ 入梅まで

5月17日(火)

満月を見ていたのだろう。
メモには

▼ほんま綺麗なおっ月さん

と書き残している。


5月18日(水)

前日、月を見上げた私は、ひたすら、月を眺めて夜を過ごそうとはしなかった。
このごろは、すぐに眠る。

眠れば、新しい朝が来る。
そんな感覚に似ているものを持っている。

そして、

(窓を開けて月を眺めている間に眠ってしまいました。
満月のクセに隣の屋根に隠れそうなほど低空を行く)

・・・・とあくる日に書いている。

▼丸い月アノコ髪型変えたかな
▼空をみる切ない切ない十六夜

説明は不要だろう。
青春時代が蘇っては消えてゆく。

▼風纏う青蔦の窓、キミを待つ
▼青蔦の赤レンガ塀の坂道で
▼一列で道草ちぎって振り回し

(そう、その石畳の坂道で、
いつも見かける長い黒髪が素敵な女の子に声をかけたのだった。
儚い青春時代だった。
路地を抜けると都心のオフィスビル街だった……)

ドラマは、時に儚い。


5月19日(木)

▼キミと桑の実を摘む旅はマボロシ

余韻が残ったのか。
桑の実の話は、私の胸の中だけの話だ。


5月20日(金)
5月21日(土)
記載なし。


5月22日(日)

あさ、早くに目が覚めて、
3時ころから部屋にいた。

▼ホトトギス。今、鳴いたぞ!!!!ええっ

耳を疑うが、間違いないと思う。

--

▼妬いたとて春から夏へ衣替え

そうだ。
衣更えの季節なんだと思う。

クールビズの前倒しで、少し影が薄い。
衣更えという言葉は失ってはいけないだろう。

▼栃の木が芽吹いて妬きもちふたたび
▼この髭が伸びても貴方は遠い人

ふと、過去が蘇る。


5月23日(月)

車窓に雨滴が打ち始めたと気づいたら
あっという間に本降りになった…

梅雨の近さを感じさせる憂鬱。
でも、どうにかなるという楽天感。

▼五月雨やわたしに懺悔を迫る音

雨音というのは、冷たい響きを放つ。
自動的に、寂しい思い出がぶり返される。
それほど落ち込まない。
この年になればね。

▼傘の中好きとは言えぬ石畳
▼対岸の貴方にコロッケ届けたい

いつも頭の中にはドラマがあって
いつもそこには後姿があるのだ。

▼衣更え想われニキビを手で隠し

にぎやかな女子高校生たち。


5月24日(火)

ウメサオタダオ展に行く。

▼雨が好き。ワイパー止めて君を待つ

新名神を車で行く。2時間

▼五月雨の思い出川に溺れゆく

思い出川って、どんな川なんだろうか。


5月25日(水)

▼元気ですか?とふと思い出した様に聞き


5月26日(木)

雨の季節。
キライかというとそうでもない。

▼あいつは嫌いと弱音吐く
▼雨は好き、と強がってみる

雨の中を静かに歩いてゆく姿の似合う女性を思い浮かべている。

▼梅雨入りや堕落の穢れ洗いたまえ

静かになれる。

そう、
いよいよ、朝の4時台に目が覚める季節がやってきた。

▼そして雨は静かに降り始めた。
▼南風凪ぐときを知り春別れ

▼カツオ来ててこね寿司有ります志摩半島


5月27日(金)

夏太り。
何とかしなくては。
もうすぐ健康診断や。
体重なのか、おなか周りなのか区別がつかない数字…

▼傘のなか雨の一句をさぐってる

後姿、ふたたび。


5月28日(土)

雨が降る。台風2号。

あぶない土曜日

▼ホワイトノイズのようやね、雨の音
▼土砂降りや庭にバケツをひとつ置く

台風はやがて温帯低気圧になる。

一体、私たちはどの季節が好きなのだろう。

バラ

真っ赤なバラって、慣れない花屋に立ち往生の男性が苦し紛れに選ぶものやと思っとった。

そういった人がいたなあ。

ちょっと憎い女。

万博記念講演にて

2011年5月25日 (水曜日)

バラ園 万博記念公園

5月24日。

バラ園を散策する

バラ園

誰がなんと言おうと、バラは好きです。 ほのかに香る甘い匂い。

バラ園

とてもいいお天気に恵まれて。

バラ園

ウメサオタダオ展をみたあと、散歩をしてみた。

2011年5月24日 (火曜日)

ウメサオタダオ展 国立民族学博物館にて

5月24日。

国立民族学博物館へ、ウメサオタダオ展をみにゆく。

ウメサオタダオ展

2011年5月21日 (土曜日)

将来を考えるとき・・・・

(Gさんの日記に書いたコメントですが、あとで見直します)

子どもであっても大人であっても、大局的に見たら子どもなんだなと思うことが多いこのごろです。

人は永遠の欲望を絶やすことなく持ち続けることで生き生きとしておれるし道を拓くこともできる。

畑を耕すのは簡単なことかもしれないけど、それが実は簡単ではないのだということに気づいたときが、ひとつの悟りの開くときであり、畑に実る作物が来年も再び実をつけることを夢で描けたら、ヒトとしての才気をひとつ生かしたともいえるのか。

来年花が咲くかどうかは予期できないし、来年嵐が来るかもしれないことや日照りに見舞われるかもしれないことを考えると、必ずしも明るい材料ばかりでもないのだが、人間というのはそういうときにこそ逞しさをプラスに換えて知を結集し、長い歴史で築き上げてきた文化の礎のもとに、楽しく生きているのだ。

そんな暮らしに絡みつくように、人が目の前に現れて、これまた自分の人生は二転三転とする。
スリリングで面白いことは、なかなか思うようにことが運ばないことと、そこに愛が生まれ、時には憎しみが生まれ、義理を果たし情けをかけて、この世の川を渡る。

長いのか短いのか、人生というのは見通せるようで見通せるものでもない。
その中で自分の一歩先と百歩先を同時に見つめて、沿道の景色にも目を配り、人を助けまた助けられ、ケラケラと笑いながらずっとゆけたら幸せだ。

一人より、二人がいいよ。私はそう思う。

そこで少し考えるけど
質のいい一歩と質の悪い一歩があることは確かだ。
百メートルを全力で走るとしても、きれいなフォームなら速く走れる。
ほんの少し科学の力を借りて、歩幅やつま先の動きを直せば、速くなれる。

大勢の人が交差点で衝突をしないことや、散歩をしている爺さんが水溜りにハマらないのは無意識に前を見ているからだけど、人生の一歩だって前を見て歩いているさ、と思っていると大間違いのこともある。

さらに考える。
前を見るって・・・・何だろう。

絡み合った人や、人の心。さらにそれを取り巻く事件を見ながら、私たちは何を思いつつ歩んでいるのだろうか。

水溜りに落ちなければいいわ。
車に轢かれなければいいわ。
雨に降られなければいいわ。
美味しいものが食べられればいいわ。
とりあえず私にだけ、放射線や津波が来なければいいわ。

私の家族が幸せならいいわ。
わたしの身近な人が幸せならいいわ。
地球上のみんなが幸せであって欲しいわ。

幸せって何だろう。
誰もが一度は考えたことがあり、答えを持っている人もあるし、決めきれずに追い続けている人もある。

一歩、百歩、千歩。答えは刻々と変わり、百通り、千通りの答えが待ち受ける。

旅はまだまだ果てしない。
でも空を飛べないから、大空から行く果ての道のりを見ることもできない。

三十三間堂

2011年5月18日 (水曜日)

物語は進まないほうが愉しいかも。その2。

月が欠け始めた。
そんなことは、その人にはもしかしたらどうでもいいことで、この月を見上げる空の下のどこかで、丸い月にそなたの丸くて甘い顔を重ねて、想いに耽っている人がいてもいいではないか。

彼女。
近頃会わないんじゃないかと自分に向かってつぶやいてみる。
そうでもないよ。
いつもの様に、食堂で、ずっと離れたテーブルでひとりで食事をしていたのを、シッカリ目撃しているの。

離れてても、何処か心が探しているのかな。
視線が合うの。
優しい笑顔で軽くニッコリしてくれるさ。
そんなことしてくれる友だちなんてこの世の何処にもいないだろうから、ちょっと彼女は特別かもね。

まさかあー。そんなバカな。

そうだね。そうだね。

てなわけで、また会いたいなとか思っても、会釈だけ。
ああ、こんなんなら、メルアド、書いてボンと渡しておけばよかったかな。

いいえ、このままのほうが愉しいよ。

そうね、もう話するネタも何もなくなってしまったし。

(前回」:その1)

エネルギーを考える Ⅱ

暮らしの中にエネルギー。そういう言葉があって電力会社がオール電化を推進するのに使っていたような記憶がある。事業者としては間違いではないし、否定をするものでもない。ムスメが就職するときに反対をした会社もあるが、電力会社なら反対はしなかっただろう。

--

電力は、これからのものなのか。
またはエネルギーとして、未来があるのか。

これには解決しなければならない課題がある。
資源は限りなくあるわけではなく、化石エネルギーは、40年余り、天然ガスで60年、石炭で200年。ウランが60年。
(環境科学者の諸説によりますが、通説として採用します)

せっかくですから数字に強くなって、覚えておくといい。

--

なくなったらどうなるか。

対策を打たなければ、エネルギーとしてなくなるのだから、それで電気を起こしていたら電気が消えます。

これは、間違いないことです。化石燃料が想像よりも長く採掘できることはありますが、いつかはなくなることは、地球の構造を考えるだけで自明。

--

代わりは?

・太陽光
・風
・バイオマス
などがもっとも有力。

地熱も半耐久的に有効。

今注目されているバイオマスはまさに地球を救えると思う。

--

太陽光線を電気に変換することだけを取り上げてみると、例えば、光-電気エネルギー変換素子が今よりも50分の1の価格で生産可能になるとすると、その辺の壁には太陽電池パネルがペタペタ貼ってある状態になります。

熱や光エネルギーが電気に変換されるので、パネルを貼った物質は熱くなりません(家屋、車などは冷却する手間も省ける)

その辺で電気が起こせるので、前に触れた【分散エネルギー(供給)システム】を一般化させれば、電気は中央の発電所で作るのではなく、至る所にある発電施設で作れますしそこから供給できます。

フィットネスクラブの運動エネルギーが電気エネルギーに変換され、会員は働いて割引をもらい、電気は市民へ、という絵が描けることになる。

--

自動車会社や電力会社は、事業の範囲や形を100年200年先を見通して構築しなおす必要がある。

そのためには、国家プロジェクトとして電力を見直す必要がある。

--

・・・のだが、そんな思い切ったことはできないから、永遠に電気で悩む社会と付き合うことになるのだろうな。

私は先にこの世を去っていますが、できる限りのことはしたいとは思っています。

だから、1700年代にボルタによって電池が発明されますが、そのころにまで暮らしを巻き戻してこれからの電気との付き合い方を再構築しなければ解決しない、と思うなあ。
(たった300年ですぞ)

国民は、もっと、物理と科学の歴史を勉強しなければならない。

2011年5月17日 (火曜日)

エネルギーを考える Ⅰ

人間というのは、と書けばいいのか。
知に神様のようなパワーを信仰する人々の集まりは、と書けばいいのか。

知が作り出した原子核反応を利用して、熱源を得て、発電をするというシステムを考え出したことに、これほどまでにこだわり続けるのは、愚かとしか言いようがないと、そろそろ断言していいのではなだろうか。

どこまで、偽りの神様を信じるのか。

分散型エネルギー(供給)システムであるとか、自然エネルギーというものを、何かかたくなに拒んでいるとしか思えない。何か恨みでもあるかのようだ。

金儲けに走っているマスメディアの翻弄されながら、あれだけ痛い思いをさせられた人たちでさえ、未来をしっかりと見ようとする段階になって、もう考える力を失っている・・・ような人々があちらこちらに出てくるから、あきれてモノが言えなくなってきた。

本当に私たちの暮らしを見直す気はあるのだろうか。
経済はこのまま、またはそれ以上を保持しながら、暮らしを見直す。
それを実現するためには、従来に描いた筋書きを一切やめて、エネルギー学と地球物理学、惑星科学を真剣にもう一度最初から検証して考え直すことから始めねばならないのではないのか。

夕焼けに飛行機雲が三つある  ─ 五月中旬篇


5月10日

都会に住んでいる人のほとんどの人が草笛など知らないだろうに。
四月に植えた青苗がすくすくと育っているその上を吹き渡ってくる五月の風を自分の肌で感じることもできないだろうに。でも、少 しでも感じさせてあげたいとも思う。

都会に住むのを選択した宿命なのかもしれないし、そのことをそれでいいのだと思う人も多いようだ。東京を捨てて、都会でしか得られない幸福感覚を多く捨てて、田舎に移り住んだのはある意味では愚かな選択であったのかもしれないと思いつつ。

都会の人にはその良さなど分かろうとする気持ちさえ毛頭なく、この風の安らぎも知らせることは 無理なんだろうなと思いながら。

▼道端の草をちぎって笛を吹く
▼草笛で好きだと歌った過去がある


5月11日

台風が近づく夜は静かや。
縄文人もこういう夜を、ある種の予感で迎えたのだろう。
自然に素直に立ち向かう。
彼らにとったら共存して生きていたのだ。

▼窓を打つ雨の雫や恋仇

この雨で、空がきれいになるとええな。
雨降りは静かでええ。
高周波数成分が雨粒に乱反射して吸収されてしまう。


5月12日

▼あなたはきっと窓を開けて満ち潮を見ている


5月13日

最近、老眼が進んできたのだろう、調子が悪くて読書をしてもすぐに疲れるのであまり読み進まない。寝床で読むとすぐ寝てしまうこともあって、ペースが遅い。


5月14日

ねえ、僕の運勢占い見て「愛情運がいいそうや」とツマに話す。
「あーら私との?」
と聞くので
「隠れた恋に芽生えるでしょう、と書いてあっ た」
とウソ説明(作り話)をした。

「さあ、一緒に出かけよか」
「はい」

と会話が続く。

▼浜の町過疎を泳ぐや鯉幟
▼風の中こいのぼり居り、子は町へ

こいのぼりを見なくなったなあ。
豊かさが純粋な心を食いつぶしてしまったな。


5月15日

▼ツツジ咲くいつかの雨に散るために
▼あの人に届けたい花、ひとつある

坂道のツツジが撮りたかったのだ。だから、通勤は列車で行くことにした。
でも、まだ満開じゃなかったのが少し残念だ。

▼まあね。そう言って意地を張ってみたくなる
▼無条件、僕も飲みたい、かの人と

GWがあけて仕事がまた普通に戻り、忙しくなってきている人も多いようだ。
働いて飲む。
どうして、できるときにそんな贅沢しなかったのだろうか。

車窓から。
麦畑が少し色づいたかなと思いながらぼんやりと景色を眺める。

少し黄色い。
6月になると、黄金色に輝くようになるのよ。

ナウシカが降り立ったところみたいに。

車窓から

鉄橋から写真を撮ってみた 。(下)

雨が上がったら、その日には、桑の実をさがしにいこう。

そんなふうに桑の実の話をしたら「御山荘橋のそばに大きな桑の木がありますよ」と教えてくれたかたがありました。御山荘橋ってのは、県警本部のもう少し向こうのほうにある、人しか渡れない橋です。

車窓から

線路。何となく線路を見ると、写真に撮りたくなるの。

ここを行けば誰にでも会える。
あの人にも会える。

線路

ムスメが、丸山千枚田の田植えに行ったとメールをくれたので、その写真を貼っておく。

丸山千枚田の田植え


5月16日

久々に夫婦に会話

─ なあ、おとうさん納豆食べるか。あたし腹の調子悪いのよ。

─ ええよ、食べたろ。

─ ほんま、うれしー、賞味期限が 1週間 ほど過ぎてますねん。

─ う゛ぇ    (食べました)

   *

その花を千切ってひとつ髪につけた人の気持ちがよくわかる。
そしてかたく抱き寄せる。

▼ひなげしのか細きところその人に似て

花といえば

▼からの花器を眺めてはかの子を思い出す

▼夢を見る、みかんの花咲く丘の道

▼花を散らしふたたび夏を迎えよう

花が咲く季節はあの人のことばかりを思い出している。
静かに花を生ける姿が凛々しかった。

私は花屋になりたいといった昔もあったな。

▼夕焼けに飛行機雲が三つある

▼月影に隠れてそろりと忍び寄る
▼じゃあ、離れてるけど乾杯ね

2011年5月12日 (木曜日)

一次産業とはなんだったのか ─ メルマガ「編集後記」から

▼大型連休が過ぎ去って俄かに陽射しが強くなったかなと感じたみなさんも多いのではないでしょうか。5月6日は立夏。暦の上では夏を迎えたことになります。

▼今の暦で4月末に江戸を旅立った松尾芭蕉は、ちょうど今ごろは日光街道を北へと向かいつつありまして、田一枚植て立去る柳かな、という句を遊行 柳の前で残したのが元禄2年(1689年)の4月20日(新暦6月7日)だったといいますから、このメルマガが配信される5月中旬ころには芭蕉の時代の 「みちのく」ではまだ田植えが始まる数週間前だったのかもしれません。

▼レジャーランドで遊び、テレビやネットのメディアを愉しみ、音楽で癒され、物質・情報文化のなかに埋もれて暮らしながらも、地産池消な暮らしを 始めることで改めて気付いたことがひとつあります。それは、私たちは第一次産業抜きで暮らしてゆけないという当たり前のことでした。

▼「一次」という言葉は時系列的に古くなってゆくもののイメージがありますが、実はこれからの時代に必要不可欠で、これからの産業の中でとても重 要な文化なのではないかと感じます。もしも、大きな天災から復興するパワーが何処からか生まれてくるとするならば、それは自然と密接に関わっているモノが 芽生えさせるのだろう、というようなことを近ごろよく思います。

目には青葉山ほととぎす初鰹 山口素堂

▼旬を知り、旬を食べる。これも環境を見つめなおす立派な活動ですね。

2011年5月11日 (水曜日)

岡本太郎の言葉 ─ 強く生きる言葉

きのうにひきつづき、岡本太郎。

自分をじっと見つめる。
それはとても怖いことであるのかもしれないが、生きてゆくうえで避けられないことなのだ。

見つめていると、見たくないものも見えてくる。自分にはウソをつけないから、都合の悪いことや醜いものを見てしまうこともある。

しかし、そのときがこの世の中を生きている自分がもっとも正直である瞬間なのだ。
余分に纏わりついた飾り物やウソを取去って自分を見つめるときに、本当に強く生きてゆくということを考えることができる。

岡本太郎が生きているときに、見向きもしなかった私である。
今、なぜ、岡本太郎の言葉なのか。
その疑問さえ、いとも簡単にこの人は解き明かしてくれる。
強く生きることは難しくない。愛に生きることも、難しくない。

自分を見るめるのだ。

以下、抜粋。
※読んでも何も感じない人は、人生を出直しなさい。わかるようになって戻ってきてください。

▼ズバリ答えよう。金と名誉を捨てたら人間の"生命"がのこるんだ。つまり、人間のほんとうの存在だけが生きる。金と名誉を否定したところに、人間のほんとうの出発点がある。

▼永遠というのは時間を越えた"瞬間"なんだ。だから、愛に燃える瞬間が永遠で、その後につづこうがつづくまいが、どのようなかたちであろうと、消えてしまってもそれは別なことだよ。

▼人に認められたいなんて思わないで、己を貫くんだね。でなきゃ、自分を賭けてやっていくことを見つけることは出来ないんだ。

▼孤独で、自分と闘っている人間は、鏡に向かって対話するんだよ。孤独を純粋につらぬけばつらぬくほど、逆にそれは魅力になってくる。

▼人間がしあわせと思っているときは、死がいちばん遠ざかったときなんだ。しかし、これは生きがいを失ったことになる。そんなしあわせは、ぼくは欲しくないね。

▼こんな服を着ておしゃれをしたから、どんなふうに自分が変わったかなんて外見的なことばかりで鏡を見ないで、自分と対決するために鏡を見る。これが、ほんとうの鏡の見方だ。

2011年5月10日 (火曜日)

岡本太郎の言葉 ─ 愛する言葉

最高傑作や。

何冊か出ています。
騙されたと思って読みなさい。

面白さがわからなかったら、自分を磨いて出直しなさい。

以下、引用 (一部)

▼好きな人がいたら真っ直ぐにみつめること。

▼激しく自分が惚れていると感じるときは、相手が裏切ったように見えるときだな。

▼愛をうまく告白しようとか、自分の気持ちを言葉で訴えようなんて、構える必要はない。きみの体全体が愛の告白なのだ。

▼自分を大事にして、傷つきたくない、そう思うから不安になるんだよ。

▼ぼくの場合、愛はすべて闘いだった。

情欲に流されるのはいい。だけど、流されているという自覚を持つんだ。

言論は自由であっていいのか

▼書きながら思いが変化する。時々刻々と変化する中で私の中を揺らぐことなく流れているモノとはなんだろうか。そんなものが果たしてあるのか。

▼連休中にこれを書いている。もうやがて2か月を迎える。2か月が長いか短いか。人はそれぞれの時間の物差しを持っているし心の物差しも持っている。一向に進まない復興とみるのか、それほどであれば上出来とみるのか。行政サイドの作業最前線の皆さんのご苦労を考えるといい加減な言葉を吐けば自らの軽さを露呈させてしまう。

▼3か月後にここにいる人たちの姿や心がどうあるべきで、実際にどうなっていると予測するのか。そのためには如何なる手を打つべきか。 6か月後を見据えてどの様な戦略図を描くのか。では、1年後では、3年後では……。実はその様にビジョンを見つめて構築することがこの闘いでの作戦で最も困難なのだろう。俯瞰的過ぎても落ち度が出るし、頭に血を上らせても失敗を重ねる。

▼ポテンシャルは備えている。行動力も判断力もある。金は何とかする。では、様々な方向から様々な邪魔が入る。何が邪魔をしているのか。別に自由に飛び交う言論が元凶だと言いたいわけではない。(どうでもいい奴の言葉ばかりが前に出てきて邪魔だという事実はあるが)

▼本当に私たちが必要とする報道は何か。報道側は今一度見直さねばならない。日本中が幸せボケで豊かさボケで満足ボケとなっていたつい先ごろまでの、銭金(ゼニカネ)だけで物事の尺度を決定し善し悪しを判断していた時期、経済社会構造を真っ先に立てかけてモノを見ようとする視点を忘れろとは言わないまでも、これからは変えてゆくのにちょうど良い機会だ。自由主義でなければ社会の進化はないにしてもそれを盾にして暴走する思想集団(これがまた賢者の集団で)も咎めねばならない。そして、腐った報道にいつまでもしがみついていたら社会が荒廃してゆく。被災地の何を報道してほしいのか。私たちは何を知らされたいと願っているのか。興味本位にその辺に転がっているようなあいまいでいい加減な情報とは一線を引けるような報道を期待したい。そのしっかりしたものの上で自由に言葉を出し合うのがいい。


「三重は少し原発には遠いからかもしれませんが、いつも緊迫感のない」とA君に形容された私は初日だけ熊野古道を歩いてきたものの黄金週間中は家にいます。福島県の友人は田植えの苗の作付が着手可能か否かの明暗さえ出ないというのに、幸福にも私の地方ではおよそ田植えは終了しました。

▼先日から考察しながら回想を開始している遺す言葉」がなかなか纏まらず、どこまで考えても社会への怒りや自分の人生の悲しみのようなものが私の脳裏に再来する。だが所詮私も、その程度のニンゲンだったのだ、という気もしてくる。

▼現代は自由にモノが言えて、こうして書けて、さらにこのように読まれぬかもしれずとも遠方に送り付けることもできる。新聞にもブログにもツイッターにも自由に意見を投稿できる。たとえそれが間違っていようとも正しかろうとも、活字となって暴走させることもできる。また、何処の誰が責任を負うてくれるかもわからないええ加減な言葉が我が物顔で暴走し、社会はどんどんと転落してゆく。地に落ちで本当に目が覚めるのか、やってみれば面白いかもしれない。

▼私が何を考えているのか…は、私にしかわからない。緊迫感がないと言われた事実からすると私の考えていることは、世間一般の目でみて緊迫感に欠けるということを意味しているのだろう。ひとつだけはっきりさせておくと「緊迫感というものを持つ」という概念すら私は思い浮かべなかった。したがって(緊迫感を)持つことが大事であるとか不可欠であるとか、またはその逆であるとかいう概念も当然持っていない。そんな奴の頭の中に、では、何が思い巡っているのか。私にしかわからないのだろうが、言葉に(文字に)して表さねばどこにも出てゆかない。

▼三重県が発信するメールマガジン「三重の環境と森林」の「巻頭」と「編集後記」で私は以下の内容を記した。(原稿チェックの段階で下線部の内容にかかわる箇所の削除指示があったが。仕方ないのと悔しいのとで、自分のブログに全文を載せたけど。無力である)


メルマガ

【巻頭】

春を迎えました。花が咲き鳥が啼いて野山はいっそう元気になってきましたのが伺えます。通勤列車の沿線に広がる麦畑も日に日に青く大きくなり、県庁前の花時計も色鮮やかになってきました。このメルマガが配信されるころには偕楽公園の桜は散ってしまいツツジの出番になっているかもしれませんね。

自然の移ろいにうっとりとさせられながら、こうして春がやって来るという約束は百年も千年も昔からなされていたことであろうと思い、また一方で東日本に地震災害にもたらした地震も地球と人類が交わした約束であったのかもしれない……とも考えたりしていました。被害に遭われたみなさまをお見舞い申し上げますとともに、一日でも早い復興をお祈りします。

「天災は忘れたころにやってくる」という言葉を物理学者・寺田寅彦が残しています。私たちが暮らしている地球という惑星から見れば、その果てしない生命線上の捉えようのないほど小さな近年に私たち人類がいます。200万年以上昔に2本足で歩く人類が登場し、5千年前に文明が生まれ、科学技術に至っては18世紀ころから歴史が始まります。

これらの長大な歴史のなかで、人々の暮らしが幸せを夢見ながらも何者かを畏れ、知恵を絞り文化を築き上げてきたことを振り返ると、環境を守りながら自然とともに豊かな暮らしを実現してゆく過程で見直さねばならないものがいくつもあることに気づかされています。

そのようなことを感じながら四月の始まりを迎えました。

【後記】

アラスカに住み自然を見つめ続けた写真家の星野道夫の著作を読むと「自然に対する畏敬」という表現が数々登場します。そこで「畏敬」とは何だろうと考えてみます。

辞書を引けば答えは簡単ですが、彼の伝えたかったことや彼の感じていた畏敬がことごとくすべての人々に伝わったならば、私たちが目指している環境創造活動は違った形になっていたかもしれません。

天災か人災か。東日本を襲った大震災の余震は物理的にも精神的にも続いています。社会までもが揺れ続ける中で3月30日の天声人語(朝日新聞)は「地球や自然への畏敬が足りず」「天災が暴いた人災である」と書いています。

大きな問題を解決しても将来にあるべき私たちの姿が揺らいでいては再び社会は道に迷うことになります。コラムは「電力業界は論敵の視座から出直すしかない」と手厳く締めていますが、環境に携わる我々も、エネルギのことを見つめなおし「地球を見つめる視座」が必要なのでしょうね。


▼論敵の視座。最も今の社会に欠乏しているのではないか。AKB(あほ・かす・ぼけ)な連中が勝手なことを言い合うなかで、この歴史的な人災を、知恵の力で解決へと導こうとする力を国家は全く失っている。やはり、「天罰」と言って非難を浴びたものの素晴らしいどこぞの知事の発言は改めて考え直しても面白く、もしかしたらひとつの「視座」では正しかったのではないかとさえ思えてくる。(そのこともブログで触れたように、もっと別の区域の人々に浴びせかかれば、まさに天罰になってよかったかもしれない)

▼人の考えは言葉で表現されるが、その人が正直にモノを言っているのかどうかは誰も保証できないし証明もできない。この未曾有の天災と人災で、私は何をどう感じて思っているのか。誰にも言わないし、どこにも書かない。書き残しもしないだろう。

▼何を考えて生きているのか。次に述べるようなことを私は考えて生きているのか。そのなかに私の本心とは逆の考えがどれだけ含まれているのか。わかる人はそれほどいないだろう。所詮、世の中はその程度なのだ。つまりは、思ってもいないことをペラペラと書くこともできるし、夢を語ることもできる。事実をきちんと報告することもできるし、ひとつの思想を論文にでもできる。そういう社会の中で生きていながら、結局のところは慎ましやかになけなしの金を手に、暮らしている。

▼どこぞの有名なケーキショップのひと切れのケーキを食うもよし。世界に名をとどろかせるマカロンを食うもよし。しかし、今そんなことをしている暇があったら倒産するかもしれない国家の再建に知恵を貸そうとするのが国民の生きる道だ。経済の発展や回復も大事だが、一部の経済学者のマヤカシの言葉のマジナイに惑わされた世相の流れをもう一度しっかりと見直すべきではないのか。経済学のボケカスどもが社会発展が大事だと叫び、情報化社会が二十一世紀を大きく進化させるのだ大声で叫ぶ。声が大きければいいというものでもなかろう。しかし奴らが滅びない限り世の中は、ささやかに暮らす庶民が夢に描くようなカタチには戻っては行かない。

▼原子力発電の賛否についても、今ごろあれこれ言っても無力だ。もう30年前以上も前からそのことを言い続けていても世の中はAKBのパワーに牛耳られていて、なるようにしかならなかったんだから。

▼東日本国と西日本国の間ではパスポートは不要で、通貨は統一されているのだけれど、あれは隣の国で起こった天災と人災だから、と考えている人がいてもいいだろう。愚かな東ノ国の歴代の総理が愚かな行政をした結果、首都圏などという非哲学的で勝手気ままで自己中心的な区域を作り上げてしまった。裸の王様という物語を子供の頃に読んだことがあったが、まさにその通り。都市は肥大化し文明として果たしてそれほど価値が高いのかと思えるような文化のもとで人々は自己満足をして生きている。(そう見える)

▼首都圏は解体すべきだ。そしてその都市のためにエネルギーを生産し続けて、放射線という得体のしれないものまで頭から浴びせられて苦しい生活をさせられた一部の地域の人々はもっと怒らねばならない。怒るべきだ。もうこれ以上、そんな人のためにあらゆるものを犠牲にするのはやめようと言いたい。滅びることが大事なんだ。天罰だったんだから。

▼でも、滅びるなら東ノ国を丸ごと滅びさせてしまうのが一番だ。昔、ベトナムから多くの難民が流出したように、豊かで自己中の生活をしていた権力や権利まみれのニンゲンは、どこか新天地を求めて流出したように、人々はもう一度社会を見つめ直し、自分の存在を考え直すのがいいだろう。こんな人災の中にあってもそれでも暢気に都会を守ろうとしている連中のためにそんなところに留まることなど不要だ。新しい夢の国を作るのがいい。

▼東京湾に原発を、という署名が大昔にあった。デモもやってた。中曽根元総理の最近の著述を読むと、東京湾に原発を作ることの危険性を認めている。「想定しているから(作らないのだ)」と正直に言っているからあの人は偉大な政治家で実際に成功もできたのだろう。あの人のイデオロギーとは真っ向から対立するものの、行政人としてのスタンスに石原慎太郎と同じように素晴らしいものがある。それを持っているから多くの人が認めたのだろう。それとも、国民はそんなことなんか何も考えていなくて、みんながそうするから的な勢いでそうなったのか。面白い世の中だと思う。このような立派な論敵が少なくなったことが悲しいともいえるか。決して嫌味ではなく、論力のようなものが弱体化したから社会が空洞化し形骸化したのだ。

▼電気の節約だって。何をいまさらあほらしい。暖房便座の電源はもう何年も前からOFFです。お風呂の追い炊きも特別な事情がない限り使用しない。風呂はいつも夫婦二人で入る。熱い目のお湯が好きな人からやや先に入る。蛍光灯は半分以上を消して、掃除機は使わず箒を使う。いわゆる美味しい水という類のものは買わない。深夜までは起きていない。クーラーは数年前に壊れたのを機会に新しいものは購入しない。車の洗車は水道水などの上水では行わない。20分程度の外出は徒歩か自転車で行く。その程度の場所に用事があっても電話で済まさず出かける。雨戸などを活用し冷暖房効果を高める。コタツはぬるめに設定し寒い思いをする。その分服を着る。外出するときに着るような厚めの服を上から羽織って寒さを少し我慢するのだ。昼間は電燈を使用せずに、仕事や作業は窓際に移動してこなせる様な工夫をする。明るくなったら行動するよう心がけ、暗くなったら余分なエネルギを使わない。車のエンジンは停車時間が約1分以上のように長くなることがわかっている交差点では停止する。ブレーキを不必要に踏まねばならないような運転はしない。当然スピードも不必要に出さない。アイドリングストップなる高級機能を持っているような車に投資をすることや無駄な買い替えはしない。あるものを上手に工夫をして暮らす。(行政の方針の間違いを今更指摘しても社会改善に直接はつながらない)。車は最低台数に減らす。健康に心がけ医薬にかける経費を減らす工夫をする。数分待ったら来るような便利な電車に乗るために(自分の快適さのために)無駄な燃料を使うことは避け、1.5時間から2時間ほどの間隔でしか走っていなくとも時刻表を見ておけば乗れる列車を利用し、多少は不便であろうが空いた時間を上手に活用する暮らしを心がけ、化石燃料の不必要な消費を避ける。もしも、計画停電が来ても計画断水が来ても風に吹かれる葦のごとく飄々と暮らせるようなスタイルを意識して毎日を暮す。

▼でもね、本音を言うと、今回の震災で電気ガス水道が止まってみてその大事さに気づきましたという人があまりに多くて、私たちの今までの環境教育はおしゃれの道具としての環境スタイルをPRしてきただけだったのかと省みる。この苦境で体感するようなものの大事さを感じて環境を守ろうと常に言ってきたのだが(伝わっておらず、伝わった結果から)、いかにも豊かな社会のオトシゴたちが捉える作法で理解されたのだな、と感じた。復興したら何割かが忘れてしまうことを思うと厳しいことを言うようだが、まだまだだと思う。自分のことしか考えていないレベルだ。

▼長くなるのでひとまずこの辺でペンを置く。

雨がそろっと

5月8日

夏の雨は、スコールのように。
僕が何かに夢中になっている間に、ザザザと降ってしまった。

▼突然の雨、君に会いたくなって


5月9日

夏の暑さを思い出させるような日になって
やっぱし冬がよかったかな、などと勝手なことを思う。

あなたあっての私。
私あってのあなた。

▼風呂上り夜風がすうっと気持ちよく

ちょっと、また、太りだした。
おなかが邪魔。

▼訳あって水割り一杯オマケして

ムスメから小包が届いたといって大喜び。
うちの人。
母の日。

▼青ノリの唇にプチっとチューしたい

焼きそばが大好きなんだから、ノリは宿命。

▼降り出してキミの心は雲の中
▼蛇の目傘、きのうの恋を苦笑う
▼雨降ればあなたに会えるような気が

寝床に横になって
雨音を聞く。

近所の田んぼが次々と住宅に変わってしまい
このごろは蛙の声は聞こえない。


2011年5月 7日 (土曜日)

好き好き好きと三つ言ったら夏が来る ─立夏のころまで

4月24日

カツオが美味しくなってきた。
きのう買ったカツオできょうはお茶漬けをする。
カツオがうまいと茶漬けの味が全然違う。


4月25日

ムスメが出張で職場の近所に来ていたので夕飯を駅前で食べる。
最近、外で飲むこともなく、酔いのなかで明かりが揺れるのを眺めることも少なくなった。

▼酔いどれてあなたを想う白い街

▼ジャズ俳句スイングしなけりゃ意味がない


4月27日

そろそろ、五月の休みの歓喜で街や職場などざわざわとしている。
気候もいいし、ウキウキなのだろう。

▼補助輪を外して自由な五月へと
▼五月には新しい花器を買いましょう
▼レンゲソウ摘んで青空とつながる


4月28日

ここ数年、連休前に出かける準備が面倒で、
それがイヤで出かけず家でゴロゴロするパターンがとても多い。
余剰になった資金で家族で焼肉という何とも家庭思い(?)なオヤジになってしまった。

ガンガンと走ったのは昔の幻だな。


4月29日

新鹿から熊野市まで歩いた日。
熊野古道の記事は別に書く。

▼おはよう。麦の穂がでとる!!


4月30日

あら、何も十七音の記録がない。


5月1日

連休太りという言葉が頭をよぎった。
少しダラダラとして過ごす。

▼桜咲くあなたの街を夢で旅する

黄金週間に旅をしている人も多かろう。
花をたずねて旅をする。
東北の桜は今どのあたりだろうか。

あの人は元気にしているのだろうか。

▼おさすりを買いに岬の向こうまで
▼田植えすみ母の手形の茨餅

田植えが終わったころに、母は毎年
イバラの葉っぱを巻いたお餅を作ってくれた。
こしあんの思い出だ。

▼里帰り、母は留守でも桜餅


5月2日

連休中。真ん中の日に仕事にゆく。

▼五月になって日射しは夏


5月3日

ツツジがいい匂いを放っている。
そうだ。
この季節にも、儚く消えた思い出があったのだった。

▼目と目があったときの笑顔は凶弾
▼ひっかいた心の隙間にキスをする
▼ヤキモチを妬いて五月の雨となる
▼緩やかな風が舞いたてばさざなみ
▼キミのいるつつじの里の廃校の
▼五月雨や濡れて帰りし道づれか
▼焼き鳥や、けむり誘いて丸い肩
▼散るだけじゃ許せないあの人のこと
▼サヤエンドウ君の思い出緑色
▼五月晴れひとりはやめてツマと行く


5月5日

こどもの日。
晩酌は休まない。

氷を混ぜるのが上手になったな。

▼お気に入りグラスの氷がモノをいう

二人だけでこどもの日を過ごす。
飲むのが楽しいけど、たくさんは飲まなくなった。

▼せいくらべ柱のキズは幻の


5月6日

生活に余裕があったら
今頃どこかを旅しているのだろうか。

二人で、
残雪の山を見上げ、
雪解け水で手をすすぎ、
緑のなかで背伸びをする。

▼怒りん坊そんなあなたに出逢いたい
▼好き好き好きと三つ言ったら夏が来る


5月7日

▼補助線を引いても君は謎のまま
▼平行線まっすぐに繋げる一本の

野原公園の藤

野原公園の藤

2011年5月 4日 (水曜日)

好きな人がいたら真っ直ぐにみつめること

岡本太郎  「愛する言葉」 から

好きな人がいたら真っ直ぐにみつめること

「好き」が欠けても
「真っ直ぐ」が欠けても
「みつめる」が欠けても

この言葉は成り立たない。

人生で大切な要素をきちんと拾い出している。

2011年5月 1日 (日曜日)

麦の穂が…出ていた

麦の穂

29日に熊野古道行きのJRの中から麦の穂が出ている風景見つけた。あら、もう出てるのか、とささやかな感動。

そこで、帰ってたあくる日に近所を走っているときに、車を止めて麦の畑の傍に近寄ってみた。

5月になってからは、すっかり夏の風が吹いてくるのがわかる。

琵琶の実

これは去年の6月の写真。

JRの中から枇杷の木に袋がかぶせてあったのを見たので、実がなったのかと思い過去の写真を探してみる。すると実がついている写真は6月の撮影になっている(去年)。

あとひと月もすると、麦は黄金色に、枇杷の実はたわわになるのだ。

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