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2011年3月20日 (日曜日)

なんと空が青いことか

宮城県牡鹿郡女川町のYさんから届いた年賀はウサギの絵柄の中に家族三人が青い海を背に並んでいる。

 

女川町の観光協会が3月11日まで書き続けたブログにも、その日の朝の女川の風景が掲載されている。

 

女川

 

なんと空が青いことか。海が鮮やかなことか。

この海の果てで、数時間後に地震が起こる。

 

 

 

震災時にYさんがどこにいたか、またこの家族の皆さんもどこにいたのか不明だった。一番最初に届いて来たのは「町全体1万人全員が行方不明」という文字で、さらに刻々と五千人が避難、七千人が避難済み……と変化してゆく。

 

同時にネットにある被災者安否確認リストに、Yさん自身が探し主の名前で家族の安否を問い合わせている掲示を発見。そうか、Yさんはネットのつながるところに仕事か何かで出張していたのだろう。家族との連絡が取れないのだ。

 

1週間が過ぎてゆく。

 

その間も年賀に写っている景色を見て祈り続ける。女川の湾を見渡すこの高台におそらく避難所は設置されている。七千人が避難済みの続報もしばらくなかったのだが、ちょうど一週間が過ぎた朝に、ネットの生存者リストに家族の名前を発見。

 

きっと同じころにYさんは名簿を確認しているだろう。おそらく、連絡も途絶えたままで、会いに行くことも阻まれているんだろうけど、よかったと私も胸を撫で下ろす。

 

祈ることで、あらかじめ決められしまっていた運命を変えてしまうことだって可能なのではないか。一時たりともそういうふうに考えることができた自分のパワーを継続して、きょうも祈ろう。多くの人のために。


写真は3月11日午前、女川町の港の風景、観光協会ブログから。

ブログは当日以降、停止中。

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