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2011年2月 5日 (土曜日)

神去なあなあ日常 三浦しをん

神去なあなあ日常 三浦しをん
を読み終わったので感想を書こうかなと思ってますが。

出た時にも読んだのだった。
2009年8月。

月日の経つのは早いね。

(2011年02月02日)

+++

農業や林業などをいったい誰が一次産業と定義したのだろうか。

森に入って生物多様性というものを真剣に肌で感じて理解したり、人間の営みの神々しさに触れてくると、これほどまで未来を見つめた産業はないだろうと感じざるを得ない。一次産業と呼んだことが恥ずかしくなる。

私のほかの読者の皆さんも(作者も)、おそらく森に入り自然に触れることによって、都会に流出した様々なものがいつか大きくくなって、厚みを増し懐を深くして森に還ってくることを薄々お気づきになったのではなかろうか。

科学技術というマヤカシに現代は惑わされている。(辛辣で荒っぽい言い方だが)科学技術というものはテクノロジーという格好のいい言葉に飾られて、庶民を騙し続け、産業発展に寄与していると思われている。

愚か人は、科学技術の進化により幸せになれたような錯覚を持ち、豊かになったと思い込まされ、いい気にさせられている、言ってはいけないのだろうけど、果たして産業が発達することや経済が成長することを今まで通りに大手を広げて喜んでいていい時代でも(世紀でも)ないだろう。

豊かで便利。食べものは美味しくて、遊びも楽しい。一度そんな世界に浸ったら抜けられない。こういうのを麻薬と例えても間違いではないのではないでしょう。就活に苦しんでいるのも理解できるけど、まず勉強が先だろう、それが終わって完成してから就職活動をなさい。(…と、私は自分の娘にそうさせましたが)あらゆる社会の「変」に向かって細やかに警鐘を鳴らしたのかもしれない。

神去村という所には神が居た。なーんにもない。ケータイも通じない(…ことにしてある)。人々は、というより、ヒトは目に見えない神を忘れてはいけないという普遍的な哲学を、豊かさやそれがもたらす満足感や幸せ感によるベールで包んでしまっているだけなのだが、人は馬鹿だからそういう微温湯から抜け出せない。

神とは何か。誰も見ていないけど咎めるものを感じることで裏付けられる人の心のことであろうか。心が誠であることを確認してゆくための案内人のかもしれない。そういう原点を神去村に見つけた。

実在する村と架空の出来事をミックスさせて面白おかしく物語が展開する。三浦しをんさん風のタッチで、入門編としても面白いかもしれない。

でもほんとうは、もっと生物多様性とは何か、人類と自然とはどのような関係で成り立ってきたのか。今の幸せの源流はどこにあったのか。人間のもっと原始的な生き方や姿とはどういうもので、私たち現代の人間はどのような面を尊重し畏敬を持ち生きてゆくのが本来のヒトのあるべき姿なのか。現代の不幸は何なのかな。失いつつある心を神去村に行けば取り戻せるか。時間を止めて自分を見つめることができるのか。果てしない自問に答えられまで、しっかりと読者を引き込めるならば、もっと素晴らしいのだが、それは読者の持ち備えた器に依存するか。

第一回目の読後にこの県境の村を訪ねて行った。山仕事に出かけているNPOの皆さんに話を伺って、湿った斜面で足を滑らせてドロドロになってしまったけど、山のように積まれた割木の写真を撮って帰ってこれたのが嬉しい。

この物語、夢の話ではないと思うのだが。

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