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2011年2月27日 (日曜日)

斎宮博物館の梅

去年の二月は北野で梅をみた。

京都でみる梅も、月ヶ瀬でみる梅も、斎宮でみる梅も変わりはないものの、万葉の時代からこの五弁の花びらが人々の心を捉えて放さなかったのには深いわけがあったのだろう。

青空がこの上なく鮮やかに透き通る。
風は冷たいながらも春の香りを運び、寒さに凍えていた気持ちが溌剌となる。

空に跳びだしたくなるのだ。

2011年2月26日 (土曜日)

ゼロに近づく。

ついこのあいだのこと、ノートにそう書いてじっとじっと眺めている。

数理科学でメシを食っているとゼロという概念はとても重要であるものの、反面、無意識の中にあることもある。

すべてはゼロに近づく。詰まりは、逆数を取ることで無限大へと広がる。

人は、生まれたてのときにおいて無限大の情報量を受け入れることが可能だ。だから赤ん坊は空箱。エンプティセット、空集合だ。
空っぽの自分に無限の情報が流れ込むから、時間が過ぎるのを速く感じる。情報量の側から見れば時間が止まって見える。

年齢とともに情報は減少する。そこで、感動することが薄れ、時間が流れるのを速く感じる。クロックが遅くなっているのだ。やがて止まって生命は終わる。

---

世の中の不都合への怒りも、また歓びも自由にその感想を述べることができるという世の中で、贅肉だらけの情報が飛び交っている。

総理のマイナスを指摘する声が聞こえてくる一方、マイナスをいう人にプラスも指摘できるのだろうか、という疑問。定性的な評価ではなく定量化した評価力を失った、自己満足だらけの情報量に纏わられた人々があふれ、情報というものに捻じ曲げられてゆくのが滑稽だ。
プラスを抽出する能力のないモノたちが世の中の情報を牛耳ってしまい、ツイッターやソーシャルネット、果てはインターネットに呑まれて滅びてゆく時代が来るだろう。

---

私の体内クロックは遅くなりつつある。
遅いクロックだからこそ見えてくるものもあるのだ。
社会学者が最も、今、フーリエ変換を勉強しなおさねばならないのかもしれない。

月ヶ瀬の梅

23日にちょっとお出かけして
月ヶ瀬の梅を見てきましたが
まだ少し早いね。

でも時期に行くと凄い車の量で間違いなく嫌になるだろうから、これで正解でしょう。
静かな山里です。


月ヶ瀬の梅

かますご

先日、かますご、食べました。
今年初。


かますご

やっぱし春の味です。

2011年2月23日 (水曜日)

ぬくぬく

久しぶり天気予報は春の雨

先日挿し木したユキヤナギ。
根付きました。

2011年2月22日 (火曜日)

うつむき加減で

花が咲くと
思い出したくないことも
いろいろと出てくるな。

別れとか、
挫折とか。

花の散るのも
見ることなく
別れ別れだったか。

2011年2月21日 (月曜日)

寒がり

あのときに
貴方という人をそっと後ろから見ているだけにしようと
強く決心をしなかったことがそもそもの誤りの始まりだったのかもしれない。

霜が降りた朝に、

こんなに温かいのに霜ですね、
今年最後かもしれないね、

と言って
最後という言葉は何て残酷なんだとも薄々感じていたのでした。

2011年2月20日 (日曜日)

黙って

えくぼの可愛いその人が
にこりともせずに
白梅に鋏を入れている。

私は
黙って後ろで見ている。

2011年2月19日 (土曜日)

夫婦の会話。シリーズ。

夫婦の会話。シリーズ。

金曜日の夜のことですが、
家に帰ってコートを着たままでズボンを脱いで
パンツ一枚でウロウロしてたら
うちのんが笑い転げていた。

そんなにオカシイ?

宮本輝 ここに地終わり海始まる

ゆっくりゆっくり、
15年ぶりに再読しました。

何故私は15年前にこの本を本屋で手にしたのだろう。
出版されて数年が過ぎていたのに。

ふとそう思う。

やはり、数年の波が人生の中には存在して、
ある地点に差し掛かったときに、
このタイトルが私を惹きつけたとしか考えようがない。

だから、
惹きつけられない人には、オススメしなくていいのだろうな。


宮本輝
ここに地終わり海始まる (上・下)

---

人には様々な生き方がありハプニングがあり、成功もあれば失敗もある。

この私でさえ、門真の家電会社の求人応募(転職募集)の葉書を投函するかやめようか迷いながらポケットに入れて出掛けたときに、それがポケットからポロリと落ちたことと、それを拾ってくれた人の助けで葉書が会社に届いてしまって、京都の制御機器会社から転職ということになった過去がある。

あの葉書が私のポケットから知らぬ間にこぼれ落ちなかったら、私を新卒の時から大事にしてくれた京都の会社に私はいたのだろうか。2期後に来て今は常務になったM君のように出世した人もいれば、私のように人生を転げ落ちていまだにスリリングな未熟な技術者の道を歩んでいるお馬鹿さんもいるのだから、ドラマなんてのはその辺に幾らでもあるのだろう。

物語は1枚の宛名の勘違いからひとりの女性が不治の病を克服し社会に跳びだそうとするときに、二人の男性とひとりの親友の女の子と家族やら仕事社会が関わって物語となる。宮本輝が何かの作品で書いていた「糾える縄」のように。

何の変哲もないものといえばそれまでであるが、冒頭に登場するポルトガルのロカ岬の与えるインパクトが目茶目茶大きい。
岬の様子はほとんど思い浮かぶほども書かれていないし、実際に誰かがそこに降り立ったというシーンもない。ユーラシア大陸の最果てにある岬というだけで、読者を固く惹きつけてしまって、最後まで放さない。
大陸が海に落ちても大西洋を隔てればまた新しい大陸に出会うのだから、何もそれほど感動的でもないのだと、冷めたことも言えるのだけれども、しかしながら、作品のタイトルが詩的に読者の心を離さない。

人間は誰でも危なくて不安なものを持ちながらも、それをひとつの幸せというもので包み込み、心はそれに守られて、そこに自信と誇りを持って一歩一歩ゆくのだ。ときには裏切りもあれば競争もある。嘘もあれば誠意もある。

しかし、この物語の根底に流れるのは、人の心の清らかさと真面目さと自分を見つめる優しい眼差しだった。悲しみも失望も、悪も卑怯もなく、少し変わってはいるもののありきたりの生き方のバイブルのような人の心を物語にしたのだ。

ロカ岬というユートピアの魔力に釣られて、どんな時も、いつかはそこに立って勇気を胸にするのだと願う読者は、物語の主人公と自分自身とを併走させながら、勇気と元気を自分へ吹き込もうとしている。

宮本輝という人がこの作品を書いた時期は、1990年3月から1990年11月までで、年齢的にも一番面白い作品の書けるとき、不惑を2、3年過ぎたときだった。
流転の海に着手し、海岸列車を、海辺の扉を書き終えて、花の降る午後で物語を愉しむことを試したあとだった。

ところどころに、初期のころに持ち合わせた独特の筆が出てきて、15年ぶりに再読していると嬉しくなった。もう一度、短編に集中すると甦るものがあるかもしれない。

手袋はピアノの上に。春を待つ 雨水篇

雨水の朝に、早く目が覚めて、
しばらくたまったメモを読む。

立春のころから、あっという間に時間が過ぎる。
十七音も少し緩めている。


(18日)

おはよう、雨あがり。
ウキウキ金曜日。

▼ディーゼルの警笛も春風に優し

道明寺か。

えみさんが、道明寺の話を書いていて、桜餅を食べたくなる。
この季節になるとチラホラデスね。

--

ここに地終わり海始まる。
最終章。電車では読めない

帰り道。
チャリンコの彼女について一緒に走ってゆく男子。
下校の二人
暮れなずむ街。


▼うたた寝をしてたらあら,もうこんな時刻
▼アーモンドとウィスキーで君想う

▼教えてよ、貴方の心に魔法をかける呪文を
▼週末のひとり酒、満月いっそう丸く


▼満月に代わってお仕置きして欲しい

無言の月。無音の夜。


(17日)

雨の音がしている

意地悪な雨

優しい雨


▼片想いうしろ姿は傘の中

今夜はお好み焼きですのん

(16日)

雪が降っていっそう春が近くなったと実感する。

▼夢を見た。話すと叶わないから秘密

一日一魚。
きょうはアジ

図書館に行って、安野光雅さんの私の履歴書(日経朝刊)、昨日までの分を読んできた。

画家になったきっかけは?の問いに、
そんなきっかけのようなもので簡単に画家にはなれない、
なんて書いてたから、これイイ答えだなと。
(遺伝子だそうですが)。
走り読みでした

マザーウォーター。感想、書いた。
別記事。


(15日)

▼一目惚れ笑顔と笑窪が狙い撃ち
▼バレンタイン夜の静寂もまたたきて

(14日)

先日から読書中の、ここに地終わり海始まる。十五年ぶりに読み返しています。
下巻に入りました。


雪は静かに
何年ぶりかな、雪の上を歩いたの

(13日)

久々の映画。
マザーウォーター。


(12日)

春雪やとけて流れりゃみな同じ
水ぬるみ北野の梅の咲くころに
土の塀に沿うて歩いて餅を食う 

▼手袋はピアノの上に。春を待つ


やっぱり着実に春が来てますね。

考えてみると・・・・

私が受験をしたころ、試験のあった2月の下旬と一期校の3月初旬そして二期校の3月下旬と、春を感じながらの受験もあったのだな。


まだ寒かったようなイメージばかりが残っているな。

▼雪解けの儚きドラマは無音なり
▼儚くも一夜限りの春の雪
▼春の雪しずく光らす朝日かな
▼春の雪母の作ったあられ炒る

お風呂からあがって布団に入る時が一番幸せ。おやすみ、みなさん


(11日)

雪デスね。綿のように。

雪の朝

▼雪ふりて俳句哀れや融けてゆき


雪の降るのを見てたら、
おなかがすいてきた

富士宮の石川も
この雪を思い出しているかな

午後にはやんでほしい

バッサリ髪を切るように。春を待つ ─ 二月上旬篇

(10日)

おはようございます。
一転して寒くなりました。

明日は雪の予報。
早起きしてみるかな。

1984年の冬、今ごろだったな。
京都にもたくさんの雪が降ったなー。

そんなことを思い出した。

石川。元気か?

▼雪がくる雪がくるのよほんとかな
▼うれしいな、貴方の活けたチューリップ

(9日)

前略、蕾を濡らす春の雨。

あがったあとの冷たさが蘇りました。
石畳の坂道を緩やかに曲がりながら一緒にのぼったことがありましたね。
名前もわからない花の匂いがした。

あら、と貴方は言ったの。
あれからあれが私の春の香りになってしまった。
今だに名も知らない花。

--

また、寒波がくるそうな。
けさ、雨が降って地面も湿って、春のような陽気でカッターシャツ一枚で過ごせたのにな。
今ぐらいの季節、好きかも。

--

ここに地終わり海始まる。
宮本輝の小説を本棚から出して来て再び読み出した。
それには理由がある。

宮本輝、昔はこんなにも、甘く優しい文章書いてたのね。昔のほうが好きかも…

(8日)

▼ニコニコが止められないの、止まらない

通勤帰りの列車の中。
TさんのFACEBOOKの写真を見ながら、ニコニコ。

逢いたい人、ナンバーワン。

知らず知らずのうちに
私はゲーテのように
気取って手紙を書いている。

▼またちょっといいことあっても、雨雲が

(7日)

おはようございます。みなさん。
暖かいなあ。
春みたい。

▼また一週、一週間とコツコツと

▼宇多田の音楽。エイトビートで、majorで、ストンと終わる。生意気なことしてくれる

そんなこんなで一週間が始まったのだった。

(6日)

▼くうくうと啼く鳩とまる枝はなく

静かな日曜日の朝。

沈丁花か。

あのころは、一緒に入学した連中は、半分も一緒に卒業できなかった。

沈丁花匂いを嗅ぐと落第とそんなジンクスのある、
三十年前の儚いキャンパス

▼もう少し出番は先よ沈丁花
▼沈丁花、蕾は堅しときを待つ

つぼみつぼみ

▼バッサリ髪を切るように。春を待つ。
▼断ち切るのゼロに近づく無限大

そういえば、いつ頃からゆっくりと夕焼けを見なくなったのだろう。もう春だから、鮮やかな朝日を見た日は、夕暮れ時も欲張ってあかね空を探してみようかな。

▼おやすみのつぶやき聞いて僕も寝よ
▼好きなんや言葉飲み込む赤ワイン

(5日)

居間と自室とトイレと、一度だけ洗濯干しに庭に出ただけで一日が終わった。
とメモにある。

熊みたい。
体型も熊みたい。

頭も熊?

▼本当は好きなのに、嫌いと言ってみたくなる
▼休日の朝寝もできず霜を見る

朝が少しずつ早く開けるようになってきたので、寝てられなくて布団から飛び出すのですが、少し寒いかな。

しかし、霜を見ても、怯えない。

二本指立ててピースな二月かな ─ 立春篇

二月。
如月。

春の気配も漂いはじめるのだが、立春と聞いてもまだ寒い。

上古を生きた人々は、こんな季節にどうやって春から夏の変化を予感したのだろう。


(4日)

メモの隅っこに

▼早く風呂に入って寝たい

と書いている。

春眠暁を覚えず、にはまだ早かろうに。

しかし、着実に身体が春に合わそうと動き始めている。


(3日)

節分だ。
豆は撒かないし、食べない。

子どものころは母と一緒に豆まきをしたのをしっかりと記憶する。

店に買い物に出ると節分商戦というか、鬼の音楽が今年もかかっていて、ああ節分なんだなと思う。

▼スーパーの鬼の音楽夢に出て

豆をいる炭でついでにかき餅も焼いた記憶もある。
お茶漬けにして食べるとうまい。

我が家では、巻き寿司も食べる習慣はなかった。
今は祭りとして夫婦で食べるようにしている。

祭りは大事だ。
人の心を寂れさせない。


▼柊が枯れてやわらぐ陽射しかな
▼式台に豆散らばってニ三粒
▼父を待ち竈の炭で豆をいる
▼式台で明かりを消して豆を食う

二月は少し淋しい季節でもあった。
それを、ふっと回想する。

▼ほんとうは好きだと言って鬼さんこちら
▼甘えても飲み過ぎるだけの鬼の面


(2日)

この日は、タコの唐揚げとカワハギを食べた
とメモにある。

▼如月やあの人の名もそんなような

その人。
今頃、どこにいるやら。
元気かな。


(1日)

日経新聞朝刊で連載している私の履歴書が、2月から安野光雅さんの登場とどなたかが書いていた。

心を、描く。

なるほど

▼はじまりました二月、もうすぐに春
▼あれっきり、まさにその通り、からっ風
▼恋してる、男を想うオンナの俳句
▼夕暮れが少し遅くなったのが嬉しくて

▼二本指立ててピースな二月かな

2011年2月18日 (金曜日)

金曜日の朝に

金曜日の朝に。

--

クリスマスの頃には欲しくて仕方がなかった君だが、
寒い冬の時期がすぎてしまって
君が居なくても、もう、大丈夫になったよ。

君のことは忘れることにする。
ほら、僕は元気さ。

--

暖かくなってきました。
あれほど欲しかった手袋は、もういりません。

2011年2月16日 (水曜日)

(号外) 二人の「たち」君

私には、手紙を出そうと思っていながら
無精をして出さないでいる「たち」君(さん)が二人もいるのだ。

ごめんよ。
読んでるかい。

ぐるぐる  幕を引かない ─ マザーウォーター

幕を引かない

--

私の中でまた新しい物語が芽生え始めている。

もう今度はそんなドジは踏まないさ。
名前を尋ねるとか趣味を知ろうとか
そういうことって何の役にもたった試しがない。

その瞬間から潮が引くように運が遠ざかってゆく。

だから、もう何も知ろうとしない。
何度も何度も偶然が度重なって
時間がグルグル回っているだけでそれでいいの。

--

マザーウォーター

みおわってから手帳に、「幕を引かない」とメモをした。
それだけで、この映画を思い出せるはずもないのだが、この映画は幕を引かないのだ。

映画館に入って映画を見ることがまれになったのだが、近頃思うのは、映像が終了してその余韻が消滅してゆく間に、幕を引いて閉じてしまう儀式をするところが少なくなった、ということだ。

みる人は、物語だけをあるいは感動というか、むしろ感激だけを求めに来ているからだろうか、終わってしまえば、ありがとうさん、なのだ。

京都でロケをしているので、なじみを感じさせる景色が多かった。

私たちの暮らしのひとコマを短く切り取って、特徴的な思いを重ね合わせて、自問をしてみる。答えを求めずに、夢のようなことを呟いてふりかけてやれば、こんなイメージができるのかもしれない。

それを作品に、ものの見事にしてくれて、どうぞと差し出されたら、行き着くところには水が流れ、花が咲き、人が多くを語らず、佇むのだ。

生存証明という日記があった

昔、「生存証明」という日記をよく見かけたものだ。

死んでしまえば自分で日記は書けなくなってしまうので、誰にも内緒でブログなどを書いていた場合には、永遠に知られないまま終わってゆく。

だから、生存証明という言葉に大きな意味があるのだろう。


何か、不手際を起こしたり失敗をやらかしたら、それが飲酒運転のようなものなら間違いなく新聞は名前と年齢と職場と役名を報道するのだろう。面白がって。

死んでも報道するかというと、それはない。

---

雪が降って
いっそう
春が近くなったと実感する。

2011年2月12日 (土曜日)

春先はもぞもぞする。

少し陽気が穏やかになってきたので、自室に居てパソコンの前に座ることが増えてきました。
青空を見ながら、窓の桟の前を鳥がすっと通り過ぎると、春の到来を目で感じますね。
昨日は雪が降りました。けれども春の息吹が満ちていた。

どこかにも書きましたが、宮本輝の作品の感想をすべて書こうと思えば寿命が尽きます。その時に書いておけばよかったのに、もう一度読み返すと浸ってしまうので浮き上がってこれなくなる。もう一度読まなければその隅々までもは思い出せないし。

忘れることも大事なんだから、と言い聞かせながら、ハズレくじは引きたくないぞと思いつつ、まだ読んだことのない作品に手を伸ばしてみたり、古典を読んでみたり。時には歴史解説であったり、専門の数理科学の本であったり。でも数学の本はすぐ飽きてしまう。


それでも、宮本輝を読み返した理由は、何故、ロカ岬だったのか、その時に何を私は思っていたのか、タイムスリップしたかったからかもしれません。

関わりのある方のところにお立ち寄りして、静かに引き上げてこようと思っているのですが、もしかしたら何か通じるものを感じあいながらひと言でも言葉が交わせればという期待がある。昔、電車の中で隣の席の人に話しかけたこともあったけど、おそらく二人とも電車を降りた後の余韻を最高に楽しめたはずだ。いいえ、今はそんなおおらかな時代じゃないかもしれないな。

mixiも随分と変わってきてしまって、が近頃の口癖。
この中をいろんなものを求めながらさまよう人たちそのものには大きな変化はないにしても、たとえばそこ流れる水の温もりや街の風情が変わってしまうと全然違う街に見えるように、私の周りを通りかかる人たちもちょっとかわってしまっているのかもしれない。

宮本輝のファンは、変わらないのだな。
そんなことを思いました。
ファンだというだけで、マイミクになってそれきり音沙汰もないけど、揺るぎない安心感と静かに残っている足跡だけで、大切なマイミクを(おそらく)感じあっているような方たち。
別に友だち(マイミク)じゃなくてもいいのにね。
そんなこんなで、永年やっていた読書部も畳みますと宣言して、それでも何も言ってこないのに、やっぱし、ロカ岬の話に足跡を残してる。

きっと、
(会うことなど絶対にないと思うが)
実際にあったとしても話題に困ってしまうのだろうな。
まるでラジオの時代にラジオドラマのヒロインを夢見て追いかけたころのような優しさを、今の緩やかになろうとする暮らしの中に求めているのかもしれないな、とも思う。

春先ってのは、もぞもぞする。
身体のどこかだったり、気持ちだったり、景色だったり。
空気だったり、水だったり、音も…かもしれない。

と、そんなことを考えていたのだが、
こんなことをブログに書くために走り書きして

これはあなたへ届けてようとした手紙だったのかもしれないと
苦笑いしながら、考えている。

愛嬌

ここに地終わり海始まる 宮本輝
わけあって、再読中。
(深くはない)

ロカ岬
友だちのTちゃんが、ヨーロッパを旅してまわっていて(ちょっと大袈裟か) ロカ岬の写真をアップしてたので、せがみました。


(上巻183pに赤線があったので、書きだしておく)

まず運がいい人間でなければならない。しかし、運がいいだけでは駄目だ。もうひとつ愛嬌がなければいけない。運が良くて愛嬌がある人間を、私は人材だと思う。

2011年2月11日 (金曜日)

遥かむかし ─ 2月の初めに考える

(裏窓から)

■ 巻頭言

初冬に奈良の飛鳥地方を少し散策する機会がありました。思いつきの小さな旅でしたので、駅に降り立ってから案内板を頼りにバスに乗りました。有名な石舞台古墳に着いたころはお昼時で、ちょうど広場の前にあった「農場レストラン」で古代米のカレーを食べました。初めて食べる古代米の味は黒くて硬い(コワい)感触で、まるで玄米のようでした。古代人たちはこんな味を日常としていたのか、と思いながら食べて、そのあと高松塚古墳跡に向かいました。

永年京都に居た私には、飛鳥地方に来るとまた違った独特の時流を感じることがあります。橘寺と川原寺に挟まれた芝生広場に佇むと、聖徳太子の馬蹄の音が聞こえてくるようです。

はたと思考が止まります。この時代の人々には、地球とか環境、汚染という言葉が存在しなかったのではないか。もしかしたらゴミという言葉もなかったかもしれない…などと思いました。

折りしも年が明けてから、桜井市の纒向遺跡で大量の動植物の骨や種が出土しました。環境考古学の分野から見てもドキドキです。

出土品には、モモの種、猪や鹿、鴨、鯛や鯖、鯵などの骨があるといいます。上古の人々の祭祀や食事に思いを馳せ、現代人の幸せや豊かさを見直してみると、私たちが次の世紀へと伝え遺すべきものとは何か、を考える良い機会になります。

■ 後記

三重県環境学習情報センターが募集した「かんきょう川柳」の発表がもうすぐあると思います。川柳や俳句、短歌など、いろいろなところで募集がありますが、これらの入選を見ていつも驚かされるのは子どもたちの視線です。それは畏れ多くも大人への気づきの警鐘でもあるのかもしれません。第3回佛教大学小学生俳句大賞の高学年最優秀作品も素晴らしかったです。

 家族の足安心してるほりごたつ  谷矢奈美(世羅町立せらにし小学校)

子どものころは、居間の真ん中に掘りごたつがありました。台所でおこした炭を堀こたつに運んで布団の中に入れます。この句を読んで、顔を突っ込むと煙たかった子どものころを思い出しました。

おそらく人類誕生の初期に火というものが発見され、ヒトは様々な形で暮らしの中に火を取り入れてきました。掘りごたつはいつの時代に人間の住居の中に作られたのか、門外漢の私にはまったく想像もつかないことで、火を使う「こたつ」というモノは、巻頭でも触れた上古以前の生活にはまだ登場していなかったかもしれません。

何れにしても、火は、どんな時代においても環境と融け合って様々な形となり温もりを与え続けてきました。

余談ですが、燃え続ける火を見ているのは大人になっても結構楽しいもので、知人が新築した家の居間には大きなマキの暖炉があります。一日中火を絶やさないのが上手に使いこなすコツのようで、大人でも簡単に持てないほどの大きな木の切株が庭にゴロゴロしています。

オール電化の時代になってゆけば、火はどうなるのでしょうか……。

2011年2月 5日 (土曜日)

神去なあなあ日常 三浦しをん

神去なあなあ日常 三浦しをん
を読み終わったので感想を書こうかなと思ってますが。

出た時にも読んだのだった。
2009年8月。

月日の経つのは早いね。

(2011年02月02日)

+++

農業や林業などをいったい誰が一次産業と定義したのだろうか。

森に入って生物多様性というものを真剣に肌で感じて理解したり、人間の営みの神々しさに触れてくると、これほどまで未来を見つめた産業はないだろうと感じざるを得ない。一次産業と呼んだことが恥ずかしくなる。

私のほかの読者の皆さんも(作者も)、おそらく森に入り自然に触れることによって、都会に流出した様々なものがいつか大きくくなって、厚みを増し懐を深くして森に還ってくることを薄々お気づきになったのではなかろうか。

科学技術というマヤカシに現代は惑わされている。(辛辣で荒っぽい言い方だが)科学技術というものはテクノロジーという格好のいい言葉に飾られて、庶民を騙し続け、産業発展に寄与していると思われている。

愚か人は、科学技術の進化により幸せになれたような錯覚を持ち、豊かになったと思い込まされ、いい気にさせられている、言ってはいけないのだろうけど、果たして産業が発達することや経済が成長することを今まで通りに大手を広げて喜んでいていい時代でも(世紀でも)ないだろう。

豊かで便利。食べものは美味しくて、遊びも楽しい。一度そんな世界に浸ったら抜けられない。こういうのを麻薬と例えても間違いではないのではないでしょう。就活に苦しんでいるのも理解できるけど、まず勉強が先だろう、それが終わって完成してから就職活動をなさい。(…と、私は自分の娘にそうさせましたが)あらゆる社会の「変」に向かって細やかに警鐘を鳴らしたのかもしれない。

神去村という所には神が居た。なーんにもない。ケータイも通じない(…ことにしてある)。人々は、というより、ヒトは目に見えない神を忘れてはいけないという普遍的な哲学を、豊かさやそれがもたらす満足感や幸せ感によるベールで包んでしまっているだけなのだが、人は馬鹿だからそういう微温湯から抜け出せない。

神とは何か。誰も見ていないけど咎めるものを感じることで裏付けられる人の心のことであろうか。心が誠であることを確認してゆくための案内人のかもしれない。そういう原点を神去村に見つけた。

実在する村と架空の出来事をミックスさせて面白おかしく物語が展開する。三浦しをんさん風のタッチで、入門編としても面白いかもしれない。

でもほんとうは、もっと生物多様性とは何か、人類と自然とはどのような関係で成り立ってきたのか。今の幸せの源流はどこにあったのか。人間のもっと原始的な生き方や姿とはどういうもので、私たち現代の人間はどのような面を尊重し畏敬を持ち生きてゆくのが本来のヒトのあるべき姿なのか。現代の不幸は何なのかな。失いつつある心を神去村に行けば取り戻せるか。時間を止めて自分を見つめることができるのか。果てしない自問に答えられまで、しっかりと読者を引き込めるならば、もっと素晴らしいのだが、それは読者の持ち備えた器に依存するか。

第一回目の読後にこの県境の村を訪ねて行った。山仕事に出かけているNPOの皆さんに話を伺って、湿った斜面で足を滑らせてドロドロになってしまったけど、山のように積まれた割木の写真を撮って帰ってこれたのが嬉しい。

この物語、夢の話ではないと思うのだが。

2011年2月 2日 (水曜日)

寒鰤はオヤジが好きで熱燗で 一月下旬篇

今年になって寒い日がずっと続いている。
もしかしたらこんなことは私の記憶の中でもなかったことかもしれない。
雪国の地方の方々はさぞや大変だろう。


(31日)

日暮れが少しずつ遅くなっている。
しかし、北風は冷たい。
西の空が少し明るく、そのなかに向かってゆくジェット機の尾灯がみえる。
家までもう少し。


千枚漬け。まいうー


千枚漬け


(30日)

朝は寒かったよ。
トイレの温度計が4℃。
今年初めてかもしれない。

部のエントランスの花。
アオモジが店に入荷したてだったので、とMさん。

▼君は居ぬアオモジ活けて春想う
▼アオモジのその静けさで時を待つ

ネックウォーマーを父に編む人のつぶやきをよんで
▼けちんぼさん父の背中にケチと書く


(29日)

▼白菜の土はろてゆすぐ手がアカギレ
▼勝手口まで見送る手指、しもやけで

このごろは、アカギレやしもやけの人を見かけることが減った。
いつでも、蛇口をひねればお湯が出るようになったことも大きな理由だろう。
しもやけは気の毒だが、豊かさや便利さが当たり前になってしまい、ありがたい気持ちを見失ってしまったら、人間としての本能的な活力を失うことになりかねない。
ハングリーさというものを単に言葉としてではなく体感として持ち続けてこそ学の分野でも就活アクションでも活きてくるのだろう。

▼節分に間に合うかしらこのセーター
▼あの人に届けるチョッキもう少し
▼首巻の長いのが好きキミも好き

セーターを編んでいる人も多かろう。
バレンタインも近い。

▼寒ブリをさばくオヤジの背中見て
(生きていたら80歳)

▼寒鰤はオヤジが好きで熱燗で
▼鉄棒にぶら下がって見る北の空

寒さは、容赦なく続く。

(28日)

▼ユキウサギ赤いおめめは誰のせい

(27日)

▼踏切の通過列車が好きを裂く
▼コツコツとヒール悲しや女坂

日没が遅くなりましたね。
職場を出て坂道を駆け下りるときに見上げる茜空がまたもどって来た。

▼日本酒がない。内緒であたしが飲んだから。

寒い夜、温まる夕飯を前に。

▼今夜はぶり大根。うしし

▼スランプで今しばらくの冬ごもり


(26日)

今日はお休みです。ひなたぼつこしてます。

▼ひなたぼつこ。ぽかぽか

▼二人でお風呂にはいるとお湯かさも増えて贅沢や。ぷかぷか

▼しもやけと母が電話で口ごもり
▼あかぎれを両手で包んでチチンプイ

▼おならする、布団の中がメルヘンに

(25日)

カワイコチャンだと必ずティッシュを受け取ってしまう、朝の駅前。

そうそう、納豆に花カツオオススメします。

▼逢いたいの、逢える春まで冬ごもり
▼一両のディーゼル降りて外寒し。家はまだ、もう少し。

お風呂あがって3分以内にお布団の中。
めっちゃポカポカですねん。
おやすみなさい。

(24日)

▼おはようございます。寒さ、もう少し。
▼ボクの息あなたの白い息と交わる

(23日)

今月も電話料金、0円やった。
iPhone持ってる意味あるのかな。

飛行機からぱっと飛び出して空中遊泳して、自由に飛んでる夢を見た。パラ持ってないのを忘れて、でも、地面に着くまでに目が覚めた。

▼胸のポケットの中でバイブするだけで温かくなる


(22日)

▼その人を探しにゆきたいみちのくへ
▼ジャノヒゲの茂みかきわけ夢を見る

(21日)

▼寒いなと便りを送る人もなく

(20日)

▼月をみてあなたに電波をビビビビビ
▼一番星見つけてあれは願い星というのよ教えてくれた人
▼デカイお月様見て思い出す丸い顔いろいろ

(19日)

真冬の満月。
やっぱし真冬が1番綺麗やな。

首、痛うなるけど。みている。

▼すき焼きのにおいがしたの帰り道
▼月高し定規探して首ひねる
▼今夜は、秋刀魚の丸干し。ふたたび
▼あしたは大寒、もう少しや

▼炭焼きのおやじ訪ねて山に入る
▼薄氷キョロりと見渡し指で突く

寒さを憎んでみたりちょっと許してみたりしながら冬を過ごす。

庭の山茶花。刈り込みすぎて花が咲かない。街路に植えてあったユキヤナギ。剪定で切り落とした枝を一掴み貰ってきて庭に刺したら根着いた。

ユキヤナギはつき易いと聞いていたけれどとっても嬉しい。春には真っ白の花を咲かせてくれるかな。

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