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2011年1月26日 (水曜日)

おやつコロッケ

おやつコロッケ

今のところ、関西限定らしい。
東の人たち、しばらくお待ちを。

--

おやつコロッケを買った。
うん、美味いじゃないか。

そういえば、口野のヤツ。
わたしから年賀を書いておいたが、
今年に限ってその便りがなかったなあ。

あいつ、忙しいのかなあ。

おい、相変わらず貧乏で金はないが、
何だか人とワイワイと飲みたくなったよ。
便りかメール、おくれよ。

2011年1月22日 (土曜日)

谷崎潤一郎 細雪 (上・中・下)  -読書部Ⅱ(mixi)

細雪 谷崎潤一郎のレビューを、読書部Ⅱにアップしてきた。(mixi)


殺伐とした作品やありきたりのストーリーだけを追うのに飽きたかなと思ったらこういう作品がいいです。

私は文学とは無縁の人間ですが、それっぽいことを素人なりに味わっているのは好きです。

めまぐるしく私たちを刺激し続ける映像メディアの真の面白さが何なのかを考えるときに、こういう作品を幾度も踏んであるかないかによって、視線の力に大きな差が出る。

女性たちのことについて、ここで語るのはやめよう。

谷崎潤一郎
細雪 (上・中・下)

和田勉語録

和田勉語録

人間は10分後には何が起こるかわからない。台本がないから。役者は台本が人生だから最後を知ってる。最後から逆算すると、よくわかるけれどもちっとも面白くない。それを壊すことがドラマの演出なんです。

報道によると・・・・

和田勉(わだ・べん)さんが1月14日午前3時17分、食道上皮がんのため川崎市の老人福祉施設で死去した。

私にとっても・・・・

NHK大河ドラマ「竜馬がゆく」(1968年)や「阿修羅のごとく」(79年)「天城越え」(78年)「ザ・商社」(80年)「心中宵庚申(しんじゅうよいごうしん)」(84年)など、思い出深い作品が多い。

80歳。

---

ドラマをみるときの感性を私にくれたのは、この人だった。
いいドラマを見たらほかのドラマは見るに堪えない。

松阪市出身。

2011年1月20日 (木曜日)

サンマとカワハギ

きょうは、カワハギを食べた。

写真はさんまの丸干し。
昨日食べたもの。
紀州からの直売コーナーで買ったもので、少しお値段は高めかもしれないが、味は抜群です。


サンマ丸干し

2011年1月19日 (水曜日)

キミの髪を粉雪まみれにしてみたい ─ 一月中旬篇

寒いね寒いねといいながら一月中旬が終わってゆく。

週末に人に会い行事に参加したりしていると、寒い冬が終わり、やがて花が咲く季節になるのでしょう。

寒さを憎んでみたり、ちょっと許してみたりしながら、冬を過ごす。

ウチの庭の山茶花。
刈り込みすぎて花が咲かないなあ。

街路に植えてあったユキヤナギ。
剪定のために切り落とした枝を一掴みもらってきて庭に植えたら、根が着いたようだ。

ユキヤナギは、着きやすいと聞いていたけれど、とっても嬉しい。
春には真っ白の花を咲かせてくれるのだろうか。


戸塚バプテスト教会の城君から年賀が届いて、私のブログを見ているようなことを書いてくれていたけれど、本当にここを見ているのかな。

結婚式以来、会ってないね。
今年こそは東京に行きたい。


-19日-

朝早くに目が醒めて、さほど行きたくもなかったけどトイレに立った。
満月が近いのだろう。
明るい月の光が西の窓から差し込んでいた。
4時ころだったから、起きてしまって溜まった日記を書くことも考えたが、温い布団のほうを私は選んだ。

▼寒気団命日近しと告げに来る
▼夜明け前、月あかりとどきて眠れず


-17日-

日暮れ、遅くなりましたね。
そう声をかける人もなく。

▼駆けてゆくキミをバキュンと狙い撃ち


-16日-

鈴鹿峠の路面状況カメラを見ると雪です。
うちは全然雪なしです。
どの付近が境目なんだろうか。

ウナギ喰いたい。
ふと、そう思う。


▼キミの髪を粉雪まみれにしてみたい
▼寒い夜だからこそキミに逢いたい
▼雪雲にあなたの精がきっと舞う
▼侘助が風から隠れてキミを見る
▼雪時雨どんどの炎に立ち向かい
▼焦げ餅のぜんざい美味しどんど焼き

▼またひとつおやじの逝った日近づきしもう両手では追えぬ昔


-15日-

きょうは京都へ行ってました。
片道100キロほどのドライブ。
工事、多いな~。

▼雪げしき夢で逢いたやその人に
▼北山の峰白く望む河原町
▼そわそわと雪の便りの予感する
▼ちょっとカッコウつけて焼き芋食べてみる


-14日-

きょうはぬくいな~

センター試験。
そんなものは無かったよ、我らの頃は。
二期校出身者は三月末まで頑張るから、粘り強いやつが多かった。
今はそんな骨太は居ないね

▼君を好きだ!なんて言ったからふられた
▼遮断機が降りて悴む手を重ね
▼日暮れ道キミの足音からっ風


-13日-

▼今頃きっと熱燗で,ほろ酔いかもね
▼貴方に会いに行きたい銀河鉄道に乗って


-12日-

▼寒いね。お風呂に入って寝ましょう
▼鰤寿司食いたい
▼店先にそっと佇む冬菫

大学の帰りに夕飯を買ったりする仕出し屋さんのカウンターに小さな花が活けてあって、「この花は何て言うの?」とバイトの女子に尋ねたことがあって、それがきっかけで少し話をするようになったけど、名前も聞かず街にも誘わずだったな。あのころはそれでよかったのだ。そんな青春。


-11日-

寒の入り悔しいけれど寒さにちょっと負けそう。
あしたからも頑張ろう!

季節の移ろいのなかで、
様様な悔しさとか喜びとか驚きを、
短くはやく書きとめる。

長い歴史の中に脈々と生きている人の知恵や文化に触れながら、
私もふたたびもっともっと生きる原点へと回帰してゆく。
十七音は合言葉のようなものかもしれない。

▼風花や忘れた人が甦り
▼待ち人はもう来ない風花舞う駅
▼約束を果たせず風花だけが舞う


-10日-

成人式。
三十数年前、この次の日は試験でした。
同期は半分も一緒には卒業出来なかった時代。

▼落ちると分かった進級試験


ちょっと用事がありまして。実家。

▼命日は八朔に凩吹きつけるころ
▼沈丁花つぼみかためて時を待つ

ハッサク。持って帰ろうっと。


八朔

夏に咲いた花


▼手をさする。体中が温かくなる
▼ねえ外へ!季節風に吹かれよう
▼赤くなるストーブみたいに赤くなる
▼好きだよと言い出しかねている赤いストーブ
▼ストーブに手をかざしてる無言のまま
▼卵かけごはんに鰹節必需品


-9日-

卵かけごはん +鰹節 (花かつお)

我が家だけの手法かと思っていたら、
友達の1人に鰹節+ネギという人がいた。

▼ある昔、雪の貴方を訪ねけり
▼季節風キミとの距離も無限大


-8日-

▼ひなたぼっこ、ぬくいなぬくい、気持ちいい

マシアス・ギリの失脚 池澤夏樹 読書中

マシアス・ギリの失脚

2011年1月12日 (水曜日)

書きだす前の

会釈して分かれて時雨の雲近し

秋の暮れに、そんなひとことを書き残している。
時間は過ぎてゆく。

書きかけの手紙ではなく
書きだす前の便箋がそこにある。

*

書きだす前の手紙。

それはまだ手紙といえるものではなく
このまま忘れ去られてしまえば
思い出にも感動にも、欠片を残せない。

そんなことを想っている間に
冬を迎えて、最後の一葉も季節風にさらわれ

私は手紙を書きだす準備を始める。

今でもときめく

静かに昔を語れる人と
優しい酒で軽く乾杯を交わして
叶わなかった夢の話をしながら
今でもときめく自分の情熱のことを思いつつ
満ちてくる夢の、その夢の先を見つめていたい。

2011年1月 9日 (日曜日)

成人の日ですね

昔の記事を拾い集めてみようかな。
トラックバックで。

2011年1月 8日 (土曜日)

後ろに一歩を踏み出す勇気 -お正月篇 その2

きのうの日記を読みながら、ふたたび。。

生まれた時からテレビ画像には色がついていて、電話はコードレスで、冷蔵庫には鍵もなく、また製氷機もついていて、炎を見ることなく煮炊きができ、また煙もなく風呂が沸く時代の人たちには、白いお粥のおいしさはたぶんワカランでしょう。

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経済は必ず右上がりに成長するというわけでもないことが実証され、市場規模には部分的に限界があることも推測ができる。一時的に世の中を風靡した経済理論や経営学や金融学の果てには何が来るのだろうか。
ニーチェの言葉、などという本が高く棚に積まれている。人々が哲学に行き詰まった時に神のように現れたニーチェに私たちは帰還しようとするのか。

世界の半数以上が自分で自分の暮らしのスタイルを決定できるとはいえ、世界には自由主義という名のいくらでも悪用ができるイデオロギーがあり、その正しさをより正しく用いてゆけない人々も増え続けている。こんなんじゃなかった、こんなはずはない、という思いは消せない。

これからの時代は、今まで前に踏み出していた一歩が同じように踏み出せるとは限らない。生活レベルを見直さなくてはならないこと、つまりは、後ろに一歩を踏み出さねばならないこともあろう。高齢化社会、高度医療、若者の教育問題、企業の社会構造、などを眺めると、後ろに一歩を踏み出してゆく勇気とその準備が必要ではないか。
(これは夢を捨てろということではないので勘違いをなさらないように)

2011年1月 7日 (金曜日)

お正月ちょっとおデブになりました -お正月篇

正月は、思うこと多かった割には
纏まったことは何ひとつ書かなかったな。 (R1)

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(7日)

◆4連休の始まり。-金曜日に休みを入れていたが、気が付けば4連休になっていた。

(昨日の朝に借りた「神去なあなあ日常」を見ながら)池澤夏樹の「マシアス・ギリの失脚」は自分の文庫やから、神去の後で読むしかない。自室に置くためには「神去むらなあなあ日常」も買いたいのだが。「マシアス・ギリ」もはよ、読みたい

◆七草粥。
お粥の話がたくさん出ていますが、私が子供のころは「おかいさん」といって割と好んで食べました。病気でもないのに、おかいさんにして、梅干しだけでサラサラっと。私は猫舌ですので、冷たいおかいさんも好きです。ビン海苔とか昆布とかをトッピングして食べます。

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生まれた時からテレビ画像には色がついていて、電話はコードレスで、冷蔵庫には鍵もなく、また製氷機もついていて、炎を見ることなく煮炊きができ、また煙もなく風呂が沸く時代の人たちには、白いお粥のおいしさはたぶんワカランでしょう。(以下別記)

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◆そうそう。
さっき、納豆を食べた。
またまた卵に続いて、日付が去年のものだったけど。
おなかは全然ゆるくならない

昨日の夕飯では、日付けが去年の卵を茹でて食べた。
生産日と思っていたら、賞味期限だった。二個。


▼お正月ちょっとおデブになりました
▼髪切ってピアスもちょっと寒かろう
▼寒の入りキミのチークに痺れたり
▼霜柱踏んて一列初登校
▼八十歳七草粥をひとり食う
▼七草の粥そなえたろお父ちゃん
▼山の神に七草粥を差し上げて

▼目玉焼きソースにするか醤油かな


(6日)

寒い朝。

◆図書館
ふらっと図書館に寄ったら、いつも貸出中の「神去村なあなあ日常」(三浦しをん)があったので、すかさず借りた。
去年、当県に来ていただいたときに「まほろ駅前番外地」の文庫を偶然持ってて、名刺を見せて「XXXXさんへ三浦しをん」とサインをもらったのよ。神去もその時読んで、もう1回!

夜は本を読んだり
断想に耽ったり。

▼貴方と僕のハートつなぐ補助線
▼時雨道かけるあなたを追いかけて

こんな静かな夜に、遠くにいて愛おしいあの人に、手紙を書きたい。
メールでもいい。
でも、今は何処のどんなところて暮らしてるのか、まったくわからない。
便りを出したい。伝えたい、今を。
この気持ち、誰がわかるか。

▼もう恋はしないと決めてマルをする


(4日)

◆池澤夏樹

さて、「マシアス・ギリの失脚」「真昼のプリニウス」 どっちを買おうかなーーーー(悩
と考えたが、マシアス・ギリの失脚、のほうをまず買いました。
こっちしか、本屋に無かったの。


(3日)

寒いけど、ちょっとだけでもバイクに乗ると、やっぱしツーリング行きたくなるなあ。
冬は寒いのでバイクの加速もええし。

▼しゅんしゅんとお湯沸きました、急須さま
▼しんしんと雪降り積もりてお国訛り

山あいのほうにバイクで入ってゆくと、
31日に降った雪が少し残っている。

俳句のメモ

旅の一句(第2回)
山刀伐を芭焦と越えた夏の夢 

風の一句(第9回)
すずむしの声のほうから風が来る

国の一句(第15回)
散る花と国の峠でわかれたり 

2011年1月 3日 (月曜日)

初夢を考察する

新年あけましておめでとうございます。
年末年始に思うことは色々とありますがそれはまたの機会にしまして、今回は初夢の話を書いてみよう。

▼オッパイに顔うずめて苦しがる
▼凧糸が切れて真っ逆さまに急降下
▼初夢は寝言を聞いた人も知る

というわけで、
初夢はそんな二つの夢であったようです。

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何やらボソボソと寝言を言うとる。

珍しいなあ、と思って聞いていたら、
「(xxxちゃん) オッパイに顔が埋まって苦しいわ」
と言っとったらしい。

どうやら誰かのオッパイに顔を埋めて苦しがっている模様だったとうちのんは言う。
その呼びかけた人の名前がよその人ではなかったので、私はその場で叩き起こされる、しばかれることもなかった。

私は世の中の「オッパイスキスキ人間」と違って、それほどオッパイは好きではないしこだわりもない。だから、自分でも不思議な夢。

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続けてみた夢が、急降下の夢であった。

凧に乗っていたのか開放的なゴンドラのようなものに乗っていたのかはハッキリしないが、ぶら下がっている糸が(ロープが)切れて急降下をする夢。

高所から落下する夢や飛び降りる夢は精神的に不安定であったり何かに不安を感じているときに多いというけど。

心当たりはない。

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ほとんど夢を見ないのですが、どうして元日の夜に夢など見たのか。
そっちの方が気にかかる。


どうせ見るなら、カワイ子ちゃんが良かったなあ。

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