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2010年12月14日 (火曜日)

背中合わせ

十二月に考える、ということで一年を振り返ろうとする日々が続く。次の一手を会心で打ちたいための策略を講じたいと願うがゆえに想いが拡散したり、逆に足踏みをしたりする。

日記のページをぱらぱらと捲ってみると、消えかけていたひとつひとつの出来事やその時の感動や驚きや嘆きが甦る。今年もいつもの年と同じように暮れていこうとしているのだ。

それではいけないと自分に語りかけるもうひとりの自分がいて、さらに、それでいいのだ、とニコニコしているまた別の自分もいる。

日記を一月まで繰ってきて、もう一枚ページを捲るとまたその昔の十二月。時間は何の区別もなく季節が巡る。良い過去も忌々しい過去も消えてゆく。

時間が過ぎるたびに自分の中に存在していた新鮮味と初々しさが消えてゆく。それはひとつの脱皮にも似ているとすればそれでいい。

十二月と一月は背中合わせだ。ほんの三百六十五日前には、もう一人のわたしが暮れゆく年を省みていた。そんななかで、境目のない月日をいかに充実させるかという纏まり切らないテーマが人生後半の重要な課題になりつつある。

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12月6日の天声人語が「賢者の贈りもの」(O.ヘンリー)の一節を引用していた。

「人生は「むせび泣き」と「すすり泣き」と「ほほえみ」とで成り立っていて……」と名作の作者O.ヘンリーは呟く。

以前、わたしは人は悔しいから泣くのだと書いたことがある。痛いからでも怖いからでもない。そのことが悔しいのだ。咽ぶ人だって悔しいだろう。「すすり泣きが一番多い」とO.ヘンリーは書くが、その内心は悔しさで満ちているのだ。

喜びと悲しみは、背中合わせだ。世の中の何処かで喜ぶ人あれば、何処かで悲しむ人もいる。もっと世の中の人が他人の悲哀や悔しさを理解しあえれば、政治だって環境だってもっともっと良くなる。他人の哀しみを自分のそれに重ね合わせるゆとりがあれば世の中は必ず変わる。もっと言えば、景気でさえ良くなるかも知れない。

自分の幸せと他人の幸せが背中合わせにあるのだということを、人々が理解できるようになれば、地球温暖化だって食い止められるだろう。豊かさも経済成長も、もはやそれほど目まぐるしくは進化しない。だから、上手に質素と不便に付き合う準備をしなくてはならないと思う。

そんなことを考え続けた一年だった。これからは生きることと死ぬことは背中合わせなのだという事実を見つめて、何が残せるのかを考えて生きたい。

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たくさんの人にお世話になって、また教えられてここまで来ることができた。チャンスを与えてくれた方、門戸を開いてくれた人、親身になって助言をしてくれる人たちに助けられ歩み続けてくることができた。歩みながら自分が残した足跡に勇気づけられ励まされ叱咤されてまた一歩次のステップを踏み出す。その一歩がほんの少しの狂いを持てば挫折が待っているし、踏み外せばどこかに落ちてゆくのだ。誰もがそんなスリリングな一歩を毎回毎回慎重に踏み出しているわけではないものの、暮れゆく年の瀬に限ってはそういう自省も必要だと感じる。

立ち止まって後ろを見る。それが坂道であるならばその坂道は上りだったのか下りだったのか。平坦な道かも知れないし、わたしは海原を超えて島にたどり着こうとしているのかも知れない。冒険者でありたいと夢見たことがあった。しかし、今や華やかな道の果ての冒険は不要だ。小さな力で大きなものを着実に動かす梃子のような一役を目指せばいい。

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いつもと違った新しい年を築きたい。そう密やかに決意をする。そのためにはいつもと違った年の暮れを迎えねばなるまい。二十四歳で社会に出て、ほぼ十年おきに大きな変化を迎えてその都度決断をしてきた。

ほら!今年はそんなときなのかもよ、と自分にそう呼びかけてみても、テンションが低いなあ、と嘆く。

いろいろ考えることはグルグル廻る。もう中心には戻ってこないのだろうか。恋がしたい、旅に出たい、美味しいモノが食べたい、涙も枯れるほどの感動的な物語に出会いたい、腰が抜けるような美人に会いたい。

年頭のあいさつ(年賀状)を出すのをやめたのは、仕事を辞めて年収が三分の一以下にダウンしたときであるのだが、そのころの記憶ももう風化し始めているものの、挨拶など要らないしする余裕もないというのがあの瞬間に感じていた本音だったと思う。

その後、社会のあらゆるものまでもが急降下して、人々の心は荒んでいった。年賀のあいさつを合理性というような言葉で改革へと追いやり片付けて、電子メールなどで済ませる人が目立つようになったのもこのころかも知れない。

年賀の挨拶状を経費節減や作業合理化で整理したことが失敗であったというのではなく、その文化の背景にあった目に見えない深い意義をあっさりと捨ててしまい忘れようとしていることが誤りなのだ。現代社会が病んでしまって立ち直れないのはそういうものをバッサバッサと捨てたのが原因でもあろう。

年賀という文化は、一年間の様々な失敗の懺悔と成功の称賛を顧み、この上なくお世話になった方々や昔の貧弱だった自分を支援してくださった皆様への感謝を表すひとつの手段であって、年末年始に気持ちを整理してお礼を伝えるところに大切な意味があった。

それを廃止してしまった人たちが多いのだが、そこにあった大きな意味までも廃止をしてはいけなかった。他にも文化的な生活習慣や道具などを捨てるとこのようなことがよくある。生活の中に長い歴史の中に根付いてきたものを、簡単なパラメータだけで切り捨ててしまってはいまいか。

素敵な恋をしたいというおバカな夢でもいいから、わたしのお世話になった人たちに、ここに書き連ねてきたことを伝えなくてはならないのではないかという、激しい責務を感じる日々が続く。

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