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2010年12月30日 (木曜日)

ちょっとだけ酔ってみたいな年忘れ - 12月下旬 年忘れ篇

ひとことのコメントは後で書く。
じっくりと考えて、振り返りたい十二月尽。

残すところ一晩と一日

(30日)

▼冷たい雨が西の方からやってくる晦日
▼もはや指折るまでもなし三十日かな
▼百舌鳥ないて余韻も暮れる晦日なり
▼年の暮枯れ野に百舌鳥の声響き
▼こここここ いいいいしたい 恋したい
▼片思いゴミにまみれて棄て去らん
▼ちょっとだけ酔ってみたいな年忘れ

(29日)

音楽番組。昭和40年代の生バンドのラッパの音を聴くと、バンドマンの私としては、奮い立つものがあるなあ

一年を振り返ったり、世紀を振り返ることは、人々の思想史を考察したりするにも多いに意味があるね。文化の背景を手繰ってゆくと現代のあらゆる混迷が見えてくる


今年一番印象深かったのは、武田百合子「富士日記」(3冊)
次に井上荒野 @arereno さんの「切羽へ」。

どちらもいつものようにブログに感想を書いておきましたが、どちらも著名作家の娘さんなんでね。
井上さんは読んでからそのことを知ったよ。


▼気をつけよう美味い食事と正月太り
▼知事八年最後の御用納めかな
▼丸餅の粉白きほど母の皴
▼蒟蒻の湯気の向こうに母の顔
▼干し柿の喰う人来ずに年暮れる
▼だるまさん転ぶ振りして立ったまま
▼年送るときにまだなお卒論を
▼湯気吹いて餅つく土間の真剣味
▼餅つきの音が語りあう三和土かな
▼時雨雲遠く母住む山濡らす
▼捨て石をじっと見つめる年用意


(26日)

▼ひたすらに神に供える縄を綯う
▼斧錆びて風呂焚く薪なく灯油缶
▼年用意もち米淅してその日待つ
▼客人の去って米淅す年用意
▼もち米を淅す段取りや母の声
▼なあ親父、注連縄のコツと一緒にあの世かな

年末年始なので

年末年始新規マイミク(mixi)増強キャンペーン!!
なんてどうかね。
マイミクまだの人、声かけてください。
(対話経歴等の条件を満たす方)

--

なんてtwitterに書いたけど、
このブログやmixiの足跡カウント履歴から推測しても容易にわかるように、
何も起こらないと思う。

そういう冷めた一面があるなあ。

2010年12月29日 (水曜日)

しろ、しろ、こいこい、しろ、こいこい

そんな話をしながら
朝食をとる。

コーヒーがうまい。

2010年12月26日 (日曜日)

年の終わりに考える

あと二日出れば、仕事を収めることができる。
まあさまざまなことを思いながら年が更ける。

(じっくりと考えてみようか)

ということで、12月の昔に書いた日記からトラックバックを集めてみた。
(ケータイではトラックバックは見えないみたいですね)

同じようなことを考えているのが、進歩がないというか、世の中そんなものなのかもしれない。

--

おふくろに電話をしたら、28日に餅つきをしたいという。
今は誰も手を貸してくれる者はなく、一人で機械でつくという。

餅をつくゆとりを失うほどに社会は多忙なのか、と問いたい。

丸く丸めた鏡餅は自分で作る。
手にあかぎれを作ってでも縄をしめてこそ、本当の正月が迎えられるのだろうと思う。


しかし最早や、何年も前から、命をお金で買うような時代になりつつあるのだから、感謝もお金で買うのが当たり前になるのかもしれない。


古代人は崇めたという神。
それは、太陽であり水であった。さらに、火であり木であった。
その神は、哲学的にも普遍なもので、私たちの心にとっても不可欠なものであったはずだ。

どうしても
科学技術の進化が豊かさをもたらし、神が御座なりにされ、心が廃れたとしか思えない。

何が悪いのかということではないが、自分たちの環境さえ、豊かさや快適さを盾にして犯してしまってゆくところが信じられないし情けない。
結果が良ければいいじゃない、辻褄が合えばいいではないか、という声には、呆れてモノも言えない。
過去に辻褄が合った試しは一度もないのだから。


2010年12月25日 (土曜日)

ひとりふたり今年も欠け逝く年忘れ - 冬至篇

あっという間に過ぎた10日間。
少しずつ年末の支度を始めているのがわかる。

お店を覗いても、お正月の準備用品が目立つ。

赤いサンタの色のブーツも目立つ。
贈る当てなどないのだが買いたくなる。

(25日)

▼クリスマス手さげの赤いキーホルダ

12月の初旬、
毎朝に見かけるその人の手さげかばんのキーホルダーが真っ赤な帽子のサンタさんに変わったのだった。
いえ、ただそれだけのことですが、少し気になる。

▼贈るあてないけどブーツを手にひとつ

スーパーを散策しても、お菓子のブーツがいっぱい並ぶ。

その一方で、

▼恋文を出すか出さぬかクリスマス

A子さんには恋人ができて、いつもニコニコ。
こっちまでもポカポカだ。

▼クリスマスこっちの景気はあーまいぞ

景気の風は冷たい。
でもクリスマスイブにはケーキを食べたけど。


(24日)

寒い朝を迎える

▼凩が月の方から吹きおろす

夕方。
ケーキを持った人、多い。

子供の頃に貰った贈り物で、やはり1番思い出深いのは、少年ジェットの持っていた二丁拳銃やろうなあ。

子供の頃は、台所にある煙突を見ては、こんな所からサンタが入って来れるわけがない、第一熱いし、汚れるし、狭い、と思っていた。
そういう訳で我が家にはサンタは来なかった。

▼ウキウキは金曜日だからだけじゃない


(23日)

休日で、家にいる。

▼消し炭や生温かし三和土かな
▼着ぶくれてラーメンすする屋台かな

京都駅周辺。屋台はすっかり姿を消しましたね

▼忙しき冬至の酔いの月明かり
▼猫だるまアナタのことよ髭白し

夕方、庭でたき火をして、サツマイモを焼いてみた。
火遊びに夢中になりすぎてイモは炭になってしまった。

(22日)

冬至。

▼終列車去ってしまって明かり消えて
▼唐揚げの皮カリカリと白ワイン
▼ウチの風呂、入浴剤が柚子の香
▼街灯を凍りつかせる冬の月
▼恋人と冬の十六夜肩並べ
▼十六夜や祭りのあとの後ろ髪

それほど寒くもない夜だった。
気持ちが吹っ切れず、忘年会も欠席させてもらった。

家呑み。


(21日)

▼冬雷や十三回忌まで尚もまた
▼冷たい雨。あ、ユーミン思い出す
▼この雨も明日にはやむなら許したろ。
▼白い朝に赤い朝日が差し込むいつもの坂道

嵐のような雨の前線が通過する。
朝には雨が上がっている。


(20日)

▼お祈りを叶えておくれ冬の月

満月の一歩手前の十三夜。
85度ほどまで高くなるので、気持ちいがいいほど丸く見える。

▼切り込みすぎてやっとこ蕾です

庭の山茶花


山茶花


(19日)

▼思い切ってバッサリやると楽になる
▼銭湯へゆく道遠し冬将軍
▼強がりを言っても泣いても十二月

年末とは不思議な時期だと思う。
何をいまさらクヨクヨするのかという感情とさあ頑張るぞという気合の思いとが激突する。

そんな中で、ふっと学生時代に過ごした年末を思い出した。
寒い年もあったな。

▼ウェルザー メスト。
18年前にこんなにも恐ろしいほど激しい演奏を

NHKの録画を再放送で流している。
18年前の演奏というのが心を打つ。

情熱に満ちていたころだった。


(18日)

▼夕方、散歩したら、月がきれいやった。あなたに伝える
▼さむいなあ元気かいなとメールする

寒さは感情を凍らせる。

▼逝く人のコートを奥へ年忘れ
▼しっぽくをつるつる喰いて年忘れ
▼先週食べた、しっぽくうどん。うまかったなあ。懐かしい味やった

何を思っても
反省してみても
ニコニコとしている。

でも、それではいけない。

▼山茶花と椿の如き別れなり

▼ひとりふたり今年も欠け逝く年忘れ

▼陽光が差し始めたの私の部屋

ゆるく生きるのも大事だけど、激しく生きることも大切だ。
結果はどうであれ。

▼餅つきの日取り知らせる里便り

餅が食いたいと思った。
過去回帰。

▼少しピリッと。少しトロリと。ちょっとアブナク


(17日)

寒さが来るが

▼空気が冷たい?でも、吐息は白くならないな。不思議。

▼好きですと言った言葉が凍りつき

お月さん綺麗やったでしよ。
寒さ忘れてうっとりする。

▼高校生ってコートを着てへんなあ

若さだよね、高校生たち。

▼いつ帰る?手書きの手紙が親父から
▼暮れる年帰省はいつやとオヤジから

冬休みが近い。


(16日)

▼夜なべする母、障子向こうのひとりごと
▼雪だよと障子の隙間でそっと言う
▼おはようございます。思ったより寒くない。コートはお預け。

障子というのは、
無言を飲み込み、心をその向こうに伝えてくれる。
不思議な壁だ。

(15日)

▼あなたのこと、湯たんぽよりもあたたかく

斧入れて香におどろくや冬木立 (蕪村)

青空がガラス越しに見えている。
しかし、山茶花の花が揺れている様子から風はなかなかのものらしい。

クリスマス寒波というらしい。

この頃のわたしは少し枯れ気味で、目でも耳でも刺激を受け止める器を半分ほど閉じているままだ。

こんな時には、蕪村がいい。


 斧入れて香におどろくや冬木立 蕪村

はっとさせられる。

いや、
はっとさせられなかったら、もう一度自分を磨かねばならない。

断捨離

断捨離が話題だそうです。

上手にブームを作るから、作者というのは大したもの、メディアも抜け目がないなと思う。
その一方で、その着想の過程が大事やろ。
それが押しなべての感想。

--

断捨離。

当たり前のことをもっともらしく解説すると、社会が過剰に反応してブームが起こったり、ベストセラーになる。そういう社会を考えると世相が見えてくる。

本来ならば、人々はそういう摂理を生活のなかで自らの力で見出すのが望ましいわけで、今や現代社会の実質上の舵取りをしているメディアによって(断捨離 ブームが)生まれて、商業主義に押されてちやほやされる。

断捨離、そのものをとやかく言うのではなく、その本の書かれていることは素晴らしい。本についてはそれ以上は何もなく、どうぞみなさん学んでください。

だが、こういう現象を見ているとすべてにおいて流行を扱う社会がオカシクなっている。

人は、行動規範やその考え方、物事の摂理、原理などを、他人や外部から与えられるのではなく、自分で見出すのが自然であり理想であるはずだった。

このことを書いたベストセラー本の最初の数ページに相当する中身は、一人一人が日常においてあらゆるものを見つめて自らで導き出すものであり、ここで最も 重要なことは、そういうものが生まれてくる過程であり土壌であると思う。

そういう過程をカタチにしない世の中が、不況に代表される混沌を生み出しているのだ。決して過言ではないだろう。
(R1.1)

2010年12月24日 (金曜日)

年末恒例(^-^)/ ゴミは早めに

少し早いですが、年末恒例。
ゴミは、早めに日記です。

一年間で、
言いそびれたことや忘れていたこと、今思い出した言いたいこと、取るに足らない軽いこと。

他にも何でもオッケー。
年末年始の挨拶でもかまいません。

繋がりの確認、安心みたいな。

返信はあてにならないけどσ(^_^;)

2010年12月20日 (月曜日)

飛鳥 - を歩きながら考える

飛鳥を歩いたときに、少しこの時代のことを考えている。
まあ、私の口癖であるのだが、夫婦でこんな話はほとんどしないなあ。

--

飛鳥時代の人たちの日常会話を想像したことある?
幸せとか豊かという言葉はなかったなー、多分。

「環境」という言葉はない。
「宇宙」という概念もない。
「心臓」とか「命」ということもまだ言葉になっていないだろう。

もしかしたら、幸せという概念もなかったかもしれない。

ほとんど、犬やサルたちの会話に似ていたかも。
感情と感覚くらいを言葉にできただけで、文字が使われ始めてモノの名前を呼ぶ習慣がつき始めたころや。

しかし、
そのころでも、戦や争いはあったんやな。

でも、神に対する畏敬も大きかった。

人類は,言葉と文明と知識を技術を得て、畏敬の念を忘れてゆくのよ。

--

橘寺、川原寺に行けなかったけど、あの付近に佇むと、人間の生身の原点に戻れるような感じがするわ。

2010年12月18日 (土曜日)

ふつうの日記 - ヒゲ剃り

ヒゲ剃りが壊れて暫く経つけど、二十年ほど前のブラウンを復活させて使っている。
他人より剃る箇所が半分かも知れないが、手間は同じよ。

このヒゲ剃りもかなり弱ってきた。
新しいのが欲しい。

--

父が逝く前に、新品を買ってやってそれが実家に放置されて有ると母が言う。
新品を買うと今度はわたしが逝く番になりそうなので、お古を使おうかな。

言葉の断片から

▼「塵埃秘帖」という日記があって、そこには取るに足らないことを書いている。もう10年以上も前から断片的にかく。中には本当にゴミ箱に放り込まれて消えて行ったものもある。

▼今年もメモがいくつか残っていて、それも断片的には塵埃秘帖で取り上げたりしてきたものの、断片の片割れを棄てられずにいたり、また読むかもしれないのでと思いつつ座右に置いたままのものもある。

+

福永武彦、風土 から

--
道子さんが一人でぼんやり考えている時には、あの人に天使が附いていて、二人の間で何か秘密なお喋りをしているんでしょう。

それは君がまだ小さくて、人生を知らないからだろう。人生というのもこうしたものだ。表面はいかにも静かで何の不安もないように見えるが、しかしいつでも、白波のように、絶望が牙を噛んでいるのだ。海はまったく人生に似ているよ。粗暴で、強情で、残酷で……。
--

▼作品のどのあたりだったのかはあまり覚えていない。福永武彦は、何も結果を求めないで、正直に活字と向き合い、目に見えるものと語り合いたいときなど、しみじみと読める。静かに読める作品たち。

今年は向田邦子も読んだ。

--

向田邦子

「花底蛇」

花をいけるということは、やさしそうにみえて、とても残酷なことだ。花を切り、捕われびとにして、命を縮め、葬ることなのだから。花器は、花たちの美しいお棺である。
花をいけることは、花たちの美しい葬式でもある。この世でこれ以上の美しい葬式はないであろう。

*

「無口な手紙」

昔、人がまだ文字を知らなかったころ、遠くにいる恋人へ気持ちを伝えるのに石を使った、と聞いたことがある。
男は、自分の気持ちにピッタリの石を探して旅人にことづける。
受け取った女は、目を閉じて掌に石を包み込む。尖った石だと、病気か気持ちがすさんでいるのかと心がふさぎ、丸いスベスベした石だと、息災だな、と安心した。
「いしぶみ」というのだそうだが、

*

「独りを慎む」

ソーセージを炒めてフライパンの中から食べていました。
小鍋で煮た独り分の煮物を鍋のまま食卓に出して小丼にとりわけず箸をつけていました。
座る形も行儀が悪くなっている。

同じ人間でも男の笑いと女の笑いは別である。

にらめっこがおかしくなくなったとき、男の子はおとなになる。女がヘンな顔を見ても笑わなくなるのは、老婆になったときに、死に目に近いときであろう。箸が転げて笑うのは女である。男はそんなものでは笑わない。女は、身に覚えのあるもの目に見えるものしかおかしくないのだ。政治や社会現象は目に見えない。抽象画である。女は笑うことが出来ても、嗤うことは出来ない仕組みに身体が出来ているらしい。

--

▼水の流れが元には戻らないように、私の瞬間に考えることは、正確には、二度と再現できない。それは生きている自分の姿にも当てはまるものであろうし、日常の自分の姿や言葉にも当てはまると思う。

無数の感情のなかにというか、刻々と変化する心理の上で、私たちの五感は刺激を受ける。

今年のわたしは、体や心のどのあたりをどのように、刺激されたのだろうか。

棄てられずに残っている言葉の断片から思い出している。

ふつうの日記 - お出かけ篇

もっと
ふつうの日記を書けないものか。

--

日が差してきたので、カーテンを目いっぱい開け放して、日向ぼっこをしています。

猫になりたい。

土曜日。

月曜日は休暇にした。
イオンに行くのだ。
給料日前日だが、負けるな、自分。

2010年12月15日 (水曜日)

忘れる準備 と 背中合わせ という言葉

読書部2に

--

12月10日の日記に、井上荒野さんの「切羽へ」を書いて
その時に、忘れる準備という言葉だけをタイトルに頂いた。

その言葉が、この年末は心のどこかに引っかかって動かない。

--

とコメントを付け加えて、10日に書いた切羽へのレビューをあげてきた。

 ■

「忘れる準備」という言葉と、先日挙げた「背中合わせ」という言葉がさまよう。
師走にこんなに灰色な言葉を思い浮かべるのは例年になく珍しいかも。

こんな時には第九を聞きたくなる。
最近県内ではやってくれないね。
寂しいな。

教えてよ夢叶えてくれるおまじない - 十二月中旬篇

いつものように、一週間余りを振り返ってみる。
5日にはバイクも動かして、ご近所散歩もしたよ。

さて。


(15日)

▼まったりを継続中 まったり

(14日)

▼教えてよ夢叶えてくれるおまじない
▼キミが好きだといった時、あれから時間は止まったまま

▼ねえ一日に一度だけ海が光る瞬間があるんだ……

昔からの言い伝えで、その年に初めて雪が降る日の何日が前に、星が天から撒き散らされる日があるそうだ。その晩は自分の1番叶えたい願いをいつでも唱えられるようにしておきなさいと、昔母さんが教えてくれたよ。

……と書きながら
流星群を見に行こうともしなかったな。
そんなにアツくなくなったのかな。

▼風呂から上がってお布団に入ると、めちゃ、ぬくい。

幸せ。おやすみ。


(13日)

こうして、つぶやきを見ていると、切ない人が世の中には何と多いことか。

▼忘年会遠くからそっと見つめる
▼忘年会飲みたい人は胸のうち
▼そう、この冷たい雨も、濡れているキミも…
▼きょうも冷たい雨にドラマはない。
▼便箋は埋まらないけど脳味噌パンク

新潟の友だちからメールがあって、今週末あたりから雪になりそうだって書いている。
そうか、寒くなるんやなあ。やっぱりコート、出そうかな。

▼あたたかいなあ。ホンマに寒波来るのかな…。

雨音聞きながらおやすみなさい。

(12日)

記載なし

(11日)

「人のセックスを笑うな」、「猫の恩返し」、の2篇の録画を見た。
こんな贅沢な時間を過ごしたのは就職した24歳以降30年間で一度もなかった。
充実と言えるかもしれない。

▼あら、こいつ私みたいね…なんていってみる
▼遠くからマスクの中の君を見る


(10日)

▼早起きさんの顔ぶれを見ているのが一番楽しい
▼冬日和洗ったばかりの白いシャツ

内緒の話なんだけどね。土曜の夕方に空を見上げると、東の方からきたジェット機と西からきたジェット機が行き違うのが見えるんです。夕焼けの空を真っ赤な飛行機雲が真っ直ぐに伸びてゆくのを見ると凄く嬉しくなってくる。


(9日)

▼にゃあというて添い寝できる猫ほしい
▼冬ごもり大好きな人も誘いたい

風が冷たい。
明日からコート。

と言っていたのに、全然出していないけど。


(8日)

(今年を振り返って)

本業の(本職の)環境問題での発言や作文も少なかったな。
もう少し書かねば、頭が枯れる。

この日は休みで、畑に野菜を収穫に行った。
お鍋だったかな。



人参

▼そのイチゴ君にやるからチューをして

▼書きかけと書いて封してポストにぽん!
▼思い出がやあやあと来る十二月

この二つは別の日記にも書いた。

(7日)

この日は、大雪。

▼ひっそりと、届かぬメールを待つ人の予感
▼一度だけ積もり続ける雪を見て
▼薄紅に滲む蕾は山茶花の

▼大雪に暦破りて折りたたむ
▼大雪の日記白紙で閉じてしまう


(6日)

▼嵐山に帰るや先ずは湯豆腐を
▼井戸水が温いよちよっと夜明け前
▼襟巻きの温さ思い出し笑い


(5日)

久々にバイクを動かしました。
近所の広域林道へ。

冬の林道は暖かいなあ。

ユニクロのダウン、暖かい。
恐ろしいくらいイイな。

冬が楽しくなる。

2010年12月14日 (火曜日)

背中合わせ

十二月に考える、ということで一年を振り返ろうとする日々が続く。次の一手を会心で打ちたいための策略を講じたいと願うがゆえに想いが拡散したり、逆に足踏みをしたりする。

日記のページをぱらぱらと捲ってみると、消えかけていたひとつひとつの出来事やその時の感動や驚きや嘆きが甦る。今年もいつもの年と同じように暮れていこうとしているのだ。

それではいけないと自分に語りかけるもうひとりの自分がいて、さらに、それでいいのだ、とニコニコしているまた別の自分もいる。

日記を一月まで繰ってきて、もう一枚ページを捲るとまたその昔の十二月。時間は何の区別もなく季節が巡る。良い過去も忌々しい過去も消えてゆく。

時間が過ぎるたびに自分の中に存在していた新鮮味と初々しさが消えてゆく。それはひとつの脱皮にも似ているとすればそれでいい。

十二月と一月は背中合わせだ。ほんの三百六十五日前には、もう一人のわたしが暮れゆく年を省みていた。そんななかで、境目のない月日をいかに充実させるかという纏まり切らないテーマが人生後半の重要な課題になりつつある。

--

12月6日の天声人語が「賢者の贈りもの」(O.ヘンリー)の一節を引用していた。

「人生は「むせび泣き」と「すすり泣き」と「ほほえみ」とで成り立っていて……」と名作の作者O.ヘンリーは呟く。

以前、わたしは人は悔しいから泣くのだと書いたことがある。痛いからでも怖いからでもない。そのことが悔しいのだ。咽ぶ人だって悔しいだろう。「すすり泣きが一番多い」とO.ヘンリーは書くが、その内心は悔しさで満ちているのだ。

喜びと悲しみは、背中合わせだ。世の中の何処かで喜ぶ人あれば、何処かで悲しむ人もいる。もっと世の中の人が他人の悲哀や悔しさを理解しあえれば、政治だって環境だってもっともっと良くなる。他人の哀しみを自分のそれに重ね合わせるゆとりがあれば世の中は必ず変わる。もっと言えば、景気でさえ良くなるかも知れない。

自分の幸せと他人の幸せが背中合わせにあるのだということを、人々が理解できるようになれば、地球温暖化だって食い止められるだろう。豊かさも経済成長も、もはやそれほど目まぐるしくは進化しない。だから、上手に質素と不便に付き合う準備をしなくてはならないと思う。

そんなことを考え続けた一年だった。これからは生きることと死ぬことは背中合わせなのだという事実を見つめて、何が残せるのかを考えて生きたい。

--

たくさんの人にお世話になって、また教えられてここまで来ることができた。チャンスを与えてくれた方、門戸を開いてくれた人、親身になって助言をしてくれる人たちに助けられ歩み続けてくることができた。歩みながら自分が残した足跡に勇気づけられ励まされ叱咤されてまた一歩次のステップを踏み出す。その一歩がほんの少しの狂いを持てば挫折が待っているし、踏み外せばどこかに落ちてゆくのだ。誰もがそんなスリリングな一歩を毎回毎回慎重に踏み出しているわけではないものの、暮れゆく年の瀬に限ってはそういう自省も必要だと感じる。

立ち止まって後ろを見る。それが坂道であるならばその坂道は上りだったのか下りだったのか。平坦な道かも知れないし、わたしは海原を超えて島にたどり着こうとしているのかも知れない。冒険者でありたいと夢見たことがあった。しかし、今や華やかな道の果ての冒険は不要だ。小さな力で大きなものを着実に動かす梃子のような一役を目指せばいい。

--

いつもと違った新しい年を築きたい。そう密やかに決意をする。そのためにはいつもと違った年の暮れを迎えねばなるまい。二十四歳で社会に出て、ほぼ十年おきに大きな変化を迎えてその都度決断をしてきた。

ほら!今年はそんなときなのかもよ、と自分にそう呼びかけてみても、テンションが低いなあ、と嘆く。

いろいろ考えることはグルグル廻る。もう中心には戻ってこないのだろうか。恋がしたい、旅に出たい、美味しいモノが食べたい、涙も枯れるほどの感動的な物語に出会いたい、腰が抜けるような美人に会いたい。

年頭のあいさつ(年賀状)を出すのをやめたのは、仕事を辞めて年収が三分の一以下にダウンしたときであるのだが、そのころの記憶ももう風化し始めているものの、挨拶など要らないしする余裕もないというのがあの瞬間に感じていた本音だったと思う。

その後、社会のあらゆるものまでもが急降下して、人々の心は荒んでいった。年賀のあいさつを合理性というような言葉で改革へと追いやり片付けて、電子メールなどで済ませる人が目立つようになったのもこのころかも知れない。

年賀の挨拶状を経費節減や作業合理化で整理したことが失敗であったというのではなく、その文化の背景にあった目に見えない深い意義をあっさりと捨ててしまい忘れようとしていることが誤りなのだ。現代社会が病んでしまって立ち直れないのはそういうものをバッサバッサと捨てたのが原因でもあろう。

年賀という文化は、一年間の様々な失敗の懺悔と成功の称賛を顧み、この上なくお世話になった方々や昔の貧弱だった自分を支援してくださった皆様への感謝を表すひとつの手段であって、年末年始に気持ちを整理してお礼を伝えるところに大切な意味があった。

それを廃止してしまった人たちが多いのだが、そこにあった大きな意味までも廃止をしてはいけなかった。他にも文化的な生活習慣や道具などを捨てるとこのようなことがよくある。生活の中に長い歴史の中に根付いてきたものを、簡単なパラメータだけで切り捨ててしまってはいまいか。

素敵な恋をしたいというおバカな夢でもいいから、わたしのお世話になった人たちに、ここに書き連ねてきたことを伝えなくてはならないのではないかという、激しい責務を感じる日々が続く。

2010年12月10日 (金曜日)

忘れる準備 - 井上荒野著「切羽へ」

言葉になんの気取りもなく、キザなことも何ひとつ書かない、淡々とした男性的なモノを感じながら、ゆっくりペースで読み進んだ。この作品にはこういうノロさがイイな、と自分で納得させながら。

井上光晴のムスメさんだとは全然知らなかった。それよりも先に文学部出のウチのムスメが朝日のコラムエッセイを見て、この方に注目していることを教えてくれ私も荒野さんのことを知った。

作品は特別に詩的でもない。着飾ってもない。しかし、こなれた文筆力の様なモノがあって、同じ直木賞の熊谷さんなどとは正反対の滑らかさで、ちょっと魔法にかけられてゆく様な感じ。

文庫の背表紙の解説が邪魔だ。営業とか読者数字など気にして欲しくない。詰まらない読者や詰まらない数字を稼ぐことなく、決して人気者にならないで欲しい。文学ならば読み始めれば分かる。

作品は、作者の詩的風味とは全く逆に、随分と詩的でありながら古典的風味を持つ完成度を放っている。詩篇を物語にしたようにキラキラしている。

でも、チャラチャラしたものはない。どっしりと、じっくりと、さあ、というか感じ。だから、急いで読もうとしなかったのかも知れない。

恋愛小説ではない。もちろん。いろんなところに、形を変えたテイストが散りばめられている。でも、ドキュメントライターだって事件の成り行きを一部始終書けるわけないのだから、そのあたりにも美的で詩的なところがある。言葉に着飾りもない。

物語は激しくなく、面白くもなく、期待通りでもなく。でも、それが期待だったのか。でもでも、本当は、激動だった。わたしの想像が正しければだけれど。

わたしは小説家ではないのでその作法というモノはまったく想像の域を超えているが、主人公が住む島に作者を重ね合わせてしまうのは誰もが同じだろう。作者という人物を知らないし、身近に感じる手応えもないので、物語はあくまでも小説なのだと、つまり、自伝や実話ではないと、思うことにしている。

作家というのは不思議な能力を持ち、現実と創造の狭間をアレンジして立体化してしまうから、真似たくても真似ができない。だが、現実の出来事に勝るスリリングで熱情に満ちた物語はこの世に無いと思うだけに、物語の出来映えが期待以上であればあるほど、それは幻想ではなかったのだと思いたくなる。

まあ、でも、どうだっていいの。詩的を装うことなく詩的だったことが嬉しいのだ。わたしは。

忘れる準備。日常。
お互い。揺れる。空間で絡む。

わたしは、サイドノートにそう書いて残している。そう、この物語には本筋などなく、全ては思わせぶりだったのではないか。その、時空をわたしはわたしの想像で彷徨えた。

夏が過ぎ秋、冬が終わり、
ストンと消える。
照れのようなもの。

きっと作者は照れ屋なロマンチストなのかも知れない。

(R2)

十二月の巻頭言

【巻頭言】

 この季節になりますと、強く冷たい風に晒されて伊勢沢庵がはさ掛けされている景色を見かけることがあります。その姿は、凩に立ち向かうかのようで勇壮にさえ見えてきます。

 岩田涼菟の代表的な作品に

凩の一日吹いて居りにけり

という句があります。

 また、山口誓子も木枯らしを詠んだ句があり

海に出て木枯らし帰るところなし

が有名です。

 伊勢平野に暮らす人々であるからこそ、寒風の厳しさがよくわかるだろうと思います。

 師走を迎えましたが、本格的な冬はこれからです。環境のことも考えつつ、生活に工夫をして、冬を楽しく暖かくお過ごしください。


【あとがき】

CO2削減のために、暖房器具を上手に使って効率良く暖房しましょう、といろんなところで様々な工夫が紹介されています。皆さんは、どんなことを実践されているのでしょうか。

意外と見逃しがちなのは、暖房便座と温水シャワー、キッチンでは電気ポット。スイッチをオフすると途端に不便ですが、少し我慢が必要かもしれません。

効果を考えればこの程度の我慢を、1人がひとつくらいしなきゃいけないんじゃないか、って思うことがあります。ちょっと、豊かで便利な暮らしにどっぷり浸かり過ぎな気もするのです。

暉峻淑子著「豊かさとは何か」(岩波新書)を読み返してみてそう思います。

2010年12月 8日 (水曜日)

書きかけ

▼書きかけと書いて封してポストにぽん!

私の日記は
ずーーーっと、書きかけだよん。

十二月だ。

▼思い出がやあやあと来る十二月


一年を整理しなくては。
様々な出来事をまとめて、反省もして、懐かしんで。

私の人生も
ずっと
書きかけのままだ。

ストンと終わりたいな。

2010年12月 4日 (土曜日)

飛鳥散歩

12月1日。飛鳥散歩。

まずは、近鉄飛鳥駅に降り立つ。

レンタル自転車が900円。
割引券とペアになったパスポートが100円で、自転車がそれで100円引き。
そのほか周遊する何箇所が100円引きですが
バスの周遊フリー券650円と悩んで
結局どれも購入せず。

行きと帰りのお金をその都度払いながらバスで移動。

だって、バスは1時間に1本しかないし、到着が11時過ぎで、帰りは3時過ぎを考えていたので、せっせと歩くことにしたのだ。

石舞台正面

休日ではないので、人はまばらでした。
静かでのどかな水曜日。

誰もが目指す石舞台古墳まで行きました。
黒米カレーを農村レストランで食べて、古墳跡を見学し、広場で癒されて。

石舞台古墳

石舞台の周辺だけでも半日過ごせるほどのんびりムードです。
素敵な広場。

でも
そのあと、高松塚遺跡へ。


高松塚古墳

どうしても、壁画が見たかったみたい。
うちの人。

永年連れ添うているけど知らない一面ですね。

また行きたいな。
今度行くときは、5キロコースのウォーキングをしましょう。

亀石、川原寺、橘寺に行きたい。

あの人の背中のごとし蕪の白 - 十七音 12月初旬篇

(4日)

▼蕪噛めばじわりと大人の味がする
▼朝飯の蕪の甘酢に母の指
▼蕪食らい泥を落とした日々思い
▼あの人の背中のごとし蕪の白

きょうのお題は「蕪」だったので。

今、都会の人というか多くの消費者の方々は収穫する蕪に付着している泥のことをどれほど思い浮かべているのだろうかしら。冷たい水、凍える風、そんな中で畑から収穫すのだ。わからないのだろうな、きっと。

twitterを読みながらそんなことを思う。

▼なきまねをしているうちに夜があけて

少し早起きした。

おはようございます。まだ表に出ていませんが、ここんとこ、10度くらいだったトイレの気温が11度だったので温かいのかな。でも、暖房入れます。夏パジャマを地肌に1枚ですから。

土曜の朝。

(3日)

温かい朝で、

夕べ、激しく降った様ですね。グッスリ寝てた。朝から快晴。眩しい。

暑いのに暖房はやめて欲しいわ。
恥ずかしいので背広を脱ぐわけにもいかず、汗タラタラ。

とメモしている。

ところが、お昼にお天気が荒れたそうです。
全国的に、冬の嵐。

▼祭壇のオヤジ怒るやしぐれ雲
▼しぐれ雲泣き出す前の母に似て
▼時雨雲親父の眉間の皺に似て


(2日)

▼冬の雨冷たくて無情でイイね
▼木曜日終わって明日は金曜日
▼帰り道パラパラ降り出して駆け足

今夜、どどどと降って明日朝には止むかもな

(1日)

石舞台古墳に行ってきました。
農村レストラン。黒米カレーを食べてきました。


黒米カレー

(30日)

▼南天や恋物語ひとつふたつ


南天

(29日)

▼おはようとだけ言って立ち去る

はんてんを着ていますわよあなた製 - 十七音 11月下旬篇

(28日)

▼抱っこしてチューするチャンス狙ってる
▼約束よ、二人で古代舞台を訪ねるの

あの人にはハイヒールも、洒落たブーツも似合わない。
銀のピアスも、亜麻色の長い髪も、あの人の可愛さにそぐわない。
でも私は、そんなドラマを描きながらあの人をそこにイメージしているのだ。

…とそんな走り書きが残る。

人里離れた静かな佇まいの集落から都会へと引っ張り出してしまおうとしている。

▼三つ編みさん追いついて見ればウチの妻
▼月、月と、続けて言ってから好きと言う

別段、何も大きな変化もない日々。
父が毎日日記をつけていたのを思い出す。
何を書いていたのだろう。
と今更思うが、あれはきっと誰かが灰にしてしまったはずだ。

(27日)

▼熱燗がきのうの恋を呼び戻す
▼熱燗がきのうの恋を呼び覚まし

呼び戻すのと呼び覚ますのに、どれだけの違いがあるのだろうかと何度も自問しながら決めかねている。

▼川向こう焚き火見つけて橋渡る

焚き火がしたくなってくる。
風の病んだ夕方。

▼大根をコンニャクの下へそっと隠す

今夜はおでんよ。
言わなくても想像つくから。

▼かの時に言いそびれたる大切の言葉は今も胸にのこれど 石川啄木

こんなメモが出てきた。
はて、そのときの私が思い出せない。

…というメモが出てくる。

▼熱燗の呟きつついてだしをとる
▼はんてんを着ていますわよあなた製
▼秋さらに深まるほどに読書かな
▼好き好きと夜明けの晩に恋文を
▼追憶を握りつぶすイルミネーション

少し、ひところより情熱が衰えたかな。
そんなことを思う。

(26日)

▼大人びて愛してると言う、爆発 #jhaiku #tubu17
▼あなたにはマフラーでなく髪飾り #jhaiku #tubu17
▼時雨雲老いたる母の皺深し #jhaiku #tubu17

その村は寂れていたのだろうか。
静かな谷間にひっそりと老人たちがいる佇まい。
凩一番が吹いた日の夕刻かもしれない。
立ち上る煙が夕焼けに融けてゆくのが見えるようだ。
侘しい集落かもしれない。
音もなく人も動かず
風やみて村一斉に落ち葉焚く@akiko_haiku

▼おはよう、みなさん。月、綺麗

(24日)

▼書き留めた数日の日記読み返す夜
▼イチョウの葉一夜で散りたる潔さ
▼イチョウの葉ぱっと散りたる潔さ
▼凩の色眺めつつガラス越し

家に帰って野菜をもらってきたが、凄い虫の数。
これが普通なんだろうな。

母は、女手なので農薬をよう撒かんと嘆く。
虫だらけやが、昔はみんなそうだった。

▼小松菜に大きな青虫冬籠り

家が揺れるような(妻の)大きな悲鳴でした。
一緒に収穫した白菜にはもっと大きなのが潜んで
いるだろうと想像するが、知らんふりしておく。

小松菜のパスタ。
イチオシ。
塩加減がノウハウ。秘伝

遺す言葉 - 1

■はじめに

私には偉大なものは何もない。歴史に残る様な足跡も築けなかったし、実績もない。誇れるものもない。お手本になる様な行いもしなかった。詰まりは何もないのだ。こういう生き方を平凡というのだろう。

では、論理を逆からなぞって、私は平凡な人生を送ったのか。そう問うてみれば、世の中の多くの人たちの人生が見える様な気がし、ヒトというものの生き様が、客観的に見えてくる様な気がするだろう。 そこには、誰一人として同じ足跡を辿りあう人はなく、意識があってかなくてか別として、その人らしさを足跡とする。またそこには、立派も恥じらいもない。

自慢することもなく、後悔もない。 生きて来た結果だけが美としてあると思う。私はそんな美学のなかで心に留めたことを幾らかでも書き残したいと思う。 少しずつ、書き足していきます。(平成22年12月1日)

■ちかごろ

どうも余命が気に懸かって仕方がない。父が死んでしまった歳までもう15年を切ったし-それは即ち、祖父が逝った歳までも同じように15年を切ったということに他ならず-たった15年と宣言されて迫られているようにも思えるし、悪あがきは諦めなさいなと諭されているようでもある。

挑戦状を突き付けられた「15年」という数字と365を掛け合わせた数の紙切れを一枚一枚破り棄てながら、まっとうに生きていた日々不遜に生きた日々ぐうたらであった日々も掘り起こして、今一度追い続けていた夢の答えを考え直してみたい。(平成22年12月4日)

■呟くということ

iPhoneのメモと同時進行で書いているので、手帳に書いていることと統一がとれないけど、勢いで書き続けることにする。 ペンを持ちながら書くということは電子のメディアに残すことよりも、悩んで書いている様子が残っている。精神的に苛立っているときは荒々しい筆跡となるし、急いで書いても気持ちが表れる。 思考が三歩進んで二歩戻ったときに、ペンであれば矢印で挿入をしたり括弧で反転させたりすることも珍しくなくて面白い。

電子の日記には完成されたものだけが結果という形で残るが、実は日記の面白味というのは文章があちらこちらに散らばっている点にあり、書かれている内容が意味不明とならない限りは、思考の過程や足跡が分散して絡みあっているからこそ興味深いものなのだ。 せいぜい、私くらいの人間であれば記録に残したいことなどたかが知れており、先人が残してくれた言葉にすでに集積されていると言っても過言ではなく、むしろ言いたいことを十七音程度の簡素な言葉にして書く方がその人らしさが出て面白いしスッキリするはずだ。

遺したいのはこんなありふれたつぶやきであり、すでに確立している格言や評論や小言ではないことは明確だ。つまり、つぶやきとは気持ちの片隅にふわりと浮かんだ感想であるとか、それが泡となって消えていってしまっても何も損をしないし誰も咎めたりしないもの、そして書き留めたところで何も得もしないものである。余韻のようなものを与えてほしいのかもしれない。(平成22年12月4日)

■悔しいなりの苦肉作

いつのころからか自分の死というものを意識するようになった。親戚の葬式に順番に顔を出したり、卒業してから会わなくなっている友人の突然死の知らせを受けたり、多かれ少なかれ死というものと向かい始めている。

老衰なら救えるが、成人病、高血圧、糖尿病、心臓病、脳こうそく、癌、交通事故、自殺など、原因はさまざまな人を見てきた。そこで、見送る方としてはやり切れないものが圧倒的に多い。明日は自分も衝動的に首を吊ることがあるかもしれない、と真剣に考えることがある。

私は人一倍怠け者で、わがまま気ままで、好き勝手に生きてきたし、反社会的なときがあったかもしれない。情熱的に仕事に打ち込んだこともあったが、持ち前の飽き性であることが祟って数年で投げ出してしまい気持ちが継続できないことが多かった。45歳という年齢で大企業を放棄してしまったお馬鹿な奴だから、身近なところからは厳しく非難も受けている。 世間のみなさまよりも15年も早く定年状態に入ってしまって、死んでしまう日々のことを元気なうちから考える暇ができてしまった。それはある意味ではチャンスといえるのかもしれないが、本来なら人間が死ぬ間際になってから、余命の合間に体で感じて考えるべきことであるのに、50歳という年齢であれこれ考え始めるものだから、元気すぎて弊害も多いし、考えにキレを欠くこともある。やはり切羽詰まって考えるのが正しい姿だと思う。

そういいながらもせっかく得られたチャンスとして死を考えるわけであるからある意味では幸運である。確かに生きる意欲を失くしかけている面もあるし、立身出世欲など皆無になっている点を考えればマイナスが遥に多い。 そういって自分を戒めて足掻いてみたところて波が立つだけで、今の私に飛び立つ力はない。有名人ならばその遺言が文学にでもなるところだろうが、私にはそんなものもない。やっぱし悔しいけど、悔しいなりの「遺す言葉」なのだろう。(平成22年12月4日)

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