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2010年11月28日 (日曜日)

初霜に白きねぶかや薄化粧 小雪篇

小雪のころまで
何もなく、静かに過ぎて行った日々。

(23日)

きのうは小雪。

流れゆくタイムラインの中で、トンネルの中の孤独と淋しさを彷彿させるようなつぶやきで出会った。静かな夜に切なさを感じ取っていた時代。怖いものもない、あのころは勇敢な冒険家だった。

そんなことを回想しながら、新しい句が何も浮かんでこない。
感情が揺さぶられないということは、人間は死んでいるに等しいのかもしれない。


(22日)

就寝前に枕元に持ち込んでいた本を、朝になって持ち忘れて、通勤列車の中は暇になる。
ぼんやりと外を見る。
それはそれで飽きない。
畑で立ち枯れになっている大豆が冷たい雨に打たれている。

▼文庫本持ち忘れたり月曜日

雨はあがる気配もなく、夕方もお迎えに来てもらう。

▼夕飯はまだなの、お迎えが先だから
▼おかえりと傘もささずに軒でいう

駅を出て車まで傘も差さずに駆け寄る。
温い雨が降っている。

▼雨降りの水溜まり好き、長靴で

満月の夜に雨が降る。
悔しがっている人も多かろう。

もう一緒に見上げる人など、私にはいない。

▼おやすみと言っても君は雲の陰
▼満月は隠しておくのキミのため

晴れてほしかった人には申し訳ないのだが、雨に隠れていても私は悔しくないのだ。
心にはしっかり見えているのかもしれない。

(21日)

▼その人を嫌いなくせに好きという
▼縁側でゆらゆら茶の花眺めおり

お茶の花を咲かせたら「恥ずかしいことだとお茶農家の人は話してくれたことがあった。
手入れが行き届いたお茶の木は花が咲かないのだろうか。

山茶花より遥かに地味で、白色の侘助よりも子供じみた小さな花。

子どものころは何とも思わなかったものが、途轍もなく寂しく思えたり侘しく見えたりする。

もう遅い。
いまごろ、そんなことに気づいても遅い。
そんなことも思う。

▼凩に怖じ気づいたか家に居り

近所の山にバイクを走らせてみようと作戦を練っていたのに、朝から凩が強い。
この平野の凩は一級の冷たさと強さを持っている。

窓越しに冬を見ている。

作品に面白みがない。それは、物事を冷めてみてしまう自分に原因がある、とわかっている。

▼冬ベンチ飛び出す絵本の赤さかな

ネットで見かけた落ち葉の積もったベンチ。そうだ、紅葉を見に行っていないよ、今年は。
誘ってみようか。

▼小春日に縁側に出て猫になる
▼早朝の焚き火の煙に身をかざす
▼煙立つ炭焼き小屋に爺一人

寒い朝。
好きなのだけど
身の回りには寒さが嫌いな人が多いので
私は好きだとなかなか言い出せない。

▼初霜に白きねぶかや薄化粧

夜テンション。
タイムマシンのトンネルを滑り落ちるような
ゾクゾク感とそれが到着した無人の駅のような静けさ。
深夜の自画像。
ホンモノとも思う。

寒い夜ほど、冴えてくる。

本当の初霜はもう少し前だったけど、薄化粧の葱を思い出したの。

(20日)

▼初霜や銀のピアスに凍る風
▼きょう海辺の町にみかんを買いに行くの

あの人は、ピアスなんかしてなかったのだけど、私の中で作り上げるドラマのその人はいつも素敵なピアスをしている。

用意していたわけでもないだろうに、バックからミカンをひとつ取り出して、ハイッ!とくれたことがあった。甘いミカン。

(19日)

▼さっき出した長い手紙のそのあとに本当は好きと書き添えたかった

手紙なんか誰にも書いていないのに。
何を強がり言ってるの。

▼ヤキモチを焼いて悔しい焼肉屋
▼煮魚の骨つつきつつ好きという
▼焼き鳥に誘いたいけど言い出せず
▼夕暮れや哀しい人があふれてる

今朝は寒い、吐息が白い。
もう、すぐ、師走になるんだ。

好きで好きで
一緒に食事をしたくて仕方ない人がいた年頃があって
どうやって誘おうかばかりを考えてみて…夢が果てて沈んでいた。

いざ誘えば割と上手く事は運ぶのだけど、すぐにさようなら。

▼小春日や道草喰ってメールして

だから、
恋は、ずっと片思いのほうがいつまでも幸せでいられる。
メールを打ちながらそう思う。

絶対に「好き」とかいう言葉は書いてはいけないの。

(18日)

ボジョレーヌーボー、解禁でちょっと明るいニュースが飛び交う。

▼白い月に指で好き好きと描いてみる
▼ポンと肩を、ワインは白よとさり気なく

ふたりでワインを飲むと幸せ。
少し甘えてみたくなる。

▼湯たんぽが欲しくて背中にゆの字書く

月がもうすぐ満月になる。
不安定なマル。

▼もういいの私はひとりでお月見します

(17日)

▼凩やコートの裾のその奥へ
▼凩の頬染めさせるミニスカート
▼凩が水の兵器で攻めてくる

凩が相変わらず強い。
寒いのが好きだと言いながらも
強い風はどうしても好きになれない。

嘘と
裏切りと
大きながなり声と
力任せと

そういうものが大嫌い。

2010年11月27日 (土曜日)

心に旗をたてる

先日、ある方にちょっとした手紙を書くことがあった。

感謝したい。
手紙を書くことで、自分を見つめることができる。

手紙を投函するまでにじっくりと書面を眺めることがめっぽう少なくなった。
それだけに、いつもよりもじっくりと見つめたかもしれない。

それでも、二三日しか暖められなかったけど。

❏❏

(断片)

▼どんなときでも、メールをいただくととても嬉しいです。さらに、相談を受けることで信頼されているのが嬉しくて、頑張って答えなきゃと思います。そういいながら、たいへんなメールを受け取っちゃったな、って思ってみたりしてます。だって、あなたの人生を曲げてしまうかもしれないわけでしょ。

▼答えを急ぎますか?二面性があって、急いで決定してしまわねばならないことと、じっくり熟成させて考え抜くことが共存しなくてはならない。いっぱいいっぱい考えて、最後はさらりと決めてしまう。

▼久々のメール、拝読しました。相変わらずの頭脳明晰さ、感心します。なるほど、ヒトは明るく振舞っていても、色々と悩みを持ちあわせていることだってあるよね。深く考えることも大事だね。それが人生。

▼あなたのことは何も知らないといっても間違いじゃないですね。何となくわかるのは、勇気と大胆さと自信に裏付けされた行動力があって、それを許した周囲の大きさも恵まれている。素晴らしい人間関係をお持ちだということ。

▼悩みは、素晴らしい才能のようなものがあっても、まださらにその人を悩ませてくる未知なるものであることが多く。ヒトはその未知なほうへと向かおうとし、これまでの経験では解決ができないほどの大きな悩みを抱き続けている。そういう人生を選んだのはその人の人間性であり、人間味である。そんなことを考えながら。

▼あなたがメールを書いていた深夜という静寂は、人間を魔術にかけたようにあなたを弱気にさえてしまうこともあるかもしれません。人は弱いものだと大勢の批評家たちがいい、強いものだとも言われてきた。静寂が思考を混乱させるけど、酔うているようにも見える。

▼さて、出会いやそのあとの併走が勢いよく夢に向かって突っ走れるかどうかってのは、夢が一致していることと、その夢をお互いが理解しあって認めていることと思う。世の中で騒ぎのネタにされる離婚の理由なんてのはまったくもってナンセンスで、セックスと夢さえ一致してれば幸せに目標に向かって突っ走れる…と夢のようなことを考えている愚かな私です。

スズメはなぜ電線から落ちないのか。落ちそうになったら飛べばいいから。そう思うことでここまで生きてきたけど、近頃は飛ぶ自信が少しなくなり意欲も夢も薄れつつあるけど。

▼長い、いや、短いかも知れない人生。迷ったときほどほんとうに頼りになるのは自分だけです。他人の意見ほど無責任で、あてにならないものはない。もしも当てにできるものが在ったとしたらそれは、「結果論的正解」なんだと思う。つまりは、長いか短いかという修飾語は不要だったのだが、書きながらモラトリアムのようなものを探っているの。

▼行く先に当てにできるのは自分の判断力だけだ。引いて言えば、自分の人間性、人間味ですね。じっくり考えて、得た答えや選択に間違いは無い…というか、それが正解だと思う。だからこそ、そこで、じっくり考える。「結果的正解」しか存在しないのだから、戻れないのだから、いろんなものにインスパイアされながら、自分で考える。しかしながらも逃げ道として、やり直しができることはやり直せば良い、という手段を残しておく。

▼やり直すって、時間は戻せないじゃないか、と反論もある。それは自問でもあるが、その挙句、戻せない時間と闘うならば、行き当たりばったりもひとつの選択かも、とも思えてくる。そんな支離滅裂に見える中にも確信がある。それは、逃げ道は必要で不可欠なモノなんだけど使わない。道は1本しかないのだ。自分はひとり。…ということ。

▼自分は何に向かって走りたいのだろうか。お金なのか。名誉なのか。地位なのか。ささやかな幸せなのか。優しい朝日の当たる食卓で、美味しいコーヒーを二人で飲むのが夢か。激動する世界のどこかで、世界の貧困を救うために駆けるのか。自分の求める美をカタチにするために、目を閉じて瞑想をするのか。哲学の世界に身を置くのか。

大きな変化球を投げたいわけよ。私の場合は、そうだった。真っ直ぐの球が、予想通りに投げ込まれるばかりの人生は嫌だった。しかし、結婚して、親となり、老化への一歩を歩みだしてから、自分の小ささに気が付き始めた。

▼あなたは乱れたスパイラルに巻き込まれる。そこであなたの悩みはインスパイアされてゆく。

▼そうそう、オリンピックの選手だった森末慎二さんが、バクテンをするときにみんな誰でもが怖がってできないけど、それはあの瞬間に目を閉じているからダメなのだと言っています。目を閉じるのではなく、自分が手をつく地面のほうをしっかり見なさい。この言葉は、好きです。

▼自分の行く未来を見るのも大事。夢を描いてそれを見るのも大事。一歩の足を踏み出す地面を見るのも大事。、受験時代に「困ったときは鏡を見よ」と自分に言い聞かせていたことを思い出しました。見てるようで見てないの。

▼私の師匠の言葉に

  • 心に旗をたてる
  • 片時も忘れず抱きつづける
  • 一歩でも近づこうと地道に努力する
  • 旗の大きさが、その人生を決める

旗を立ててください。
あなたをなびかせる風になりますから、私。

2010年11月20日 (土曜日)

御福餅

御福餅

きょうは海辺の町へみかんを買いに行き、その帰りに御福餅を食べに寄った。

ツーリングは、おあずけ。
(火曜日かな)

猫の箸置きを見ながらちょこっと考える

ねこ箸置き

先日、この写真をつぶやきに載せましたら、かわいいという反響をたくさんいただきまして、大変喜んでいます。ありがとう。

その中に、さつきちゃんのコメントがさりげなく混じっていまして、何となくねこさんに似ているかも…と書いてあって、これまた懐かしさに浸っております。

似ているかどうかは、不明ですが、昔にもいつか貯金箱のほうをボイスに挙げたときに娘がさりげなく、父に似ている…と書いてましたが。


さて、そのさつきちゃん。
もう40年くらいは逢わんなあ。
顔忘れたぞ。
(お母様の顔を思い出して、さつきちゃんの大人の顔を想像してますが、たぶん、おおかた正解と思うけど)

でも、不思議なもので同じようなことになっても、どこかで再会したとしたらわかってしまう人と、気づかない人とがあるのだという気がします。


同窓会。(さつきちゃんは同級生じゃないですが)
随分やっていないので、もう大学、高校、中学の仲間たちはすっかり忘れかけているのではないかな。

ボケ防止にそういう懐かしい過去を掘り起こしてくるのもいいのでしょうね。

火葬場

静かな山間の炭焼き小屋のような火葬場で私の父は荼毘にふされた。

コンクリート炉の中に棺桶ごと突っ込まれ、バタンという無機質な音を合図に点火のスイッチが押された。ここまでで全てが終わりだと私に向かって念押しされたような幕切れだった。そしてそのあとすぐに、寂れた小屋から煙が立ち上り始めるのを見ていようとも思うことなく、私は火葬場を立ち去ってきた。

今振り返るとどうして、あのとき、あそこで煙が漂うのを眺めることもなく帰ってきてしまったのか、私らしからぬ行動だったと思う。諦めともとれないし、経験の浅さとも言い切れないのだが、何かしら冷たい自分がそこにあるのだ。

2010年11月17日 (水曜日)

半月の沈まぬうちにチューをして ─ 11月中旬篇

まあ、
相変わらずの私ですが、

そろそろ夏のパジャマを仕舞って、
冬のパジャマに替えようかなとか
考え始めている。


(16日)

今夜はカレー。
二人で食べる。

▼半月の沈まぬうちにチューをして
▼好きだった人に会いたくなる上弦の月
▼時雨かな、濡れていまいかあの人も
▼月時雨恨んだ人も濡れてよか

月は、毎年書きますが、冬の月がいいですね。
綺麗で、澄んでいて、高くにまでのぼるし、揺らめく。

見上げるほうもじわっと寒い。
寒さがいっそうきれいに見せる。

▼おかえりと声をかけたい人がいる

静かな夜だ。
40型のテレビを買ったのだが、テレビなんてほとんど見る習慣がないのだから、眠ったまま。


(15日)

上限の月がきれいな夜だった。

▼上限の月。きれい。思い出す人次々と。

パソコンの部屋。
寒いなあ。
快適な時期なんてなかったなあ。

早うコタツ出さな。

そんなんこと、しみじみ。

▼北風がやんで落ち葉たちざわめく

▼落ち葉盛り火遊びオトナの夢を見る

たき火をしなくなったなあ。
あの不完全な温もりがいいのだが。


(14日)

名前表記を わはくま に変更した。
よりいっそうリアルに近づく。

テレビを買いに出かけたのだが、入荷待ち期間が3週間ほどだ、とお店の方が言うの。
何よそれ!と少し怒る。

黄砂が来て空がドンヨリしている。
13日から14日。
曇りのような土日だった。

そうそう、
実家にキウイがたくさんなっているのでどうしようかとTwitterに書いたら、
・ジャム
・ジュース
・お酒
の案が浮かび上がった。

▼兎追い迷い込む果てのデッドエンド
▼道草に期待をしていい?お月様

行き止まり。
そう、人生にも行き止まりがあるのだ。
努力の果てに行き止まりにぶち当たったらどうすればいいのか。


(13日)

13日から14日にかけて熊野行き。
アイフォン圏外の部屋での生活。
すっかり別邸と化している。

2010年11月13日 (土曜日)

木枯らしよ吹け吹けあいつに向けて吹け  ─ 立冬直後篇

(12日)

▼汽車を降りてからひとつずつ何かが狂っている

こういうことってありますよね。
何だかボタンの掛け違いのような、感じ。

トントントンと階段を駆け上がりたいのだけどゆっくりペースのおばさんがいたりとか。

遮断機も降りていない踏切でいつまでも止まったままの車や、催促とか注意を促さない後続車とか。

狭い路地でどんくさい車に出会うとか。

何気なくtwitterを読みながら、名古屋の人のつぶやきに出会うと無性に味噌おでんが食べたくなる。きしめんでもいい。

腹減った。

そんなことを思いながら、夕飯は湯豆腐をシンプルにいただいた。
伊勢芋もあったので擦って食べた。

▼夜明け前信号の赤色だけが起きている

これは朝の駅までにメモったもの。
まだこれからどんどんと夜明けは遅くなるなあ。

(11日)

毎年、冬になると手袋を買おうと一度は思う。
でも、結局買わないなあ。

そんなことを考えながら朝、駅に向かう。

夜はおでんでした。
鍋に焦げ付いた大根。
美味い。

▼山茶花の落ちかねている花の恋

▼木枯らしよ吹け吹けあいつに向けて吹け

灯油買ってきた。あふ。

▼夏パジャマ朝起きた時がちと寒い

(10日)

買い物途中で「しらたき」という具材説明を目にし、実際には何かなあ、糸コンニャクかななどと話しながら、クズキリを買った。。

この日はカキ鍋。

(9日)

朝、ぶるっと寒い。風もある。

落ち葉

(8日)

ブリが美味しい季節になってきました。
夜はブリのお刺身でした。

あれ?、昨日ぶり大根でぶりを食べたな。

▼淋しいとおんなじ夜空を見上げてる   (朝日新聞東海柳壇11月)
▼木枯らしの吹く路地迷って行き止まり

(7日)

昨日、畑で大根を収穫した。
そのあとスーパーにいってぶりのアラを探した。
お手頃価格298円で売っていたので早速買った。

ぶり大根をしました。
日本酒を飲みすぎて、
今日は一日中家にいます。

▼大根を持つ手土だらけ皺だらけ
▼夜なべする母はははは八十で
▼冬支度母よ座布団こうたろか

▼立冬の夕暮れ淋しお使いに
▼渡り鳥居眠っているひなた池
▼冬鳥がチュチュンガチュンと電線に

2010年11月12日 (金曜日)

さざなみなんて、そう簡単にすくえないの ─ 立冬篇

立冬の日に日記を書き始めて、なかなか進ますにそのままになっている。

時間を棄て去った形になっているのだが、まだ、そういうものを無駄に忘れてしまうのは惜しいと思うので、頑張って書くことにする。

11月7日 きょうは立冬。

子どものころは、立冬というと物凄く寒い季節がやってくるという悲愴的な思いのようなものがあった。

オモテで遊ぶには不適で、部屋でのんびり過ごす。

絵の具など探し始める。
画才はないのだが、絵がかいてみたくなる。

蛍光ペンで絵を描いて遊んでみようかとか思ってみることがある。

▼ねんてんの今日の一句から

そぞろ寒君の睫毛がつんとして
君を待つ許すそれなら秋がいい
冬日和ボタン取れても君が好き
好きだよも嫌いも同じ息白し
さくらさくら突然いなくなっちゃ嫌

林田麻裕

なんて素敵な俳句だろう。
素直にこんな俳句を詠める人は天性なんだろうなあ。

▼ゆるやかな雨雲が地域の上空を覆っている

降りそうで降らんし。
いつ降ってもおかしくない日

(6日)

▼昨夜の夢は、我が家も猫を飼い始めるというもの

だが、家族会議で3分の2の反対で却下は間違いない。

ほんまもんの夢でした。
夢はいいなあ。
肌にぬくもりを感じる。

この日は、「千夜一夜」を書いたりして過ごした。
書きながら少し切なくなる。

切なさをなくしたら書けなくなる。
ノンフィクション。
いいえ、妄想かも。

▼ゆく秋や髭も白黒斑なり

私のひげは、ひげダンスのひげですが、
かなり白が増えました

▼ゆく秋やそこを曲がれば行き止まり

明るく振舞っていながら
ストンと暗い穴ぼこに落ちてみる。
それをジョークと笑えればいいな。

▼ゆく秋を惜しむことなく愉しめり

いい天気だ。
そんな朝。

平日なら洗濯日和、休日ならお出掛け日和。勝手なもんやなーと思ってみたり。

▼久しぶりに学校に行くと試験期間は既に終わっていた

あたふた走り回る自分。
史実ですが、そういう夢を、
苦しいときによくみます。
もう、29年も昔の事なのに…。

夕べも魘されたらしいです

苦しいことがあると
あの時の一瞬に戻ってくるようです。

青春といえば青春だが、おバカな学生時代だった。

▼さざなみなんて、そう簡単にすくえないの

恋に疲れて海に背を向けたとき、もしかしたら…

(5日)

▼夕焼けがキミのチークにリークする

日暮れは早いね。

(4日)

▼買ったよ。切羽へ .井上荒野/著

さっきトイレでビチ糞うんこを、
三三七拍子で出している音を聞いた。

そんなメモが残っている。

(3日)

▼きょうのテーマ曲は、モリタート。

ご機嫌な時は、こればかりを繰り返しています。ツーリング中

志摩半島楽しいツーリングでした。

(2日)

▼会釈して分かれて時雨の雲近し

散らばった落ち葉は楽譜、
そしてキミの靴音はジャズのリズム。
夕暮れの坂道を駆けてゆく

あいつなんか、雨に降られればいいんだ。

(1日)

▼おやすみの言葉が夜空をとんでゆく

今夜はやけに凩がざわめく

▼冬鳥が来て澄ましてるガラス越し

風が出てきた。家が揺れている様な錯覚。
真冬なら普通だが。ちよっと早すぎる木枯らし。

2010年11月 6日 (土曜日)

行楽日和か、洗濯日和か

ゆく秋を惜しむことなく愉しめり。

*

▼「きょうはお出掛け日和」(NHK)と今朝の天気予報で解説していた。公共放送の天気予報もまさに日和見だ。平日ならば洗濯日和といい、休日ならお出掛け日和という。勝手なもんやなーと思ってみたりしている。きょうは私が洗濯を干す当番。仕事の人も多かろう。

世の中が多様化している。休日に働く人あれば休む人もある。子ども手当をいただいて喜ぶ人があればそんなものは不要だと大声で反対にまわる人もある。

軽自動車の税金は安すぎるので値上げしろという人があった。だったら国民がみんな小さな1人サイズの車に乗ればいいではないか。
キャンプ場で100メートル下の沢までバケツで水を汲み上げに行く。その水を粗末に扱えるかどうかの命題のようなものだろうか。
朝の通勤時にマイカー通勤は已むを得ない事情のある方々もあろうが、馬鹿でかい車にひとりで乗っているのを見ると考えさせられる。そこにも事情があるのだろうか。


▼国民は豊かさボケで経済の発展のことに大目に目が行き、その果てにこの自動車論議になったのであろう。今ここで原点に戻ってみることと、もう一度「痛み」と「不便」を覚悟しなくてはならないということを前々から書いてきた。つまりはみんなが100メートル下の沢まで水を汲みに行く暮らしをするとよい。

さらに、先日、「ポピュリズム」のことを東浩紀氏が書いていたようなことも踏まえ、政治が揺らいではいけないということも大事だろう。

ジャーナリズムも厚かましくなってきている、と感じているのは私だけか。報道は政治に口出しをしないほうがいい。世論をもって政策を揺らしてはいけない。
またまたさらに、非常に怪しい「行政改革担当」や眉唾な「仕分け人」が大きな顔をするようになってはイケナイ。

▼だから、どうしろというのか!
しっかりしなさい、みんな。としか言いようがない。
だがそうなると、「ポピュリズム」の論文の通りになってしまう。

ゆく秋やそこを曲がれば行き止まり ねこ

2010年11月 5日 (金曜日)

そーなんです。ちょっとお出かけしました

11月3日。少しお出かけしました。

安乗でフグのお祭りをやっているといううわさを聞いて行ってみたのですけど
安価なフグは食べられなかったので、景色だけ楽しんで帰ってきました。

安乗灯台

そーなんです。

バイク、一度も止まらなかった。
不具合出たのは、夏だったからかな。

うーーん

行き止まりの港で記念写真。御座

御座

御座はいつ行ってもいいなあ。

あの行き止まり感がいいわ。

もうこの先に道はありません。
この港でおしまい。
ここからは海です。

五ヶ所湾の青のりの網が干潟に広がっている景色はここらあたりならではの景色やね。
午前中に五ヶ所湾に寄って、干潟の写真を撮って

五ヶ所

帰りに浜島の迫子の景色を撮りました。

浜島

五ヶ所でミカンを買って帰りました。

2010年11月 2日 (火曜日)

モノトーン

今夜も届かない手紙を書いている。

---

11月になってしまいました。

今の季節にはもう、貴方とときどき夕焼けを見ながら歩いて下った坂道には街灯がともっています。

暗がりに色を吸い取られてしまったコンクリートには、落ち葉が散らばっている。
最初はそれが嫌だったけど、よく見るとそれはモノトーン。

その散らばった落ち葉は、まるで坂道に描いた楽譜のようだった。

貴方と歩いた一瞬の時間が甦ってきたような気がしました。

そのときの貴方の靴音はジャズのリズム。

私たち二人。
夕暮れの坂道を駆けてゆく。

---

会釈して分かれて時雨の雲近し

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