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2010年10月20日 (水曜日)

関野 吉晴 グレートジャーニー―地球を這う


関野 吉晴 グレートジャーニー―地球を這う〈1〉南米~アラスカ篇


関野 吉晴
筑摩書房 2003

(環境を)考えさせられる1冊でした。(プライベートで公表済)
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▼約400~500万年前にアフリカのタンザニア・ラエトリに人類が誕生した。そして、百数十万年前にアフリカを飛び出し、私たちの祖先は、ユーラシア大陸を横断しベーリング海峡を渡り極北の地を越え、北米を経て、ついには南米大陸最南端のパタゴニアへと到達した。東アフリカから南米大陸に至る5万キロに及ぶ大遠征の、壮大でロマンに満ちた道のりを、一人の探検家が逆ルートで辿った。この旅をグレートジャーニーと呼び〔名付けの親はブライアン・M・フェイガン/英国の考古学者〕、マスコミやTVメディアが取材した。関野吉晴さんは、1993年に、南米ナバリーノ島を発ち2002年にアフリカのラエトリに到達し冒険を終えた。関野吉晴著:ちくま新書 「グレートジャーニー -地球を這う (1)南米~アラスカ篇」 を読む。
▼旅は過酷であった。にもかかわらず、最後までやり遂げられたのは、彼が旅の途上で様々な人々と出会い、その人々の生活文化を理解し打ち解けあい、また自然というもの、人間というものを素直に見つめていたからだろう。
地球上には文化的な大きな段差のようなものがあるが、通じない言葉、異なる文化の壁を越えて飛び込んでゆき、彼は考え続けた。人類の心の奥深くにある神への心を見つめ、自然への畏敬を持ち続ける。
「私たちの祖先はどんな世界を見てきたのだろうか? 現代人には感じることのできない形で自然と触れあっていたのではないか? 火、水、時間、森、言葉、食、数、音楽、踊り・・・」 関野さんはさまざまな「自然」とのつながりに想いを馳せる。
▼日本を始め先進国に輸出されるために丸ごと伐採されてしまう森に直面する。それは、遥か昔から先祖が恩恵を受けてきた森で、この森とともに暮らしている人々がいた。あるときは道路も通じていない村々を訪ねたことがある。決して物資が豊富でもないし便利でもない。しかし、そこには経済的にも文化的にも自立した素晴らしい人々の姿があった。「世界の中心は大都会にあって、そこから距離的に離れるほど文化果つるところ」という意識が大きな誤りであることに気づいたと関野さんは書いている。
▼今、地球環境とか私たちの社会というものを、何もかしこまって「考える」必要などない。
地球上にいるほんの一握りの人間が、膨大な軍事力や神懸り的な覇権意識を持ち、最先端の科学技術文明を良きものと信じ、豊かな経済社会の実現をして、地球を統治している。そして、我々はこの上ない幸せな暮らしをしていると思っている。確かにその通りである。しかし・・・である。有事法案が成立した夜、再びこの「グレートジャーニー」を読み返して、(極力短い言葉で表現すると)「人間は愚かだな」と思った。なぜ愚かなのか。それは、愚かなことに気づかないからである。「考える」必要などない。気づくことから始めればよい。  2003/06/25 07:33

| 2006-03-20 20:40 | 読書系セレクション |

グレートジャーニー―地球を這う


関野 吉晴 グレートジャーニー―地球を這う (2)


筑摩書房 2005
関野 吉晴

出るっていいながら出なかったので、待ちました。
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以前、関野吉晴著 「グレートジャーニー ─ 地球を這う」という本を紹介したことがあります。

 約400~500万年前にアフリカのタンザニア・ラエトリに人類は誕生します。その人類が、百数十万年前にアフリカを飛び出し、ユーラシア大陸を横断しベーリング海峡を渡り極北の地を越え、北米を経て、ついには南米大陸最南端のパタゴニアへと到達する。

 東アフリカから南米大陸に至る5万キロに及ぶ大遠征の壮大でロマンに満ちた道のりを、関野吉晴さんは逆ルートで辿ります。まさに、グレートジャーニーと呼ぶに相応しい感動的な旅です。

 シベリアのコルフという町にやってきて、食料・雑貨店でインスタントラーメンやスナックを買って宿で食べたとき、
「みるみるうちにごみが出てくるので驚く。日本では当たり前のことなのだが、トナカイ遊牧民のキャンプから帰った直後だったために、強い印象を受けたのだ。」
 「遊牧民のキャンプではほとんどごみが出ない。トナカイは余すところなく食べる。野菜などの生ごみはトナカイや犬が食べてしまう。基本的に一番無駄な『包装する』ということがない。缶詰はほとんど食べない。」・・・と書いています

また、魚やカニなどは各家庭や親戚で分配するが、大きな鯨が獲れたときに、
「分配という行動は、高等なサルのあいだでも見られない人間特有のものだ。」「ここシベリアでも、狩猟民の間では分配がごく普通に行われていた。」「この人間を人間たらしめている行動様式は、われわれの社会ではいつの間にか影を潜めた。いい車を持っている。立派な家に住んでいる。モノを独り占めする者が、社会的な地位を獲得するようになっているように思う」…とも書いています。

素朴でありながら、冷静な分析ですね。いかがでしょうか。
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職場で発行しているメルマガの後記で紹介したので、転載。
| 2006-03-20 21:41 | 読書系セレクション |

グレートジャーニー―地球を這う

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