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2010年9月15日 (水曜日)

東北

私、東北が大好きです。90年代には6、7回行きましたし、40日会社から休みをとったときも家族を置いて一人で放浪しました。

昨日か一昨日にのことですが、「岡本太郎のかいた東北」という本の話を、どなたが書いていたのか忘れたけど、読んだのが頭にこびり付いていて、東北の話がユウさんのところで出てくると、さらに嬉しくなってきて、またまた、喜んでいるだけのコメントとなってしまいました。

━  ━

やっと休みが来たので少し追加を書かせてね。

岡本太郎のかいた…と上で書きましたが、「岡本太郎の東北」の誤りでした。私が目を通していたのは http://nanaoaika.com/?p=276 というブログで、七尾さんはFMネットで朝の7時から30分間の番組をやってましてその名前を知っていたのです。

東北へゆくのですね。
私が東北へ旅立った、その何度目かのときは、青森県で三内丸山遺跡が発見された直後でした。

高速道路を使わず亀のようにゆっくりと辿り着いた私は、県境の発荷峠で、その道のりの長くて苦しかったことに感涙したあと、青森市内へと向かいました。
三内丸山遺跡は私を裏切らず、初日に立ち寄って次の旅先へと向かう予定が有ったにもかかわらず、私はそれを変更して連日遺跡にゆきました。発見間近ですから何もない。ただの広場だ。

なんというか、東北では、それぞれの土地に人々が暮らしてきた文化というようなものを感じるのですよ。それは、寒さで閉ざされた点に起因するのか、そのあとに独自性を生み出したのか。言葉だってある意味では独自性といえるし、縄文時代から培ってきた北国の自信のようなものを感じるわけです。

都会の、銭金経済主義や合理性を主張した非人間的な社会の刃に侵されて欲しくない。いつもそう思います。

| 2006-01-14 08:47 | 日記系セレクション

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