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2010年9月22日 (水曜日)

私を導く舟

人は死んでしまう。この事実は、誰もが動かせない。

生きたい、生き続けたいという欲望があるように、生かし続けたい生きていて欲しいという欲望がある。それは願望に近いのかもしれないが。

死にたいという願望がある。私がいつも願っているように、カメラのシャッターがカシャリと落ちるように、死んでしまいたいという願望がある。

憎き人や恨みのある人やモノをストンと終わらせたいという、いや、消してしまいたいという願望もある。

自由に生命を操ることができれば、科学技術で遺伝子を犯すように、命も手中にすることができるのかもしれない。

果たして命とは何なのか。
怨念の対象なのかもしれないし、愛を形にする大切な約束物なのかもしれない。
自分の自由や欲望を実現するための舟なのか。
それとも、儚く切ない願いだけなのか。

願いを持ち夢を抱く私たちは、心を生かす血液のように、命という舟のようなものに乗って時間を彷徨う。

そう。やはり、そこにもカメラのシャッターをカシャリと切るように、パソコンのシャットダウンのボタンを操作するように、私たちは命を自由に断ち切ってしまうことができてもいいはずだ。

私は、自分の命は自分でボタンを操作して切りたいと願っている。
新しい人生の出発を選択する権利は私にあるのだから。
◇┐
└◇
しかし、その考えもひとつの選択であることも知らされる。

激しく燃え続けている情熱や夢を胸に、振り返ることなく突き進む人たちがいるように、生き永らえたいと強く願う人もいることは間違いない。
いや、むしろ、そのほうが自然であり、人間としての正直な姿なのかもしれない。

私はいつどんな理由で、突き進むような情熱を失ってしまったのだろう。

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