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2010年9月10日 (金曜日)

八木沢里志 森崎書店の日々

ふと、通勤の帰りによる本屋で
マイナーな文庫の棚のほうに行って

竹西 寛子
詞華断章 (岩波現代文庫)

などを見ていたら、
その隣にありましたのがこの本でした。

その場は買わずに帰ったけど、
明くる日に欲しくなって
本屋へ走った。


八木沢里志
森崎書店の日々
(小学館文庫 や 16-1)

---

本の表紙(帯)に神保町と言う文字があったので、すぐに飛びついた。
ふーん、ここを舞台にした物語なんやな。最近、割と文学系を読んでいたので、息抜きに読んでみよか。

神保町。

私の学生時代のキャンパスです。きっぱり言い切れるほど通い積めた、というか、講義に行って教室に入らずとも「文庫川村」には必ず寄ったし、さくら通りとすずらん通りとそれらに交わる網の目のような狭い路地はひととおり歩き回ってから下宿に帰った。

時間があると、錦華公園の坂道を恋人もいないのにひとりで散歩していたりしたのだ。(あのころは恋人なんてほしくなったけど)

小説には、すずらん通りは出ないけどさくら通りが出てくるし、さぼうる(物語では「すぼうる」)も登場する。架空の話と言えども、30年前の神保町の風景を思い浮かべて読んでいました。

物語は、何の変哲も無いドラマです。
映画にしてしまうのか、映画を想定して書いたのか、その辺は知らんけど。

本来、小説と言うものは、架空とか空想の一面を備えていて、読み手がそのロマンに満ちた夢の中に吸い込まれてゆくような愉しみを持ち合わせていたわけで、その共有の形が文学や文学的詩篇のようなものから童話的なものまで様々だったのだろうと思う。

なんだか、読んでいる間だけでも青春時代に戻ったみたいな気持ちになれて、母校を訪ねてみたくなったなあ。

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