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2010年9月 2日 (木曜日)

読書系 よもやま

読書系…のこと


コミュの話。

【俳句部】という名前にしたし、「読書部」という名前が良いのかなとも悩んでみたが、やはり「読書系」でゆこうと思う。

いつもそばに本が・・・読書系

この名前の放つ柔らかそうな雰囲気を大事にし、これから読書を始める人たちとも、よもやまは話をしたい。そう思っています。

幽霊会員募集中(笑)

ちょっと驚く話があった。その読書系のフリートークのところにも書いたのだが…
GREEに「文庫本が好きです」というコミュを作りましたら、すごい勢いの参加者増加となって、いつの間にかコチラの本家本元を追い越してしまいました。
…という次第です。
ミクシーよりもひっそりしてて、淀んでいそうな雰囲気のGREEの方が、このコミュでは活発だったという驚き。
わからないものですねぇ。

さて、皆様、何か読んでます。私は今「星宿海への道」(宮本輝)を半分ほど来ましたよ。

読書の秋なんて誰が最初に言い出したんでしょうね。あまりにも暇だから仕方なく読み始めた1冊の本が人生を大きく変えてしまうこともあるんだからね。

私の人生を変えた人。誰だろうね。遠藤周作かな。

ミクシー日記から

| 2005-09-29 18:35 | 読書系セレクション |


読書系、その2

二冊の文庫が即座に出てきました。
昭和51年9月6日第15刷 280円
昭和57年4月28日第30刷 360円
(第1刷は、昭和47年12月15日で、現在は何刷版かは不明ですが、520円です)
----
さて、その第15刷の88ページから89ページに、えぽさんの仰るシーンと言葉があります。

(でも。)とミツは一生懸命、その声に抗う。(でも、あたしは毎晩、働いたんだもん。一生懸命、働いたんだもん)
(わかっているよ。)と悲しそうに言う。(わかっている。わたしはお前がどんなにカーディガンをほしいか、どんなに働いたのかもみんな知っているよ。だからお前にたのむのだ。カーディガンのかわりに、あの子と母親とにお前がその千円を使ってくれるようにたのむのだよ。)(イヤだなア。だってこれは田口さんの責任でしょ。)(責任なんかより、もっと大切なことがあるよ。この人生で必要なのはお前の悲しみを他人の悲しみに結びあわすことなのだ。そして私の十字架はそのためにある。)

最初に買った「わたしが・棄てた・女」には赤鉛筆で何箇所も線を引きながら読んでいます。記憶では環七を渡る横断歩道を歩きながらも読み続けていた自分の姿を記憶しています。

遠藤周作は、この時点(昭和38年連載)に既にこのように書いているのですね。様々な小説でよく似たフレーズを書き、それが次第に別の表現になってゆくのですが、一貫して彼の小説は、この悲しみを共有するということを語り続けてゆきます。

武田友寿さんの解説がすばらしいです。
もしも読む本が無くて街角で困ってしまったらこの本を買う。だから何冊もこの本が本棚に溜まるのですが、何刷あっても惜しくない本です。
| 2005-10-01 10:17 | 読書系セレクション |

 


読書系、その3

「横切る」ってのは不思議なことですね。

・雨宿りをしてた人に傘を差し掛けること。
・交通事故で、車とバイクがぶつかって、お知り合いになっちゃう。
・間違い電話をかけてきたのが、何度も何度もかけてきて友達になって代々木公園でデートをしてしまう・・・ってこともあったぞ。
・京都の街の疎水の縁の、柳の蔭にいるキミと視線があってしまったのも出会いだった
・転校生。どんな子だろうって覗きに行って友だちになってしまって。。。
・初めて訪ねた下宿屋の、ご主人が留守で、代わりに出てきた娘さん。

まあ、最後の娘さんはうちのんですが。

そういうさり気ないことの中にある物語のネタを、遠藤周作という人は、面白おかしく、ときにはもっともらしくマジメに脚色したんですね。

照れ屋でね。ウンコの話が好きだった。決まって照れているときですね。裏にはマジメなテーマが隠れている。

わたしが・棄てた・女。
何処の一行を取っても無駄がない。

| 2005-10-01 22:07 | 読書系セレクション |


再読するたびに、自分の成長を確認できる小説


錦繍。

再読するたびに、自分の成長を確認できる小説かもしれない。

主人公の男性のように、私も似たようなことで(身体には傷は残らなかったが)心に傷を持ち、妻も命を取り留めたりしたコトがあって、ある意味で連想的に心当たりのようなものがある。

いや、そういうことって、似たようなことを思い浮かべさせるというならば、誰にだってあるんじゃないか。。。

人間は自分には嘘をつけないのだから、時間が過ぎると再読したくなり、再読して傷を見つめるというセンチなことを繰り返しているんです。

うまく書けないけど、考えてても纏まらないから、変なコメントでゴメンナサイ。
---- ----
chica さんのBLOGを読んで。

| 2006-08-17 08:56 | 読書系セレクション |


安部公房と村上龍


安部公房って、私らが大学生やってた30年ほど前には、ブックバンドの陰にひっそりと見えるように持って歩いてたりして・・・・
まあ、それは、石川達三などもそうで、学生のステータスみたいな作家だったよなー。
今でいうと東野圭吾や恩田陸のようなものであったのかね。
父からすると、何をコイツら流行りもんばかり読みよって・・・・みたいな感じだったのでしょうかねぇ。
しかしながら、時代を超えて眺めてみると、十羽一絡げで考えてもそれは間違いで、いいモノは普遍性を持って生きていますね。
若者にそういうのを、自信をもって薦めてあげられるよう、みなさまのご意見、ドシドシ、お待ちしまーす。

村上龍が、コインロッカーベイビーズを出したときは、書店の棚にも積み上げられていて、その日に買ったのを覚えています。貧乏な学生で、普段は古本しか買わないのに、相当、惹きつけるものがあったんだろうな。限りなく透明に近いブルーが時代をまさに表すのですが、現代学生では想像できないような、不安感や不満足感に満ちていて、そのくせ不自由はそれほどしていなかった。貧乏をそれほど恥ずかしいとも思っていなかったなあ。あの頃。
| 2007-12-02 08:17 | 読書系セレクション |


若きウェルテルの悩み


高校時代。

いつも、放課後の坂道で駆寄ってきて駅までいっしょに帰ってくれる女の子が、小椋佳の唄を貸してくれたことがあったなあ。
その子は、若きウェルテルの悩みも貸してくれたことがあったよ。
本なんて読まない奴だった僕は、最初の行を読んで振られたんだと思ったね。

| 2007-06-20 08:55 | 読書系セレクション |


また、鎧駅のこと


駅には人の姿など無くてね、寂しかったけど、ひとり占めできてよかったなあ。
ディーゼルが入ってきて、人がぱらぱらと動いて、また、ゴーっという音ともにトンネルに消えてゆく。

排気ガスが少し煙たい中に、静けさがじわっとやって来るのよね。
| 2007-06-18 21:34 | 読書系セレクション |


再読するたびに、自分の成長を確認できる小説


錦しゅう。

再読するたびに、自分の成長を確認できる小説かもしれない。

主人公の男性のように、私も似たようなことで(身体には傷は残らなかったが)心に傷を持ち、妻も命を取り留めたりしたコトがあって、ある意味で連想的に心当たりのようなものがある。

いや、そういうことって、似たようなことを思い浮かべさせるというならば、誰にだってあるんじゃないか。。。

人間は自分には嘘をつけないのだから、時間が過ぎると再読したくなり、再読して傷を見つめるというセンチなことを繰り返しているんです。

うまく書けないけど、考えてても纏まらないから、変なコメントでゴメンナサイ。
---- ----
chica さんのBLOGを読んで。

| 2006-08-17 08:56 | 読書系セレクション |


夏休み…近し、か


■ 明治時代の文学を読んでレポートを書く
いやあ、先日、娘の下宿に遊びに行ったら、明治文学史という本があって、これがオモシロイ。文学史というのは結構ためにもなります。

それで、何故、そんな本が部屋にあるのかを問うたら、夏の課題が明治文学を読んでレポートを書くことだそうです。粋な先生ですね。

明治、大正、昭和(戦前、戦中)の文学を読むことは、文学を使命としている人には欠かせないのでしょう、というより、読みたくならねば文学部の要件を欠く可能性もあるぞよ。

私は電気通信工学科(今は学科名が変わってしまったよ、悲しい)ですので、文学であれこれいえるモノではないのですが、私らが科学技術史概論学んだのと同じだろう、そう思っていますが。

と言うわけで
◆ たけくらべ にごりえ
を買ってレポートを書いたらしい。

レポートといえば、近頃はPCで書きますが、私はあくまで「手書き」を要求します。鉛筆を舐めて書いてこそ価値がある。(思考する脳が働く)

実は、私は
■泉鏡花 歌行燈・高野聖
を薦めたのだが。。。

試験が28日の終わるそうですから、そしたら、江國香織と重松清(どちらも新潮文庫の100冊)に取り掛かるのだろう。それもいいですね。

----

こんなことをコミュに書いたその次の日あたり、試験の終了日を幾日も前にして「前期お疲れ様会」というのを友だち6人でやったそうです。

その娘、もうすぐmixiに来るそうです。

※娘の友だちの皆さん。足跡つけて???と思わせただろうな。気づいてない子も多かろうが。ゴメンナサイ。

| 2006-07-25 21:58 | 読書系セレクション |


吉野山散りはて果てに西行庵


吉野の山はブナ科の広葉樹林とヒノキの針葉樹林でまだら模様になっている。
山桜は散りはてて、新葉を噴出し小楢とその黄緑を競っている。
標高が500メートル近い水分神社付近の展望台から蔵王堂を見下ろしながらいったん小休止をした。
そのあと金峰神社を抜けて15分余り、立派な登山道を歩くと西行庵がある。
奥千本の最後の花びらが谷をキラキラと舞い散る。
| 2005-04-27 17:23 | 読書系セレクション |


七重八重花は咲けども山吹の みのひとつだになきぞかなしき


みのひとつ・・・実のひとつ ですね。

今頃の季節になって山吹の花が綺麗に咲いているのを見ながら、母がよく話してくれました。

 七重八重花は咲けども山吹の みのひとつだになきぞかなしき

という歌があってな。
これは、太田道灌の話でな。
どこぞの山の中でにわか雨におうて、ある民家に雨宿りに寄ったのさ。

「急な雨にあいました、すみませんが、蓑を貸してくださいな」

と玄関で言ったのよ。
そしたらソコにあるオナゴシが出てきて、山吹の花を出したんや。

道灌は、ワカランわけや。
そのときに

 七重八重花は咲けども山吹の みのひとつだになきぞかなしき

と詠んだのかな、このオナゴシは・・・

山吹には、八重にさくものがあってな。
その花は実を結ばんのよ。
太田道灌は、その晩、家でじっくり考えて「ああなるほど」と思うたそうや。

※母はこのように私に話してくれまして
何度も何度も子供の頃から聞き教えられてきましたので、この「山吹」のうたは耳に焼きついております。

後になって詳しいことを調べますと、後拾遺集に醍醐天皇の皇子、中務卿兼明親王の詠んだうたであるいうことで、その場のオナゴシが詠んだうたではなかったのですが、この話は、親から頂きました大きな遺産ですね。

思いは、必然的に後醍醐天皇にも広がります。
そうすると、当然、今の季節、吉野山の桜は今が満開でしょうし、思いをそちらに馳せることになります。小楢の新芽と山桜が山を覆いつくすでしょう吉野山。後醍醐天皇の無念を感じに県境を越えたくなりますね。
| 2005-04-20 12:17 | 読書系セレクション |


この杯を受けてくれ・・・・


勧酒

勧君金屈巵
満酌不須辞
花発多風雨
人生別離足

この杯を受けてくれ
どうぞなみなみ注がしておくれ
花に嵐のたとへもあるぞ
さよならだけが人生だ
【井伏鱒二訳】

----

別れといえば、毎年、春になるとこの一節を思い出しますねぇ。
そういう人も多いでしょう、きっと。

私も遠い昔、皇居の近くの北の丸公園の桜の花びらに入学を祝っていただき、硬い蕾をつまみあげながら卒業を迎えたのを思い出します。
| 2005-03-31 09:53 | 読書系セレクション |


「山崎方代」という人


一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております 山崎方代

いつまでも転んでいるといつまでもそのまま転んで暮らしたくなる 山崎方代

どんなきっかけで出会ったのか忘れてしまった、どこに住んでいるどんな人かさえもわからない人で、その人のブログがRSSリーダーで僕の元へと届けられて来るようになって幾日も過ぎました。

その人のブログで僕はこの山崎方代のうたと出会いました。
| 2005-02-25 18:29 | 読書系セレクション |


ソクラテスの弁明・クリトン プラトン著 (岩波文庫) (02/10 10:00 )


中高生のときは、少し背伸びをしたい時期だと思う。哲学って何だろうか…と自分なりに考えてみる。こんなことを専攻してみるのも面白いんじゃないかと思ったりする。

学園モノのライトなタッチの青春小説もいい。でも、深夜に、受験勉強からの逃避の一刻などが多かったが、パラパラとめくって朗読してみるのもいい。

記憶に残っていることは、「サッパリわからなかった」ということだけであるが、不思議にも二十歳を過ぎてから再び手にする。あのときに理解できなかった悔しさなど無い。手元においておきたい一冊にしてしまう人もあるに違いない、と思う。
| 2005-02-10 10:00 | 読書系セレクション |


アラビアンナイト


去年に国立民族学博物館に行ってアラビアンナイト展をみた話を書いた。娘も連れて行った。

着々と娘は感化されている。

先日、学校の図書館でアラビアンナイトの本を借りたといって私の机の上に置いていったので少しずつ読もうかと思う。
| 2005-02-09 23:14 | 読書系セレクション |


ないたあかおに 浜田廣介著


鬼さんこちら、手のなるほうへ・・・と外で駆け回る子どもたちの姿も見かけなくなりました。

人々が「怯える」という気持ちを持たなくなったのは、科学が進化したことによって、「鬼」さんなど作り話よ、と思うようになったからでしょうか。

見えざるものに恥ざるは己の心が真(まこと)なりけり…

そう、なんでも手に入る世の中。夢までもお金で買えるのかも知れない。
なに不自由なく暮らせて、裕福であることは、少しマイナスも生んだんじゃないの、っていいたいときもある。

4年5ヶ月ぶりに島に戻った三宅島の人たち。
少々不自由でもソコで暮らせることが幸せだという。
今夜は豆まきをしているのでしょうかね。

>心のやさしいおにのうちです。
>どなたでもおいでください。
>おいしいおかしもございます。
>おちゃもわかしてございます。

人は、心から鬼を失ってはいけないんだよね。

-----
TB:そらいろのドア
読書系にもお越しください。
| 2005-02-03 17:53 | 読書系セレクション |


モモ & はてしない物語 ミヒャエル・エンデ


eデモへの2つの投稿をこちらにも書いておきます。
--------------------

◆ モモ ミヒャエル・エンデ作 (01/13 23:08 )
モモ かな。そのように娘(高2)は話していました。
ミヒャエル・エンデ作 大島 かおり訳 ミヒャエル・エンデ絵
岩波から出てますね。
相当に読書人生を変えたみたいですよ。文学部に行くって言い出しているんですから。

◆ はてしない物語 ミヒャエル・エンデ (01/18 18:15 )
こんにちは、読書系ファンのみなさん。
言いだしっぺののじまさんが図書館に陣取って書いてくれるそうなので、私はとりあえず家にある本から掘り出しますね。すぐ品切れになると思うけど。というわけで今日もエンデさんです。
タイトルの本は、ウチのぐうたら娘が大事にしている本です。ずいぶんと深く影響を受けたみたいです。
これからの1年は受験だろう、TVもやめて、本もやめるか、と聞いたら、息抜きに本は絶対必要だと開き直られました。まあ、一理あるか。
父も時間かけて机に向かってる割には全然勉強しなかったからな、仕方ないだろう…。(父の母校のように古本屋街が近いと大変なことになるだろうから、そういう所は薦めないようにしなくては>自分)

| 2005-01-18 18:15 | 読書系セレクション |


「ちくま」と「岩波」


mixi、読書部Ⅰ 「ちくま」と「岩波」のトピックから
--

私が「ちくま」と「岩波」が好きなのは、
何故かわかったようで、わからないようで。

本屋に行くと、
そっちのコーナーで
くつろいでしまう。

向田邦子の関連であったり
山頭火の句集であったり
(ちくま)文学全集の文庫のぞれぞれであったり
(岩波)文芸文庫であったり。

部屋に帰ると
広辞苑がブックエンド代わりに机にドンとある。
第四版だ。
その横に「山頭火句集」がある。

広辞苑は就職して最初の給料で買ったのです。
こういうのを、家宝というのだろう。

私が死んだら棄てられるんだろうな。
この二冊。
それでいいよ。
| 2009-11-27 10:50 | 読書系セレクション |


お好みランチを偶然に


遠藤周作が多くの人々を惹きつけてしまう大きな理由は、「心のやさしさ」であるのだと書いた。

心のやさしさ。
それだけでは小説にはならないから、物語としてどのように纏めるかというのも大きな鍵となる。

安岡章太郎の「舌出し天使」のなかの一節 ― 人の結婚の動機や切掛けは、ひとりの男とひとりの女がデパートの食堂でお好みランチを偶然に食べていたようなことで決まってしまう、ありふれていて如何にもというような偶然で満ちている ― を、何かの解説で取り上げている方があったが、まさに共感できる話だと思う。

人物をスパイラルに交錯させて、物語を熟成してゆく手法は、なかなか真似が出来ないのではないかな。

それでもって、時に熱情に満ちて、とろけるようにリリカルな流れで綴られると、魔術に掛かったように身体中が融け込んで行きます。

「お好みランチ」を食べていた偶然。
これは、素晴らしい言い方だと思う。
私の人生は、この言葉で変わりましたよ。

(mixiへのアップから)
| 2009-11-27 10:06 | 読書系セレクション |


これまでの人生経験の分も


(mixiで、錦繍の読了に触れて)
---
私もオススメしましたよ、この作品。

数多くの作品に当てはまることですが
やはり、学生のころにも読んでおく
(挫折でもいいのでチャレンジしておく)
などと言うのは意味のあることと思います。

大人になって
さらに
もうちょっと大きくなってから
もう一回読んだときに

1回目の感動と
2回目の感動と
これまでの人生経験の分も
感動を味わえますから。

いい作品に巡り会えることは幸せですね。

コミュがお役に立ちますように(祈)
| 2009-02-04 07:53 | 読書系セレクション |


筑紫哲也さん逝く


真っ先に、「アメリカン・マラソン」を思い出す。

次に、朝日ジャーナルの編集長時代か。
売れずに苦心していた。
国民の意識の根底から、不満とか改革の文字が消えていった時代だろう。

人生後半は随分と丸くなってしまったようにも思う。
みんな、そうなるのだろう。

わたしが影響を受けた人たちが人が逝くたびに、そういう時代がやってきたことを知り、刻々とわたしにも順番が近づいていると感じる。

アメリカン・マラソン―米大統領選挙 (角川文庫 (5772))
筑紫 哲也
角川書店
\398

新聞から雑誌、テレビまで垣根を超えて縦横に走り続けた筑紫哲也さん(73)が亡くなった。数少なくなった、戦争を知るジャーナリストの一人。ほぼ半世紀の間、メディアの世界に身を置き、戦後日本の姿を追い続けた。病を背負ってからも、その意欲は最期まで尽きなかった。

朝日はこのようにネットで配信している。

大統領選挙が6年ごとに行われるので、30年前、5回前の大統領選挙のときにアメリカ合州国を駆け回って取材したのがこの本だった。

当時、わたしは学生。
大学の図書館に購入依頼を書いてこの本を買ってもらったのをはっきりと記憶している。(実際には単行本だった)

あの頃のわたしは、「若き血に燃ゆる」進取の気性を持っていた。思い出深い1冊だ。(合掌)
| 2008-11-08 11:58 | 読書系セレクション |


サラサラと乾いた風を感じたら「読書の秋よ」とメールする


◆サラサラと乾いた風を感じたら「読書の秋よ」とメールする

すっかり秋めいてきました。 ぴよちゃんのイラスト

読書の秋。
その言葉はそんなに好きでもないけど

「おーい、今何読んでるの?」

と友だちにメールをしてみたくなる。

昔なら
♪秋の日の図書館のノートとインクのにおい
…だったんだよな。
メールじゃなくて、万年筆で書く手紙だったんだよな。

いい本、みつけたら、一筆下さい。
(ロングセラーでも、ベストセラーでも、何でも)

----
イラスト
Copyright(c) 「アトリエぴよ」
Since : 2003, All Rights Reserved.
---- ----
| 2008-10-01 08:30 | 読書系セレクション |


他人を見下す若者たち 講談社 速水 敏彦


私の仕事がらみの分野にもニセモノの先生方はたくさんいてまして、こんな教授に教わる学生は気の毒だと嘆きながらも、そんなにいい先生が大半を占めるわけでもないのだから、良いか悪いかを判断する勉強のために、まあ大学には行ってくればいいかな、と覚悟を決めたほうがいい時代なのかもしれません。

そんなニセの先生たちを奉り上げて、政治や経済会やマスコミがはしゃぎ回っていると思うと、もう茶番劇はやめて欲しいと思う。

怒りを起こす気力もないわ。

そんな先生方にしがみついて、コバンザメのように日常を過ごしている人たちの崇高な姿よ。
しかし、私に真似ができるものではなく、誰もがコバンザメになれるわけでもない。
彼らは素晴らしい能力の持ち主だと、ほんとうに尊敬する。

世の中、悪を悪の色、善を善の色に塗ってしまったり、偽って見せている色をむやみやたらに塗り替えてはいけないのだ。

斜めに構えて生きてゆかねば、生きてられないでしょ。

速水敏彦;他人を見下す若者たち (講談社現代新書)を読んでみた。
皆さんも、どうぞ。 初めての、★ひとつじゃ可哀相なので、もうひとつポン★!

近頃、新書というものが随分と身近になってきて、ホンモノの読書家の人が増えたのかと思っていたものの、新書には疑いを持ち続けていた。

中身からピントをずらして連想的に読者を惹き付けけるようなタイトルをつけて、ある意味騙しのような手段、暗示のような手法で、買わなければ手遅れになるような心理に追い込んで、深層にある心理の知的な触覚を擽っていると、感じていた。

長いタイトル。
ベストセラーになりそうなタイトル。
何れも中身は、引き付けられる割には、すっからかんで、漫才のネタかバラエティの話題にしかならない程度のものもあったりした。

新書とはこういうモノではなかったはずだ。岩波のシリアル番号の若いのを引っ張り出してみれば歴然としているじゃないか…。

けれども、根拠もないし、私にそんな論評をする能力もないから、

何となく、新書が軽いモノに変化しつつある。岩波だけが頑張っている、

としか言えなかった。

この本は、いい本です。

私が言いたいことがこの本を読めば分かります。
嘘は書いてありませんでしょう。
分析も正しいと思います。
これで、新書が本屋に積まれる理由も分かるような気がします。

時代は変わったのですね。時代が変われば、昔の時代の人の価値観が適用できなくなり、今の価値観の人は昔をどうしても理解できない状態になります。

私の心の中でモヤモヤとしていたものを理解してもらうには、バッチリです。

(作成日時2008年06月16日)
| 2008-06-20 08:48 | 読書系セレクション |


生態系ってなに?―生きものたちの意外な連鎖


高校を卒業したのち、工学の道を選んだのですが、そこでは数学や物理を基礎学問としていて、高校時代にとても面白かった生物という分野からは遠ざかってしまっていました。

ところが、この歳になって(数年前)理学部生物学科出身の方と仕事をするようになり、フィールドにもちょくちょくと出るようになって、生態学ってオモシロイと思い始めたのです。ところが、生態学なんてモノは俄か勉強じゃ簡単に身に付くようなものでもなく、まあ興味を満足させる程度に留まっていたわけです。

環境が仕事ですから、生物という未知な分野や苦手な化学の分野とも付き合う中で、環境を守ってゆくことや地球温暖化を防ぐことと生物のこととが一体どんな風に関係を持っているのか、実は100点満点ではよう答えんかもな、と不安なこともあります。

生態系って何かという基礎学問の中の「はじめの一歩」を分かりやすく教えてもらえば、後の勉強が変わる。
興味の無かった人が読めば、進学コースは生物学系に、なんて言い出す人が出てくるかもしれない。
| 2008-01-14 12:36 | 読書系セレクション |


安部公房と村上龍


安部公房って、私らが大学生やってた30年ほど前には、ブックバンドの陰にひっそりと見えるように持って歩いてたりして・・・・
まあ、それは、石川達三などもそうで、学生のステータスみたいな作家だったよなー。
今でいうと東野圭吾や恩田陸のようなものであったのかね。
父からすると、何をコイツら流行りもんばかり読みよって・・・・みたいな感じだったのでしょうかねぇ。
しかしながら、時代を超えて眺めてみると、十羽一絡げで考えてもそれは間違いで、いいモノは普遍性を持って生きていますね。
若者にそういうのを、自信をもって薦めてあげられるよう、みなさまのご意見、ドシドシ、お待ちしまーす。

村上龍が、コインロッカーベイビーズを出したときは、書店の棚にも積み上げられていて、その日に買ったのを覚えています。貧乏な学生で、普段は古本しか買わないのに、相当、惹きつけるものがあったんだろうな。限りなく透明に近いブルーが時代をまさに表すのですが、現代学生では想像できないような、不安感や不満足感に満ちていて、そのくせ不自由はそれほどしていなかった。貧乏をそれほど恥ずかしいとも思っていなかったなあ。あの頃。

| 2007-12-02 08:17 | 読書系セレクション |

 

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