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2010年9月15日 (水曜日)

銀マド(日記系セレクションから) 2006年 下旬篇


ワガママを咎めて湯飲みを握らせる


>父親って、どうしてあんなにワガママなんだろ

そう見えるだけじゃないでしょうか。
私の父はマイペースを最後まで通しました。
世にいわせればワガママだったのでしょうが、アレは父流のやり方で、ものすごくあの人に似てきた自分を鏡で見ながら、父を少し弁護してやりたくなる。

娘がどれほど父に似るのかは計り知れませんが、、、。

ワガママを咎めて湯飲みを握らせる  ねこ作

お大事にね。

Tags:咎める

| 2006-04-09 20:38 | 日記系セレクション

 


さよならと梅雨の車窓に指で書く  長谷川素逝


もしも、もしも、もしも、

くもりガラスを指でなぞって、何かを書くとするならば、あなたならば何を書きますか?

ええ?
私だったら…

それは秘密というよりも、ちょっと恥ずかしくて人には言えないかも。

人の名前かな。
その人に語り掛ける言葉かな。

何だろう…。

---

 さよならと梅雨の車窓に指で書く  長谷川素逝

くもりガラスに書くなんてどこにも表現していないけど、私はこの句を知ったときに、曇った窓ガラスを想像した。

過ぎゆく外の景色をうつむきかげんに眺めながら、ひとりで立っている自分がいる。
小刻みに揺れる列車に身体を任せて、窓枠に凭れている。

このときの別れは、しばらくしたら再会できるものではなく、もう二度と会えない別れだろう、きっと。

「さよなら」
好きだった人。
いまでも好きな人。

----

 素逝は

 遠花火 海の彼方にふと消えぬ  長谷川素逝

という句も詠んでいます。

遠い過去を儚く映すのが花火のように思えた。
手の届かないところ、ずっと遠くに、消えてゆくもの。

哀しい、と思ったのは私だけかね。

| 2006-06-27 22:11 | 日記系セレクション

 


秋の夜に薄くなった髪を見る


母はもうすぐ80歳。

私が大学生のときには、50歳の1歩手前だったわけだが、その年齢はまさに今の私のそれでもある。しかし、そんなことは極めて当たり前のことで、必然的に私の娘は大学生であるのです。

その母が、怪我をして寝込んでいます。

18歳で家を出てから30年間、私は、家に帰っても寝床を敷くこともなく、ゆっくりと話さえしないで、とんぼ返りで家をあとにしてきた。

口癖のように「息子なんぞは一生懸命育てても、何の甲斐もない・・・・」と母は言い続けている。怖い顔をしてそういうふうに話すときに睨んでいるのは、バカ息子であり裏切り息子である私の顔だ。そんな仲だから、余りウマが合わず、落ち着いて話をしたり、しみじみと会話をする機会も滅多になかった。

ちょうど、阪神大震災の半月ほど前に大腸癌の手術をして、6人部屋の他の5人が次々と先立ってゆくなかで母は生き残り、いまだに生きている。

両手で持てないほどのリンパ節を切除して、術後に医者から見せてもらったときには、さすがの私でさえ覚悟を決めたのに、あれから何年もの歳月が過ぎて命を授かったことへの感謝も薄れ始めていたからだろうか、再び寝込んでしまった。

今、寝込めば、もう立ち上がれないかもしれない。そういう不安がよぎる。

秋の味覚というと、マツタケ、サンマ、山栗などが浮かびます。

子どものころ・・・・

父はふっと姿を消し、夕方にマッタケを籠にいっぱい採って帰ってきたことがたびたびあった。
お袋は、美味しい秋刀魚が手に入ったといって、庭で七輪に火をおこし焼いてくれた。
ちょうど今ごろ、いつものように父から下宿に荷物が届いて、鉛筆書きの小言の手紙と一緒に箱の中に栗がいっぱい詰まっていた。
「金を送った、心配するな、勉強しなさい」と書かれていた。

母は、
なすびのあえ物を作っては、「親の小言と茄子の花は千に一度の無駄がない」といつもいつも言っていた。

更けゆく秋の夜に、薄くなった髪を見る。
鏡を見て、自分を見つめるのは、久しぶりだ。

もう何年、しみじみと話すことを忘れているのだろうか。
呼ばれているのかもしれない。
おい。

| 2006-09-14 21:00 | 日記系セレクション

 


臨月やトントンきいて目を閉じる


◆ 臨月やトントンきいて目を閉じる  ねこ作

マイミクのくみさん。臨月で里帰りだそうです。彼女の日記へのコメントから(一部改変)

19年前に、うちのんのおなかに耳を当ててきいた音は、トントンだったかトコトコだったか。
いえいえ、ぜんぜん違うもっとかわった音だったかもしれない。

耳を当てると、その世界に私がとけこんでゆく。

(くみさんの子は)
秋に生まれる子だから、この静かな秋の夜の静寂に包まれて、秋が大好きな子が生まれてくるのだろうね。

きっと、静寂を感じとることのできる子だろうな。

----- -----

この道や行く人なしに秋の暮れ 芭蕉

静かな里の夕暮れを思い出します。
カラスが啼いて山に帰るのを見送りながら、山ってどこの山なんだろうと子ども心に悩んでいたころがありました。

赤い色。

初恋の人の前で染めた頬も赤い色。
喧嘩した女の口紅もあんな色だったのか・・・。

| 2006-10-19 20:00 | 日記系セレクション


秋の暮


早夏秋もいつしかに過ぎて時雨の冬近く

「秋の暮れ」という言葉は秋の夕暮れではなく、もともと、秋から冬に変わってゆく「晩秋」のことさしたらしい。

暮れゆく秋。

寒さが決して好きではないけど、冬という季節が漠然と好きですから、暮れゆく秋のその先も待ち遠しい。

(コタツでうたた寝をするのがいいのかな)

| 2006-10-21 12:22 | 日記系セレクション

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