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2010年7月28日 (水曜日)

なかにし礼 セレクション

長崎ぶらぶら節  (なかにし礼著)

eデモジュニアに「長崎ぶらぶら節」を紹介したのはずいぶんと前のような気がします。

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林扶美子の「放浪記」を読み終わったときと似た感動がありました。中身やジャンルはまったく違いますが、時々、朗読をしてしまいたくなるような小説です。
しっかりしたモチーフと主題のもとで、どうしたら読み手がのめり込んで自分の文章に酔いしれてくれるだろうかと、思案をしながら書いている。いやそれが天性でできている小説でしょうか。現代風の作品を何冊か読んだ後には、夢の中で彷徨うような快感があります。

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こんなことを書いたんですね。感想を書くのが下手なので、ジュニアでの200字というのは手ごろです。結構、毎回200字に限りなく近くするのに楽しみも出始めてますが。

行ってきました。そうです。長崎へ。(11月14日)

この小説の舞台になっている丸山という地区を散策してきました。(写真はありません、すみません)

花街の名残はほとんどありませんけど、昔ながらの路地や坂道や石段があります。古そうな料亭のおかみさんが出てきてわざわざ向こうから声をかけてくれて道を教えてくれたり、今日はおいらん道中の日だ、と言って引き止められたりして、そこで長い立ち話をして楽しんできました。

身代わり天満宮とも言われている梅園天満宮というところで神輿が出てました。ちょうどそれが年に一度のお祭りで、ラッキーなものに出会えました。全国でも珍しいという女みこしです。(これも写真はありません)

長崎ぶらぶら節の映画は見てませんけど、今調べたら、市川森一さんが脚本を書いたんだって!映画もさぞかし面白かったことでしょう。

長崎ぶらぶら節
| 2004-11-16 13:10 | 読書系セレクション |


なかにし礼;兄弟

なかにし礼の「兄弟」を読み終えました。

「赤い月」を読んで、しばらく間をおいてました。別の人の作品などを読んだりしてましたが、長崎ぶらぶら節→赤い月→兄弟と読んできたけど、いい作品ばかりですね。

| 2005-08-14 22:21 | 読書系セレクション |


旅に出よう、本を読もう

GREEから
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▼なかにし礼著 長崎ぶらぶら節

朝日新聞に「愛の旅人」という連載をしているのをご存知の方も多いでしょう。

HPからでしたら、
asahi.comのhome > be > entertainment
で辿ることができます。

2月3日土曜日の「be」では
▼ 愛八と古賀十二郎
▼ なかにし礼「長崎ぶらぶら節」
という題名で、長崎を訪れています。

なかにし礼の小説は、「赤い月」を代表として、清水が湧き出て山肌を絹の如く艶やかに流れるような文章で綴ってゆく傍ら、激しくあるときは狂気のような展開が続くのです。素晴らしい文学だと私は思います。

行きましたよ。長崎へ。何年か前、出張仕事の帰りに少し個人的に休暇を戴き散策しました。

ご存知のように坂道の多い街です。路地裏を縫うように歩きました。枝道があると一歩踏み出してしまっている。

長崎ゆかりの文学作品は多いですね。

▼ 遠藤周作 女の一生(一部・二部)

長崎の街を知って作品を読めば、いっそう、味わえて、読後には必ずもう一度行きたくなります。行きたくならないなんて…考えられない。

| 2007-02-04 11:05 | 読書系セレクション |


なかにし礼著 赤い月

人の心を深く感動させたり勇気付けたりするチカラというものは、どんなに作者が意気込んでも、また拳に力を込めて闘志を見せても発揮できるものではない。もちろん文才があればよいわけでもない。
何だろうか。

もちろん天性の文才や努力による表現手法なども必要なのだろうがそれ以前に、作者自身がどれだけ眼前の事象について問題意識を抱き、苦労を重ね大波と戦ったかということ、さらにそのときに常に前を見て事実をしっかり記憶し、如何に生きるべきなのかと自問をしたかどうかなども大事なのだろう。

日本という国が辿った鮮やかで醜い足跡の中を生きた作者が単なる自伝ではなくさりげなく文学として書き残したこの作品にことさら美学を感じながら読ませていただいた。

胸に迫るドキドキ・ワクワクと感涙を抑えながら、赤ペンを片手にページをめくり、夜はあっという間に更けてゆくのでした。

一節を紹介します。声に出して読んでみてください。

赤い月(上巻)313Pから

日本の夕日は色濃やかで陰影に富み、しみじみとした美しさをたたえているが、満州のは違う。空に舞う黄塵が紗幕の役目を果たしているのだろうか。ひときわ大きく見える太陽がまだ中天にあるうちから赤々と色を帯び始める。それが金粉をまき散らしながら回転して落下していく。ゴォーッという音が聞こえるようだ。地平線に触れる時には、あたりの空は黄金色になり、台地の水分のすべてを蒸発させてしまいそうな勢いだ。川があったら干上がるだろう。海があったら涸れるだろう。そんな燃えるような夕日だった。

| 2004-09-05 08:54 | 読書系セレクション |

赤い月(上) 赤い月(下)

なかにし礼 戦場のニーナ

図書館で本を2冊借りても、2週間では読みきらない。
それは、読むのが遅いこともあるが、急いで読むと身体に染みこまないのだ。

早回しのビデオ映画を見るようなものなのかなと思う。
(もっとも実際には、映画やドラマをというか、ビデオ録画というモノを見たことが殆んどないので、ようワカランのですけど)

そういうわけで
普段からゆっくり読んで、本を借りたときは、延長することが多いのですが。

戦場のニーナは、久し振りにPCを放り出して読んでいました。

大いなる泣き虫の私は、こういう作品のときは全然泣かないなあ。
人間が冷酷なんかな。

「赤い月」を小説で読んでからのほうが、牡丹紅の惨劇はよくわかるかな。

---

なかにし礼
戦場のニーナ
講談社

旧満州の牡丹江は、なかにし礼が「赤い月」で既に書いたあの場所だ。

あの場所から始まったひとりの人間の人生の激動を、自分が書かねば誰が書くのか。そんな勢いが作者にはあったのではないか。作品の始まりには、そういった気持ちがひしひしと表れている。牡丹工の戦渦を書かせたら前に出る人は恐らく他に居ないだろう。

ただ、全体としては、事実をもとにしたものの小説としての色合いが強い箇所もあり、恋人との詳細な出来事に及んでは、むしろ作品の質を下げてしまった感も否めない。
しかしながら、物語としては不可欠だったし、なかにし礼という人の作風を確かにするためにも必要だったかもしれない。また、赤い月で綴って読ませてくれた、縷縷として輝きながら読み手を痺れさせる文章も少し減ってしまったことを残念がる人があるかも知れない。

1945 年、中国大陸での戦争が終わった。その8月15日、天皇陛下が無条件降伏を宣言したにもかかわらず、ソビエトは尚、中国大陸の関東軍を攻め続け、軍の陣地はことごとく凄惨に焼き払われ、ひとり残らずというか、人物を特定できないほどまでに全てを粉々にし灰にしてしまっていた。これ以上の悲惨は長い歴史の上でも絶対にないだろう。

戦後もこの国家は、計り知れない弾圧と差別と統制を強行し、近代では相当明白になってきたものの、その数倍もの語りつくせない悲しみを大陸に住む人民の心に残し、悔しさや怒りを地中に埋めた。

なかにし礼の頭の中からは、何の責任も問われない弱小な市民をあれほどまでに痛めつけた戦争というモノが許せなかったのだろう。そして、牡丹江で発見されたひとりの孤児として彼女が背負った大きな傷を、自分のペンでひとつの記録作品にしておきたかった。この動機に揺り起こされ、この物語は出来上がった。ひとりの女性の激情を、詩的に、ときには、劇的に綴っている。

あの終戦の戦闘の中でソ連兵に拾われたひとりの少女の名はニーナといった。その子は、中国人として戦後のソ連で育てられ、数々の弾圧と差別の中で50余年という歳月を送る。自分は日本人だと信じながら生きてきた。激しく生きた生涯を、なかにし礼は静かに静かに作品に仕上げた。重い社会背景や時代背景を厭うことなく読んで欲しい1冊である。

| 2009-09-12 08:10 | 読書系セレクション |


てるてる坊主の照子さん〈上〉(中)(下)

(上)

なかにし礼という人は、「赤い月」という文学作品を残しているが、この作品はあのときの顔とはまったく違ったタッチで書かれていて、ずいぶんと砕けた話の内容になっている。

実は、これが本物のなかにし礼の姿で、赤い月や兄弟を書いていた彼は、一時的に鬼になっていたのではないか。秘められた才能(ポテンシャル)を別の形で文芸にすると、このようになるのだろう。

作詞家というのはこのような才能も持ち合わせているのだ。といいながら、阿久悠は小説を書いてもぜんぜん面白くなかったし、詩集でさえ私にとってはつまらなかったが、あの人は音楽があってそれに詞を載せたら誰にも負けない美を作り出すというすごい才能の持ち主だった。

昭和32年の年始から物語が始まる。ちょうど向田邦子の「父の詫び状」と同時進行で読み始めたので、なおさら面白い。

笑いながら、私たちの子どものころを思い出す。失ってきたものの歴史は、すなわち社会が痛々しく損失したものでもあるのに、豊かさボケの現代社会はさらさらそのことに気がつかない。総理だってその一人だ。

なかにし礼は、本当はもう少しセンチでなく、冷めてみていると思うが、ドラマの原作だけあって、そのような片鱗をなかなか出さない。

もちろん、ドラマは見ていないので、小説としか捉えていない。ちょっと中身が軽すぎるので損しているような気分にさせられるが、古本屋で3冊300円だったので許すことにした。

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(中)

いかにも、普通の家族の展開ではある。

リアルな面では、フィギアのスケート業界というものがちょっと庶民からかけ離れているのですが、昭和30年前後というモノが忠実に書かれていて、自動車の登場やテレビの普及などは、面白おかしくドラマチックに書かれている。

しかし、
現実は、もっと生きようとする人々の必死の状況であったとも思う。

ただ
今のように人々はせせこましく生きてはおらず、大らかであったというところを作者は伝えたかったのであろうな。

お父さんの浮気事件も、おおらかな対処であるので、こんなことで許されるのかという感じもする。

当たり前の時代だったのだろうかね。

-------------

(下)

なかにし礼は、あとがきで
「この一年間、お前たちは不幸にも、見なくてもいい人間の醜いところを見過ぎてきたわ。でも人間の素晴らしいところや神々しいところも時々は見たじゃないの。それだけで十分、人間には夢をたくす価値があるわ」
という、赤い月の中での一節を引用している。

なるほど、そこにあったのか、と私は感動に包まれた。

そんなにのっぺらぼうな物語でもないと感じていたが、彼の身体のなかには脈々とあの壮絶な物語が生きていて、ひとときたりとも忘れることなく、彼の頭にあったのだろう。

長崎ぶらぶら節にしても、人の生きている営みのなかに或る真剣味とその勝負の姿勢を、彼の筆は書き逃していない。

ただ何となく、面白おかしく、愉しく、成功ストーリーとして描くドラマの中にも、持って生まれたある種の悲愴的ななかにし礼の視線があったのだ。

下巻の総括的な感想は、テンポが速くて中味が薄くなって行く感が否めないが、ハッピーエンドの分だけ物語としては面白かったのかもしれない。

この物語の一番の要は、時代背景であり、あの時代に生まれたものや築き上げたモノを、次の世代に引き継げなかった人たちの哀しみであるのかもしれない。

なかにし礼は「進化する魂の物語」と表現した。どこまでも詩人だな。

| 2009-06-30 21:53 | 読書系セレクション |


なかにし礼 長崎ぶらぶら節  のこと

遠藤周作と宮本輝のコミュに入っている以外は、
読書系のコミュには参加していない。
その遠藤周作のコミュを読んでいると、
純真な読者が多いので驚く。

長崎に行きたい。
そう思う。
こんな陽光うららかな日に、
小説の舞台を散策したい。

---

本はたくさん読めばいいと一切思わないし
たくさん読んでいる人や物知りの人が素敵だとも思わない。

むしろ読書に対して貧しいほどに知識もなく欲望もない人が
ちょっとしたきっかけで掛け替えのない「作品」に巡り会ってくれる過程
(数学でいう変化率のようなもの)を見ているのが嬉しい。

そういうチャンスをひとりでも多くの人に与えてあげたい。
読書部はそういうつもりで始めた。

恋はいつまでも実らないほうが輝かしく
夢は叶わないほうがパワーを秘めることが出来る。

ああ、旅に出たいなあ。

--
メモ
なかにし礼 長崎ぶらぶら節
読書部Ⅱのブックレビューにアップ。

| 2010-05-02 10:47 | 日記系セレクション |


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