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2010年7月24日 (土曜日)

別れの風景 (みちくさ バージョン) 

時刻は午後四時を回った。最終バスが岬の先端から小樽の街に帰ってゆく時間だ。
「もう帰らなきゃ」
女の子は、そう私に教えてくれる。しかし、私は帰りたくなかった。自分でもこれと言えるような理由などなく、ただ、わがままを押し通したかった。だから、今夜に泊まる宿屋のことも、駅までのバスの時刻のことも気にしていない素振りをしていた。
旅に出て初めての衝動だったかも知れない。彼女から離れたくない気持ちが私のさまざまな不安を吹き飛ばしてしまっている。
女の子は続けてしゃべった。
「早くしないとバスがいっちゃうよ。」
そう言ってくれても、私は
「ヒッチハイクで帰るから」
と答えて、強引に彼女のそばを離れようとはしなかった。主題のある話をするわけでもない。名前を聞くわけでもない。顔をじっと見つめたわけでもない。私の身体は、自分の理性や抑制心を無視して、その子の発散してくる新鮮さをひたすら掴もうとしていた。心が持ち合わせている本能、それが身体全体を支配して、私は金縛りにあったようにその場所にとどまっていた。
そこはバス停の前の小さな売店だった。その店の中をウロウロとしながら、私は、女の子に何か他愛もない話を続けた。そうしながら最終バスを見送った。売店のその子はとても愛想が良くて、止め処なく話相手をしてくれる。私が去ってしまえば私のことなどその場限りで忘れ去ってしまうかも知れないのに…。
真夏の太陽はまだ暮れるほど落ちてもいなかったけれども、ひとしきり話した私は、彼女と「さようなら」をしなくてはならない時刻がとうに過ぎていることを知っていた。何とかなるだろう、という気持ちでヒッチハイクを決心していたのだ。そんな勇気が湧き上がったのも、すべて、私を動かしたあの衝動であったのだと思う。止まってくれる車を幾台も乗り継ぎながら小樽駅に辿り着いた時にはすっかり日が暮れていた。
名も知らぬ彼女に私の気持ちをどうにかして伝えたい、どうしても伝えたい。ヒッチハイクの不安から解放されたときに再び私を襲ったのは、たった今まで私の前に居たあの子の面影だった。
手紙を書こう、と考えた。小樽駅の売店で葉書を買い、しかし、手がかりは何もないままで深く深く悩み、待合い室でひたすら思案に暮れた。

結局、苦肉で思いついたのが「北海道中央バス終点、余別駅前の売店でバイトをしていたメガネをかけた女の子様へ」と宛名に書くことだった。きっと誰かが届けてくれるだろうという期待に胸がドキドキした。それをポストに投函して、私は何度も何度もポストを振り返った。
行くあてのないさすらいの旅だからこそ大きな道草を食えた。金はない。今夜の宿のあてもない。そのまま夜汽車に乗って最果ての街、稚内まで揺られることにした。それから二週間あまり、手紙を投函したことなどあっさりと忘れてしまって、ひとりの旅が続いた。
釧路の大地を走るディーゼルカーの中で相席になった女子高生に「○○○大学ですか?プロポーズ大作戦に出して!別海町の小林商店です。一軒だけしかないから」と誘われたりしながら、ヒッチハイクと汽車を織り混ぜて、スリルに満ちた必死の旅はしばらく続いた。
しかしある日、急に私を寂寥感が襲う。無性に一人が寂しくなって「帰りにはあの漁村のあの売店にもう一度寄ろう」という想いを秘めながらも、ポイと夜汽車に飛び乗って、私は北海道を離れてしまうのだ。
もう逢えないだろうな…という重く苦々しい寂しさ。旅の思い出がしっとりと私を包み込み始めている。汽車の窓の向こうは真っ暗闇だ。集落なのだろう、小さな灯かりが時より過ぎてゆくのをぼんやりと眺めているうちに眠れぬ夜が更けてゆく。早朝、夜行列車は上野駅に着いた。衣類は汚れ、髪はボサボサ、新調したズック靴はボロボロでほつれかけていた。これが貧乏旅の象徴だったのだ。
半月ぶりに我が家に戻り玄関を開けると一通の手紙が置いてあった。それは、四年間でダンボール箱一杯になるほど書いた手紙の第一通目だった。このあと、一度も北海道を訪れず、四年という歳月を経て東京に就職した彼女と私は再会を果たします。卒業。辛い別れ…。

そんな物語は、あのときの「みちくさ」が始まりでした。

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一部、第26話と重なります。

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