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2010年7月14日 (水曜日)

塵埃秘帖(二十世紀篇)

昔の・銀マド>種田山頭火  <啓蟄号>

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▼山頭火の句集をハローメッセージに入れるために、句集を手にして久々に読み耽りました。無季の句もありますが大ほとんどの句からは季節が連想できます。春の句を読むと春の風が漂うような感じがする。

春潮のテープちぎれてなほも手をふり
窓あけて窓いっぱいの春
山ふかく蕗のとうなら咲いてゐる

▼3月になってぽかぽかな日が続きました。寒かった2月が終わって、やっと暖かくなってくる兆しが出てきた。寒さが戻ることがあっても、もう幾つか寝ると確実に花が咲き山が笑う。

▼さあ、走ろうか、っていう実感が出てきますね。桜の開花は例年よりも早いという新聞記事もありました。私の小学校入学の日は4月4日だったと思いますが、校庭の桜が満開でした。大学の入学式は4月1日で、北の丸公園から千鳥が淵の桜が満開だった。

▼まず最初に静かに山茶花の花がぽとりと落ちて、そっと梅や桃が咲く。どこからともなくいい香りが漂う。やがて、蕗のとうが顔を出し筍が出て桜が咲いて、タラの芽が吹いて…。

▼何だか、嬉しいね。

|2000-03-04 09:52
|2005-03-04 18:58 | 塵埃秘帖(2000年以前)

 


昔の・銀マド>梅一輪の暖かさ? <雨水篇>

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梅一輪 一輪ほどの暖かさ  嵐雪

▼ちっとも暖かくならない日が続いています。痛風の傷みも和らいできたので、車で図書館に出かけました。その途中で5分咲きほどの梅の花を見かけた。窓を開けてみましたけど匂いは届いてこなかった。

▼図書館で、宮本常一の本をパラパラ見てたらあっと言う間に時間が過ぎてしまった。あれも読みたいこれも読みたい…と考えるばかりで、じっくり読まないんです。およその書籍名だけメモをして後で順番に買って家で読むというパターンが多いかな。(高額な本はじっくり通って読みますけど。)

▼最近、彼の著作を入手したくて本屋を回って気が付いたことがあります。それは…多くの本屋さんが岩波書店の本を店頭に並べていないんです。理由は、買い取り品だということらしく、どこで訊ねても注文になりますが…と言う。

▼そこで図書館で、ちょいと見ておこうか…ということになるのですが、いつもながらあれもこれも目移りして道草していて、お目当ての「忘れられた日本人」(岩波文庫)を手に取るまでには2時間以上かかった。

▼宮本常一は、四国の梼原を訪ねていまして、それを忘れられた日本人の中の「四国源氏」という項で書いています。梼原は、四国ツーリングライダーにとったら絶対に逃せないところです。何か通じるものがあるのだろうか…。

▼色々と読み深めていくと、様々な皆さんがレポートの中で絶賛してきた土地に彼の足跡が残っている。九州山地の椎葉村、四国の梼原村、岐阜県の石徹白(いとしろ)、東北の各地…。佐渡、対馬…。

▼そういうことで、私も今年のテーマが見えかけてきました。黄金週間にはまず四国を横切って、瀬戸内海に浮かぶ周防大島を目指すことになりそうです。もちろん、松山で山頭火の一草庵には必ず寄るつもりでいます。

| 2000-02-19 18:04
| 2005-02-19 18:56 | 塵埃秘帖(2000年以前)

 


昔の・銀マド>(ちょっとエッチな…)塵埃秘帖

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乳フェチなあなたに    _-_-_-_-_-
▼椎名麟三だったか誰だったか…「深夜の酒宴」という小説があったな。いや、深夜の自画像だったか…。いやいや、それは私が友人にあてた手紙の題名だったか…。久しぶりに夜更かしをしてます。だから「深夜の…」という題名を思い付いたのです。時々、タイムスタンプが12時を回っている人があるのを見かけて、昨今の私には無縁の時間と思っていたので、少し嬉しい。昨日からうちのんは子どもを連れて実家。私はひとり身です。用があって明日の夜から泊まりで出かけます。

▼今日、吹奏楽団の練習があって音楽室に行って「ひとりは寂しいよー」と話したら、「いいなあー、うらやましいなー」ってニュアンスの言葉も出てました。感じることは人それぞれです。それで、その音楽室にて発見したもの。吹奏楽団のOBの女の子(都留文化大学の学生してるんですが)が先生に送って
きたメールだって。
-----------------------------------
1  普通乳  (o)(o)
2  でか乳 ( o )( o )
  もっとでか乳  ( @ )( @ )
3  寄り乳  (q )( p)
4  ちょっと乳 |+ +|
5  おとこ乳 |. .|
6  相撲乳 (. .)
7  よせてあげ乳 ( Y )
8  たれ乳 UU
9  もっとたれ乳 VV
10 超デカ乳りん (◎)(◎)
11 ストリッパー乳 (★)(★)
12 ホルスタインチチ (。λ。)
13 だっちゅうの チチ \\Y//
-----------------------------------
▼ くだらなすぎて、ちょっと笑える幸せのメール…だって。彼女が新入部員として吹奏楽団に入ってきた頃をハッキリと憶えているのが二重写しになります。ほんと、可愛かった子がもう大人だもんね。やがて私の娘もこのようなメールを友だちとやり取りするようになるのかねぇー。

▼深夜の3時に眼が覚めて、部屋にこもってメールを書いている。学生時代は夜更かしだったのを思い出します。夜通し本を読んでいるか、手紙を書いてました。今夜は、若返ったようで…。いや、若かったら星空を見上げに外に出ているかな…。

▼新聞屋さんのバイクが配達を終えて走ってゆきます。やがて東の空が白んでくるのでしょうね。しんしんと冷えます。もう一回、寝ようかな。

|2000/02/12 05:18
|2005-02-12 05:18 | 塵埃秘帖(2000年以前)


昔の銀マド>塵埃秘帖 <節分号>

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▼仕事に追われる日々が続きながらパティオの皆さんのメッセージに励まされて春を待っている。誰もがそんなものだろう。春よ来い…を歌う子供も減ったなあ。今日は節分。職場のみんなも急いで帰って行きました。田舎では、まだまだしっかり豆まきをする家庭が多い。子供のころは、本当に鬼がくるかのような顔つきで玄関で豆まきをしたものです。

▼昨日、家族のみんなが食事も終えた時刻に家に帰ったら一枚のハガキが届いていた。このパティオでもお馴染みの八嶋さんからのものでした。彼のハガキはいつも写真がレイアウトしてあるもので、いただくたびに彼のカメラ視点に出会えます。なかなか写真の話をしに出てきてくれませんが、彼の写真には静かに風景を見つめる優しい視線を感じます。人柄が出てるようで素敵です。

▼今回いただいた写真付きハガキも素晴らしい。パティオが絵の出る表紙を持っていたら、このハガキだけを掲載したくなりそうな写真です。大阪駅のホームで4人が並んで撮っている。これって駅員さんが撮ってくれたんだっけかな。記念写真を撮ったあとホームの端から端まで押して行きましたね。

▼多分、八嶋さんもそして私は確実にスリムです。私の場合、今よりも10キロほど痩せていると思うな。他に、あの時のVMAXや切符や北海道を走った旗がレイアウトされています。

▼彼との出会いは、1989年の函館から新大阪へのモトトレインでした。通信を始めるより昔の事です。彼もあれから転勤で北海道暮らしが長かったりして、まったくお目にかかれずに10年が過ぎます。私からは写真も送らずに彼の写真ばかりを拝見して、お互いに年齢をとってしまったな…と思って苦笑いをしてます。(=^_^;=) 

▼昔に戴いた八嶋さんからの便り(メール)の中にとても面白い話がありました。出張で名古屋へ出かけて「オリエンタルカレー」を見つけたので買って帰ったという話です。宝物を見つけたような感激がとても嬉しそうに綴られていましたのを憶えています。彼は水産系の大学から食品会社という…電機系から家電会社と同じか…経歴の人だけに、食べる物を見る視線が違うんだなと感動しました。

▼思い出は、いつもどんな時でも素晴らしい。ああ、歓びを共にして北海道から帰ってきた時が懐かしい。でも、もう忘れていることも多いのが寂しい。いや、忘れてもまた行けばいいじゃないか…と多くの人に私は助言し続けてきた。今夜は、自分に激を飛ばしている!

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やっぱしねぇ
ひとり旅を続けていると
自分を見つめる視線が
ああ間違ってないなあって
感じる事がありますね
時にはひとり寂しく
誰もあてにできない原野のようなところを
ひたすら走り続けて…
何が悪いとか
誰が嫌いだとかいう
マイナスの意地っぱり根性が消えてゆき
そこにはやがて
寂しさを乗り越えた歓びが見えてくる
そんな感動に出会えた自分を褒めながら
ひとりごとが続く
旅人である自分が
ちっぽけになったり
大きな人間に思えたりして…
春を迎えて
いつか味わった感動を思い出していると
もう心が騒ぎ出す
言葉にできないけど
心が騒いでいるのを伝えたい
みんなのざわめきも感じたい
明日は立春です
感動

| 2000/02/03 22:10
| 2005-02-03 18:49 | 塵埃秘帖(2000年以前)


昔の銀マド>インフルエンザ <快気祝篇>

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▼先週の水曜日に履患して5日目の床にふしています。途中、土曜日の夕刻に数時間だけ親父の三回忌の法要に立ちましたが、それが良くなかったようで高熱がぶり返しました。普段からあまり健康でない自分の身体を思いながら、旅を続けるためにも強靭な身体にならねば…と誓ったのです。

▼その間も中毒のようにパティオのチェックをしましたけど、これってほんと中毒に近いなと感じた。こういう時には投げ棄てる程度の「放任姿勢」が必要ですね。パソコンに向かえばやはり少し熱が出る。仕事だったら実験しながらプログラムと格闘する訳だから身体に良い筈がない。

▼寒いからかな、皆さんのお話があまりアップされてこないのがやけに気になったりして。でも、暫く、休養させて戴きますので枯れない程度に書いてやって下さい。

▼雪が舞うような寒い日がありました。1月23日の折々のうた(朝日新聞)に早川まささんという人の句が取り上げてありました。飯田龍太さんを師と仰いだ人だと書いている。

>> まとめ買いして故郷は雪深き

▼これを読んで「ふるさとの沼の匂いや蛇苺」という句を思い出した。これは飯田龍太さんだったか。このコラムの中には他にも数句引用してある。

>> 繭売って家ひろびろと晩夏光
>> 雪の降る日暮れは人をやさしくす

▼去年、行けなかった黄金崎の不老不死温泉あたりから五能線沿いの鄙びた集落…のようなところを幾つも訪ねて、こんな句はできなくとも、人々の生活に触れるような要素を決して失わない旅をしたいものです。

▼子供のころに見た蚕さんは家の中で特等の部屋をもらってました。今、全国のどのあたりに行けばあの棚で桑を喰う蚕を見れるのだろうか。あれば、探しに行きたい。そんな旅。

▼大寒です。でも、あっと言う間に節分、東大寺のお水取り。梅の香りに誘われて山里をふらふら、桃の香りに誘われて人里をふらふら…。やがて桜の季節になっていきます。梅林の枝打ちした捨て木を処分する焚火に手をあぶらせてもらった去年。今年の準備運動はどのあたりを走ろうかな。ぼんやりと考えています。

| 20000/01/24 17:20
| 2005-01-24 18:43 | 塵埃秘帖(2000年以前)


昔の銀マド>師走だぞー篇(1999年から)

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 残すところ、簡単に指折り数えるほどで今年も終わりとなりました。様々なことがあった一年でありながら、具体的に甦ってくることが数少ないんです。記憶力の衰えが大きいのは隠せないけど、やはりその事件を思い起こすだけのトリガを失っていることが多いのではないかというのが私の感想です。

 記憶というのは意外としっかりしておりますので、そのトリガだけがちゃんとかかっていればしっかり思い出せる筈なのです。ところが、何があったのかを思い出せないのは、印象がうすい訳です。

 バイクで旅をしても、それがのんべんだらだりとした旅でどうでもいいような旅なら、記憶には何も残らない。ジュースを買ったコンビニのレシートが一枚が出てきただけで、その前後の出来事が思い出せるのですから、どれだけその瞬間に燃えているのか…です。社会問題にしても政治問題にしても、身近じゃなくなりつつある。介護保険にしても401Kにしてもため息ばかりが残って、無関心を装っているのか、本当に無知なのか。私には死際に苦しむのは嫌なので楽に死にたい、いいホスピスを探さねば…なんて言ってます。

 さて、皆さん、年の瀬で忙しいと察します。パティオのメッセージを読むのが精一杯の人も多いかも。それが負担になったら、それは罪悪です。気楽に付き合って下さいね。せっかちにレスを書く必要もないし、新しいメッセージに混じって古いレスがあっても大歓迎です。
 私が夢見るのは、のんびりできる休日に読み残したメッセージをじっくり読み返して戴いている皆さんの姿です。皆さんの書いておられるメッセージは10年後にも輝いているような、そんなパティオであって欲しいと思っています。

 いかがですか? 皆さんのこの一年での様々なため息でもいいし、思い出でもいい。ちょっとした事件。お笑いなネタでもいいです。この場を借りて、吐き出して、来年の旅の原動力にしませんか。

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1999年の銀マドを掘り起こしてきました。

| 1999.12.17 22:10 パティオにアップ
| 2004-12-16 12:22 | 塵埃秘帖(2000年以前)

 


2000年銀マド>秋味 <塵埃秘帖10月19日号>

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銀マド>秋味 <塵埃秘帖10月19日号>

|2000/10/19 23:25

▼メールを時々くださる方が、腹子飯のことを書いていらっしゃった。実に食欲をそそる秋の味覚だ。素朴で美味。私が子どもの頃はこのような素朴な味が秋を彩っていた。未知名味です。

▼中学時代には「茸狩り遠足」というのが恒例で、近くの山に学校じゅうで出かけて山を駆けづり回って茸(きのこ)類を採って、野生の中でごった煮料理をするのであった。田舎地方では当たり前の行事で、まったけ等も決して珍しくもなく、その他の茸(きのこ)の方に美味なものが多かったので、価値観のギャップにいまだに悩む。

▼秋味といえばビールである。ちょっと強引だな。私は秋味ビールは少し好み外である。「エビス」などのように、こってりした味付けが主流のようだが、ビール党としてはさっぱりの味が好きだ。

▼秋も深まってくると、少し寂寥感が漂い始める。わーい、名月だ!とはしゃぎ回っている時期が終わって、やがて来る冬を想うから?!。

▼「はや夏秋もいつしかに過ぎて時雨の冬近く」このうたの、どこにも持っていけない、やるせなさのような気持ちを含んだところが途轍もなく好きです。福永武彦の「忘却の河」という小説に出てきて知った歌なんだけど、肝心の小説は、暗い、文学の味のするものだった。これを機会に読み返してみようか。

▼女心は、やがて冷めて寒くなるから、秋の空。男は未練があって熱くなるから春の空。

▼妻が私に、しみじみと語りかけた。お父さん、随分と落ち込だはったようですけど、ツーリングもめげてはったけど、そろそろどっかに行った方がええのんとちがう?という。そういえば、すっかり弱った私ばかりが目立っていた。もうひとりでは走れないのではないか…とさえ思えた。妻の語り掛けには、こちらも感動した。

▼バイクに乗ることを生きがいとしてきた奴が、バイクに乗らなくなったら、只の人以下である。

▼私に秋のツーリングの味を教えてくれたのは「信州」である。やはり信州に出かけて行きたい。初めて野営をした二十数年前は、三宅島であったが、凄く寒かった。このまま死んでしまうのではないかとさえ思うほど寒かった。

▼今、そういう状況で、自分の真の姿に戻ってみたい衝動と、もう少し未知な旅の姿を求める自分が葛藤している。秋味とは、こういうものを肴に酔いしれる自分には、まだ少し合わないか。もう夢を追いかけるのはやめて、物語りの扉を開けて、舞台に足を踏み出してみるのもいいのかも知れない。

▼訳のわからんことを書くなよ。
「旅立て、オヤジ!」
そんなふうに子どもが叫ぶ。(笑)

--------------------------------------------------------

|2000.10.19 : Touring.Relief@nifty   /
|2004-11-04 17:33 | 塵埃秘帖(2000年以前)


2000年銀マド>42才最後の日 <誕生日前日号>

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銀マド>42才最後の日 <誕生日前日号>

|2000/10/12 20:39

★塵埃秘帖/誕生日の前の日★

▼いよいよ、42歳の最後の日を迎えた。新しい年齢を迎える前に、この最後の日を乾杯しよう。

▼確実に人生の半分を過ぎていることを確信する。勉強に追われた日々も懐かしい。怠けてばかりの学生生活も。今となっては、親父も逝ってしまったし、感謝の気持ちも苦笑いである。

▼さっき、TVを見ていたら南こうせつとかぐや姫のコンサートの再放送をしてました。次々と歌えてしまう自分が可笑しいが、それを見ているうちのんが違った一面に出会ったようで、新しい私を発見したようだ。中学時代はギターを持って教室でよく、歌ったものだ。

▼スペースシャトルが地球を回っている。名月を横切って飛んで行く…姿でも見れたらいいだろうなあ…と思いながら月を見上げる。

▼満天の星も素敵だけれど、あの淡い色の月の影は、私の心から穢(けが)れた何かを拭い去ってくれる。同じ月を、同じ空の下で見上げている人たち。同じ気持ちの人もいるのだろうな。

▼秋はもの悲しいのですけど、からりとしているので、好きです。

▼人生で一番、愕然としたのはどんな時だっただろうか…。駄目だとわかっていたけど、原級留置きの項目に私の名前があったこと(進級欄に名前がなかったこと)だろうか。いやいや、そんなの、些細なことだった。大事なひとりの女性に結婚を申し込んで断られたことか。京都の夜景を見下ろせる山の上でひとりしくしくと泣いたな。バイクに乗って走り出しても涙が耳に流れたよ。落第しても、友だちは2倍できたし(2学年分)、失恋しても鯉の甘さと辛さを味わえたんだし…。

▼それにしても、いつから私、こんなに酒飲みになったんだろうか。ドラマを見てはひとりで泣き、映画を見ても小説を読んでも泣いてばかりいる。困った、困った。

| 2004-11-04 17:31 | 塵埃秘帖(2000年以前)


2000年銀マド>仲秋 <9月中旬号>

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銀マド>仲秋 <9月中旬号>

|2000/09/12 00:08

★仲秋の月か…  哀しいね★

▼立秋から白露までを初秋、白露が過ぎたら仲秋、そして寒露から立冬までが晩秋と呼ぶのだという。9月7日は、白露だったので、月が雲の向こうでまん丸になっている筈であるが、あれも仲秋の月だが、あと30日後に巡ってくるのが名月になる。

▼古代エジプトの人たちは30日の暦を用い、365日で割って余った5日を祈りの日に割り当てたという。NHK出版の四大文明のエジプト篇のどこかに書いてあったと思う。暦という概念が存在しないとき、そこには表記文字も無ければ表音文字も無い。心の中にある凸凹や悲哀は、全て言葉として消えていったのだろう。

▼都心でどれほど月光の情緒が伝わるかどうか、私には想像できませんが、月の明かりというのは、色白の女の艶よりも神秘的で、何よりも哀しい。

▼古代人は、秋の月をどんな気持ちで見上げたのだろう。暑い夏の後に来る収穫の秋に祈ることを始めたのは、縄文時代頃かなのだろうか…。考えてみれば、縄文は平和だった。人々が侵略をするための争いもなかったという。争いの跡が発掘資料の中で確認できるのは、弥生を過ぎてから。

▼ 封建制度の世の中、農耕はまさに奴隷のようだった。収穫した米を献上せねばならないことに理由などなく、怒りと虚脱感で、秋の空を見上げたのであろう。その時も今も、秋の月に変わりはなかった筈だ。

▼さて、現代人は幸せでそれに満足しているのだろうか。阪神大震災の後に起こった「神戸児童連続殺傷事件」をまとめた文庫(朝日文庫:暗い森)を読んだ。子供達が病んでいるのではなく、社会が侵されている。しかし、何度も書くが科学は解決できないと私は思う。

▼物質文明が充分に満足して、戦後の発展が究極の至福を迎える頃に、人々の心はゆとりを失った。学歴を追い、出世を夢に見てサラリーマンという気楽な稼業を目指した。願いは叶ったのようであるが、ゆとりというものを失うのである。

▼月を見上げるだけで様々な思いが浮かんでくる。哀しい別れも甦る。こればかりはどれだけお酒の力を借りても脳裏にくっきりと出てきて消えてくれない。わかっていながら、グラスに氷を放り込む。

|2000.09.11
|2004-11-04 17:29 | 塵埃秘帖(2000年以前)


銀マド>秋を探しに… 〔10月初旬号〕

|1999/10/02 09:57

夕焼け雲うつくしければ人の恋しき
もりもりもりあがる雲へ歩む

久しぶりに山頭火の句集に手を伸ばしてみた。秋のうたを声に出して読んでみたくなった。昭和15年10月11日に彼は一草庵(松山市)で逝った。最期のころにこの住まいでよんだのがこれらの句だ。

そういえば、芭焦も10月(旧暦)に逝ったなあ。そんなことを連想しながら、熱いコーヒーを久しぶりに入れてみた。キリマンの酸味のきいた苦みをゆっくり味わう。

(想いが続く)

苦い…
愛…
情熱…

散 リ ユ ク 夕 ベ (銀色夏生)という詩集が山頭火の句集の隣にある。

僕たちは弱いけど
今は力はないけど
いつかきっと
すごくしあわせになれるよ
いつかきっとね
だから
僕の手を強くにぎっていて

そのまた隣に、中島みゆきの詩集がある。

何もあの人だけが
世界じゅうで一番やさしい人だと
限るわけじゃあるまいし…

明日も今日も留守なんて
見えすぐ手口使われるほど
嫌われたらしょうがない
笑ってあばよと気取ってみるさ

ゲーテ「思い出」から

たがいに胸せまる思い出
よりそったあの時をまだ覚えていますか?

* * *

秋という季節は、まったく不思議な季節だと
思いませんか? じっと物思いに耽っている
だけで旅に出たくなる。

誕生日

「秋を走る」そういう話でお祝いしてね。
とっておきのグラスを出してきて、久しぶりにオン・ザ・ロックで飲もうかな。

|1999.10.02
|2004-10-28 09:48 | 塵埃秘帖(2000年以前)


小さな旅

ホッとする時間を求めて…  -------- 1999年10月29日

松阪城跡の「城のある街にて」の石碑がある石垣から赤いポストを見降ろしたあと、天守閣の方に歩いたら掘坂山の上の空が夕焼けで赤く染まっていた。秋の夕暮れは、静かに暮れてゆく。御城番屋敷の石畳を歩いていたら旅に出たくなってくる。日頃から忙しさに追われ自分をホッとさせる間もない人も大勢あるだろう。社会には様々な軋轢、ストレスが溢れている。最近では家庭にも及んでいるとか。誰にも束縛されず、自由に大空を飛ぶように「小さな旅」に出てみませんか? どうして?また急に…って誰かに訊ねられたら「青春を探しに…」って返事をしておけばいい。

中仙道…。不思議なほどにこの歴史街道にはなつかしさが漂っている。子どもの頃に見た風景があちらこちらに残っている。朝露に濡れて輝くはさにかけた稲。軒先に積まれた薪。あさげの支度をする家の煙突の煙。ある年の秋の早朝、時雨ていた空に太陽が戻ってきた瞬間に私は馬篭峠にいた。木曾は山の中である。島崎藤村は夜明け前でこのように書き出した。あの頃も山深かったが、今でも山の中である。

街道の坂に熟れ柿火を点す  誓子   

庭にたわわに実を結ぶ柿の実を取り合いして食べあう子どもの姿も失われつつある。いつの日にか私たちも心の依り処であるこんな原風景(原点)を失ってしまうのではないか。そんなことを考えながら旧街道を散策している。「送られつ送りつ果ては木曾の秋」と芭焦は49才の秋に、漂泊の俳人・種田山頭火は52才の春に俳人井月の参墓を思い立ち「おちつけないふとんおもたく寝る」と木曾の宿で詠んでいる。

一句も浮かばない私がそこにいた。土産物屋の奥さんと峠道の話をしていたら「十曲峠」と書いて「じっきょく」と読むのだと教えてくださった。いにしえの時代からの旅人がその疲れた翼を休め佇んだ坂道を今もなお残している。車両の入れない石畳を歩く人の影は少ない。苔の蒸した石碑に「これより北・木曾路」と彫り込んである。美濃から木曾へ。日本の旅人は西洋と違って、かなり近代まで徒歩で旅をした。シンプルに「木曽路」と刻まれているだけの道しるべだが、惹きつけられるのは私だけだろうか。何もない所に佇んでいるだけがいい。

すっかり青空が戻っているけど、谷には霧が立ちこめていた。土産物屋の奥さんが美味しい「栗きんとん」の老舗を教えて下さった。「すや」という店は宿場町などの観光土産物屋には卸しておらず本店を訪ねるしかなかった。そこで中津川の市街まで下りて買うことにする。さすがに季節限定で、秋だけしか入手できないという。いや、昔は何でもその季節にしかなかったのだから、現代人の錯誤を修正するために旅に出たようなものか。あれこれ講釈を考えながらお目当てのものを購入し、木曾の御岳山と誰もが歌う大山塊の麓の村を目指した。開田村で蕎麦を喰い、濁河で湯に浸かろうというのであった。(蕎麦話は機会があればいつかしましょう。)

栗きんとんを手土産に家に帰った後、家族の味の評判は素晴らしく良かったことを付け加えておきます。

|2004-10-28 09:00 | 塵埃秘帖(2000年以前)

             


      

11月初旬号 1999/11/02 22:00

すっかり寒い。       

吐息が白くなり始めるのが7℃、落ち葉が落下する速度が50~150cm/秒だといいます。永年、数字と付き合いをすることを専 門にしていたせいか、こういう数字にロマンを感じます。事実がそうなのかには少し疑わしさを感じますが、ロマンというのはそういうのを抜きにして味わいた いと思うのです。

      

寒いので、ウィスキー党の私も今日はホットのお湯割りを飲んでみました。冬が間近なのを感じます。冬でもビールを飲みます。ビー ルを一杯飲んでからウィスキーを戴きます。ほろ酔いの方がメッセージがうまく書ける? 酔っぱらうと多弁になると学生時代の友人が、よく言いました。お しゃべりということですね。

      

塵埃秘帖、1日遅れてしまったなー。

      

つい先日のメッセージで、大型バイクに乗るのは見栄ですぞ…なんて書いてしまった。確かに見栄です。これは譲りませんが、バイク 乗りはこの見栄を大事にしなくてはならないのだ!ということを書かなかった。この塵埃秘帖を読んで下さっているかどうかは不明ですが、ぜひとも、素晴らし いツーリングを実現して欲しい。

      

まだまだ自分の世界なんて狭いですよ。でっかいバイクでもっと遠くへ冒険してはどうでしょう。ぶぃぶぃ飛ばして(法定速度は守ろ う)東北を走ってみてはどうですか。わんこそば、稲庭うどんを食べるためだけに情熱を注ぐような旅。それをやってから、バイクの買い換えを考えても惜しく ないかも。(伝わったかなー)皆さん、情熱をアツク、語って下さい。

      

これを書いている横で子どもが私の本棚の本をあさっている。昨日、部屋の模様替えをして、司馬さんの本や他のお気に入りを手が届 きやすいところに集めたからか、「竜馬がゆく」を手にとってソファに座った。そのあとは「平家物語」。何だかシナリオに書いたみたい。私の自慢!の書斎に 居座ってくれるようになるなら嬉しいな。

      

宮本輝の「血脈の火」(流転の海、第三部)を読み終えました。「錦繍」を読み始めました。「錦繍」(新潮文庫)の最初の5ページ。ぜひとも、読んでみてください。立ち読みでも可能でしょ。私もこんな再会をしたいぃぃぃ…。

      

1999.11.02

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