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2010年6月30日 (水曜日)

ざわめきが消え行く街に星はなく [第12話]

2005年 06月 15日

地下鉄丸の内線で通学してましたので銀座までは乗り越しで行けました。

大人たちの雑踏に揉まれながらソニービルの前で待ちます。

約束の時刻は過ぎます。

そこに居る誰もが恋人を待ち続ける人で、しょぼい学生の私は、コツコツと音を立てて歩く大人の靴の足音の渦に巻上げられて潰されそうでした。

まだ待ちます。顔ぶれが変化してゆく中で時間は無音に過ぎる。

予感とは動物的です。ひとりの女性と視線が合って止まった。じっと動かない。

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【後記】

続篇。久々に書きました。

休日なので、のんびりと玄関先に出て雨の降るのを眺めておりました。山茶花の新芽やあじさいの葉、その他、雑草が雨粒に打たれています。なかなか風情があります。

遠い昔に、雨に打たれて歩いた街が懐かしくなって、重いペンを持ちました。

----

まだまだ、続く。
62回まで。

大都会しんと静まる暑い夜 [第11話]

2005年 05月 29日

4年ぶりでした。その間に一度も電話はかけず逢いにも行かなかった。

部屋の片隅にある段ボール箱には手紙がいっぱい詰まっています。
貧乏学生なので夜汽車にさえ乗ることもできず逢いたい気持ちを胸に日々手紙を綴った。

まさか手が届く所にその人がいるなんて…。

光陰を形にした手紙を見ながら電話の向こうにいるその人に私は話しかけたのでした。
こんなときに出てくる言葉はひとつしかない。

会いたい。絞るように私は伝えました。

つづく

ダイアルの音が余韻に消える夜 [第10話]

2005年 04月 24日

4年の歳月が過ぎようとする初夏のころ、春以来便りが途絶えていた彼女から手紙が届いた。消印は草加市だったので東京で働いているんだとわかったのです。

4年間を手紙だけで過ごした私にとって会える距離にいながら会えないのはこの上ない苦痛です。名字が珍しかったので何とか探し出せる気がして、すべてを番号案内で聞き出し、深夜にもかかわらず片っ端から電話をし「○○さんですか?」と聞く。

心臓が破裂しそうでした。

続く。

1通の手紙で祭りが終いなり [第9話]

2005年 04月 24日

旅の思い出はどっしりと重く、早朝、夜行列車は上野駅に着きました。衣類は汚れ、髪はボサボサ、新調したズック靴はボロボロでした。これが貧乏旅の象徴でした。

半月ぶりに我が家に戻り玄関をあけたら1通の手紙が置いてありました。4年間でダンボール箱一杯になった手紙の第1通目でした。

このあと、一度も北海道を訪れず、4年という歳月を経て東京で再会を果たします。そして、つらい別れ…。

(まだ続く…、苦笑)

夕焼けや想いが胸に突きあがり [第8話]

2005年 04月 24日

手紙の投函は意外とあっさりと忘れて私の旅は続いた。

釧路の大地を走るディーゼルカーの中で相席になった女子高生に「○◇△大学ですか?プロポーズ大作戦に出して!別海町の小林商店です、1軒だけだから」と言われたこともあった。ヒッチハイクの旅はスリルに満ちた必死の旅だった。

しかしある日急に私を寂寥感が襲った。「あの漁村にもう一度」という想いがありながら、私は夜汽車で大地を離れる。

もう逢えないだろうな…(続)

ときめきを胸に夜汽車は北へゆく [第7話]

2005年 04月 24日

ヒッチハイクをしながらやっと小樽駅まで辿り着いた。陽光はすっかり暮れていた。

さて彼女をもっと知りたいと思案に暮れた私は、葉書を一枚買って出そうと決めた。

「北海道中央バス余別終点の売店でバイトをしていた女の子様へ」と宛名に書きポストに投函した。

行くあてのないさすらいの旅。金もないしこの日の宿のあてもない。そのまま夜汽車に乗って最果ての街、稚内まで揺られることにした。

2週間あまりの旅が始まる。

(続)

2010年6月28日 (月曜日)

川崎徹 石を置き、花を添える

川崎徹 石を置き、花を添える



♪雨降りお月さん雲の蔭

そんなマイナーな歌がふっと頭に浮かんだ。
雨がしとしとと降っている印象もあるし、ぎらぎらと太陽が照り付けていた記憶もある。

六月は複雑な思い出をたくさん持っている。

終わってゆく六月を振り返ると、
こんな本のレビューを書きたくなる。

--

石を置き、花を添える
川崎 徹
講談社
\1,680


とても、川崎徹さんが書いたとは思えないのだが、文章の節々に雰囲気は出ている。

題名に惹かれます。
だから手に取る。

ぼんやりと読み続けて、何気ない話が次々と移ろうだけで、とりわけ強烈な印象も残らずページは繰られてゆく。

シンプルな装丁で、味わいのある作品。

ぽかーんとしたものが残った。私にしたら異色だった。

-----

そうだ!
司馬遼太郎記念館で「坂の上の雲」の企画展示やってるらしい。(未確認)

行ってみようかな。


| 2009-06-28 10:00 | 読書系セレクション |

2010年6月27日 (日曜日)

終バスを見送る二人のあかね空  [第6話]

2005年 04月 24日

1977年夏の北海道でした。

積丹半島の終点のバス停でひとりの女の子に出会った。

とても素敵な子でバス停前の売店でバイトをしてるその子に私は一目惚れ。

最終バスが出てもなおも彼女と話し続けます。
日が暮れた半島をヒッチハイクで小樽まで帰って、でもどうしてももう一度逢いたい。そう思って…。

それから4年後の夏、東京・高田馬場の駅前で再会します。

長いドラマがありました。
でも壮絶な失恋劇の始まりでもあったのです。(続く)

京都の秋の夕暮れは  [第5話]

2004年 11月 17日

手元に1枚の書きさらしの手紙がある。万年筆のインクが日に焼けてかすれはじめて、便箋も染みだらけになっていた。

加川良は語りかける。さらに、詩は続く。

♪ 京都の秋の夕暮れは コートなしでは寒いくらいで 丘の上の下宿屋は いつも震えていました

そうか、もう、コートなしでは寒いだろうな、そんな季節になったのか。

私は便箋を手にとって過去を探るように滲んだ字を見つめている。ひどい文章だけど、二十歳過ぎってこんなものよね。たぶんボツとなった手紙だろう。棄てるのもナンだしメモっておこうか。

鶴さんへ
木枯らしがこの冬初めて吹いた今日は、
アナタはどこでどう過ごされたんでしょうか?
元気な様子ですね。
3 回風邪をひくと冬になり3回風邪をひくと春になる、
なんて言いますが、まだまだ春は遠いようでも・・・・
と書きたくなる。
28日土曜日
午後、早々に部屋に辿り着いたら、
速達届いてました。
大変嬉しゅうございました。
ほんとに泣いたんです。
私って本当に泣き虫なんですね。
布団に横になっても滲むようにあふれてくる。
それに感情が乗っかっておいおいと声を上げて泣いている。
毛布をかぶってみても、悲しいものは本当に悲しいのだから・・・・
今だからこういうふうに笑いながら書いているけど、
僕にはどうしようもできないんだと思うと、悔しかった。

----

彼女は福島県郡山市のほうで仕事が見つかったんだ。
冬を都会で過ごして、私は京都に。彼女は福島県へと別れてしまうことになるのでした。

二人して流星になる [第4話]

2004年 09月 02日

美濃から飛騨へ、
そして信州を抜けて、六十里越をひたすら走り、
福島県郡山方向を目指した。

奥只見付近で日が暮れた。
大きなダムのすぐ下流にある鄙びた村だった。
ダムから谷底の村へと下降しながら村の明かりが見えた記憶は無いが
私の心は、これから再会するその子と共にあった。

何故に遠くまで来てしまったのだろうという後悔や自省の念はまったく無かった。

磐梯山を仰ぎ見ながら猪苗代湖畔を駆けてゆく自分の姿を夢に描きながら、
鄙びた村の片隅で夜空を見上げてビールを飲んだのを記憶している。

-----

星が瞬きだす
私たちは大空を彷徨う流星なのかもしれない

翼をください [第3話]

2004年 08月 20日

遠く離れて4年間も再会をすることなく過ごした。
何度、あなたに逢いに行きたいと思ったことか。
でも、想像を絶する貧乏学生だった私にはあなたに逢いに行くお金が無かった。
せっせと毎夜毎夜、手紙を書いてポストに入れることが精一杯だった。

あなたは遠くに居て私を酔わせてしまうような人だった。
私は魔法の薬を飲まされたように、
そばにも居ないあなたのことを思い酔うのでした。

もしも神様が私の背中に翼を授けてくださったなら
いや
それでも私はあなたのところへと飛んでゆく勇気を持ちえたのかどうか。

叶うはずのない翼を欲しがっているだけで、
実は飛ぶ勇気を持っていなかったかもしれない私。

あこがれだけで、空を飛ぶ夢を見続けたのでした。

今、願いごとが叶うなら・・・・

ふたりでドアを閉めて [第2話]

2004年 08月 15日

---- ここでお別れね。あなたはきっと立派になれるわ。信じてる。

北陸方面への特急列車がホームに入ってくるなかで、
その子はそれを言うだけが精一杯だったのだろう。
黄金週間が終わる京都駅は人人人で、ごった返していた。

私は、米原に発つというその子を見送るために、居た。

朝から目まぐるしく時間が過ぎた。
車のラッシュでまったく時間通りに来ないバス。
待たせたまま何十分もの時間が過ぎても私は京都駅に迎えに着けなかった。
それでも、私が必ず来ると待ち続けたあの人。

東京で新幹線に乗り込むのを見送ってくれた。
あの別れから僅か1ヶ月半の時間が過ぎただけなのに、
もう何年も会わなかったかのような錯覚におちいっている。

--- 待たせたね
と言い出したのか。それさえも記憶に遠い。

--- ううん、きっと来ると信じてたし
と答えたのかどうか。

何処をどのように連れまわしたのだろう。

返したくない。このまま京都の私の部屋に誘拐してしまいたい。
そんな強烈な衝動を何度も抑えながら1日を過ごした。

あの子はあれから何処に行って、どうなってしまったのだろう。
記憶の中で、時計は止まったままだ。

心の中からも名前は消えて
その時心は何かを

無言になるのだろうか

どうして「居酒屋・鶴さん」なの? [第1話]

2004年 08月 15日

--- どうして「居酒屋・鶴さん」なの?
--- いや、別に意味はないのよ。何となく鶴さんという居酒屋があって、そこにホッとひと息つきに立ち寄れたらいいのになーって思っただけよ。

居酒屋に立ち寄って、取り留めの無い話などを、気のおけない人と交わしたことなど、この10年ほどの間に1度か2度程度じゃないだろうか。居酒屋だけではなく、広義でいう飲み屋さんで酒を飲むということさえ数回も無い。

時には、活気のあるカウンターなどで店の雰囲気に酔いしれながら、思い切り多弁になってみたいものだ。

昔 といっても相当昔のことで、私が大学でノロノロしている間にお先に卒業して銀座で働き始めた千鶴子さんに、何度も何度もご馳走になったもんだな。夕方、そそくさと研究室を抜け出す私に、メンバーの奴らのひとりが、「おぅ、また千羽鶴さんのところに行くのかぃ?」と言ってたな。

---- そうだよ、アレから何年後に彼女とは別れ別れになってしまって、今では何処に住んでいるかも分からない。関西の人と結婚するかもしれない…というようなこと をちらりと話したことはあったけど。夢の中ででもいいから逢いたい子なんだけどね。居酒屋・鶴さんに行けば会えそうな気がしてね。

(豊中市あたりの薬局で 薬剤師やってないかなー。)

2010年6月21日 (月曜日)

続・続・バイクの話 〔A君からの手紙〕

>返事が遅れて申し訳ない

という書き出しでメールが届いた。先日、バイクの故障のことで私のほうから相談を持ちかけたA君からだ。

手紙のころは、ペンを持って書き出して、あっという間に1週間が過ぎてしまうし、配達、開封、を経て再び返事となって還ってくるには筆まめな人でも1ヶ月くらいは掛かった。

そう考えると、1年でたった12回しか交わさない手紙は、情報が一つ一つ丁寧に書かれていたし、読むほうも丁寧に読んでいた。

恋人や結婚のことなども書いたかどうか記憶に無いが、本当に必要なことや掛け替えの無いことを、間違いなく伝えるという心遣いを失ってはいけない。

そう思いながらも、時代は少しずつ文化を変化させてゆく。
それに合わせて生きてゆくのが、無理もなく辛くもなく、それなりに快適なのかもしれない。

>6月に入って2週間インドネシアへ出張していて、
>mixiメールをチェックする余裕がありませんでした。

何も詫びることではないのだが、人間のマジメさというか、誠実なところが出ている書き出しで、いつもながら嬉しくなる。

(引用は大幅に省略していきますが)

タイの騒乱は平静を取り戻した模様で、A君にも別条はなく安心している。私などには到底縁の無い海外勤務とあって、羨ましいようであり、また、もうこの歳では御免だなあ、貧乏でも今のままがいいかな、と思ってみたり。しかし、うちのんにしたら、生活に余裕のある給料が欲しいわけで「家族のためにどこでも行くくらいの気合が欲しい」とぼやいている。夫婦とはそういう風にすれ違っているのが普通であるのが我が家のカタチだ。

さておき、私のバイクの不調に、明快な答えが書いてある。

>バイクの不具合の原因は・・・
>燃料系より電気系の方を推定しますが、
>高回転側だけの症状だと少し再現に手間取るので、
>バイクショップでチェックするほうが
>道具の少ない素人がやるより確実ですよ。

>それより、不調の原因の多くは別の要因だと思いますがσ(^^)
>ユーザーの熱意の問題かも・・・

このあたり、防衛医大で楽しい一時期を一緒に暮らした仲間であるがゆえに、チクリと痒いところの痒みが収まっていたのを思い出させてくれる。

>お金とか、時間とかの理由は、言い訳に過ぎなくて、
>熱中している状況ではどんな事も問題にならないよね。

>女性でもバイクでもスポーツでも、
>熱中してた時には障害など何も無かった
>(あっても、どんなことも糧にして乗り越えて来た)のでは?

そうだ。

人生のシナリオには、挫折は無く、自害も普通は用意されていない。
心臓も自分の意思では止まらない。

「女」の人の話など、長年の友人でありながら、あまりしなかったなあ。
単に私がむっつり助平なだけか。いや、硬派なんだろうか。

---(脱線)
こんな話を夫婦ですると必ずこのあとに
「ボクは草食系やからなあーー」
というと、うちのんが
「何を言うか!(怒) 本格的な肉食やろが!」
---(夫婦の会話終)

>ある時突然「退き際」みたいなタイミングがきて、
>実際にプッツリと止めていた・・・
>後で振り返ると、不思議なくらいアッサリと。

バイクをやめようかなとも思うという私の迷いを読んでいるなあ。
東京の人がみんなこんな風にさっぱりとしているわけでは無いだろうが、「アッサリ」は大事だというのだろう。

>それが紛れもなく優先順位が低くなった証拠だ

未練たらしく置いておかないで、アッサリと売り払いなさいという。
いい助言だ。感心する。

---

結局、現在は修理の方向で、バイクは修理屋さんに預けっぱなしの状態で、不具合な部品は何ひとつ今のところ見つからないのだが、「プラグ交換もしたことが無いようなので、それだけ交換して様子を見ます」、とバイク屋さんが言うので任せてある。

ひととおり分解するし、充電状況などもチェックしてくれているようなのである意味では安心だが、作業一式で2万ほどは掛かるというので、車検直前において痛いこと間違いなし。

とまあ、こういう状況ですが、A君からの手紙には、この続きがある。

それは私の【塵埃秘帖】のネタにもなりそうなので、またの機会に取り上げることにしよう。

2010年6月18日 (金曜日)

続・バイク

6月14日にバイクが引き取られていって、ただいま修理中です。

その2週間ほど前に書いたとおりです。

てっきりプラグかと思い、自分で分解しようとしていたのですが、バイク屋さんにTELしたらデスかもしれないよというので、引取りをお願いした次第です。

少し時間が過ぎているけど、もうすぐ直るかな。
今日あたり、連絡してみようかと思っています。

スカイダイブ

先日、スカイダイブをしている夢を見た。

落下しながら、なかなか地面が近づかないので、落下速度と到達時間、空気抵抗係数などをあれこれ思いながら計算している。

落ちて行く先は水面。高いところは怖くて3階以上では窓辺から地面を見ない私ですが、変に着地面を冷静に見ていた。

泳げない。ああ

2010年6月17日 (木曜日)

何が大切なんだろう…「気づき」かな

2010年06月16日 日記から

+

「30代半ば、独身女子に<愛って何? 結婚するって幸せなこと?>と聞かれました」書いてられた人の日記にしたコメントを書き直しました。

---

やはり「豊かさ」から考え始める。豊かなことを敵視しているわけではないが、それに越したことはないという考えも一見正しそうで、そうでもないことがある。

可愛い子には旅をさせる。この言葉の原点をしっかり考えると見えてくる。豊かさに満足をしたり甘えていることは、周り周って自分の生きる能力を衰退させているのかもしれない。

身の回りのもの、なんでも手に取り、じっと見つめて考えてみれば見えてくる。

ナイフと鉛筆。機械で削れば簡単だ。シャープペンシルを使えば、美しい字が書ける上に金額的にも時間的にも無駄が無い。

ホットプレートで焼肉をする。炭で火をおこす。山に木を切りに出かけるところまで遡って考えてみる。無駄が多いと思える。遊びならば実行するけど日常であれば金を払って炭を買う。ホットプレートを買う。掃除も不要だ。

一見、そう、一見ゴミも出ないような気がするし、いいじゃないか、と言われると論理的に負けるかもしれない。

現代は、あらゆるモノが充分に与えられている。勉強の環境も整えてもらってある。だから、学生は支持を待つだけで、豊かな環境で勉強して、優秀になって社会に融けこんでゆく。しかしそれは融けこんだ様に見えているだけだ。

途轍もなく時間を掛けて素材を考え、自然界から探し出し、加工して組み上げて、膨大な時間とお金を掛けてモノを作るという手順をおろそかにしてはいけないし、知らないまま大人になってはいけない。老人になってもいけない。この過程が大きく欠落しているのだということを知らねばならない。

だから、一言で言えば、しっかりと、未来を考えることから勉強し直さねばならない。
道具や生活様式の話だけでなく、結婚や社会参加という精神的成長過程での肉に相当するものしっかりと逞しく自分の中に育まねばならない。

この大きな欠落があるから、社会に参加できないで引き篭もったり、何かの要因で病み易くなってしまったりするのかもしれない。

縄文人にも同じような悩みがあったのだろうかとふと思う。


結婚や子育てを経験して、50歳、60歳になり選挙で一票を投じるその票の重みと、社会参加を拒否したり回避したり離脱したりしている立場からの同じ1票での重みとは、明らかに違う。明らかに質が変わってくる。

あなたの1票は社会を変えてゆくのだし、それは100年後の社会を改変するもだということを考えれば、社会的参加などを充分に経験して豊かな〔それこそ「豊か」なという表現が正しい〕経験や知識、教養や工夫を活かすべく、立派な大人になって欲しい。

結婚には愛が大切なのだが、愛という共通のプラットホームの上で、このように完成された大人の責務を活かしてゆくのも、結婚が持つ大きな使命であるともいえる。

人類は、古代の人から社会というものを受け継いで、その中でお互いというものを尊敬しあいながら、社会を作り上げ、のちには国家を形成て、暮らしてきたのだ。そういう歴史的な人間の持ち味を、[個人主義] [自由主義]という言葉が暴走したばかりに、人々は忘れ去ってしまった。中には勝手に都合よく解釈した人があふれ出てしまったことで、社会があたかも合理的でもっともらしく見えながら歪んでいってしまった。

これからの人は、もっと社会の哲学を真摯に見つめて、自分のことだけを考えるのではなく、当然、親にも感謝して、あらゆる人にも感謝して、未来の人に残せる社会を作らねばならない。
(子ども手当てでも、老人福祉関連でも、地球環境でも、住みよい社会でも、学歴社会でも、みんな、そういうことが当てはまる)

結婚なんて、考えることでもなんでも無い。しっかりと社会に恩返しをする意思を持ちなさい。

---

とそんなことを書いたような記憶がある。

でも、本当に聞いて欲しい人は、「自分のやってることに横から何を口出しするか?、私の稼いだ金ですし、私の時間ですから」、というスタンスなんだよなー。
(…という嘆きが残るのが常である)

6月号 祝・梅雨入り

□■巻頭言

 例年より2,3日遅くなりましたが、無事に梅雨入りとなりました。

 雨降りを決して喜んでいるわけではありませんが、何事もほどほどに自然の恵みを受けなければ、またいつか昔にあったように水不足になって、日本中が枯れてしまっても困ります。ですから、足元を濡らしながら傘を差して坂道を登ってくるのは嫌ですけど、梅雨はそれほど嫌いではないです。

 雨が続く鬱陶しい日が続いても、気分を変えれば充分に楽しめます。先日、多気町(旧勢和村)の丹生大師の里の近くのメダカ池へアジサイを見に出かけてみました。時期が少し早かったため、満開にはなっていなかったのですが、降り続く雨のおかげで森の奥から流れ落ちてくるせせらぎは元気よく流れていました。

 綺麗な水がさらさらと流れているのを見ても、昔はそれほど珍しくもなかったし嬉しくもなかったのに、このごろはアラ!とちょっと驚きます。蛍も飛ぶかな、とか想像したりするようになりました。

 一の橋二の橋ほたるふぶきけり 黒田杏子

 吹雪くように蛍が乱舞する光景は今や非常に珍しいものとなってしまいました。「家の座敷の中まで飛んで来て蚊帳にとまっていたものだ」と子どものころを思い出しながら母がよく口にしています。

 宮本輝さんの小説に「蛍川」というのがあります。浴衣の裾を夜露に濡らしながら蛍を追う情景がテーマと相まってとても感動的な作品ですが、現代の蛍狩りはもっと商品化されたもののような気がします。「環境」そのものが経済社会のなかで商品化されている時代なのかもしれません。


□■編集後記

 先日、我が家のある空間に放置されていたプラスチックのごみを分別する作業をしました。自堕落な家庭なのでプラスチックのごみは散々な状態で放置されていました。まず、「白いトレー」と「その他のプラスチック」に分類しました。その他の「プラ」は地区の回収日に袋に入れて出しますが、あまりの多さに腰が抜けそうになるほど驚き、この際、細かく切断破砕しようと思い立ちました。

 切断破砕作業をやりながら面白いことがわかってきました。我が家の「プラ」の殆どは、ハンバーグやお弁当などの惣菜を入れているポリエチレン(透明のもの)で、この材質は非常に柔らかいもので非常に切断しやすいが、パッケージの強度を上げるために容器の周囲(ふたと本体のあわせ部分)に折り返し処理や二重化処理がしてあるため捻じ曲げるとか折り曲げるには硬いことに気がつきました。企業の容器設計者のみなさんの苦労を想像しながら、この強化部分を工夫してあらかじめ細く切り取ってしまうと容器の切断が捗ることもわかりました。

 もちろん、それ以上に、我が家(あるいは社会には)このような容器がメチャメチャたくさん使われていて、何を買っても容器に入れられて渡されるのだということを再認識しました。

 容器の切断破砕を定期的にするのは嫌です。切断機械(シュレッダー)を開発するのが賢いのか、容器が我が家に来ないように工夫するのが賢いのか。人類が繰り返してきた過ちの歴史を振り返るならば難しくないようにも思えたのですが、身近な人と話すとそうでもなさそうです。

2010年6月16日 (水曜日)

誕生日のお祝い

6月5日に誕生日を迎えた家族のお祝いをした。

写真がカメラに入れたままだったのだが、やっと今頃に取り出してきた。

誕生日料理

いくつになっても、誕生日は嬉しいという。
ケーキも大好きという。

誕生日ケーキ

7月9日にもまたお祝いがある。

十七音、スピンアウト ─ あじさい

続けて、6月上旬篇もアップした。

あじさいの紫が嫌い、口癖で〔6月上旬篇〕

---

▼あじさいの紫が嫌い、口癖で
▼この恋は盗んできたのアジサイの花の言葉に梅雨を待てぬと

私が紫色を凄く嫌いなことを知っているのは、紛れも無く

十七音、スピンアウト ─ いかさま占い

4時過ぎに目が醒めて

「5月下旬篇」をさらさらと書いていた。

私の言葉の遊びは、まるで、いかさま占いが終わらないように、続く。ハートのエースは出てこないのだ。でも、そんなことはわかっている。

そんな言葉で始まった。


お別れにネクタイ仕舞って。衣替え 〔5月下旬篇〕

2010年6月15日 (火曜日)

惜しげもなく

7:59am, Jun 15 ツイッターから

毎朝、ここにつないで山のようにある未読を惜しげもなく既読にしてしまう作業をしながら、Twitterとは何かを考え、さらに、人生もこのようにあっさりと切り捨てて忘れてゆければさぞかし快適であろうにと思う。

あかね空 山本一力

あかね空 山本一力



本日の午後に、誰も傍にいないところで、ひっそりと読み終えました。
静かに読み終わるのがふさわしい作品ですね。
ナルホド、みんなが薦めるだけある。

人物像もしっかりしているし、情景もきちんと描かれています。
人の気持ちも緻密に伝わってきます。
伝わる必要の無いときは、読者に上手に委ねられています。

こういう筆致は、天性のものなのか、作者の繊細さなのか。
そう簡単には乱れないでしょうね。

--

時代モノというジャンルは初めてでした。

邂逅の森(熊谷達也)、長崎ぶらぶら節(なかにし礼)、ビタミンF(重松清)
と、最近読んだ直木賞にハズレはない。


| 2005-06-15 15:35 | 読書系セレクション |

2010年6月11日 (金曜日)

江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫)

江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫)


江戸川乱歩傑作選
1960
新潮社

一行レビューを書いたところです。

*

先日、子どもの下宿を訪ねて、時間に余裕があったので書棚をごそごそと探したら、懐かしい本が出てきた。

他にも、私の本棚から持ち出している本が多数見つかり、30年の年月を経ても、書物の伝えるものの重さを知るのだった。

その一冊が乱歩だった。

これは、私が高校時代に買った本ではないか。
短編集も面白い。

ちょうど、時間の合い間に、思い切り夢中になれる。

*
というわけで、乱歩も面白いです。
そんなに怖くないですから心配なく。

時代の古さを感じます。
文学性も高いです。


| 2008-06-11 14:17 | 読書系セレクション |

2010年6月10日 (木曜日)

かぼちゃの花

かぼちゃ、夏に似合う黄色

かぼちゃ

2010年6月 9日 (水曜日)

ツツジの道

雨上がり足音軽くツツジ道

ツツジ

2010年6月 6日 (日曜日)

ジャガイモの花?

通勤途上の道端の畑で。

ジャガイモの花

2010年6月 4日 (金曜日)

バイクが動かなくなった!

(友人にあてた手紙から)

元気そうなので
最初心配したけど
安心してます。

みんなから便りありますか?

さて、私のほうは、ちょうどバイクが動かなくなったところで悩んでいます。

症状は明確です。
走っている最中に吹き上がりが悪くなって、アイドリングも落ちてしまったの。
無理やり乗って10キロほど引き返してきたが、家に着いたらギリギリだったみたいですわ。
ときどき、排気音にパンパンとか小さくいってたけど。

プラグ?
電装ケーブル?
専門家として、どんな推測しますか?

4万キロあまりですよ、まだ。
今年は13年目突入の車検ですが。

あんまし、というか、全然メンテとか、大事にして無いなあ。

今年はユーザー車検に挑もうと思っていたのに。

--

というわけで
8月車検を前に、「もうバイクやめようかなーー」とか思ってます。

直すのは嫌じゃないのですが、仕掛を置いておくところが無いのが大問題。
タンクって簡単に外れるの?
プラグ交換もした経験が無いのだ。(カウル付きになってから)

でも、一方で
タイヤは新品で1000キロも走って無いのに、もったいないなーと悩んでます。
そのタイヤ分だけでも下取り価格が付いたら、即刻手放すけどなー。
ブレーキパッドも入れて、3万円くらい投資したばっかしなんですが。とほほ。

なんだか
車検まで放置が続いて、そのまま廃棄かな。
そんな感じ。

最近、
行動力がめちゃめちゃ鈍っています。

職場なら
こんな修理、すぐに取り掛かって、コツコツやるんだがなー。
(仕掛かり置き場の無いことを言い訳にしてますが)

ツーリングに行くには、少し不安を抱くことになりましたな。
新品は買う金無い。

おっと、愚痴ってしまったぜ。
違う違う
故障箇所の推定の相談だってば。

ではまた。

ヤマボウシとキンシバイ

5月29日に鈴の森公園を散歩した。
あじさい祭をしていたけど、あじさいはまだ蕾だった。

二つの花の写真を撮ったので、おぼえがきとして載せておこう。


【ヤマボウシ】


ヤマボウシ


【キンシバイ】


キンシバイ

写真日記(平成28年版)

  • 越乃寒梅
    平成28年の
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります

写真日記(平成27年版)

  • 伊達巻
    平成27年の
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります

京都日記(平成27年春篇)

  • 焼き鳥
    京都日記
    平成27年版の
    春の日記です

京都日記(平成27年7月篇)

  • 鱧のお弁当
    京都日記
    平成27年7月篇

京都日記(平成27年11月)

  • 渡月橋
    京都日記
    平成27年11月篇

日々是好日写真記

  • ハーモニカ
    860枚 平成18年から平成26年まで(写真日記)
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