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2010年5月12日 (水曜日)

矢ノ川峠(旧道) チャレンジ

GWに行きたいという念願であったが、庭の草取りを一生懸命しすぎて腰痛が出てしまって、しばらく寝込んだため今頃になってしまった。

5月9日、日曜日。
降水確率はゼロに限りなく近い。
それ以上は何も考えずに家を出た。

矢ノ川峠。旧道。

進入口は既に調査済みであったので安心して旧道に入る。R42から車が入っている様子が事前調査のときにちらりと見えていたので、車も入っていける道というイメージがあった。しかし、それは500メートルも行かない間に打ち砕かれた。

車高が低いとかスポーツタイヤを装着した乗用車ではこの道路を走るのは難しいかもしれない。地面を歩けば普通の起伏に思えるが、なかなか広域で見ると激しい凸凹だ。

写真ではそれほど荒れて見えないが、軽トラの四駆レベルでないと入れないと思う。

つまり、10センチ四方での凸凹差は数センチかもしれないが、1メートル四方での凸凹差は20センチ近くある箇所が多い。予期せぬ切り込み(轍)や段差に戸惑いながら、帰りのことが少し不安になる。

岩盤が洗濯板というか、海岸の岩場のようにガタガタで、エンジンガードに当たる石も中途半端に軽い音など出ない。

どかん。どすん。
壊れるんちゃうか。

ギアは、ローかセカンドばっかし。
小型オフロードであれば楽チンで面白い道だろうなあと思う。
歩道からどすんと車道に下りるような衝撃の連続だ。

久々にラジエターのファンが回り始める。一方で「ああ、ファンは正常に動くのだ」と少し嬉しくなる。壊れてなかった。

しかし、エンジンを止めてもファンは回る。つまり、次にエンジンをかけるときにバッテリーの元気具合ではウンともスンとも言わないことがあるかもしれない。そのときにこの場所では押し掛けも出来ないし、自重で下れるような坂道でもない。

だから、エンジンは絶対に止めることは出来ない。

峠の上は、平坦で見晴らしもよい。
この景色からさっきまでの格闘の様子を想像することできないだろう。

峠の向こう。
端が落ちていて超えることは不可能という情報があるので、ここまでのつもり。

富士山が見えるそうです。

のんびりと広場をうろうろする。
鹿のような動物を何度も見かけた。
角が無いけど、豚やイノシシより大きいし、牛より小さい。
動きも素早かった。

登ってきた道を帰るのも、ぐぇーって感じだったが。
負けずに帰ってきました。

帰りに三木里から上がってくる道路を帰路として選んだ。

× って書いてあるのがわかる。何故これを無視して行こうとしたのか。

車のタイヤ痕が綺麗についていたので、こっちが近道だと思い込んでしまった。すぐに、痕は消えていくのだが、夢は暴走していた。

ところがそれが大変な道。
だんだん狭くなって、道がなくなってくるのがわかる。
森に吸い込まれていくような感じ。
道が道らしくなくなって森の斜面に同化して行く怖さ。

「うっ!」と決心してUターンと決めた。
しかし、凸凹で狭いので来た方向にバイクを向けられないのだ。
バイクをUターンさせるのに苦労した。
(筋肉痛が怖い)

とにかく帰還して、しばらく放心状態だった。

景色? 
そんなものは見る余裕など無かった。

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