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2010年3月29日 (月曜日)

どくとるマンボウ航海記、青春記  北杜夫


どくとるマンボウ航海記 北杜夫

もう50年ほど昔のことになるが、そのころの子供たちのなかには、大人になったら船乗りになりたいと夢見る子が多かった。
私もそのひとりで、太平洋の静かな海原を真っ白な大型船でゆっくりと航海するのだ。
そんな見果てぬ夢が脳裏に残っていたこともあって、北壮夫の作品を読み始めようとしたときにこれを一番に手にしたのかもしれない。

ほら吹き遠藤(周作)と北壮夫と阿川弘之が織り成すスーパーはちゃめちゃ対談の影響もあって、この三氏の作品は文学というよりも、もう少し身近に感じながら拝読した。
若者が読まなくては意味がない。そして、おじさんになってから、若いときに読み耽ったこの作品を、ふたたび懐かしみながら読み返すのだ。そのためにも、若いときに読破しておかねばならない。

いつの時代も若者は、未熟で、情熱的で、楽天的で、夢を見る。
私はこの航海記のなかで、マンボウ氏が大のウイスキー党で、とてもウマそうにウイスキーを飲む(なめる)ところがあるが、あそこばかりが伝染してしまい、今日、私がウイスキー党なのはこの作品のおかげなのだ。
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| 2009-03-28 09:59 | 読書系セレクション |


どくとるマンボウ青春記 北壮夫

どくとるマンボウ青春記 (1968年)

この本を本棚から取り出してパラパラとめくると、やはり漏れなく、茶色く変色していた。
活字も小さい。

驚いたのは、最後のページに私の妻の旧姓の名前と住所と電話番号、1979年11月1日という日付が書いてあったことだ。つまり、この文庫本は、私が結婚する前に彼女が読んだ本だということです。読み返すと私もしっかりと下宿で寝転んで読んだ記憶が残っているので、私たちは同じころに同じ本を読んでいたということになる。

結婚して25年になるけど、読み終えた本のことを話題に話したことは1度もないので、実はそれがすごい驚きだ。はて、私の文庫はどこに行ったんだろう・・・。誰かにあげたのかな。

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どくとるマンボウ青春記 (1968年)
北 杜夫
中央公論社

現代小説に読みなれてくると、チャタレイ夫人の恋人であれこれと世間を騒がせていたようなことが今やあたり前になってしまっていて、それを時代の変化と呼んでいいものか、美的感覚の退廃と考えるべきか。

文学とはどんなモノで何のためにあるかなどということを論じるつもりはないが、ちょうど谷崎潤一郎を読んだあとに、なるほどこれが文学かと頷きながら、思い上がった現代小説ファンなら、これを文学と呼ぶことを露骨に反対をするかもしれないとさえ思った。

しかし、私は、どくとるマンボウの青春を谷崎の延長路線として文学として読むことをオススメしたい。


青春とは、明るい、華やかな、生気に満ちたものであろうか。 (冒頭)

北壮夫は40歳になる直前にこう書き出した。いつの時代でも青春を謳歌する者たちは必死で無我夢中でなくてはならない。いや、そのほうが、いかにも青春であるらしいからというだけではなく、そんな馬鹿げた時間や無駄な労力や遊び、若者らしい哲学と戦いながら(これを悩むと昔は言ったかも知れないが)、自分の身体の中に刻み込むのだ。

そのおかげで、北壮夫、遠藤周作、阿川弘之の超面白トリオの対談が生まれたのだし、彼らの作品と出会えて、こっちは読書人生まで変わってしまった。

若者たちに、ぜひ、夏目漱石よりも強くオススメしたい。どくとるマンボウ。

昔若かった方々は再読すると必ずその後、足取りが軽くなります。

北壮夫さん。元気で家族と写真に写っている記事を平成21年のお正月に載せた毎日新聞に拍手を送りたい。
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| 2009-01-24 18:16 | 読書系セレクション |

2010年3月28日 (日曜日)

三月が終わってゆく。

今日、銀マドに書いたのは、

しひて行く人をとどめむ桜花いづれを道とまどふまで散れ
(古今和歌集から)
---
なるほどね。
少し破滅的にも思えるこのうた。
人は多くを語ってはいけないだ。

*  *

少しずつ日を
遡ってみるか。

(26日)
どうして、キミと言葉を交わした日の夕暮れは、いつだって、こんなにも赤いんだろう。
もうお別れが近づいているというのに、春の風は冷たく、空は燃えてる。
僕は新しいドラマを作りはじめなくてはならないのだね。

(24日)
できるならさよならは桜の下で
好きだった人、一度だけお茶してくれた

(23日)
逢いたいの、でも叶わない人がいる
おはようと今は笑顔のふりをして
たんぽぽや日蔭の夢は日向へと
花咲いて瞼に焼くの、さようなら


(感想)
浮き上がってきたり
沈み込んでしまったり

電話をかけてみたり
メールを出してみたり

謝ってみたり
怒ってますかとたずねたり

まあ
いろいろ。
三月が終わってゆく。

行って欲しくない人ばかりが異動してゆく。

悔む

歴史というもの。人の意思とは無関係に流れるままに築きあげられてゆく些細であり偉大なその刻印の中に、わたしたちは限りなく依り所や憩いを探し求めてしまうことがある。

それは迷路を彷徨うに似た行いにも明らかに似ているもので、ひとたびそこに共鳴となって響くものを感じてしまえば、人は魔に操られた媚薬に晒されるように自分を失ってゆき一旦は収縮していってしまう。しかし、そのあとに人は逞しく甦ってくるのだ。そこに歴史が与えてくれた熱い呪ないがあるのかもしれない。

 しひて行く人をとどめむ桜花いづれを道とまどふまで散れ

ひとりの人がさり気なくさらさらと日記に書き残しているひとつの歌があった。それは古今和歌集の歌で、わたしは、ふとしたことでそこに立ち寄って拝読し、すごく得した気分になったので、ちょっとメモした。


古今和歌集なんてあっしには関係ねぇものなんですが、桜の花を見上げ、またその散りそめを見つめ、その樹の下で何を感じるかはまことに十人十色なのかもしれないものの、この中古の時代にも桜の咲く時期に、いや、年がら年中人は出会いながら別れてゆくという宿命を背負っていたのだ。

そして、「惜別」という字が物語るように過去へと追いやられてゆくひとつの別れの歴史を、この上なく惜しんだのだ。

人はすべてにおいて、喜怒哀楽の行き着くところは「悔しさ」であるとわたしは考えてきた。まさに、悔むことへの、これも呪ないなのかもしれない。

多くを語ってはいけない。別れは静かに送るものなのだ。

 とまどふて桜並木の花も見ず

2010年3月25日 (木曜日)

熊野古道、馬越峠をちょこっと登る

3月20日に東紀州へと向かった。
暖かい日でした。
久しぶりのバイクです。
この前の剣峠以来ですから。

お昼ころに尾鷲市に着いて、まず、さんき茶屋で
さばあぶり寿司、さんま寿司、めはり寿司、を戴く。
さばあぶり寿司は齧ってありますが、写真を撮ったのでアップしておく。

馬越峠を尾鷲市内側から少し登ってみようかなと思い立ち行ってみた。
じっくりと来て、ゆっくりと登りたいところです。
登り口では桜がちらほらだったので、下旬の週末には綺麗でしょうね。

馬越峠は、天狗倉山に登らねばあかんのですが、そのつもりで来ていないので10分ほどのところで引き返した。ちょっと悔しい。

2010年3月21日 (日曜日)

生物と無生物のあいだ 福岡 伸一

生物と無生物のあいだ 福岡 伸一


生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)
福岡 伸一
講談社
\777

随分と売れているそうで、買わずに借りてきました。

まず、読む前の印象は、難しそうかーなっていう感じですね。

ところが、最初のページを読み始めると、なによ、これ、理系の本ですか、って感じです。

先生、自分が作家になった気分で、気持ちよく書いていらっしゃいます。

しかし、分子生物学(専門外なので、そう呼んでいいのかさえも、ワカランのですが)の本です。キッパリ。
難しい所はちゃんとありますし、文の裏に隠れているところを読み取る(物理学の本みたいな)ところもあります。

けれども、読み物としてさらりと読めば、生物学の道に行きたくなる。
毎度、本を読んでそう感じてたら、私は賢くなっていけたかも知れないのに。

中学生とか高校生に読んでもらってもいいですね。

ただ、新書、これでいいのか。っていう気持ちはあります。
(借りた本でも、読後に気に入ると買いますが、これは、買いません。読みたくなったらまた借ります。)


| 2008-03-21 13:57 | 読書系セレクション |

モッキンポット師の後始末  井上ひさし

モッキンポット師の後始末  井上ひさし



モッキンポット師の後始末 (講談社文庫)
* 井上 ひさし
* 講談社

昭和49年発行、昭和54年2月28日第17版、280円。
この本を多分、まっさらな状態で買ったと思う。明治大学の本館を下ったあたりのいつもの古本屋さんの筆跡で150円。割合を計算してもそんなに安くはない。

なぜ、井上ひさしを読もうと思ったのだろうか、はわからない。このときは吉里吉里人の作品は出ていなかったと思うが、出ていたのかな。出るのが遅れていて騒動になっていたかもしれない。

そんな井上ひさしという人物に惹かれて、ふらっと手に取ったのがモッキンポット師の登場するこの本だった。

井上ひさしという人の、まあ言ってみれば若きころの自伝であるが、こういうのを同年代くらいに読むことは、非常に幸運であった、と今思う。

北壮夫を読むような感覚で、お気楽に手に取った本であった。しかし、井上ひさしを読んでゆくなら、これを読まずに他を読んではイケナイ。

そして、これを読むと、ペーソスという意味が少しわかるような気がすると思う。
(現代の若者は、そうでもないか…、だとしたら、お気の毒さま)


| 2009-03-21 10:10 | 読書系セレクション |

2010年3月20日 (土曜日)

恩田陸  ドミノ

恩田陸  ドミノ



始まりでは、何だコリャ、と思い
もう読むのをやめたいな、面白くないし
こんなタッチは嫌いだし
騒々しいし、

とか、いい訳を並べてましたが
面白く読み終わりました。

ただ、テレビのドラマコメディみたいで、、、
(って私はテレビをほとんど見ないのでいえたモノでもないのですが)
こういうのが好きな人は病みつきなんだろうな。

ってことで、買ってきてくれた娘にはオススメしています。
(父が先に読んでゴメンよ)

それより、恩田陸さんは、こんな作品が多いの?
もう一個くらい代表作を読んでみてもいいな。

ああ、宮本輝が恋しい。


| 2006-03-20 09:37 | 読書系セレクション |

2010年3月15日 (月曜日)

桜の開花

 このメルマガがお手元に届くころには桜の開花だよりも届き始めていることでしょうか。

 数年前に、三重の環境と森林のホームページ上で、津市偕楽公園の桜の開花状況を定点観測してお知らせしていたことがありました。

 花が咲くときというのは、まことに胸がときめくものです。坂本竜馬が脱藩するために土佐の国境「韮が峠」を越えるとき、峠の桜は咲いていたと「竜馬がゆく」で司馬遼太郎は書いています。こんな場面設定もとても合います。

 また、「臥遊録」では「春山澹冶而如笑」とうたい、「山笑う」は季語にもなっています。草木の新芽が吹き出す淡いながらも逞しさを秘めた雰囲気はこの季節だけの特有なものなのでしょう。

*

巻頭で桜の開花の話を書きましたが、それほど華やかではない花もあります。

 菫程な小さき人に生まれたし
と詠んだのは漱石で、おそらく今頃の季節でしょう。庭には花が咲きそろい、桜のような華やかさではなく、石の隙間から花を咲かせるしたたかな姿にも眼をやっていたことが伺えます。ちょっと掴みどころのない難しい句だなというのが私の感想ですが、このあたりも漱石らしく奥が深いようです。

 三重県環境学習情報センターで「ちょこっと川柳」の作品展示を行っています。四日市にありますセンターの周辺は、自然度満開で、春を愉しめる施設が点在しています。ご家族やお友だちを誘ってお出かけになってはいかがでしょうか。

2010年3月 7日 (日曜日)

磨く。

▼正月が明けてまもなく、親父の十三回忌をした。いまさら悲しみも悔やみもあるわけではないが、死んでしまった人はそのままそこで生き残ったのと同じように年齢を重ねることがない、というか、逆に歳をとることができないまま歴史の横軸にそっと置かれてしまう。

▼ご当人は亡くなってしまって、私が後を追ってそちらに参るのを待っているのでしょうが、歴史が止まったままのところと、刻々と風化しているところとが私の頭の中にあって、お経を唱えるのを聞きながら、時間軸を折っている。
そう、時間軸を折るというのは、マッチの軸をポキリと折り曲げるように、何の感情もなくポキリなのだ。

---

▼靴を磨いて玄関に揃えてくれたのを、急に思い出した。高等学校に初登校する朝、初めて履く革靴をピカピカに磨いて玄関の式台の前に揃えて置いてくれたのだ。

▼私が新しく学校に通い始めることが自分のことのように嬉しかったのだろう。しかも、よその子よりも病弱だったのにそこまで育ったので、それなりに感慨があったことも間違いない。もちろん、それから何年も後には大学も卒業し、社会人になって、結婚もして子供もできるわけだから、過ぎ去ってしまった歴史の上ではささやかなひとつの「通過儀礼」であったといってしまうこともできるが。

▼そういいながらも、そこには、もっと熱いものがあったのだ。靴を磨く、という行いは農家の親父には滅多にないことだ。冠婚葬祭くらいかもしれない。磨いたこともないかもしれない靴を、丁寧に息子のために磨いていた姿は、子どもを社会に送り出したことのある人にしか理解できまいが、親父はそこで様々な祈りと希望と夢と、そして感謝を唱えていたに違いない。

▼ピカピカの靴を履いて胸を張って街へ出よう。そんなふうに自信を持てるようになったのは社会人になって、自分も大人の仲間入りをしても、まだ未熟であったかもしれない。

▼磨かれた靴にも、熱いものがあった時代がある。今の社会が荒廃して、寂しいものになっていると嘆く人があるが、もしかしたらこういう「心」が消滅しつつあることと関係あるのかもしれない。

2010年3月 6日 (土曜日)

ほんとうはあなたが好きです、メロンパン

▼春おぼろ、名前に似合わず激しくて 

こう、ひとつ前で書きましたが

そうです。
私は啓蟄を待っていたのです。

そんな日に一日じゅう家に居て
雨降りの静けさを楽しんでいるのです。


きのうのことだったか、
▼はあとマーク贈りたくなる素敵なオレンジ
なんてメモに書いて、衝動的にその人に届けてしまった。

だって、鮮やかなオレンジ色の服がとても素敵でお似合いだったのだ。

しかし、どうやらこの人と私とはぜんぜん波長が違うようで、私の感動の喜びが上手にその人に伝えられなくて。

まあ、だから。
私はイジケテイルノダ。

*

うふふとしょぼんが交互にやって来る。

春が好き
海が好き
君が好き

イジケテいても始まらない。

*

そんなことを、銀マドに書いて

▼好きな人、ブルージーンで一度だけ

そういえば、好きだった人、一度もジーンズ姿を見なかったなあ。
いや
一回だけ、ブルージーンズで現れたことがあったか。

▼春風が揺する素敵な人の髪

私がお気に入りに入れてしまう女性たちはみんな髪の短い人たちばかり。
ウランちゃんのような髪型で。

▼パンプスを初めて履いたの、春おぼろ

まあ、私には関係のない話なんですが、私はハイヒールが嫌いです。

▼ほんとうはあなたが好きです、メロンパン

おいしいコーヒーとメロンパン。
欲張りに、カレーパンもあったらいいなあ。
ホットドッグも好きだから、そんなに食べたらあかんなあ。

▼ハナモモを切ってドラマは仕舞いなり

花桃を切って、一輪挿しに活けたいなと思ったのだ。
きょうは、別れの感情を活けてみました、なんて言ってみたいね。

最初、

▼ハナモモを切って別れて以来なり

としていたのですが
そちらも捨てがたい。

でも、意味が伝わらないだろうけど。

春おぼろ、名前に似合わず激しくて

わたしは

この一日がやってくるのを
一年間でもっとも楽しみに
待っているのかもしれない。

2010年3月 3日 (水曜日)

卒業の旅行で留守のひな祭り

消えゆくごみの呟きから、救済してきましょう。

▼就職で髪を切るって、30センチ

これはうちの娘さんのお話です。ずいぶん長く伸びたなあ。どれくらい切るの、と聞いたら、30センチくらいやな、とさらりと言ってました。

4月になったら、新しい場所でひとり暮らしを始めることになります。
わたしたち夫婦は、そんな時間を2年ほどお互いが過ごしていた後に結婚しましたので、親のような人生ならば2年後にはまた新しいところへと旅立って行ってくれるのかね。

▼半月が見たいかあの人恋しいか
秋とか真冬とかですと満月が見たくなるのですけど、何故か、半分の月で満足なんです。

春だから、っていう理由で片付けてしまう。

▼追いついておはよう言いたい春の風

追いつきたい人がいるわけではありませんが、朝の通勤途上も春の温もりのおかげで、気持ち晴れ晴れ。

▼おやすみを言い出しかねてまた今宵

年度末で忙しい日が続くから、友だちともなかなかメールの投げ合いっこもできないし。ストーブがなくとも冷え込まない部屋は、妙に静かで。人恋しいか。

▼恋をして星ふる夜に手紙書き
ほんとうは、異動で遠くに行ってほしくない人がいますが、きっと、遠くに行ってしまう。恋をしているわけじゃないけど、遠くに行ったら手紙を書くかな、とか思ってみたり。

▼突然に引き潮の干潟を見たくて

海が見たい!
山里に生まれた人の癖のようなものですね。

▼別れ道、遮断機こえたらキミの家
▼髪切ったキミを追ってく坂の道

坂道と遮断機をそこに据えて、ドラマを考えてしまうのです。
シーンが時々刻々と変わるものではなく、緩い時間の中で、しっとりと考えて滅びてゆくような。結実しない物語。

▼袖の中、しまっておきたいキミの息

そういう人が、1人、いたっていいでしょ。

▼ジンクスが風上へ誘う沈丁花

進級発表のことを思い出しながら、毎年、此花が咲くときは思い出します。
別記事にも書きましたが、この花の香りは、二十歳のあのときに確実に時間を巻き戻してゆきます。

▼石畳容赦なく降るぬるい雨

あの日も沈丁花がいい匂いを漂わせていたなあ。「進級留置」の掲示を確かめるために出かけたんだな。三十数年前か

▼大好きと言っても消えてしまう恋

▼さみしいと曇る車窓に指で書く

朝の通勤列車には女子高生がいっぱい。おじさんたちは圧倒されています。
大勢が駅でおりて、座席に余裕ができたので、さっきまで立っていた子たちが座ってやっと4人で向かい合わせでお喋りができるわね、って感じです。
1人の子がガラス窓に「さみしい」なんて書いてまして、それをホームを歩いている私が見つけて。

そんなことを書いていた高校生。毎朝会うけど2年生かな。
透けたガラス窓の向こうでニッコリと笑っていました。

▼ヤンキーな三毛猫のよう、女子高生

あの高校生の中に、三毛猫のような子がいるんですよ。
ぜんぜん美人じゃない。
いつもかわいい猫のような服を着て、女子高生に相応しいオシャレをしてる。

▼さようなら、雨が上がって歩き出す

家まで歩く道で雨に降られるのはいややなあ、って思っていました。でも、駅を降りたら、雨雲が切れてくれました。

そういえば、あの人にさようならを言わなかったな。
メールしておこう。
そんな感じかな。

---

▼僕の恋は、もう、そこで終わりにする

生け花は、はさみでチョキッと切りますからね。なんちゅーか、そこで止まるの。大きく息を吸って止めるみたいな。そんな緊張があると私は思う。

▼春雨や泣いて別れた赤い傘

雨の鎌倉。鶴岡八幡宮。
私は卒業式のあくる日に二人で鎌倉散歩に出かけたのでした。
3月下旬でした。
冷たい雨の降る日で、赤い傘をさして北鎌倉から歩いたのを覚えています。

▼いいよ,と許されるから、また歩きだせる

いつもいつも、口癖のように言いますが、人は覚悟を決めていたときに許されると、また再び元気を取り戻すことができます。

春は人が苦しむ季節かもしれないけど(自殺者も1番多い月ですし)
挫けそうな人も、上手に生きてこうね。

▼春雨や少し早めに薪くべる

ふと、「くべる」という言葉を思い出して、調べてみたら「焼べる」と書いてほぼ全国で使われているのかも。

▼雨雲が切れてわたしの二月果つ

二月はそんな複雑な心境で終わってゆく。
いいのだ、それで。

▼石畳容赦なく降るぬるい雨

さあ
私の絵描いた物語の続きを考えよう。

▼卒業の旅行で留守のひな祭り

娘さん、母と一緒にパリ散策。ひな祭りの前の日に帰ってきました。
雛人形は押入れに入ったままです。

1999年姥湯にて

1999年の東北ツー
姥湯温泉の写真が出てきたので残しておこう。

後ろにいる人は、知らない人ですが、和気藹々と女性でした。

そんな時代もあったのだ。

【花も嵐も】 素敵な駐在さん (番外)

第5話6話に書いた【花も嵐も】 素敵な駐在さん の事件のニュース記事を見つけたので、今頃ですけど、貼っておきます。

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職質の警官が刺されて死亡、短銃も奪われる (2000-06-28 )

 28日午後2時半ごろ、青森県東通村白糠で、青森県警むつ署の佐藤勝男巡査部長(52)が職務質問中に男に刃物のようなもので左わき腹数カ所を刺された。男は走って逃走。佐藤巡査部長は病院に運ばれたが、意識不明の重体となり、その後死亡した。巡査部長が所持しているホルスターから実弾5発入りの短銃がなくなっており、同県警は男が奪ったとみて、行方を追っている。 
 同日午前、むつ市関根のガソリンスタンドに30歳くらいの男が1人で、福岡ナンバーのグレーのレンタカーに乗って現れ、ガソリンを給油した。男は金を払わず、店員が目を離したすきに逃走。通報を受けた県警が、付近に検問所を置いて男の行方を追っていた。午後2時過ぎ、このナンバーの車を発見した佐藤巡査部長が職務質問したところ、男にいきなり刺されたという。

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