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2009年12月31日 (木曜日)

静かさや泣いて笑って大晦日

夜が明ける前に眼が覚めた。何となく静かな気がするのだ。大晦日というだけでそう感じてしまう。

新聞屋さんの配達のバイクの音が少し早かったか。年を送る準備が万端なのを表しているのだろう。

泣いて笑って、と思い浮かべた。
人は泣かねばならないし、笑わねばならない。
そして、そういうことは決してひとりでは行わない、命令も受けない。


毎年、同じようなことをこの時期に思い、反省している。去年の日記を繰り一昨年の日記、さらにと繰り続けると自分というモノが少なからず見えてくる。

そしてそこには、必ず喜怒哀楽がある。


「起死回生」と書いた年があった。

ある年は、「失意泰然」
またある年は、「倜儻不羈」
と書いている。

去年のきょうは、「おおきに」とした。


初心忘るべからず。
世阿弥の言葉だ。

「忘却を恐れない…」
これは私の大学時代の日記ノートの表紙タイトルだ。

忘れるという字を見つめていると、新しいモノが次々と見えてくる。
ほら。

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みなさん、今年もおおきに、ありがとう。
ご挨拶にいけていませんが、足跡に代えて共に一年を感謝したいと思います。

2009年12月30日 (水曜日)

アイフォン その後

そもそも、ケータイ電話などというモノをもっていなかった私だったので、アイフォンを買っても電話をかける用事が増えるわけでもなく、メールアドレスのケータイ新設分を知人に送ったりするのだが、おおかたPCの前にいるのでやっぱしケータイというものの価値はさほど高くない。メールが二つに増えて友人たちにはかえって混乱させてしまっているかもしれない。

iPodに音楽を入れてみた。しかしこれも、通勤列車のなかは読書と決まっているので音楽は聴かない。音楽をやる楽団にいながら、音楽をこれほどまでに聴かない人間は珍しいかもしれない。


ブログに、ツイッターのタイムラインを見えるようにしました。またご覧ください。そんなことをして遊んでいます。

アイフォンにtwitbirdを入れました。アイフォンでこのアプリを使ってtimelineやreplyを見ると、なるほど見やすいです。でも、打ち込むのはPCのほうが楽ですから読むだけになりそう。

アイフォンを買って驚いたことが1つ。WiFi という機能があって無線LANに接続できるのですわ。昔から使っている人はこの通信速度に驚くでしょうが、私は途中参入者なのでこんなもんかなという感じですが、マクドナルドなどではここまでモバイルポイントが浸透していたことに驚く。

人間が不自由をしなくなって、楽しさに浸ってしまうと、行く果ては堕落と思想の荒廃化、改革向上心の欠如が待ち受けるような気がする。そんなことを思いながら、電話掛かってこないかなー、メール来ないかなーとか、思ったりしている。

一昨年は誰といたっけセーターの染み    倉橋愛

今年が終わってゆく。

2009年12月29日 (火曜日)

特別に何もおこらぬ十二月

お正月に食べる大根
そんなふうに書いているのだが
そうでもないところが、
わかっている人には、
サラサラおかしい。

2009年12月20日 (日曜日)

坂の上の雲 (司馬遼太郎)

坂の上の雲 (司馬遼太郎)

NHKがドラマにしてくれていて
たいそう人気の様子で
私の家族も熱心に見ているようだが
(「仁」というドラマも見ているようだが)

どうも
私は、

(ドラマ好きであり、ドラマという雑誌までも講読していた過去がある人間でありながら)

このドラマに
没頭できないのです。
キライじゃないのだが。

あの司馬の作品の
どうしようもなくくだらなくダラダラと書き続けるドラマと考察の錯綜が
というか、迷走が彼の作品の魅力であるなら

やはりドラマは
新聞のテレビ番組欄のあらすじを読んでいてもさほど代わり映えしないような気もするのだ。

あの途轍もなくツマラナイ、二百三高地の箇所をドラマはどうするのだろう。
ツマラナイドラマにして欲しい、と密かに思う。
それが、反対に面白いような気がする。

2009年12月19日 (土曜日)

海苔巻きの端っこ好きで小春日で  藪ノ内君代

海苔巻きの端っこ好きで小春日で  藪ノ内君代

そんは俳句と出会う。
いい日だ。
覚えておこう。

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のりまきの端っこ。

うふふのふ。

すきすき。

ねえ、向田邦子さん。

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藪ノ内君代さんの句、他にも〔ネットから〕

たんぽぽの井戸端会議に参加する
母さんが父さん叱る豆ごはん
つれだって歩くのが好き柿の空
ごみ箱を洗って干してあっ風花
柿日和みんなで見ている風に道
新聞と文庫とラジオ冬日和

これは、芭蕉でした↓
里古りて柿の木持たぬ家もなし

2009年12月12日 (土曜日)

歌をうたう

アンデルセンの「マッチ売りの少女」は、木枯らしが雪を舞い散らせるまちかどの露地で厳しい寒さをしのぐためにマッチを擦りながら暖を取る悲しい物語です。私たちが子どものころにこの作品を読むのは、紛れもなく寒さがいっそう厳しい年の瀬で、メルマガを読んでいただいているみなさまのなかには、このマッチが貴重な物資であったという人もあるかもしれません。

先日、今年卒業する娘に「マッチを知っているか」と尋ねたら「知っているが怖くてよう擦らん」と言っていました。お墓参りのときでさえ、マッチを擦ることがなくなりつつあります。確かに便利な世の中ではありますが、不便を知らずして便利への感謝は生まれず、感謝の気持ちが生まれることなくモノを大事にする心は育まれないことを考えると、安易な買換えやエネルギーのムダ使いをわかってもらうためには、マッチを理解することから始めねばならないのかも…と思いました。

今年も暮れの街角には、鮮やかなライトアップや色とりどりのイルミネーションが溢れています。その傍らで、キャンドルナイトのささやかな運動も繰り広げられ、歓びと戸惑いが交錯しているなかでクリスマスソングが聞こえてくるのでしょう。

津駅前では、ときどき、路上ライブをやっている元気な若者たちを見かけます。筆者の学生時代も路上ライブっぽいものがありました。フォークゲリラと呼びまして、反戦歌でしたけど(苦笑)。

---

以上は、今月号のメルマガの巻頭に書いた一部を持ってきましたが、私も京都にいたころはコンボをやっていて年末になるとクリスマスソングを演奏したのを思い出します。

あわてんぼうのサンタクロース・・・とか、ママがサンタにキスをした…とか。

今は(12月中旬)はまだ暖かいのですけど、毎年決まって下旬になると寒波がやってきてクリスマスころには雪が積もったりします。

今日の青空を見ていると、想像できないんですけど。

木枯らしの一日吹いておりにけり  岩田涼菟

窓越しに背中ポカポカ猫気分

楽器出して、クリスマスソングでも吹いてみようかな。

*

先月号のメルマガの巻頭・欄外で、三重の自然を映し出す映像配信「宮川の自然」のライブカメラを紹介しました。すでに、多くの方にご覧いただき、その反響が届いてきています。宮川を泳いでゆく魚の群れがカメラに映っているのを発見すると、こんな綺麗な渓流に恵まれたこの地に生まれたことを誇りにしなくてはならない、と強く感じます。

二見の夫婦岩のカメラも年末から新年にかけて見逃せません。特に、満月のころはこの岩の向こうから月が昇るようすを見ることができます。夏に日の出を見られるのは有名ですが、夕焼けの光線が大気圏で反射を繰り返して東の空を赤く染める「反対夕焼け現象」に包まれてまん丸い月が昇るのを今の時期には眺めることができ、感動モノです。

 初富士の鳥居ともなる夫婦岩 山口誓子

海に浮かぶ富士。新年にも見えるといいですね。

次号の発行は新年になります。
少し早いですが、みなさま良いお年をお迎えくださいませ。今年もご購読、どうもありがとうございました。

ネコはどうしてわがままか

週末を迎えている。
青空がとても清清しい。

日記に書くことなど何もない。

昔ならば、忘年会の記録があったかもしれない。
・カニを喰いに北陸まで泊まりで行った
・琵琶湖西岸に鴨鍋食べに行った
・四条河原町で豪華中華料理を食べた
・高尾のもみじやで桜鍋食べた
・嵐山で懐石料理を戴いた
・三条のホテルでフランス料理のバイキング
・イタリア料理食い放題に行ってきた
・祇園の名もわからぬほど凄そうな店に連れてってもらった
・ミュンヘンでビールをたらふく飲んだ
・円山公園のなんたらという店で飲み放題の忘年会をした
とか

十万円以上の巨額を忘年会につぎ込んでしまっていた愚かなころ。
もっと社会に役立つような金の使い方をすれば良かったな。

--

駅ビルの本屋で
日高敏隆先生の本の割と新刊に当たるモノがあったのでちょっと手にとって見た。

◎なぜ飼い犬に手をかまれるのか(PHPサイエンス・ワールド新書)

日高先生は11月に逝去されて、まあ今頃ちまたがちやほやしているようですけど
総合地球環境学研究所の初代所長で、というよりも、滋賀県立大学の学長のほうが有名だったかもしれない。

著書に
○春の数えかた(新潮文庫)
○人間はどこまで動物か(新潮文庫)
○ネコはどうしてわがままか(新潮文庫)
などがあって、どれも似たり寄ったりのことを書いているのですが、通勤列車のお供には向いているかもしれない。
私は車のなかに1冊放り込んであって、待たされているときなどに読む。


先日から日記でも少し触れてきた「生物多様性」についても
○生物多様性はなぜ大切か?(地球研叢書)
という本がある。
これは書籍リストを探していて出てきたもので、読んでいないが、もしも興味がある方があれば、きっとわかりやすく書かれていると思う。

---

別に何も変わったことはないなあ。
きのうの昼飯のとき、食堂の隣席で知事が飯を喰ってたな。
(食べ終わったときに初めて気がついた…)
それくらい。

2009年12月 6日 (日曜日)

φツーレポ アンソロジー もくじ リンク修正

φツーレポ アンソロジー もくじ のリンクを修正しました。

2002年パティオ・信州オフ会2、のリンクが抜けていたのに気づいたので入れました。

逝く人

私のノートには、今年亡くなった人の項目がある。

--

2月2日:山内一弘 元プロ野球、外野手(1932年)
2月25日:稲越功一 写真家(1941年)
4月14日:上坂冬子 ノンフィクションライター(1930年)
5月8日:藤沢秀行 囲碁棋士(1925年)
5月11日:三木たかし 作曲家(1945年)
5月17日:頼近美津子 元NHKアナウンサー(1955年)
7月8日:川喜田二郎 文化人類学者 KJ法考案者(1920年)
8月3日:大原麗子 女優(1946年)
9月21日:庄野潤三 小説家(1921年)
10月17日:加藤和彦 ミュージシャン ザ・フォーク・クルセダース(1947年)
10月20日:原田康子 小説家(1928年)
10月29日:五代目三遊亭円楽 落語家 (1933年)
11月10日:森繁久彌 俳優 コメディアン(1913年)
11月13日:田英夫 ジャーナリスト 政治家(1923年)
11月14日:日高敏隆 京都大名誉教授(1930年)
11月16日:水の江瀧子 女優(1915年)
11月26日:四手井綱英 森林生態学者(1911年)
11月28日:梶原武雄 囲碁棋士(1923年)
11月28日:斎藤耕一 映画監督(1929年)
11月29日:川崎展宏 俳人(1927年)
12月2日:橋本昌二 囲碁棋士(1935年)
12月2日:平山郁夫 日本画家(1930年)

みなさんが、どれほどまでに私に影響や刺激をくださったかは、私の胸のなかにしっかりと刻まれています。

[藤沢秀行]
学生時代に碁盤を睨むときに、私の周りで観戦する友人たちとの間で「秀行」さん話題が出なかったことは一度もなかった。

[川喜田二郎]
KJ法の新書を必死で読んだ。何が何だか全然わからなかったが、それは後に社会に出てから、なるほど!と響いた。その凄さに驚いた。

[加藤和彦]
フォークソングと出会うことは、即ち音楽と出会ったことで、自分を熟成させてゆく非常に重要な骨子になった。

[円楽]
私にとっては、演目「中村仲蔵」ですね。これも、人生を変えるほどの衝撃。

[日高敏隆]
自然とは何か。人間と動物とのかかわりあいとはどういうものか。私たちはどこまで動物なのか。大きな命題を与え、モノを見つめる視点を導く。

[斎藤耕一]
私の映画観は、この人の映像なくしてありえなかった。「約束」「旅の重さ」

[川崎展宏]
今、私が俳句というものを多かれ少なかれ楽しんでいるのは、てんこうさんとの出会いがなくしてありえなかった。俳句観を戴きました。

---

11月末、京都を散策していた私が家に帰ったところに1通の便りが届く。
親友の奥さんが亡くなったという。まだ50歳くらいだ。
未成年の男の子が二人いる。
友よ、30年前に大崎の駅前の小さなスナックで、月に1,2度、いつも思う存分の酒を飲ませてくれた友よ。奥さんには二度ほどしか会わなかったな。
歳月、運命を流す川の如し。

合掌。

2009年12月 5日 (土曜日)

二見が浦。夫婦岩からの満月

12月2日夕刻。16時45分ころです。

<ライブカメラから>

下鴨神社、糺の森の葉っぱたち

下鴨神社
糺の森ではたくさんの落ち葉に出会えます。

思い出しながら
こんな葉っぱがあったな
と、拾い出してみました。

■上段(左から)

アズキナシ
エノキ
イロハモミジ
イチョウ

■下段(左から)

ケヤキ
コナラ
クヌギ
クリ

落ち葉

真如堂と下鴨神社

11月28日に、下鴨神社と真如堂に行ってました。

まず最初に、下鴨神社を散策して
糺の森


ちょうど、お昼になったので、みたらしやさんへ行こうということになり、
みたらし


その後、真如堂へ。
真如堂


途中、鴨川デルタで石をぴょんぴょんと跳んで遊んできました。

2009年12月 1日 (火曜日)

師走の始まりに考える

▼日高敏隆先生が14日、肺がんのため京都市内の自宅で亡くなられた。11月29日の天声人語(朝日新聞)が日高先生を取り上げていた。先生は、動物行動学の第一人者で、初代の滋賀県立大学学長でもあった。

▼自然が私たちにもたらすものの重要さや貴重さを判り易く教えてくれた人だった。親しみやすいエッセイなどが文庫になっていて、「春の数えかた」というエッセイで知っている人も多いことでしょう。未読の人は、ぜひ読まれることをオススメしたい。環境を考える人たちのなかには大きく影響を受けた人も多かろう。専門である動物行動学の立場から「人間を万物のモノサシとして疑わない風潮に異をはさんで(天声人語)」おられた毅然とした学者だった。

▼「動物はときに自然を破壊するが自然を単純化はしない。しかし人間は手を加えて単純化する。単純化したもろい環境が世界に広がっている」と天声人語が書いているが、これはまさに今の我々にも当てはまり、更に環境だけではなく万物にもいえることだろう。

▼前に「生物多様性」についてここに書いたが、この言葉の生みの親でもあると言う。なるほど、知らなかった。「生物多様性」という言葉はメディアの中を環境用語として暴走している。環境問題のあらゆるところで「エコ」が連呼され、お祭りイベントになってしまい抜け出せないような状態なのが非常に心配だ。環境を考えるにあたって、本当に私たちが目指すべきことは、メディアが騒ぐような興味本位情報や企業がいい子ぶりっ子をしている姿を見ることではない。確かに視線を向けてもらうことはありがたいのであるが、そんなことよりももっと奥深いものだと思うが。

▼亡くなった方、二人目は川崎展宏さん。朝日俳壇の選者をしておられたときに展宏さんのことを知った。というより、新聞記事を読んでいれば嫌でも気にとまってしまう魅力に溢れた(私には驚くべき)俳人だった。こんな視線が俳句にあるのか、こんなのもアリなんだと驚くばかりで、その新鮮味は毎週刺激的であった。

▼病気療養のためと知らされただけで、その事情はわからなかったのだが、11月29日、肺がんのため東京都内の病院で死去というニュースを読んで、嫌な予感が当たってしまった。

二人してしづかに泉よごしけり
夕焼て指切の指のみ残り
画用紙をはみだしたまま梅雨の月

などなど。

心に突き刺さるではないか。いかがかな、皆様は。

▼驚いたのは、斎藤耕一の死だった。
11月28日、肺炎のため東京都日野市の病院で死去、80歳。おお!もう80歳だったのですね。私の青春時代の感動的な映画は、あなたの作品を抜きにして語れません。

▼「約束」「旅の重さ」を今の若者に見て欲しい。1972年の映画はこれほどまでに情熱的だったのだ。とそんなことを書いて青春がひとつひとつ消滅してゆくのを感じる。

▼個人的なことですが親友の奥様が月末に亡くなったという知らせが届いた。まだこれから人生を楽しむ時期なのに。

▼師走。
嫌いな人も多いようですね。

就職が決まった年には東京に立て篭り論文を書いていたなあ。
苦い思い出ではあるものの、あの時間があったから今の私がいるのだ。

頑張らねばならない人たち。
頑張るときは今しかないのだ。無心で打ち込みなさい。

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