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2009年11月22日 (日曜日)

イルミネーションを見て、考える

2006年12月25日(月)
「裏窓」で
省エネを考える、という記事を書いた。

あれから3年。
世の中は変化しただろうか。


いつもこの季節になると、夕暮れの街角に綺麗なイルミネーションが出現する。庭や軒先をカラフルなLEDで飾って楽しもうというのだろう。この景色を見るたびに思うことがひとつある。それは、この飾りをしている人には、世の中で貧しく苦しい思いをして毎日を送っている人の心痛みや辛さを、ほんとうには理解できないのだろう、ということである。

確かに、私たちがまったく同じ状況に追い込まれるということは、ありえないことだと考えるのが並みの考え方だ。
しかし、例えば戦火に燃える遠い国の人々の怯えも、貧しくて今夜の食を切実に求める人の気持ちも、身近なところでは、不況の煽りを受け度重なる不運を被って事業継続をやむなくした人が必ずいるだろうし、そこで雇われていた人もいるだろうことを、少し考えれば誰でも想像はつく。細々と暮らして老後を送れると、ささやかに計画を立てたものの思わぬ不運や突然の発病などで重い床に臥さねばならなくなる人もあろう。身寄りがない人もある。街には今でこそホームレスなど眼を向けるようになったものの、実際に報道などの陰に隠れて実態に眼の届かぬ人がいる。さらにもっと身近なところには、老後を憂いで自らの命を絶った老人もいた。金はあるがこころ豊かにならなかった。

中流意識に支えられ、とりあえず幸せであればいいと自分だけを見つめて暮らしている人が多いことは統計データを見れば誰でも知ることが出来る。しかし、その陰で、この国の何処かでは医者に掛かるだけのお金も無く病に臥している人が必ずいるのだ。国民のどれだけの人がそのことを考えたことがあるのだろうか、と常々思う。
そういう現実は事実である。手足を骨折するとか内臓を病んででもかまわない。一度、病院というところでせめて1週間でも暮らしてみるとその事実の一端が見えてくるはずだ。街外れか駅裏にある風呂もトイレもないみすぼらしい木造アパートで暮らしている老人を訪ねてみるといい。その人たちにはそこで暮らすまでに至ったのも、まっとうで真面目な理由があることが多い。何も全ての人がギャンブルで失墜したわけでもなく、自分の怠慢でどん底になったわけではない。もちろんそうであっても、ひとりの人間として見るならば見逃すわけには行かないのだが。

(脱線が長くなってしまった。)
一般的に言ってしまえば豊かなのであるが、そういった隅々にまで眼を行き届かせて、お互いを助け合うとか助け合わないまでも何処かに導いて行ってやるという手厚い思いやりが、今や国民の意識のなかからはすっかりなくなってきつつあるな、と切々と思う。誰が悪いというわけでもないが、まあ国民が豊かになって他人のことはどうでも良くなったこと、自分のことは自分でするのだからできないのは自分が悪いという理屈を、捻じ曲げて都合よく社会に適用して弱者を切り捨てて虐めを正当化してしまったことにもよるだろう。自分の成功は自分の努力の賜物で、感謝をする人や物などないのだという自信を裏返したような考えもあろう。差別という概念を消滅させるためにまず教育から、と始まって浸透していった国民の意識改革と、所得倍増の勢いで右肩上がりに成長した経済に乗って、確かに国民は豊かになったのだが、大きな落とし穴にはまった状態であり、そのことに気がついていないかもしれない。そんな気がする。

(全然脱線修復できてませんが)
今夜、自分ちのお皿に盛ったものの五分の一でいいから、何処かの誰かに役立てよう、ということを以前このブログで書いたことがある。経済優先の立場でモノを見ればそんなことをしたらデフレ増強となって世界が滅びるといわれるかもしれません。しかし、今の世界のというか地球の上で起こっている状況を、冷静に見つめることができるならば、不必要な価格競争をやめて、無駄な買い替え促進政策案も見直して、暮らしにほんとうに必要なモノを適正な価格で提供して、税金なども適正で平等に集めるという考えが、弱いながらも何処かから出てきていいようにも思うのだが、そういう兆しもほとんどない。(まあ、頭のなかには、価格破壊を促すような食品や衣料品、そのメーカーがあり、やや贅沢な家電や車などを買い換えさせる浅はかな知恵と後押しするおバカ業界、只なら何でもいいというような高速道路無料化案、各種補助政策・・・)

せめて、不必要な明かりは消して、そのぶんの志しを然るべきところに届けてやって欲しい。そういう人が1人でも増えてくれますように、と点滅する明かりを見ながら思う。そして、省エネは自分のためにするのではなく、社会の隅々の人までも幸せが行き届くようになるために…ということも言わねばならないな、と思う。
数年間で荒んでしまった心の明かりも、いっこうに灯る気配もないし、心のなかは枯れたままだ。その国民の心の改革が必要ではないのですか。>総理

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