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2009年11月27日 (金曜日)

テンプレートを元に戻したら、軽くなったよ

ほいほい。
軽いよ。

朝の通勤列車にて ― 風が強く吹いている

きのうの朝

列車の前の席で
風が強く吹いている (三浦しをん)
を、帯び付きのまま、カバー無しで
いつも乗ってる可愛い子が読んでいたので

面白いでしょって
声を掛けてしまいそうになったけど
ぐっとこらえた。

2009年11月25日 (水曜日)

10月のツーリング写真

やっと現像したので、レポに挟んでおきました。

2009年11月23日 (月曜日)

またまた、笠蕎麦

(写真はないです、カメラないので)

11月21日(土曜日)、奈良県山中を少し走りました。(220キロほどでしたが)

浜名湖でキャンプをするので、というお誘いもあったのですが、雨模様の天気に挫けてしまい、キャンセルしてしまった。

でも、やっぱし何処かに出かけようという気持ちがあり、纏向遺跡の出現が話題になっていたので、のんびりならでも走って来ようかということを思いついた。

*

まず、名阪国道を針インターでおりて、笠山三宝荒神社を目指す。針インターを下りてちょいちょいと変な走り方をしなければ笠のほうへ行けない。わたしは、このあたりを走るのに地図を持たないので、少し遠回りをしてしまったわ。でも田舎地方道を快適に走れば、笠蕎麦に到着する。

笠は、桜井へ行く途中で荒神社の脇に「笠蕎麦」で有名なお店があります。乗用車でもすれ違えないような細い道を必ず通らねば行けないような山の中なのに、人でいっぱいの賑わいです。

大盛の暖かい掛けそばを食べました。温まります。

さて、桜井市巻向へ向かおう。
JRの巻向駅の前は、纏向遺跡の出現で賑わったのですが、ちょいと見てこようというわけです。
でも、遺跡は埋め戻されてしまってました。
残念。

三輪素麺のご当地では、のぼりがたくさん立っていますね。
今度は、素麺ツーリング、いまならにゅうめんツーリングか、に行きたいなあ。

そんなことを思いながら、桜井市を抜けて、大宇陀、菟田野というところを通って、高見峠経由して帰ってきました。


[総括]

寒かったです。
うっかりしてました。

こんなに寒い季節やったっけ?てな感じで、上着はダウンジャケットを着たけど下はオーバーパンツを用意しなかったのは失敗だった。

山の辺の道あたりには、柿を売っている無人の露店がたくさんありました。

いい景色です、奈良。

小雪やあれこれ今年を考える

小雪やあれこれ今年を考える

▼小雪。
私が子供の名前を一生懸命に考えていたとき、 ( ああ、あれはもう22年以上も前になってしまったのだな。その娘もマイミクに居ますが、まあ自由だね今の子は) と、その名前ですが、「小雪」という名前も思い浮かべましたが、7月に生まれるのにそれはない。
他には「千夏」「彩夏」とかも思い浮かべたのに、結局は一文字にしてしまった。
男の子の名前もたくさん考えて、たかし、たける、たけし、など勇猛な子どもを夢見ていたようです。

▼小雪さん。そういう俳優さんがいるのね。って調べてみたら、サントリーウイスキーの角瓶の宣伝をしているのが小雪さん?

ウイスキーは私の好物で、しばらく切らして(というか飲みすぎるので我慢していたりすることもありますが)ビールばかりを飲んでいたりすると、うちのんが「ウイスキー無いと寂しいやろ」と気遣ってくれて、奥の戸棚から出してきてくれたりします。
美味さという点では、上級の日本酒がいいなあと思いますが、まあ、物思いに耽りながらとか、手帳でも睨んで何か考えているときなどは、やはりウイスキーがいいですね。この頃は、薄い目の水割りが好きです。

▼天声人語(11月23日)が、
「11月のイメージはいささか不遇かもしれない。木枯らしが吹き、つめたい雨が野山をたたいて、冬枯れに向かう寂しさが身にしみる。なればこそ、だろう。陽光穏やかな日の幸福感はひとしおだ」
なんて書いているの。

「玉の如き小春日和を授かりし」 (松本たかし)
うちの子供がもしも男の子だったらこの人と同じ名前になるな。作詞家にも同姓同名がいたことになる。こういうときって本人はどんな気持ちなんだろう。

▼11月の下旬は連休になることが多く、お給料も出たばっかしということでお出かけしたいところですが、寒さが募るので家に居ます。

近ごろ、ユニクロで帽子を買いました。ハンティング帽(鳥打帽)と昔は呼んだのだが、今は何というのかわからない。
帽子をかぶって街を歩いてみると、なるほど、帽子を被っている人が目に付く。若者も多いのだが、それにも増して爺さんが目立つ。どうしてジジイになると帽子を被るのだろうか。私もジジイなんだなと思うと寂しくなって、帽子を脱いだら、今度は地肌が寒かった。やっぱし、11月なんだ。

▼日記にイルミネーションを見たときに思ったことを、そのまま荒っぽく書きなぐったら、少し反応をしてくださった方々がありました。

「貧乏な人ほど政治に興味を持つ」と先生が言っていた学生時代を思い出したという人があり面白く拝読した。案の定、言葉は暴走するもので、そのことを受けてまたコメントをお書きの方があった。ありがたいことです。(暴走に対してのコメントは、また考えておきます)

しかし、この言葉は、大きな過ちや誤解を誘発させそうな危ないモノです。即ち、貧富という尺度と政治への関心度を、X-Y 軸で相関を取り結論付けたわけです。しかし、多次元尺度で考えねばならないことをいわゆるデジタル的に無理やり単純化して考えてしまったのは誤りです。まあ、昔からそのような人は多いが、昨今ではこれを受け入れる側の人が増えたということは否めない。

それで「政治に興味を持たない人は裕福である」かというと、それは間違いです。あまりにも自明ですか、この場合は「貧乏な人ほど政治に興味を持つ…ことが多い」くらいに留めておかねばならない。

実際に、私の職場は行政に関わるところですから、政治に感心をも絶たぬ人は職員の資格がないのですが、目茶目茶貧乏でもなければ目茶目茶裕福でもなさそうです。この職場から一定の割合で県政や国政へとスピンアウトして行く人がいるわけですけど、ただ、もう少し貧乏人にも代議士になれる道筋を用意してやってもいいような気はします。

▼今月はGREEを退会し、mixi一本に決心した月ですが、私を探していて下さった方もあり、とても嬉しかったです。
mixiといつまで一緒にやれるかはわかりません。時々刻々、近ごろは twitter なんていうものの波が押し寄せていますといいながら、私もIDがありますが…

相変わらずケータイ電話は、メリットもあるが今のところデメリットも多いと判断せざるを得ない状況で、社会はその重み付けの大きいデメリットを都合よくフィルターにかけて(社会全体が)商売している状態だから、もはや私のようなことを考え続けるのは愚かとしか言い様がない。
しかし、車とテレビとケータイのうち、二つも持っていないのだから、あと車を棄てればいいだけではないか、ともいえる。

あれほどまでに車の恩恵を蒙りながら、今頃になって文明が生み出した車社会を非難しようとしている。いや、車(或いはケータイもテレビも同じように) それ自体に罪悪はなく、車に溺れた人間が愚かだと言っても誰も聞いてくれないが、ボヤキは続く。

2009年11月22日 (日曜日)

イルミネーションを見て、考える

2006年12月25日(月)
「裏窓」で
省エネを考える、という記事を書いた。

あれから3年。
世の中は変化しただろうか。


いつもこの季節になると、夕暮れの街角に綺麗なイルミネーションが出現する。庭や軒先をカラフルなLEDで飾って楽しもうというのだろう。この景色を見るたびに思うことがひとつある。それは、この飾りをしている人には、世の中で貧しく苦しい思いをして毎日を送っている人の心痛みや辛さを、ほんとうには理解できないのだろう、ということである。

確かに、私たちがまったく同じ状況に追い込まれるということは、ありえないことだと考えるのが並みの考え方だ。
しかし、例えば戦火に燃える遠い国の人々の怯えも、貧しくて今夜の食を切実に求める人の気持ちも、身近なところでは、不況の煽りを受け度重なる不運を被って事業継続をやむなくした人が必ずいるだろうし、そこで雇われていた人もいるだろうことを、少し考えれば誰でも想像はつく。細々と暮らして老後を送れると、ささやかに計画を立てたものの思わぬ不運や突然の発病などで重い床に臥さねばならなくなる人もあろう。身寄りがない人もある。街には今でこそホームレスなど眼を向けるようになったものの、実際に報道などの陰に隠れて実態に眼の届かぬ人がいる。さらにもっと身近なところには、老後を憂いで自らの命を絶った老人もいた。金はあるがこころ豊かにならなかった。

中流意識に支えられ、とりあえず幸せであればいいと自分だけを見つめて暮らしている人が多いことは統計データを見れば誰でも知ることが出来る。しかし、その陰で、この国の何処かでは医者に掛かるだけのお金も無く病に臥している人が必ずいるのだ。国民のどれだけの人がそのことを考えたことがあるのだろうか、と常々思う。
そういう現実は事実である。手足を骨折するとか内臓を病んででもかまわない。一度、病院というところでせめて1週間でも暮らしてみるとその事実の一端が見えてくるはずだ。街外れか駅裏にある風呂もトイレもないみすぼらしい木造アパートで暮らしている老人を訪ねてみるといい。その人たちにはそこで暮らすまでに至ったのも、まっとうで真面目な理由があることが多い。何も全ての人がギャンブルで失墜したわけでもなく、自分の怠慢でどん底になったわけではない。もちろんそうであっても、ひとりの人間として見るならば見逃すわけには行かないのだが。

(脱線が長くなってしまった。)
一般的に言ってしまえば豊かなのであるが、そういった隅々にまで眼を行き届かせて、お互いを助け合うとか助け合わないまでも何処かに導いて行ってやるという手厚い思いやりが、今や国民の意識のなかからはすっかりなくなってきつつあるな、と切々と思う。誰が悪いというわけでもないが、まあ国民が豊かになって他人のことはどうでも良くなったこと、自分のことは自分でするのだからできないのは自分が悪いという理屈を、捻じ曲げて都合よく社会に適用して弱者を切り捨てて虐めを正当化してしまったことにもよるだろう。自分の成功は自分の努力の賜物で、感謝をする人や物などないのだという自信を裏返したような考えもあろう。差別という概念を消滅させるためにまず教育から、と始まって浸透していった国民の意識改革と、所得倍増の勢いで右肩上がりに成長した経済に乗って、確かに国民は豊かになったのだが、大きな落とし穴にはまった状態であり、そのことに気がついていないかもしれない。そんな気がする。

(全然脱線修復できてませんが)
今夜、自分ちのお皿に盛ったものの五分の一でいいから、何処かの誰かに役立てよう、ということを以前このブログで書いたことがある。経済優先の立場でモノを見ればそんなことをしたらデフレ増強となって世界が滅びるといわれるかもしれません。しかし、今の世界のというか地球の上で起こっている状況を、冷静に見つめることができるならば、不必要な価格競争をやめて、無駄な買い替え促進政策案も見直して、暮らしにほんとうに必要なモノを適正な価格で提供して、税金なども適正で平等に集めるという考えが、弱いながらも何処かから出てきていいようにも思うのだが、そういう兆しもほとんどない。(まあ、頭のなかには、価格破壊を促すような食品や衣料品、そのメーカーがあり、やや贅沢な家電や車などを買い換えさせる浅はかな知恵と後押しするおバカ業界、只なら何でもいいというような高速道路無料化案、各種補助政策・・・)

せめて、不必要な明かりは消して、そのぶんの志しを然るべきところに届けてやって欲しい。そういう人が1人でも増えてくれますように、と点滅する明かりを見ながら思う。そして、省エネは自分のためにするのではなく、社会の隅々の人までも幸せが行き届くようになるために…ということも言わねばならないな、と思う。
数年間で荒んでしまった心の明かりも、いっこうに灯る気配もないし、心のなかは枯れたままだ。その国民の心の改革が必要ではないのですか。>総理

2009年11月21日 (土曜日)

風間完 エンピツ画のすすめ

風間完 エンピツ画のすすめ


1987
朝日新聞社
風間 完

死んだ父が晩年に何作かの絵を残し、それが知り合いの家などに飾られているのを後で知ると、なんとも、申し訳ないと思う。そんな絵を受けて取ってくださったみなさまには心より感謝します。

父は絵を描くと戴いてくださる方々に差し上げていたようで、私の性格からすると想像して納得は出来ても、いざ私がとなると私にはマネはできないことだと思う。

私は欲張りで自分の書いた絵はおそらく必ず自分の手元に保管したがると思うものの、私がみなさまに差し上げるというか、お見せできるような絵さえも描けない奴なので、無駄な想像ではありますが。

そんな私ですが、絵を描きたいと思ったことがあって、ふとした切っ掛けでこの本を読み始めた。そしたら、この本がとんだ見当違いで、技術のことも書いてあるものの、そうではない話が割とたくさん書いてある。かなり前に買ったのだが中味はいつまでも陳腐化していないので、今読んでもとても面白く再読できる。

絵が描けない私のような人に、心構えのことやら絵を描く以前の理屈の話、絵描きの心理の話などを紐解いてくださっている。解説書というモノが、何も解説をしないまま終了したり、読書感想文が本の内容についての感想を書かずに、大ハズレな随想で終わっているのを見かけると、私の読書レビューみたいで私自身も嬉しくなる。

この本は、鉛筆で絵を描くということとはどういうことかなどの話しもあるが、絵を描きながら人生や自分の生き方や哲学のことを、どんな視点で見ているのかというとても楽しいお話が満載だった。

凝っていた肩が、あるいは固まっている脳みそが、とても簡単にほぐれてくる。絵を描く方々の魔術は素晴らしい。


| 2009-11-21 15:41 | 読書系セレクション |

2009年11月18日 (水曜日)

安野光雅 ちくま文庫手帳 2010

安野光雅 ちくま文庫手帳 2010


明日忘れずに買いに行こう。
そう日記に書いていた、あくる日、買いました。

毎年買おうと思いながら、
そのときは既に高橋の手帳を買っているので
また来年にしようと思い、その年は見送る。

今年は、思いきって買ったみた。

少し物足りない感じがするのは、
ポンと手のひらを叩いたときに、重みが乏しいからだろうか。

機能的には問題なし。
二十四節季が載っていれば、もっと良かったのにな。

ちくま文庫手帳ちくま文庫手帳


| 2009-11-18 18:37 | 読書系セレクション |

2009年11月16日 (月曜日)

ふるさとのしぐれぐもゆく鬼の面 奥山甲子男

 秋が深まるにつれて落ち葉は目の前をひらひらと舞い落ちるようになり、やがてコートが必要になり、時雨の季節がきます。通勤経路でも街路樹が少しずつ古くなった夏の葉を落としているのを見かけるようになりました。11月の半ばになりますと一夜のうちにイチョウの葉が落ちていて驚かされることもあります。

 奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿の声きく時ぞ秋はかなしき (小倉百人一首)

という歌も思い浮かべて、少し風流な気分に浸れそうです。

 奥山に‥‥の歌は、古文の授業で先生が奥山君という子に向かってニコニコしながら暗誦しておられたので、とても鮮烈に記憶に残っています。学生時代には深い意味など全然わからないまま百人一首を丸暗記した人も多いでしょう。

「あ」行あたりの歌がたくさん記憶に残っているのは、試験前の対策で前から順に片付けようとした賜物か、はたまた奥山君のおかげでしょうね。

 11月号のメルマガはヒヤヒヤします。何故ならば、書くうちにあっという間に季節が移ろい、ブルッと寒いしぐれの季節に変わってしまってはいまいか、と心配をするからです。幾分暖かめの日があれば、しぐれる日も来ます。そんな季節になってきました。

 ふるさとのしぐれぐもゆく鬼の面 奥山甲子男

 どうぞ、風邪やインフルエンザなどにお気をつけいただき、健康で快適な暮れ
をお迎えくださいませ。

*

 秋深き隣は何をする人ぞ 松尾芭蕉

 有名な句なので誰もがご存知でしょうが、これを<秋深し隣は何をする人ぞ>と覚えている人が多いと、長谷川櫂さんが著書「国民的俳句百選」のなかで触れています。ちくま新書の「奥の細道」をよむ、のなかでも「古池や‥‥」の「切れ」を解説してらっしゃいますが、この「秋深き」も「切れ」だそうで、さすがに奥が深いなあというのが理系出身の私の感想です。そんな「切れ」をこの一句から鑑賞したいものです。

 さて、今月号で紹介しました記事やイベントには秋の気配が漂っています。

 地球温暖化で色づく時期が幾分遅くなりつつあるという声も聞こえてくるものの、このメルマガを発行するころには、秋は少しずつ里山にも下りてきて、県境の山々は錦繍の粧いとなっていることでしょう。

 紅葉や庭園で有名な名所や史跡が県内に数多く残されていますので、自然のなかへとお出かけになるみなさまも多いと思います。その際には、県政だより11月号で紹介しています「エコドライブ」を思い出していただき、やさしい運転を心掛けたいものですね。(記事番外に「10のススメ」を「オマケ」で追記しておきました)

 私ごとですが、タイヤの空気圧をやや高め+αにし、早めのアクセルオフ、ふんわりアクセルを心がけていますが、6万キロを越えているにもかかわらずタイヤ交換はまだ一度も行っていません。車検のときに新品みたいなタイヤですね、と驚かれました。みなさんも、ぜひ、チャレンジしてみてください。

2009年11月14日 (土曜日)

福永武彦 死の島 (再読前) その1

この素晴らしい作品が、絶版だなんて。
儲かるとか儲からないとかいうまえに、出版業界の使命として、国民に提供するべき作品でしょ。
死の島

--

すべてがそんな状態だから、何ごとを選ぶにしても、薄っぺらな判断力しか活かせなくなってきているわけでしょ。

世の中の人たちが、正札と能書き書と、あてにならないオススメ評をたよりに、モノを選んでゆくと、きっとどこかで歯車の合わない事態がやってくる。

耐久消費財でも
イデオロギーでも
政治でも
何でもかんでも。

--

読み終わるのは、随分と先になるでしょう。
<その2>は忘れたころに、あっちのブログで。

2009年11月11日 (水曜日)

「草の花」に戻ります

こんばんは。
えらい雨でしたなあ。
いかかでしたやろ。

さて、
「ゼロの焦点」を読み終わったので、「草の花」に戻ります。

ドキドキしてずんずん進む推理小説と違って、ゆっくりじっくりと、しかも綺麗に丹念に書かれた文章と、静かで美しくしゃんとする気持ちを、福永武彦の美文で書いているのだから、そりゃあもう、読んでいるうちに日常の自分が背中を伸ばしているような錯覚に囚われますね。

バシバシと読まないタイプの私ですから、また、のほほんと活字を愉しむ生活に戻ります。

今度推理ものに戻ってくるときは高村薫のようなのがいいかな。

今夜のご飯は、何かなー

2009年11月 8日 (日曜日)

絞る縄、綯うという言葉のゆくところ

 絞る縄、綯うという言葉のゆくところ

先日、実家に顔を出したら弟が藁を丁寧に選り揃えているので、何をしてるのか、と尋ねたところ、しめ縄を作るのだという。

--- あんた、おじいさんにしめ縄の作り方、教えてもろたん?
と問い直すと、
--- いやなあ、何も教えてもろてないな、見よう見真似や
という。

丁寧に一本一本つまみ出し、コツコツと藁を揃えている。そのうしろ姿が、父に似ているかな、と思いながら私は黙って見ていた。

綺麗に頭が揃ったところで、束にした藁の束を綯い始めた。ぎゅっぎゅっと力を入れるたびに汗が飛ぶ。

--- 見よう見真似で下手くそやなあ、きちんと教えてもろうといたらよかったな。

その作業をする小屋には、子供の頃、縄綯器械があって、農家の収穫が終わった秋の暮れのころは夜なべ仕事に縄を綯う父や母の姿があった。

新聞に「おやじの背中」という連載があるが、我が家の場合、この姿というものは単に淋しそうな背中であったというだけではない。その手先で何かの作業をし、決して大声にはならず言葉に力も込めず囁くように、それはまさしく呟くように語るおやじであり、取り巻く環境には明かりも乏しく、暖炉も無く、音も無かった。

縄綯器械のあった小屋の半分は壊して新しく立て替えている。藁を格納しておくような棚や米を貯蔵する蔵は今の時代には不要であり、小屋のなかには自家用車を2,3台放り込めるようにしてある。

弟がしめ縄をぎゅっぎゅっと絞る手が、強く込めた力で震えている。縄を綯うという言葉、しめ縄を作るという作業、もっと広義に見て、藁を使う文化にどれほどの価値が残されているのかはわからないが、絶滅させていい文化とは思いたくない。

--- 下手やな

と呟いていた弟であったが、それを備えてもらった神棚の神様が、そのようにお思いになったとは、私には思えない。

*

環境を仕事にしているが、エコポイントなどの事業にかかわるたびに、逆に、モノを大事にする心が失われていることを、合理性と同じほどに見直さねばならないと感じる。人が、暮らしの中で無から有へと知恵を絞り築き上げて来た文化を忘れてはならない。人は、単なる「考える葦」であった世紀を忘れてはいけない。そう思う。

2009年11月 7日 (土曜日)

立冬にさらのインクの封を切る

背中に日差しを受けていると、なかなか治らない風邪の具合が随分と良くなったような心地になる。
ガラス越しに背中を暖めてくれる温もりはこどものころに感じた母の優しい手のようだ。

 立冬にさらのインクの封を切る

さら、という言葉が好きだ。

関西以外でも使うと思うが、関西のアクセントで、さらというと、喜びを隠し切れずに封を開ける姿が見えるような気がする。

手紙を書こうと、新しいブルーブラックを取り出して万年筆に入れてやった。落ち着いた色とも見えるが、見ようによっては褪せてしまった色にも見える。強く主張をしない静かに語りかけるようなブルーブラックの色は、大学時代の講義ノートを髣髴させ、それは青春を巻き戻してくれるような魔法のインクの色であるのかもしれない。

まだ、景色は冬枯れしないが、あっという間に冬が来るだろう。

 ふるさとのしぐれぐもゆく鬼の面 奥山甲子男

やがて伊勢平野にもしぐれぐもがやってきて、北風が吹く。こうして日向ぼっこをしていると春先のように暖かくいのに、今朝の新聞の折り込み広告は冬物衣料のものばかりで分厚くなっている。そうだ、まだ手帳を買っていなかったな。

今年は早めに冬の支度をして、師走になったら日ごろから無礼をしている大勢のみんなに挨拶の手紙を書こうと思う。やれやれ、そんな歳になってきたか。

内田百閒 ノラや

内田百閒 ノラや


中公文庫のほうが安いのだけど

中公文庫のほうではなく
ちくま文庫のほうの
ノラやにしました。

ここが大事なのだ。


ノラや ― 内田百けん集成〈9〉
ちくま文庫

ノラや

内田百閒との出会いは、ちくま日本文学全集であった。

私は夏目漱石をそれほど面白いと思わない、冷めた人間です。川端康成や井上靖のほうに、魅力を感じるというか、引き込まれるような文章を感じるのです。ですから、内田百閒は、全集の文庫を読んでも、どうしてみんなこれほどまでに夢中になれるのだろうと思うのですが。

(前置き長くてゴメンなさい)

しかし、どの作品を取り上げても格があるというか、その持ち味で知らない間に読み耽っていて、読みながらも今度は別の人を買おうかなと思っていても、ついつい内田百閒を買ってしまう。

ノラや、にいたっては、猫の話であり、誰もが薦めるし、私の名前もねこというので、読むしかないか、といういきさつであった。まあ、そんな単純な読みはじめだ。

経緯はどうでもよいか。

なるほど、面白い。面白いというだけでなく、やはり、文学である。
文芸色はあまり無い。文章も全然美的でもないし、刺激も受けない。
けれども、、やっぱし文学なのだ。

その文学というステージで、猫をこれほどまで愛することが出来て、読み手も一緒に泣かせてしまう作品は他には無いだろうな。
さらに、誰も真似のできないものであることも事実だ。

確かに、私は猫好きで、だからこそ最後まで、よくもまあこのつまらない日記や随想を読めたものだと思うが、猫の行動をここまできちんと書き残している人も少ないかもしれないと思いながら、後半は加速するように楽しく読める。
写真も挿絵も無い、文学の世界である。

私は猫好きであると自称しているが、自信を持って猫好きを通せるようになった。
飼いたい。飼えない状況なのが辛いが。


| 2009-11-07 21:34 | 読書系セレクション |

2009年11月 2日 (月曜日)

週末には手紙を書いて

名称 : 週末には手紙を書いて

mixi でこんなコミュを始めることにした。

■コンセプト
スローな時間を愉しみたい。

30年以上も昔、手紙が50円切手で出せたころは、封筒をポストに入れたあと返事か戻ってくるまで、早くても1週間ほど掛かったものです。

手紙をもらった人も、じっくりと書面を読んであれこれと考えをめぐらせて、考えを纏めてからペンを持った。

「お返事遅くなりました」、と書くのは1ヶ月以上も遅くなったときくらい。普段は、「お手紙ありがとう」、から始まった。

そんな手紙の時代に、気持ちだけでも戻ってみたい。
そう思いました。

■トピック
二十四節気とします。
管理人が作ります。

■ルール
誰でもいいですから手紙を書くの。
ただし、1回書いたら1週間ほどは次を書かない。(同一人物)

■メッセージ(投稿)
・架空でも実在でもかまわない誰かにあてて手紙を書く。
・内容は問わない。コミュメンバー(レスを含む)でも違っても良い。
・ルールを守って投稿する

2009年11月 1日 (日曜日)

月のはじめに考える ―霜月

前略、本屋には手帳が並び始めましたね。
そんなふうに白い紙の端切れに書いて、そんな便りを届けたい人も今はもう居ないなあと思っている。

忙しいことを理由に、人と付き合いをすることを御座なりにしてきたために、季節の挨拶を届ける人さえも年々減ってきてしまった。減ってしまったということは、失ってしまったということに等しく、大勢の皆様にご恩を受けここまで来ておきながら挨拶すらできずに居る自分が何とも身勝手であったか、と反省する日々である。

---

まだ30歳を少し廻ったくらいのころ、転職情報への応募ハガキをポケットに入れて出かけたのだが、その手紙がどこかで途中で風にさらわれポケットから飛び出したらしくポストの前に着いたら無くなっていた。そのときは安易にまあいいかと諦めたのだが、その手紙を拾ってポストに入れてくださった人があったらしく、後日になって会社から連絡が来た。それを皮切りに幾つかの話があって、半年ほど後には私は約9年ほどお世話になった会社を辞めて次の会社に勤めることになったのだ。

私のポケットから飛び出したハガキは、秋の風に吹かれながらどこをどんなふうに彷徨ったのだろうか。それを手にした方はどんな方であったのだろうか。もしもあのハガキが車に踏まれ水たまりの中で散り散りになっていたら私は今でも京都に居たのだろうか。

新しく移籍した会社には10年ともう少し勤めた。年齢には不相応なポストでの優遇だったので少し天狗になっていたのかもしれない。今はその会社も漢字名称をやめてパナソニックとハイカラなものに変わっているが、私の性格上あのような古典的で旧体制的な職場は居心地が悪く、10年といわずもっと早く見切ればよかったのかもしれない。しかし、それも時の運で、何がどのように明暗を呼ぶとも限らない。


お世話になった方々にはほんとうに忝い思いが募るのが秋の暮れから年の瀬である。木枯らしがやがて吹き始める季節というのは、何ともセピアな思い出ばかりで暗くらりがちだ。

新しい手帳が本屋のワゴンに積まれているのを見かけた。1月始まりに加えてこのごろは4月始まるの手帳も多い。私は30年ずっと同じ高橋書店の No.51ビジネス手帳を使っているが、今年はシリーズを少し変えてみた。やはり変えねば良かったというのが感想で、幾ら気持ちがふらついてもこれは眼をつぶって30年使い続けているものにするべきであったと反省した。

手帳1冊でも山のように過去がほどけてくるから、生きてきたということは凄いことなのだと思う。

木枯らしがもうすぐ来そうなガラス越し
この手紙木枯らし前に届けたい
なにもかもかわることのない霜月

侘助 (わびすけ)

風邪の症状が思うように引かないのは、歳のせいだろう。突然、唾を飲み込むのにも咽喉に痛みが走り、のどぼとけの骨が突然外れてしまったのかも…と不安になったほどであった。しかしながら、26日から28日まで家でゴロゴロとしたあと少しだるさや咳が残ったものの29日には出勤した。幾らなんでもそんなに休むわけにも行くまい。

うちのんはお父さんが旅行に行くというので付き添いで出かけてしまった。風邪の厳しかったときに私は娘と二人で過ごしたのだが、やはり、居ないと家の中のバランスが悪い。仕事に行く支度も娘がしてくれるが、いつもすることがトントンと進まないので、家を出る時間がギリギリになってしまう。朝は、少し早めに出て、近所の軒先や畑を眺めながら駅までゆっくり歩いて行きたい。

コートを羽織った女性もちらほらと見かける季節だ。暖房器具が要らないギリギリくらいの季節が一番過ごしやすいな、と思いながら歩いていると、ちょうどその道の脇にの垣根で小さな蕾を見つけた。少し向こうの神社の境内からは人影は見えないが竹箒で落ち葉を掃き集める音が聞こえてくる。

朝霧や竹箒が掃く音に姿無き
侘助の蕾がそろっと葉の陰に

私の乗るディーゼルカーの警笛が、気温の逆転層を反射して遠くから聞こえてくる。そういう季節にいつの間にかなっていたのか。だから、秋はかなしいと誰もがいうのだろうな。  (10月30日、夜)

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