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2009年7月29日 (水曜日)

風が強く吹いている

風が強く吹いている 
三浦 しをん


箱根駅伝が始まったところまで来ました。

いえ
それだけです。

2009年7月28日 (火曜日)

心を支える Ⅱ

不安定なものは、意思がしっかりしていても揺らぐ。しかし、考えてみれば、何ひとつ安定したものなど世の中にはないかもしれない。ジャイロのコマであっても自転があるから安定しているのだ。

やはり、不安定なものにはそれを支えるものが必要であることは否めない。もちろん、支えた状態を得ても、それは即、再び不安定ということも事実であるが、支えられている安定度数は指数関数的に上昇する。

心という目に見えないものを支えるものは、やはり目に見えない何かであるのだろうか。精神科学や心理科学を追い続ける人たちは、自己矛盾を引き起こしそうだ。

実は最初にこのタイトルの命題を掲げたときに幾つかのモデルを考えていた。ひとつは、「子ども」である。次に「夫婦」そして「趣味」「お金」などが思い浮べた。細論を考えるつもりはないので、「子ども」と「夫婦」を少し追いかけてみる。


今や子どもの就学を終えて社会に出てゆけば、やれやれというわけではない。結婚が控えている。だから結婚まで面倒を見るという親が多い。裏返せば子どもの晴れ姿を見たいという希望が親にはあり、子どもが親からなかなか巣立たなくなった。

25歳で結婚して子どもが生まれ、その後も2年毎に8人ほどできた時代は、最後の子どもが生まれるころには親は40歳を越えていた。したがって、その子が成人をするときに、自分は60歳を越える。その時代の平均寿命が60歳から70歳の間にあったとして、55歳で仕事の定年を迎えているころの話だから、親は、すでに人生の終盤を迎え着陸態勢に入っていたと考えても間違いではないだろう。

子どもは、成人するまで親に育ててもらえるとは思ってもいなかったし、期待もできなかった。ある意味で危機感を持ちながら成人になっていった。だから、このころの子どもは、義務教育を終えたあたりから自立をして、資産がある家柄の子どもであったならば堂々とその資産に甘えながらも、自立して社会で遊ぶなり学ぶなりをしていた。

親が子どもを手放さなくなったのはおそらく近代のことで、戦後復興の後にやってきた学歴主義と甘えの時代、そして経済発展を伴うサラリーマン激増の成金社会ができたころに同期する。

子どもに苦労をさせまいとして大事に育てた親は、子どもから、自立して物事を考える時期を与えるチャンスを奪い、生きてゆく力や判断力を欠乏させたまま、ノンポリで外面を着飾り、役立ちそうに見える情報で武装した腑抜けな人物で満足し、猫のように可愛がる。その反面で、家庭内での軋轢も爆発する事件が起こったりもする。

しかしながら、そんな子どもであっても自分の家から結婚等で出て行くと、心の支えを失って家に篭ってしまったり食欲をなくしたりする母親が存在するのは事実である。


一方で、夫婦にも変化が出てきている。

子どもの有る無しにかかわらず、人生の終点が見えてくると慌てだす人もある。自分の人生は何だったのかと振り返って、もう一度楽しくやりたいために、苦労を及ぼしあっていた夫婦を解消しようと言い出す人たちが目立ち始めたのだ。

その人たちにはそれぞれの正当な理屈があってそのことをあれこれ言うつもりはない。しかし、この現象は、音や光こそ放出しないものの、立派な社会的雑音であると思うことがある。

自分たちはまっとうな生き方をしており、自分の考えを正直に通すだけだというような考え方、全てをとまではいかないが金銭的に(民法上で)解決していけば、何も問題はないはずだという論理である。

私たちは他人に迷惑をかけなければ勝手気ままをやっていても構わないというものではない。人は生まれたときからたくさん人たちのおかげで暮らしてこれているのだし、人間という形で存続できていることまで及んで考えれば、人類の祖先たちの恩恵を受けている。恩恵は暮らしや文化だけではなく、自然や技術でも受けているのだから、自分だけがひとりで今の地球に居るなんていう考えは思い上がりも甚だしい。

だから、人生を振り返れば、そう易々と思い付きとか損得だけで一瞬の行動判断をしてしまっては罰当たりではないか。もしも、どうしても自分の幸せを得たいなら、生まれ変わってからにするべきではないかと、思う。


心の支えをなくしている人は、心が貧しくなっているのかもしれない。現代社会、物質が豊かにあふれ、精神的にも満足感が溢れているのだが、人々の心を支える柱がか細くなりつつある。この貧しさを解消するために、お金を使おうとか、力を出そうとか、見栄を張ろうとか、快感や快楽を求めようなどとは考えないほうがいいだろう。何度も書いているが、自分を見失ったことによる損失は、自分を破滅に追いやってしまいかねない。

そうこう考えると「心を支える」ではなく「心を支えあう」が正しかったのではないかと気づく。

「心を支える」という言葉を考えていろいろと悩み続けた人たちは、ここで見つけた「あう」という二文字を落としてきてしまっただけなのだ。

あう。
「見つめあう」という言葉もある。
美しいと思いませんか。

2009年7月26日 (日曜日)

心を支える Ⅰ

突然、指輪がきつくなって、薬指の付け根が痛い。無意識にさすっていたがよく見ると指全体が蜂に刺されたように膨れ上がっていた。

指輪は外そうにも外せない、というか、ピクリとも動かない。25年間ぜんぜん痛みを訴えたこともないのだし、放置しておけばそのうち腫れも引くだろうと思っていた。

ひと晩忘れていてのに偶然、今朝、思い出して眺めたら、腫れがひいているので、まだ少し無理があったが、ちょっと痛い思いをしながら指輪を外した。

滅多に外さないので---ひと月とかふた月に2,3分程度何か理由があって外すだけ---しっかり指に跡ができている。たぶん、骨も影響を受けて変形してるのではないかな。その指にあるくっきりと締め付けた跡は、激しく爛れて、やけどのケロイドのように皮が剥がれている。痛々しい。

そういうわけで、しばらく指輪を外して過ごすことになったが、指がソワソワするような気がする。

--

友だちが「『心の支え』は何ですか?」と日記に書いていたのを読んで、この言葉をメモして机の隅に置いておいた。

様々なことを思いながら、考えても仕方がないやという気持ちも少しあって、それ以上の考えが纏まらずにいた。

まず、心の支え、生きがいなどを冷静に振り返ってしまう時期が人にはあるあるということ。それは、汐が満ちてきたり引いていったりする姿を思い浮かべながら考えるとイメージが掴みやすい。

人生という目に見えないモノのなかに存在する「波動」は、複雑な振動を繰り返しながら存在する。そしてさらに、複数の波が干渉し合いながら、モノの流れを作って、エネルギーを貯めたり放出したりする。

何も難しく考えることなどない。高等学校で習ったSIN関数、COS関数で世の中の殆んどの事象を数式化できるのだ。そこには、位相という概念が存在する。


私たちは、心を何かに「支え」られて生きている。エネルギーは、質量(m)と速度(v)の2乗の積を半分に割った式で表されると習った。

ある重さを持ったモノが、一定の速度で動き回るというだけの話で、私たちの心はひとつの目標に向かって突進し続けていき、目標物が近づいたら速度を落とすというコントロールをする能力を知性と行動力で備えている。私は心理学者じゃないからその心理状態に、ニュートンが思いついた物理現象と同じような式を当てはめることができるかどうかまでは知らないが、たぶん、似たようなモンだろう。


ひと息ついたら、自分自身を支えるために別の力が必要になってくる。そんなものは心の何処にも準備などしてないし、学校でも教わっていない。

だったら、止まらずに走り続けるか、停止して運動エネルギーを別のエネルギーに転換するしかない。エネルギーを転換することの難度の差はあれど、多少のロス(発熱など)を生じながら、落ち着くことも可能だ。

しかし、動いているものを止めることは難しい。そのときに、当人にはさてさてと考えながら、並行して「心の支えとは何だろうか」という疑問が出てくる。それは、どんどんと姿を変え「何だったんだろうか」と過去を振り返るものになり、果ては無意味ではなかったのかとか、存在するのかなどという、いかにもありそうな疑問へと豹変する。

自転車の補助輪の代わりに差し伸べる親の手を想像すれば判るが、支えとは物理的には、エネルギーを移動させたり発生させたりする物ではなく、「支え」にすぎないのだ。(車ならシートベルトのようなものか)


そうこうと考えると、最初にメモ書きとして残した「心を支える」とは、実はこの言葉が求めている「支え」を私たちは探しているのではなく、自分自身の状態を客観的に捉えることができずに居る自分の方向を知りたがっているのだ。それが見えていないに過ぎない。行き先が見えてますか?という質問に置き換えられるのではないか、と思う。

月並みだが、「迷子の理論」というのがあって、迷子は自分がどちらに行ったらいいのかワカラナイ。何処に行きたいの?と聞いても、ワカラナイと答えるのであるが、泣いている理由の原因は行き先がわからないからではなく、自分の位置がわからないからだともいえる。交番の椅子に座ればそこは交番であることが明確で、泣く理由は消滅する。

今の時代の人たちには、結婚や恋愛についても、見本やお手本やバイブルなどあらゆる情報を、(もしかしたらネットで?)入手して懐に(ケータイと一緒に)持っていないと、安心できない人たちが多い。(婚カツって言葉もあるそうだ)

心を支えてあげたいのだが、自分の名前と自分が今何処に居るのかくらいはいつでも説明できるように、日常からしっかりしていたいものだ。自分のアイデンティティ(Identity)、持ってますか。

---

なーんだ。
自分を見失わずに、目標ありますか?って聞いてるのかい。

ははは。

ところが、目標を失ってしまって、やることがなくなってしまっている人もたくさん居るのが現実だ。

無差別に放火したりするのもその心理のひとつの結末だろう。あの気持ちがまったくわからないという人も、本当は課題を細分化してひとつひとつの要素を見つめてゆけば、まんざら遠い心理でもないと思う。知識人や学会の人は世の中が荒れているなどと言いますが、荒れてなくても、人の心に幾らでも存在するエネルギーだ、と私は思う。

現代社会は、個性個性と騒いでいるわりには、物事の判定を相対的な尺度に頼ることが多い。

空気が読めない、上から目腺で話をする、ということをすると、大変な目にあう。
そんな態度や行動をいつもとっている訳ではないが、そんな私の何が悪いものか!と反論したい。

--

さあ、選挙行ってこようかな。

手をつなぐ

おはよう!

蝉がまだ啼き出しません。

朝。
気持ちいい。


夕立に手をつなぎ濡れてゆきたい  ねこ

そんな激しい土砂降りでした。
きのうの夕立。

梅雨明け、近いのかな。

2009年7月22日 (水曜日)

石川達三 私ひとりの私

石川達三 私ひとりの私



夜中にザザザと降った雨もあがって
静かに迎えた朝に

ふとしたことで、この本のことを思い出した。

そしたら、スルスルとセピアな色の青春時代が、甦ったのだ。


私ひとりの私 (講談社文庫)
石川 達三
講談社

セピアという色は、曖昧な表現だ。しかし、私ひとりの私という本を手にすると、青春時代がセピア色に甦る、と言ってみたくなる。

私と石川達三との出会いはこの本から始まったのだ。そのあと、生きている兵隊を読んで、青春の蹉跌へと進んだ。

未熟な学生時代に、作家の赤裸々な自伝と出会い、美文か駄文かさえ判別できない自分がその人と四つに組む。

文学との出会いのチャンスは、作家の数だけあって、人それぞれだろうが、ある時期に石川達三という人物に夢中になれたことや、事実埋没していたことの誇り高き自信のようなものは、この本との出会いから始まったのだった。

「ひとり」であった「私」は、理由もなくタイトルに魅了されただけなのに。

考えてみれば、出会いとはすべてそんな偶然の集まりであるのかもしれない。


誰が薦めてくれたんだったっけなあ、この本。一般教養の文学の斉藤先生だろうな。(ひとりごと)


| 2009-07-22 09:40 | 読書系セレクション |

2009年7月20日 (月曜日)

盾ヶ崎まで(18日)

ちょうど1ヶ月前に、「神去村」(三重県美杉村)へ村民の話を聞きに(インタビューしに)行ってきたのが最後で、あれ以来、ガレージにバイクは放置中。 ちょびっと心配をしながらであったが、エンジンは少し詰まり気味で始動してくれた。

お天気は、朝のうちには怪しさが残るけれども午後は晴れるでしょう。…といううものの、最高気温を日々更新中の暑さが続いており、前輪タイヤは坊主だし、出かけるのは。やっぱし億劫になってる…。

でも、いぶきチャン誘っちゃったし。…というわけで、

〔※他に3名ほど声を掛けたが、見事にふられ、いぶきちゃんと親子もどき・ツーリングになってしまった〕

---

[いぶきちゃんに刺激され]

というか、空いてる日を聞いたら私の休日と一致したのが18日でした。3連休の始まりであり、夏休みの初日。お給料が出る3日前てわけで、超貧乏ツーリングとなります。こそっと走ってこようかな、というかんじ。

※写真つき日記は、いぶきちゃん(マイミク&グリ友)のブログを参照してください。

[雨上がり、千円札を2、3枚]

目指すは、東紀州です。

こちらのイメージといえば、美味しいお魚、キラキラと光る海、潮風。
尾鷲市あたりでお昼かな。だったらMさんにお店の情報聞いてみようってなわけで、メール入れておいて出発です。

いぶきちゃんにはちょこっと遠いところから走ってきてもらうので大変申し訳ないのですが、なかなかキャンプツーとするわけにもいかず、ちょっと無理して走ってきてもらいました。

[R42を南へ走る]

やまあいの村落を幾つか通過するたびに、涼しいなあと感じるます。交通安全県民運動期間中ということで、しっかりとゆっくり走ります。取締りのお仕事中の方に軽く挨拶をして、R42号をひた走る。高速のおかげで少し車も少なめかな。街に出たらやや多めだったけど。

森のチカラは大きいな。R42号をゆるゆると上ってゆくと少しずつ涼しさが増してくる。やまあいの村を通り抜け、並走するJRのディーゼルカーを眺めながら、峠を越えれば、そこは熊野灘です。湿気の多い日ですから、真っ青の海じゃなかったな。

[旅のインセンティブ]

ツーリングってのは、一緒に行く人に美味しいモノを紹介したり綺麗な場所に連れて行ってあげるのもいいのだけど、こうして山を越えて遠くまで来たときに地図で復習をしておいて次のツーリングの構想というか夢を描くときに想像力として役立てることが必要だ。

きわめて理論的な言い方になるけど、そういう想像力と好奇心を培っておくことが、未知な所の地図を見たときの好奇心を生み、旅に出る動機になるのだから、思い出や感動に残る旅をするなら自らの好奇心を磨いておかねばならないのだ、とそんな話をいぶきちゃんにしたかも。

立派なツーリストになってください。

[美味しいお魚を食べたい]

さて、お魚と盾ヶ崎。 今回のテーマはふたつだった。

尾鷲市の知人(Mさん)に電話を入れて、市内のコンビニで落ち合うことになった。食事のできるお店を教わったら彼女も一緒に来てくれるというので、美人二人とお昼を食べることができました。けど、緊張して何食べたか、記憶が怪しいとか…。

[盾ヶ崎まで]

お腹一杯で、盾ヶ崎へ向かいます。
そこには、国道311があるのだ。
バイクも、割と走ってましたね。

快適な道路の脇には、小さな入り江ごとに漁村があります。有料道路のように国道がバイパスしてゆくのですが、この道から急旋回するように海岸のほうへ降りてゆく道を辿ればその小さな漁村へ行けます。

行ってみたいなと何度も思いました。少し前に、Mさんが立ち寄ったという小さな集落。小さな写真を1枚送ってくれたのを思い出しながら、廃校になった小学校と狭い路地の続く小さな集落まで行ってみたいなと。

でも、今度。

きれいな砂浜の海水浴場もあります。もちろん水もきれい。ところが、人影は少なかったなあ。海水浴ってのはもう流行らんのかな。

写真機を持ってないので、どんなところかはお見せできませんが、なかなか走って楽しい道路をたくさん走れます。 ステップ・スリスリ・ロード。

[帰りは南伊勢町方面経由で]

時間があれば、いぶきさんに20年前の旧道・廃道の峠道を少しだけでも見せてあげたかったなあ。昔はこんなに狭くて、クネクネで、断崖絶壁を通っていたんだって。
(錦峠付近で少しだけ説明してあげたけど)

今度来たときは、錦漁港まで下りて行こう、そう思いながら通過しゆく。

[道の駅]

道の駅のスタンプを押すというので私も愉しませてもらいました。 道の駅・マンボウの定食は、けっこう美味しいですよ。あぶり鯛丼なんて聞くだけでよだれが出るでしょ。

他にもまだ行ってないところがあるようですから、ぜひともおいでください。

あっ!
それから、クーラーボックスを忘れずに。

〔7月18日土曜日〕

2009年7月15日 (水曜日)

ひとりごと、飛行機曇を千切り棄て

先月、6月15日に

ひとりごと、飛行機曇を千切り棄て

こんなのを書き残している。

--

このころから、僕にもひとつの変化があったんです。
今はあのときほど、切なく思わなくなったの。
もう、マラソンのように走り続けるのはやめようと思ったら気が楽になったの。

18日、東紀州方面へ、何名かとツーリングに行くかも。
(メールから抜粋)

2009年7月13日 (月曜日)

七夕は十五夜お月さんみて眠る

この作品が、なかなか、いい。

寂しく、夜を過ごしたのだ。

7月も中旬を過ぎて、梅雨があけると、そんな風流なことも言っておれないほど暑い夜がやってくる。

祇園さん。汗みどろな自分の姿と、冷たい缶ビールの思い出ばかりがある。

淡い明かりに誘われて、さまようていたい。

2009年7月11日 (土曜日)

最近のレビューから

mixiの読書部Ⅱに

「奥の細道」をよむ (ちくま新書)のブックレビューをアップして
烈日サイパン島 (1979年)東京新聞出版局のレビューを追加した。

永年、本棚に眠っている本を、掘り起こして読んでいると言う日々が続くが、良書が多いので自分でも驚く。若きころは、流行に踊らされるようなことが無かったんだなあ。

日記では

暑い夏になると思い出します。
今は、リゾート地で有名になっている南の小さな島です。
サイパン島。
数々の歴史の中で、もしかしたら一番悲惨な哀しみが、ここにあるのかもしれない。

と紹介しておく。

2009年7月 9日 (木曜日)

読書部 解散! (その3)

その3
2009年07月07日 21:07
---

かなり危険な言い方なんですが

コミュニティとしてある読書系の
・読書数を誇るところ
・何を読んだかを主張しあうところ
・自分を出すだけで、人を受け入れようとしないところ
・読書の虫と言いたがること
などなど

私のような
読書の劣等性は
優劣とか序列とか
注目とか売れ筋とか
そういうのが好きになれなかったの。

またまた
危険な言い方だけど

福永武彦のわけのわからない一節とか
そこに潜んだ荒れ果てたと心とか

純粋で情熱的な物語とか
少し裏を知っている人と、人生の襞を共感しあうとか

宮本輝の作風とか

遠藤周作の純粋と純真,純心とか

数々ある人々のから伝わる勇気とか
それをもらって、震える皆さんの呟きとか。

そういうモノを
吐き出す

場所。

読書部Ⅱに
作りたいと思う。

看板だけの人には来て欲しくない。

走り書きですが
そういう気持ちでいます。

読書部 解散! (その2)

その2
2008年12月13日 09:36
---

コミュをやっていて、入会する人が増えるのは嬉しいのですが、私のところに足跡も無く入会だけする人も多かったことが気になっていました。

コミュニケーションというのは、交流するという言葉の意味を持ち、動詞も名詞もあります。そのどちらもが、意味のとおりに機能していないと感じて幾日もが過ぎていました。

所詮、ネットワークの遊びですが、飾りでコミュに入るのならやめて欲しい。
情報を受け取るだけなら、他所に行って欲しい。
読書を通じて自らが発散するものを、レベルはいかがにしろ、提供していただき、そこにコミュケーションの出発点を置こうと考えていましたので、情報を差し上げたくないというのではなく、何も情報が無く探すだけなら探すだけなのだという事実情報を持ってコミュニケーション出発地点にいて欲しかったわけです。

ひとりひとりのプロフィールを拝見し、割ときちんと憶えていたのですが、途中で名前が変わったり、人数が急激に増えたりしてしまうと、その人の像が見えなくなります。

読書の価値なんて、所詮バラバラです。
何も、纏める必要も無い。
情報が欲しいならどこにでもある。
その辺で手に入れられないようでは、今の時代、自転車車に乗れないよりも情けないとみなされるかもしれない。

そういうわけで
もう役目は終了。
ひとつの時代は終わったと判断したのです。

読書部 解散! @mixi

読書部 解散!
2009年03月12日 16:10
-----

こんにちは。

もはや、読書部に魅力は無い。
魅力があった時期は非常に短かったともいえる。
元々、そんなコミュに魅力など持ち得る資質など無かったのではないか。

本を読み終わったことや、たくさん読んだことを聞きたいわけではない。
どの作家が好きなのかという上辺を聞きたいわけでもない。
確かに、友だちなど人物を選択する際には共通の作家を探してみたり、好みの作家診断をするのも結構だが、そんなお遊びをしている年齢でもない。

その人がその本を読んで何を得たのか。
それはどのような過程を経て熟成されて、噛み砕かれていったのか。
感動とは何か。

あらゆる振動が書物を読んでいる最中や読後に、体中から発散されるだろう。
大げさなモノもあれば平然としたモノもあろう。
個性とはそもそもそういうもので、横一列に並べて凸凹具合で優劣やオススメ度を決められるものではない。

コミュニティーは、すべて自分のほうに向かっているモノを待っている人たちで構成されてきた。

言い換えれば、SNSやブログやホームページは、ほとんどが自分に向かって光が放たれているのだと思っている人たちが多く、その人たちで構成されているといってよい。
その傾向は、時々刻々と増加しつつある。もはや、飽和に近いかもしれない。

情報を求めて彷徨い来る人たち。

情報を簡単に入手できるようになってきたことで人間は、愚かになりバカになり浅はかになってきたと思うでしょ?

便利で合理的でお得な…(というような他にもいっぱいある能書きをかき集めて貼り付けてください)コミュニティーやネットワークというモノを、私は待ち望んでいるわけではないのです。

だから、つまり、情報を欲しいと思って来たり、名刺代わりにしようと思っている人が増えたりしては息苦しいです。

そういうわけで、コミュニティーというモノを継続しても、もはや私の考えているコミュニティーではなくなっている。

それが結論です。

---

実際には、質のいいレビューを書いている人も大勢いるし、興味深い読書をしている人も多い。そういう人を大事にしないで、廃止というのもつらいのだけど。


これから、 少しずつ、トピックを削除してゆきます。

中味のある、価値の高い発言などは私自身のノートに書き写してからになりますので、そんなに即座には閉めませんけど。

読書部Ⅱを作ります。そのうち。

みなさん、どうもありがとう。

ひとりひとりの名前を覚えていられたころが一番よかった。
いまは、みんなが見えなくなったから、ごめんね。

井戸水で冷麺を洗って考える

きのう実家で、冷麺を作った。

湯がいたあとに麺を洗う。ハンカチを洗濯するように丁寧にごしごしと洗うほど、麺の表面がサラサラになって美味しい。

井戸水が冷たい。ここは、井戸水なのだ。こんなに冷たいものだったか。忘れていたなあと思いながら、やはり現代の贅沢と豊かさについて考えてしまう。(宿命なのだ)


大昔は、都心であっても井戸水であったはずだ。それが何段階かの変化の後に水道水のみになるのだ。

井戸水と水道と併用時代には、井戸水は冷たくてイイねえと言いながら、無限大に贅沢に使えて枯れることのない水道水も使った。

時には水道水の臭さに文句を言い、井戸水の不衛生に不安になりながら、人々の暮らしから井戸水が消えてゆく。

井戸水がふんだんに使える地方や地域でも、行政の政策で水道水が常識化される。下水が普及するとなおさらである。

井戸水のころは良かったねという人が激減してゆく。

今は、井戸水を知らない人が大部分になってきた。

便利で衛生的で安くてまずまず美味しい。不満はないし、無理して井戸水の暮らしに戻る必要もないと思うのが当然だろう。


井戸水を復活させようと叫んでいるのではない。

人の暮らしが便利になったその過程を、しっかりと分析すると、豊かさ意識の麻薬的なモノが付きまとう。快適さや便利さを求めて経済的なゆとりを実現するために、些細なことだからと切り捨ててきたモノが幾つかあった。その判断に間違いはなかったと思う。

しかし、自然の恵みをここまでズタズタにして、科学技術の生んだ便利が最上のものだという錯覚にとらわれ、今までの自分たちがここまで来れたことへの恩恵を踏みにじるかのような考えが横行する世紀なってしまったことを、もう少し真剣に考えて反省してもいいのではないか。

たかが、井戸水ごときであるが、こういうものと共に暮らせるゆっくりとした、安らかな社会を、どうして取り戻そうとしないのだろう。豊かさや贅沢満足にはそんなに魅力がいっぱいなのだろうか。

井戸水を汲み上げる井戸がなくなっていった20世紀から21世紀のひとつの風景と同じように、必ず街の中からガソリンスタンドが姿を消す日が来る。原油の枯渇と同じ時期にそれは必ずやって来る。人々は井戸のことを忘れてしまったように、石油のことも忘れるのだろう。あとは、想像も出来ない話となってしまう。

2009年7月 8日 (水曜日)

司馬遼太郎 坂の上の雲 (第1巻から第8巻)


司馬遼太郎 坂の上の雲 (第1巻から第8巻)

坂の上の雲(文春文庫)
司馬 遼太郎
を読んだときにかいたと思っていたレビューが無いので
よっぽど、面白くなくて書きたくなかったんだろうな、
とか思ってみたりしてます。(笑)

---

坂の上の雲 (文春文庫)
司馬 遼太郎
文藝春秋
\670


司馬さんの小説は、エッセイのような小説であり、教養の講座の講義のようでもある。
これほどまでに人物を興味深く書ける人は少ないなあ。
第1巻を読了。

続きは、全部読んだら書きます。

---
(ここから加筆)

そんなことを書きながら、読了しても感想を書かなかった。
というか、忘れていたのだ。

2008年の春ころに読み始めて、
7月に第4巻、
8月に第5巻、
11月中ごろに7巻、
12月日本海海戦
と、
ブログの日記には残っている。

星は★★★ほどかなーとどこかで書いていたので、司馬作品としてはそれほど高く評価しなかったのでしょう。

第1巻を読み始めたころには、★★★★としていた。

世の中の読書人が高く評価する傾向があるようですし、ドラマ化で一層拍車も掛かってゆくのでしょう。

ドラマのほうが面白いかも。
二百三高地の作戦あたりは、司馬さんのこだわりと意地のあらわれでしょうか。

そういう意味では、司馬さんの人間味に触れられるのかもしれません。

司馬作品は、時代を遡るほど、文学味が出て、面白い。

…ということで、感想は1巻で書くのみ。


| 2009-07-08 10:02 | 読書系セレクション |

2009年7月 7日 (火曜日)

伝承すること、モノ

【巻頭言】

 私の生まれた地域では、七月を迎えて七夕様を過ぎたころに、祇園さんという祭があり「堤燈(ちょうちん)灯し」と呼ばれる行事がありました。日が暮れると近所のお寺に集まって、堤燈に火を灯しお参りをします。子どもたちは花火を上げて遊びました。今思うとあれは旧盆の行事のひとつだったわけで、現在でも続いているかどうかは不明ですが、蛍の飛び交う田んぼ道を、浴衣姿に着替え堤燈をぶら下げて出掛けたのを鮮明に思い出します。

 先日、シナリオ作家だった向田邦子さんのエッセイを読んでいましたら、玄関や式台に置かれた足ふき雑巾の話、「よそいき」服という言葉、パジャマの上からした腹巻、お風呂のげす板、蚊帳など、昭和のころの懐かしい話が登場しました。

 これを読んで懐かしくなり、ある人に話したところ、それって私たちが子どもの頃に親から授けてもらっておきながら次の世代へとは引き継げなかったものばかりですね、と言われました。

 なるほどと思いながら、大切なことは、そのときの暮らしやそこにあった営みを守り伝えることではなく、みんなが毎日使っていたモノに対する畏敬や感謝の気持ちを持つことであって、合理性などを優先するあまりモノの大切さを伝承してゆけなかったことを、まさに後悔の念を持ちながら、何となくノスタルジックに捉えているのだと思います。

 キャンドルナイトやスローライフ、自然体験など、夏は数多くのイベントがありますが、現代を「豊か」に暮らしている二十一世紀の人たちに、少し昔の歴史にも触れながら、モノの大切さのようなものを伝えられるといいのにな、と思いました。


【編集後記】

 早いもので、このメルマガが今回で100号を迎えました。いつも読んでいただいて、ありがとうございます。第46号から担当してまいりましたが、月日の過ぎ行く速さを切々と感じます。

 当初は、○○○○センターから発信をしていました。センターの周辺はご存知の方も多いと思いますが自然に恵まれた素晴らしい環境です。四日市市内の街並みからその向こうに続く伊勢湾、中部国際空港、知多半島、名古屋市方面、恵那山まで見渡せます。木々が茂り、花が咲き、鳥が啼く日常にごく普通に接して暮らすことのできるところです。

 平成20年の4月から○○8階に異動してきました。自然のなかでのささやかな発見などに触れる機会が減ってしまい、寂しい思いもありますが、人の集まるところには情報があふれ、声が飛び交い、刺激に満ちています。それらひとつひとつを大切にし、時には1号のころの気持ちを振り返りながら、100号を過ぎていつまでも、みなさまの元へ新鮮で躍動的な情報を発信して行きたいと考えています。

 どうぞ、今後とも引き続きご愛顧をよろしくお願い申し上げます。

7月号 7月7日発行

2009年7月 4日 (土曜日)

子どものころに・・・夢みたもの

そう

僕は子どものころに
船乗りになろうと思っていたんだ。

どうしてだろう。

でっかい海に憧れたのか。


(でも、泳げないんだよ)

宵々山に

宵々山に
出かけようかな。

夕飯時に
そんな話が出てた。

人ごみ。
嫌いなくせに。

2009年7月 3日 (金曜日)

やまぬ雨、あなたは何処で

7月になって、とんとんと日が経ってゆく。
また月が満ちて、かけてゆく。

かけてゆく。
広い大地を駆けてゆく。

君と二人で
旅にゆく。
そんな暑い夏から
もう、ひと昔も過ぎた。

しばらくヒゲを伸ばしていたのですが
昔のように黒々としなくて
半分くらいが白い。

それは理由ではなく、
剃った。

剃るとまた欲しくなる。
見かけはむさ苦しいのだけど
柔らかい肌触り。

私の周りの半分ほどの人は
ヒゲの私との付き合いのある人たち。

ヒゲがなくなると、
消滅しそうで、いささか不安だ。


さて、
夕方から雨が降り出した。
折りたたみじゃちょっと小さすぎるな。
通勤用のカバンが濡れてしまう。

そんなことを考えながら

 やまぬ雨、あなたは何処で濡れるやら  ねこ

と嘯いている。

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