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2009年5月11日 (月曜日)

2003年9月22日~24日:信州・南アルプスゴールデン・ループを走る

2003年9月22日~24日:信州・南アルプス、ゴールデン・ループを走る

1日目(22日)

◆はじめに
十年が過ぎてからこの日記を読んでも、ああ、あの時はこう考えていたんだな、というものを残しておこうと思う。一部始終を残すことはできないにしても、ちょっとしたことがトリガになってくれることもあるから。

◆出発まで
光化学スモッグ監視体制が終わった。幸運な偶然で、一日を振り換るだけで5連休になる出勤日程だったため、21日から25日まで休日とさせてもらった。
ネットのツーリング仲間のレポートを読んでいても、出かけたいという思いが募った。しかし一時のように無理やり仕事の都合をつけたり、こじつけて出掛けたりはしない。ゆとりが出てきたとも言えようか。確かに、がむしゃらに走ってみたいと時々思う自分の苛立ちを解消するために、秋田県と青森県の県境の五能線の風景を訪ねてきたい、と募ってゆく思いが、日々増幅していたことには変わりがない。しかしながら、台風が来たことで今回の旅が流れても、それはそれで仕方がない、と思えるようになった。機会があったらJRラーとして行ってみたいと思う。

◆台風15号
さてさて、18日ころから沖縄本島や宮古島付近をウロウロとしていた台風がいよいよやって来た。私が出発をする前日には一気に本州に向かって加速を始めた。どうか関東のほうに行ってくれ、と願うものの21日の出発は断念せざるを得ず、秋田行きは阻まれた。諦めと同時に私の心を支えていた緊張の糸も切れてしまった。

◆出発の朝
お昼ごろに出発すれば三ケ日の大谷キャンプ場に到着できるだろう。たまにはこんなのんびり旅をしてみるか・・・と考えながら荷造りをはじめたら8時過ぎに終わってしまったので娘が学校に行くのと同時に出発することになった。確かに6時から準備をし始めれば8時にはできる。大谷キャンプ場は、某コミュニティで秋季キャンプの話題に出ていて、そこが三ケ日インター近くにあった。ひっそりと隠しキャンプ場にしておきたいところだ。ここからならば「井川雨畑林道」が余裕で狙える。

◆海が光る。さざなみが光る。伊勢湾。
通勤時間帯を少し過ぎたので、津市を過ぎて四日市付近を走っていても車の流れがスムーズである。こんなことに平日を実感する。
青空だった。四日市港から桑名あたりを走ると右手に海が見える。風もなく、さざなみがきらきらと輝いている。こんな綺麗な海を見るのは久し振りだ。この白銀のまぶしさが何とも秋らしい。見上げれば青空が広がっており、かすかに雲があるものの、近く、どこかの町で雨が降っているなどとは想像などできない。Tシャツに3シーズンジャケットがちょうど心地よい。

◆散々迷う、三河の山岳地帯
国道23号線も、流れに沿って快適に走り飛ばす。高速道路よりもスリリングな走りができるので結構気に入っている。たまにはエンジンもブイブイと回してやってもいいだろう。道草をしたくなるような陽気であるもの、そんな調子で岡崎インターの近くまで来た。ここらあたりから山に入って秋葉神社あたりを通過して中川根町には夕方に余裕で到着と目論んだ。いつの間にか大谷キャンプ場行きは取りやめにしていた。。

◆迷走始まる
しかし、迷走はこのあと始まった。一発目のミスコースは、インターから本宮スカイライン方面に行く道路の選択だった。ひとつ西の道を北上したため、三河の山奥にどんどん入り込んでいってしまった。道端の畑で二人で仲良く話をしながら畑作業をしているおばあちゃんに道を尋ねた。

----本宮山のほうに行きたいんですけど
----それじゃ反対じゃなあ
----下山村のほうは?
----それも反対じゃ
----今、どこか地図を見て、わかりますか?
(地図を見せようとすると)
----そんなものは見てもわからん
----ここは額田町のどのあたりですか?
----端っこだぎゃ

さっぱり、何処に居るのかが判明しないが、30分ほどこのような会話をして手当たり次第に在所の名前を挙げて地図上で繋いでゆくと、現在位置が判明する。それが額田町一色という集落であった。
その後、おばあさんに教えてもらった道順を頼りに下山村、作手村、設楽町、東栄町などを経て佐久間ダムで有名な町までやってくる。所々に風景に憶えのある交差点を通るがそれが有機的に頭の中で繋がっていないのが迷走の原因であったのだろう。
迷走の途中に従兄弟の家に寄ったりして開き直りながらも、しかし、「水窪」の言葉が頭にこびりついていて、どどどっと正反対に山の中に入っていた。

◆ダメ押し。水窪から天竜林道・天住峠へ
最後に右左を勘違いしていたのは佐久間の町だった。気が付いたら水窪町に到着寸前で、さすがに戻るのを悩んだ。川を下って秋葉神社まで行くか、天竜スーパー林道か気田川沿いを下るか・・・。気合付けにフリースを一枚着た。
結局、気田川沿いを下ってみる決心をし、天住峠で記念写真を撮ってみたりして、自分自身に余裕を見せ付けている。一人芝居のようなものだ。
気田川は、コーヒー牛乳のように濁っている。山は想像通り深いのだが、山住峠のあたりに門桁小学校があっただけで、相当の距離の間、民家がなかった。走りながら私が不安になってくるほどだっただけに、あの村の人たちはどんな暮らしをしているのだろうか。もっと知ってみたくなってくる。地図には在所の名前はあるものの、集落を成していたという記憶はほとんどない。そんな山中を1時間ほど走る。

◆中川根町。くのわきキャンプ場
国道473に出れば、心配はない。・・・と思っていたが、この道路は何度走っても目的地までが遠い道路だ。飛ばしても飛ばしても、思うように時間が縮まらない。やめればいいのにまた来た自分はおバカさん、とひとり言をつぶやきながら走る。
大井川沿いの中川根町に出たらスーパーに寄ってキャンプ場の情報を、買い物に来ていたおばさんから探ってみる。小林聡美ふうの丸顔の愛想のいい人だった。「三ツ星キャンプ場」と「くのわきキャンプ場」を教えてくれるあたりは、相当にこれらのキャンプ場がメジャーなんだろう。三ツ星にはヒルがいるよ、いうことも教えてくれた。それなりの信頼性だろうということで、「くのわき」に向かう。

◆くのわきの夜
買出しで、鍋焼きうどんを探したけど見つからなかったのが残念だ。鍋を持っていないのでアレを当てにしていたのになあ。お酒も今日は中止。たまには飲まないのもいいだろう、そう思いながらも、夜中に欲しくなったらどうしようか・・・。
このあたりは日中にも雨がパラついたらしい。芝生がぬれている。三角の大きな屋根の施設があったのでその下にテントを張った。管理人さんを探しても見当たらない。明かりもない代わりに金も払えない。雲は重く、明日の天気は期待できないのかもしれない。しかしさっきのスーパーのおばちゃん(小林聡美さん)はとても明るい口調で、明日は晴れるよ、と言ってくれた。
真っ暗なテントサイトでカップラーメンと魚肉ソーセージを食べる。公衆電話があったので家に電話を入れようとすると、コインを入れる口やボタンが見えない。久し振りに真っ暗を体験して、心細くもあり嬉しいような気分でもある。
夜中に何度も目が覚める。早く寝たのだから当然のことで、空を見上げると星が幾つか見える。その星の散らばりを見て雲の出具合がわかる。

2日目(23日)

◆くのわきの朝
雲は空一面を覆っていたが、太陽が昇り始める時刻になると山肌が少し赤く染まっているのが見えたので、この後、晴れるのではないかという期待は膨らんだ。

◆接阻峡から
レインボーブリッジが見下ろせるところに遊歩道があった。あそこは行けばよかった、と思ったのは後のことで、接阻峡温泉会館は10時ころからかなと感じていただけに、実際に温泉会館に寄って改めてそれを確認したときは少し後悔した。もしも二時間ほどの散歩に行っていたら温泉会館に9時半ころとなったのだから・・・。
接阻峡をさらに深く入ってゆくとすぐに道路は狭くなる。奥井川の集落の人はこの道路ではなく静岡市側に通じる道路を使っているということが走っているとわかる。山を走り続けると、まず、キジだ出た。そのあとリスが出た。さらにサルも出た。

◆井川雨畑林道へ
分岐点のところで仕事の準備をしていた人に道の様子を尋ねたら、通行できないでしょう、というので、少し前に行けたそうですが、と言うと、少し前に行けたなら、行けるだろう、と答えてくれた。あまり自信なさそうだったが、この人たちはそんなところには用事がないのだろう。
林道に差し掛かると落石が目に付く。路肩崩壊も多い。ガードレールが丸ごと崩れているところもあり、またそれが隠し絵のように風景に溶け込んでいるからブラックホールのようにそちらに吸い込まれそうになる。うっかり落ちたら誰も助けに来てくれないだろう。谷底は見えないし、怖くて見に近寄ることもできない。
にもかかわらず、お天気を気にして空を見上げたり、やっぱし崖下を見たくてわき見をする。ひとり言で「おやめなさい、死んでしまうよ」と何度もつぶやきながら、それでも誘惑から逃れられない。

青空は、最も高く見える山の向こうに大きく広がっている。しかし、私の行く手方向のにある山伏峠には霧が掛かっている模様だ。峠の頂上が近づくと気温がどんどんと下がり始め、霧の塊が目の前をよぎり始める。10度以下になっていることは間違いない。10メートルほどの視界のところもある。

山伏峠でバイクを止めた。川の急流が流れるように、霧が流れている。寒い。人工の音はない。風の音もない。高山性のアザミの花が道端にいくつも残っている。花が枯れているのを見ると、秋や冬が近いことを切々と感じる。どうしても写真を撮りたかったので、霧の中で一枚だけシャッターを切り、さらに確実に深い霧の中へと下り始める。

◆奈良田温泉
奈良田温泉には、町営施設がある。下の駐車場にバイクを止め、斜面を登ると温泉がある。しかし、わかりにくい。民家と区別がつかないからだ。
お湯は、ぬるい浴槽と、上流側には適温の浴槽がある。適温といっても普通よりはぬるい。浴槽は木で、泉質の影響でヌルヌルとよく滑る。スケートリンクに初めて降り立ったときほど滑ると思っていい。浸かると体中にヌルヌルが浸透して、しばらくすると皮膚に気泡がたくさん付着する。何度も擦り取るけど再び着く。匂いも色もほとんどないけど、このヌルヌル感は非常に心地良い。一時間も浸かったのに湯舟から上がると空気を冷たく感じる。しかし、つかの間のことで、身体は十分に温まっているのであった。

Narada2003092224

◆甲府盆地を眺む
稲刈りの季節である。バックミラーに富士山が映るのを時々見ながら走る。稲刈りの田んぼの脇にバイクを止めて、昨晩の残りの魚肉ソーセージを食べる。
信州などの山あいの稲刈りはわが国の稲刈りの原風景のような感じがする。小さな田畑が緩やかな斜面に広がる。平野でないため区画整理に限界があるのだろう。いびつな形の田んぼの中で、家族総出で作業をしている。そうか、今日は秋分の日で子供たちも借り出されているんだな、と気が付く。
八ヶ岳のすそのの町の景色も甲府盆地特有のものだ。大塚先輩を思い出す。帰ったら手紙を書こう。

◆松香寮キャンプ場
甲府盆地を眺めて走る間に、諏訪南から松本盆地までは高速移動をしようと決めていた。白州の道の駅でミニペットボトルに水を頂いた。ここからは諏訪北までノンストップで走った。

白州の道の駅で家に電話を入れたらうちのんが、明日は雨だという。早朝にも降り出すかもしれない、という予感もあって、平湯キャンプ場まで走るか、それともたちさんに教わった松香寮キャンプ場にするかを考え続けた。

ところが、サラダ街道でコース選択をミスし車の渋滞に巻き込まれたこともあり、あっさり松香寮の見学ということで回り道をしたら気に入ってしまい泊まることにした。
アップルランドというスーパーでウイスキーのミニボトルと発泡酒、恒例お鍋焼きうどんと調理済みおでん袋を買った。今日のスペシャルメニューは、りんごとトマトと国産ロースとビーフである。明るいうちからごちそうをいただいて、7時ころから施設の風呂を利用し(350円)て早々に眠った。

◆松香寮の夜
2時前くらいに目が覚めて、その後、眠れない夜を過ごす。といってもさほど苦痛ではなく、眠れなければ起きてればいいし、なんらならテントをたたんで出発しよう、と思う。起きて目を閉じていると、次から次へと思いが駆け巡る。心細さから来る迷いや不安、反省。そう、またひとりでツーリングに出てきたけど、そばに誰も居ないのはやはり寂しいなあとか、お決まりに思い浮かんでくるのは、何故にひとりでで出掛けてくるのだろうか、という自問自答である。

思い出したくない過去もある。それは、しかしながら、思い出したい過去でもあり、今この瞬間だけ思い出して明日の朝には忘れてしまうようなモノでもある。憎い女であり愛しい人かもしれない。叶わぬ願いなのかもしれない。

記憶に、あるいは記録にも残せない幻想のようなものは、止め処なくなく駆け巡るのであるが、やがて私は再び眠ってゆく。あの時間は夢だったのかもしれない。
記憶に残らないのを嘆くことはない。また、同じようにひとりになれば、同じように記憶が蘇えるのだろうから。

3日目(24日)

◆朝

5時半ころに目が覚めたので、そそくさとテントを片付けた。すぐ出るのももったいないような気がして、昨日、スーパーで買ったトマトをかじりながら地図を見る。お土産を買わなかったなーと思ったので、りんごをBOXの奥に、フリースに包んでしまった。6時15分に走り出して1分も経たない間にポツリポツリと雨粒が落ちてきた。

◆帰路
雨の木曽路をひたすら走った。こんな本降りをこんな長時間にわたって走るのは久し振りのことだ。木曽路の雨は冷たい。

秋雨や しばし別れの木曽路かな  ねこ作
別れ雨 思いとどめる中仙道  ねこ作
振り向かず手を振り別れた馬籠宿 ねこ作

季節は秋ではなかったものの、冷たい雨の中で何度も別れて、あげくの果てには結ばれずにいる人がこの世のどこかにいる。ひとりで走り続けると、どうもセンチになっていけない。

柿の実の雨にうたれし奈良井宿 ねこ作

この雨で秋も深まることだろう。柿の実がやけに枯れて見える。赤い実は、透き通るような青空がよく似合う。


2003年9月22日から24日:レポート作成後、あれこれと書いてます

口ずさむ

◆ちょうど、相米慎二監督の「風花」を見たこともあって、あの小泉今日子の「可愛さ」と「魅力」に惹かれていた。何度も映像を見て、最後の山小屋のシーンで登山者が夜の食事の席で「♪ピヨピヨ~♪ピヨピヨ~」と歌うシーンがある。あの音楽が何度も何度も口をついて出てきた。私も俳優としての小泉のような女性に巡りあってしまったら、人生を棄ててまで何処までも狂ってしまうだろう。いや、狂えるように夢中になれるものを、枯れた心が望んでいるような気もした。あの音楽は、哀しい。

◆♪旅に疲れた恋人たちにさすらい人の子守唄を・・・なんてのも歌ったなぁ。

◆三河の山中を走り、青空を見上げた。昔、吉田拓郎が「♪流れる雲を追いかけながらほんとのことを話してみたい・・・」と歌っていたのを真似して大声で歌ってみたりしている。あの青空を見たら、歌いたくなるんです。

◆♪あなた変わりはないですか、日ごと寒さが募ります・・・ってね。やっぱし、寒さがこたえるとこういう歌が出てきます。まして、思い出深いところを偶然にも走っていたりするとねぇー。

◆歌ったうたは数限りないと思う。すべてを思い出せるわけではない。しかし、また旅に出れば、また同じ歌を歌っているだろう。

喜ぶ

◆さざなみが光り輝いていたこと。四日市の海。

◆中川根の町のスーパーで、明日の天気を心配していた私に、「明日は晴れるって、そうらしいよ」と軽く言ってくれたあのおばさん。

◆奈良田温泉を出てこれからの行き先を考えているときに、私のKLEとまったく同じKLEの人が現れた。相模原からだと往復で300キロだから日帰りだって言っていた。彼のKLEは6万キロ以上も走っているらしい。最初に挨拶に交わした言葉は「珍しいですねぇー」だった。

◆白州の道の駅で水が沸いているんですが、ちょうどペットボトルが空になったのでラッキーでした。

◆松香寮の管理人さんが、106番コレクトコールがうまく繋がらずに困っている私に、使っていいよ、と電話を貸してくださったこと。

思い出す

◆甲府盆地を走っているときに、初めてツーリングに来て雨に降られそうになった街が似ていたので思い出した。あのころはブーツカバーなんてのを知らなかったので、雑貨屋に寄ってゴムの長靴を買って荷物にくくり付けた。そして、あのころは、停まることも惜しまず、必要と思えば迷わずに実行した純粋さがあった。

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