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2009年5月11日 (月曜日)

1994年 夏・東北を走った

'94夏・東北
[8/6-8/11]

[1] 8/6:…伊勢湾~東海道…富士山の西側…甲府盆地…清里(泊)
[8/6-8/11]まえがき
[8/6-1]伊勢湾横断
[8/6-2]東海道
[8/6-3]甲州へ
[8/6-4]八ヶ岳山麓
[8/6-5]清里高原(泊)96行

[2] 8/7:…軽井沢…越後湯沢…只見…猪苗代…湖畔(泊)
[8/7-1]佐久市内にて
[8/7-2]軽井沢から北軽井沢
[8/7-3]三国峠から湯沢
[8/7-4]長岡市[8/7-5]守門村から六十里越え
[8/7-6]猪苗代湖(泊)75行

[3] 8/8:…喜多方…塩沢温泉…福島…(飯坂温泉・泊)
[8/8-1]五色沼
[8/8-2]喜多方市
[8/8-3]土湯峠
[8/8-4]飯坂温泉(泊)65行

[4] 8/9:…蔵王…天童(山寺)…大江町…(左沢・泊)
[8/9-1]鳩峰峠
[8/9-2]蔵王
[8/9-3]笹谷峠
[8/9-4]山寺
[8/9-5]天童市界隈(大江町泊)46行

[5] 8/10:…月山…鳥海山…日本海シーサイド…(三条燕・泊)
[8/10-1]月山~鳥海山
[8/10-2]日本海沿岸(1)70行

[6] 8/11:…日本海沿岸…富山(利賀)……自宅(松阪)
[8/11-1]日本海沿岸(2)
[8/11-2]利賀再訪
[8/11-3]帰途119行

[7] あとがき、
支出表、その他

[8/6-8/11]
あとがき支出表
S君への礼状



東北の旅('94):8/6


[8/6-8/11]まえがき

何故、東北に行くのか。その答を何度も書いては消している私がとても滑稽である。11年前、情熱だけを持って、ある女性を訪ねた旅の思い出が、東北の各所に散らばっている。今回の旅は、その思い出を"消し歩く行為"にほかならないことがわかっていながら、引きつけられるように旅に出てしまう。"芭焦"気分で東北を回ってみるのも面白いか。とにかくそんなこだわりで旅に出ることになった。毎度お馴染みではありますが、ツーリングレポートは私自身のために書いている日記です。それがたまたま共感を持ってくれる人がいてくれると嬉しい。ツーリングは建て前で、実は独りぽっちに浸りたいというのが目的かも知れない。家族を置いて旅に出ることには賛否両論があると思います。しかし、こんなひとり旅に出て初めて家族と旅をしたいと切々と思う。

GSXの調子はお世辞にも良いとはいえない。GSX最後の旅(長い旅)に出かけようという折に、今回は珍しくうちのんが写真を撮ってくれた。

---縁起が悪い?

---そんなことはない!

新しいことを何かやらなくては新しい発見は有り得ないやないか!子供と一緒に写真を撮ってもらって、6:45に家を出た。天気は快晴である。

[8/6-1]伊勢湾横断

「オーメンズ・オブ・ラブ」をくちずさみながらバイクを飛ばす。新しいレパートリーに加わったこの曲は来春のコンサートやるので近ごろ頭から離れない。ひとりで走る時のカラオケが演歌ばかりじゃあつまらないし。R23が二車線になる以前に鳥羽港まで走って伊勢湾フェリーに乗って出かけたことがあって、それがどこへの旅かをどうしても思い出せない。あの時は家を7時ちょうどに出て、鳥羽港に一分前に滑り込んだ。フェリーポートの建物が新しくなっていて少し戸惑うが、なんてことはない。10分ほど余裕を持って港に着いて船に乗り込んだ。8:00出航である。いつもなら神島や知多半島などを眺めて感激に咽び泣くのであるが、妙に落ち着いてデッキの椅子に腰掛けて居眠りをしている間に渥美半島に到着となった。

[8/6-2]東海道

朝のうちはまだ暑くはない。フェリーを降りて渥美半島を縦断するコースを取り東へと急いだ。渥美半島はメロンの直販が多い。旨いのだろうか。浜松市内あたりからの東海道は渋滞の連続で、おまけに所々開通しているバイパスの道案内がとても不親切である。バイパスは工事途中の箇所が幾つもあり、元から来た国道に戻る表記がいい加減でわからないなんてことが何度もあった。ほんと、この不親切具合には頭に血が登った。暑いのと重なって、もう二度と(必要以上には)こんな道は走らないだろう。

[8/6-3]甲州へ

清水市の郊外からR1に別れを告げてR52を北上するが、残念ながらこんな近くなのに富士山は見えない。暑さにバテてコンビニで休憩しながら北へと進む。途中、下部温泉の看板が目についた。一度行ってみたいな。『波の塔』に出てくる嵐の中を東京へと急ぐ情景が浮かぶ。温泉に寄りたい。今度、家族で来よう。

今回の旅は始まりのコースを変えてみた。それが失敗であった。やはり、三重県から信州に入るには名古屋を横切るのが素直なようだ。国道一号線にはロマンなんて何もなかった。

[8/6-4]八ヶ岳山麓

甲府盆地に入って八ヶ岳を見ても霞の中で見えない。裾野を鉢巻道路の方に登っていく途中から富士山も見えるはずであるがこれも霞の中である。しかし、日差しはきつく「水が欲しい」とばかり呟いている。連日35℃を越える猛暑に初日からへばっている。そんな状態であるから裾野に湧く『三分の一湧水』の案内版が救命の誘いであった。以前から行ってみたかったのがこんな形で実現できて幸いである。東北へ急ぐ前に少し八ヶ岳『鉢巻道路』を走ってみることにしたのもこの暑さのせいで、少しでも高いところへ行こうと考えたからである。その途中でこの湧水に寄ってみたのもそんな折の幸運であった。当然、この水が冷たくて美味しかったことは、言葉では表現不可能だ。手を浸し続けることができないほど冷たい。

日に焼けた腕を冷やし、顔を洗い、喉を潤した。

[8/6-5]清里高原(泊)

野辺山の高原駅(日本一高い駅)には寄らなかった。清里高原の入り口は車で混雑し、ああ嫌な感じ。のんびりと高原の鉢巻道路を走っていたら母校の寮の看板があった。

---卒業生です、泊めてもらえませんか

と言って入っていったら、協議の上OKとなった。トイレ付きバンガローをひとつ貸してもらって早々に寝た。トイレも水洗で洗面所もあるロッジであった。遠くから花火で遊ぶ歓声が聞こえてくる。大きな部屋の真ん中に布団をひいて寝っころがったらぐっと睡魔が襲ってくる。初日は結構疲れるのかも知れない。自然の中で独りぽっちになってしまえる静かな夜。走行距離361Km



東北の旅('94):8/7


[8/7 -1]佐久市内にて清里は6時半頃に出発した。高原は朝霧の中である。小鳥はやかましいほどにさえずる訳でもない。ゆっくりと散歩でもして下界を忘れたいところであるが先を急ぐので出発する。管理人の山口さんを起こしてしまい申し訳なかった。毎朝、家に電話を入れることにしているので、日差しがそろそろ暑くなりかけた8時頃に佐久市内のコンビニの前に止まって電話をした。

---ラジオ体操に間に合わなかったけど…

と言うと

---今日は日曜日で体操はないの

とうちのんは答える。早くも曜日の感覚が薄れているのか。

コンビニを経営するおっかさんが駐車場の掃除をしていて話掛けられた。

---息子が古いナナハンを持っていてね、古くなればなるほど手放せなくなるらしいね

軽井沢は人が一杯でも、やはり涼しいでしょ、話のネタにでも(年に)一回は行くっていうからね

さてと、その軽井沢を越えて早く新潟に行かなきゃならないのよ、私は。

[8/7-2]軽井沢から北軽井沢

こういう場所に別荘を持って、夏の暑い間は避暑に来る生活ができたら、怠け者になり果ててしまうだろうか。しかし、本当に涼しい。遠くを目指すのは止めてここらあたりに宿を見つけて滞在してもいいくらいだ。誰か、落ち合うことのできる女性の知り合いでもいれば、こういう所で密会をすれば最高だろうな。

すぐ近くに浅間山が見える。

[8/7-3]三国峠から湯沢

全部で53個のカーブがあるという。(55コダッケカナ)コーナーには「R=40」などと表示してある。思ったより交通量が少なく"ほっ"とした。しかし、観光バスの後ろに付いたら地獄だ。(無風になってしまうので)水温計はぐんぐん上がるし、煙で顔は真っ黒になるし…。

湯沢の町から六日町方面は車の流れも割とスムーズだ。しかし、やはり国道は暑い。

[8/7-4]長岡市

F君を訪ねるが外出中であった。今までに何度かお世話になり、今回もまたお世話になろうかと考えていたが駄目であったか。官舎の前で一時間ほど、木陰に腰を降ろして待ってみた。涼しい風が時々吹いてきて少しウトウトした。考えてみれば、日曜日の昼間、この暑い日に家に帰ってくる訳ないか…。さて、猪苗代の方面にでも移動するとしようか。

「まあ、のんびり行こうか」慰めとも気合いとも解釈できる独り言であった。

[8/7-5]守門村から六十里越え

この道は私の気に入りの街道である。少し遠回りになろうともわかっていながらでもここを通って福島県に入りたい。そう思わせるのは『六十里越え』という名前もあろうけど、自分でもわからないそれ以外の理由がある。こういうのを『こだわり』という。

峠道と並んでディーゼルカーが走っていた。背よりも高く生い茂った雑草の向こうを走る列車の窓に、若い女の子達が何人か見えた。バイクの方が速いときもあれば列車が追い抜いて行く時もある。私は、誰が乗っているのか、はっきりとは関心を持っていなかった。ところが、坂道が急になってバイクの速度が少し落ちて、ヘアピンカーブを曲がって一気に上へ登って行こうとする時に、窓に手が届きそうなほど列車が近づいてきた感じになった。乗り合わせている人達の顔が、私には、はっきり見えた一瞬であった。"みんなキャンプに行くのかな"という思いが閃いた瞬間、車窓の中からこっちを見つめるひとりの女の子が、手を肩のあたりまで挙げてこちらにそっと振ってくれた。はにかみながら…。しかし私は返事をする暇もなく、バイクはカーブに差し掛かり、列車はトンネルに入って行ってしまった。

手を振ってくれた理由は、たとえ一瞬でも出逢った人に別れを告げる儀式であったのだろう。彼女は旅人で、旅の仲間を意識していたのかも知れない。彼女のその時の顔を、私は忘れられなくなってしまった。彼女は恥ずかしそうに笑いながら少し躊躇して手を振った。視線が合った瞬間に急いで手を挙げた彼女に対し、私は何の返事もできずにすっと離れて行ってしまわなければならなかった。

この別れのシーンのあとの私は、記憶できないほど沢山の独り言を繰り返しながら街道を走り続けることになる。(その子にもう一度逢ってさよならをいいたい、逢えないものか、追いかけても無駄だよ、あたしゃバカよね・・・など)そしてそのあと、放心状態を隠し、慰めるために路肩の崖から流れ落ちる清水で顔を洗い田子倉湖が夕日で赤くなるのを呆然と眺め、そこに佇んでいた。

只見川にはとても神秘的な川霧が立ちこめていた。水しぶきが飛び散るのをスローモーションでみているように、川面の霧は流れていく。しかもそれが夕日に染まって朱に染めたように赤い。もう急ぐ理由は私にはない。ゆっくりと日暮れを楽しむように、いや、哀しむように川沿いの道を下った。言葉にならない旅の感傷を濃縮して味わってしまったようであった。

[8/7-6]猪苗代湖(泊)

会津若松市内に差し掛かった時には、夜の闇がすっかり空を覆っていた。闇夜には、月明かりさえもなく、容赦ないものであった。ナイトランを覚悟はしていたが、やはり不安である。猪苗代湖まであと一時間余りを走らなくてはならなかった。ヘッドライトが瞬停をすることがある。あれぇ…、少し不安になりながら走り続ける。

天神浜キャンプ場というところに8時半頃到着。設営費用は徴収係員不在のため無料。到着時刻が遅いため、周りが見えず少し不安であるが、バイクが数台止まっていたのでここで寝ることにした。酒も夕飯もない。カロリーメイトひと切れと缶ジュースで空腹をごまかして寝た。

走行距離489Km



東北の旅('94):8/8


[8/8-1]五色沼

5 時頃、目が醒めた。早々にテントをたたんで散歩をした。夜のうちに着いたこともあってテントの周辺がどんな雰囲気だろうかと気になった。散歩の後、家に電話を入れた。湖岸のごくありふれたキャンプ場でたくさんの家族連れや若者が6時にもならないうちから忙しそうにしている。猪苗代の湖岸を少し走りながら時々止まって湖岸を眺めた。朝日に湖面が光っている。やはり潮の香りがしないのが寂しい。

さて、五色沼。7時過ぎということで人影は少ない。写生に来ている御婦人の団体さんが賑やかだ。裏磐梯山の絶壁に朝日が差し、琵沙門沼の深いみずいろに映える。小波が起こる程度の朝のそよ風が心地よい。少し歩いてみながら思った。やはりこれ以上、人が踏み込んだら"只の沼"に成り下がってしまうだろう。道路は綺麗になりお土産屋さんが立ち並び、檜原湖の方にもドライブウェイができている。道路を造ってはならないことを物語っている。有料道路は走らないつもりにしているので、檜原湖岸を少し走って喜多方市へ抜けた。

[8/8-2]喜多方市

ここを訪ねてラーメンを喰うのがこの旅の大きな目的であり心の支えである。まず、情報は駅にありそうだと思い直行した。チャリダー君が荷物をセットしていた。駅で夜を明かした彼もこれからラーメンを食べに行くという。観光案内所でパンフレットを戴き駅の待合い室で本を読んでいた女子高生に美味しいラーメン屋さんを訪ねたらノータイムで答が返ってきた。「坂内食堂!」(ばんないしょくどう、と読む)

営業時間は、7:00ー19:00まで。私が店に入ったのが9時前。モーニングラーメンを食べる人で店はいっぱいであった。\500である。それほど高いという感じはしない。まあ、仕事で行って何度も食べた九州博多のラーメンでも\400であるから、本当はこの程度の値段が普通で、観光地のチャラチャラした店だけが高いのだろう。味は旨い。細いうどんとラーメンのあいの子くらいの太さの麺にまずは驚く。チャーシュウが大きくて多くてまた満足。醤油ラーメンは少し味が濃いめのものの方が個性があるように思えるのかも知れない。醤油ラーメンの嫌いな人はやめた方がいい。念のために書いておくと、メニューにはラーメンしかない。

[8/8-3]土湯峠

立派なトンネルが完成している。猪苗代側から抜けると山岳有料道路を走っている錯覚におちいる。標高がそれほど高くなくても、高山植物が身近にあり樹木の背も低いため、信州の峠と較べるとあっけない割に景色が雄大である。土湯峠の『道の駅』は綺麗で落ちつけた。野宿をするにも適している。ただし、季節を考えないと平野よりはかなり涼しい。一時間以上も休憩室でぼんやりしていた。その間に同じテーブルに座った家族旅行(女性だけ)のお母さんにおにぎりをもらった。これから白布温泉に行って数日間バカンスや登山を楽しむそうである。『高湯』は昔から三つが有名で、白布温泉もこの高湯のひとつで、逃せないらしい。しかし、コースに組み込むのが難しい。

土湯峠を降りて、大学(母校ワンゲル部)の山小屋を探しに塩沢温泉へと向かう。山岳周回道路は気持ち良い。あれれ、簡単に見つかると思っていた山小屋はどこにあるのだろうか…とんだハプニングである。山小屋で2ー3泊をあてにしていたのに。

早々に諦めて岳温泉経由で二本松に降りた。エンジンオイルも買う必要があるので平野に降りたのであるが、暑い!熱い!

[8/8-4]飯坂温泉(泊)

S君の家を訪ねた。15年ぶりくらいだろうか。早稲田西門の赤ちょうちんで飲んだのが最後の記憶だ。彼は文学部で演劇に打ち込んでいったので、私とは次第に逢うことが少なくなっていった。夜遅くまで話し込んで、彼は22時過ぎに仕事に出かけて行った。手厚い接待を受けたお母さんや弟さんに感謝。

昔と何も変わらない話し方で、彼は

---川端(康成)っていうと何か威厳があるでしょ、ずるい言い方だけどさ

文学を語らせると熱くなる。少し語尾が東北っぽい余韻で話を続ける。

---今でも子供っぽいところが残っているというか…

ビールが好きで、どこまでも飲み続けるが決して饒舌にはならず淡々と文学を彼は語ってくれる。私にとってそれが無性に清涼剤であった。

" 仙気の湯"という共同浴場を紹介してもらって入りに行った。行く前に「熱いよ」と教わって行ったが、本当に熱い。地元の人は子どもの時から入っているから平気なのだそうである。共同浴場は3ヶ所あって"あせも"ができたりしたら"○○の湯"へ行くと直るなどという事実が有るそうだ。さすが、温泉文化が息づいている。弟さんと深夜まで話し込んだ。共通の話題といえば、私が家電メーカの技術者で彼がそのメーカショップの経営者ということだけである。

走行距離211Km



東北の旅('94):8/9


[8/9-1]

鳩峰峠煮干のだしの味噌汁を朝飯時にご馳走になった。泊めてもらった部屋からの景色が素晴らしい。温泉宿に泊まっているみたい。窓の下には温泉街の中心を流れる川が流れている。9時頃、飯坂温泉を出発。鳩峰峠を越えて山形県に入ることにした。S君に教えてもらった仙台の旨い蕎麦屋には蔵王を回ってから行こうかと思う。暑い国道を走るのは嫌だから。飯坂温泉から山形県に抜ける道である鳩峰峠が面白い。なかなか険しい山岳道路である。優しい名前とは違って狭くて深い谷が続く。両脇には林檎の畑が続く。青い林檎が白い粉を吹いたような木に成っている。高度をかせぐと、やがて雑木林になり、ブナの野生の森になっていく。山形県に入ったらまた林檎の山が広がった。"フルーツライン"などという名の道路があったり、"ぶどう・まったけライン"という農道があったりする。果物が美味しそうだ。『山形にきたら、鯉料理と米沢牛を食べるべし』と教わった。しかし、結果的には食べずに終わった。

[8/9-2]蔵王

蔵王は結婚して一年後くらいに車で来た。あの時には『お釜』にも行った様に記憶する。今回は、雲行きも怪しく頂上付近で少しパラパラと降られたことや雷さんの怒りの声が遠くに聞こえるため、福島県側に越えたが、また高速道路の走っている笹谷峠の一般道をまた山形県側に戻った。あとで聞いたが、「福島県雷警報」だったそうな。

[8/9-3]笹谷峠

笹谷峠は高速道路が峠の前後にあるため車の数は少ない。峠の途中に湧水があったのでそこで顔や手を洗って喉を潤した。暑い日が続く中、バテ気味での私にはこんな清水でバイクを止めない理由はない。重宝した。まさに命の水であった。S君には申し訳ないが、教えてもらった仙台の蕎麦屋は諦めて山形県を北上することに決めた。まずは山寺(立石寺)に行ってみることにする。

[8/9-4]山寺

山寺を訪れるのは長年の夢であった。『しずけさやいわにしみいるせみのこえ』俳句というのは不思議である。静かなことでもなく、岩があることが大事でもない蝉に感激した訳でもない。大自然の不変性を感じる。

自分の足音だけしか聞こえない様な人里離れた寂しい静かな山寺に一歩一歩足を踏み入れていく。立ち止まれば蝉の清い声が伝わってくる。蝉の声は都会の自動車の騒音と電気的波形は同じ様なものかも知れないが、違うんだな、これが。

16:30頃から登り始めた。30分程度で登れる。関東ではJRのCMをやっているらしい。汗びっしょりになって登って、旅の甲斐があったと満足する。

[8/9-5]天童市界隈(大江町泊)

山寺の駅で何人かと話をした。旅人は純粋である。こんなに純粋で世の中を渡って行けるのだろうか。いや、世の中に飽きて来ているのだから不思議ではないのだ。列車の時間を待ちながら木陰で本を読む女性。ドラマのヒロインにしたいな。私が若ければ一声掛けただろうに。

山寺駅は野営を許さないということで、天童市の駅に行ってみたら都会のように豪華な駅だった。市内は祭の最中で賑やかである。そんなところには泊まれない。少し走ってみることにした。左沢(あてらざわ)の終着駅でタクシーの運転手さんの推薦場所"ふるさと会館"でテントを張ることにした。綺麗な公園、公民館の様な所であった。近くのコンビニで久しぶりに大好物のヤキソバを買い込みビールでくつろいだ。

日中に焼けたコンクリートは深夜を過ぎても熱を持っていて、背中が生温い。こんなにお天気に恵まれるなんて、何と幸運なことか。

走行距離216Km



東北の旅('94):8/10


[8/10-1]月山~鳥海山

『ふるさと会館』の朝は爽快であった。明るくなってくる5時前には目を覚まし付近を散歩した。タクシーの運転手さんが教えてくれたように綺麗なトイレも有った。驚いたのはすぐそばを最上川が流れていたことである。その姿は悠々としており、川向こうに連なる奥羽山脈に日が登り、街が赤く染まっている景色などは、ちょっと内緒にしておきたい気持ちである。

「私も芭焦になるんだ」と言って出てきただけに最上川や山寺はちょっと僕だけが楽しい旅であった。(お薦めはしません)

R112 に出て、月山の麓を抜けて鶴岡市方面へ抜ける。思ったより険しい山岳道路である。今回の旅にお供してもらっているGSXは、エンジンオイルが上がって燃えるため高回転では煙がモウモウである。快適な道路がこういう山岳地帯にたくさんあるが、残念ながら法定速度で走らなくてはならない。エンジンオイルは 300Km走るごとに300cc程度の補給だろうか。

今回の東北を走ってみて感じることに、この山深い里の冬は、道路も閉鎖されているという事実と、険しい峠が多いということである。東北では、峠を越えて庶民の苦労を肌で感じてみて初めて、昔からの文化は理解できるといえるのだろかと感じながら走り続けた。

昨晩タクシーの運転手さんが薦めてくれた『鳥海山』には行きたい。「高いところか見おろしてくるのもいいものだべ」というあの話し方に愛着を感じてしまう。

酒田市を通り抜けた頃、日本海が見えた。日本海沿岸の国道にはライダーが多く少し驚く。北海道に向かったり、帰ってきたりの連中か。ピースサインに彼らの気合いがこもっている。鳥海山は深い谷を持ち景色の綺麗な山である。自動車(バイク)は五合目まで行ける。登山帰りの奥さんと話をして山に引かれてしまった。綺麗な奥さんには中学生くらいの可愛い娘さんがいました。ああ。束の間の憩いでした。芭焦が詠んだ「象潟」に向かうバスに乗り、大きく手を降って消えて行った。その句が思い出せない。

[8/10-2]日本海沿岸(1)

さて、鳥海山にも行ったし、帰ることにしよう。よし!行けるところまで走ることにしよう。日本海側は少し涼しい様にも思える。来た道を少し引き返し、新潟方面に行くことにした。時々、日本海が見える。海を見ながら走るのもまたいい。

新潟、三条・燕のワシントンホテル飛び込んだのが5時半だった。ワシントンホテルは、三条・燕の新幹線の駅の近くの"SATY"の一角にある。駐車場も共用である。それが理由で、7:30までバイクを出せないという。6時頃出発しようと思っていたがこの際ゆっくりすることにした。風呂も浴びて眠れるのだから文句もいえまい。久しぶりにくつろげる時間である。"SATY"で夕飯の食事を買い出してきて部屋でくつろいだ。

走行距離409Km 



東北の旅('94):8/11


[8/11-1]日本海沿岸(2)

ホテルの駐車場はSATYの駐車場と兼ねている。荷物を積んでライトをつけたらいきなり消えた。あれっ!と思った。先日からおかしかったしな。原因は球が切れたのではなく、接触不良であった。おお恐っ!

さてと、今日はもう利賀村を回って帰ろうと思う。昔、食べた蕎麦の味が忘れられなくてまた行くことにした。三条を出て富山を目指す。海水浴の姿が目立つ。メットの中で唄うカラオケも少し陽気になっているかな。

『親不知』にある親子の銅像のパーキングには止まらずそのまま通過した。何故か富山県に早く入りたかった。利賀村到着は13時過ぎになると予測がだんだん確実になっていくのを確認しながら左手に立山連峰、右手に日本海を見ながら走る。ここも水不足が深刻な様子で黒部川の水は枯れていた。いつもなら山から海へと勢いよく水が流れているのに…。

[8/11-2]利賀再訪

利賀村へは、富山市から飛騨高山へ行くR41を少し走ったところで県道にそれて行くルートをとることにした。県道は舗装されていたことを喜ぶべきだったのかも知れないが、結構な山道である。ダートだったらエンディューロにも十分に使える道だと思う。まあ、昔はどの道を通ってもダートを走らなくては利賀村には入れなかったことを思うと改善されたことは明らかだ。利賀村に着いたら当然のことながら蕎麦を喰いに急いだ。利賀温泉の近くにある『うまいもん館』『ごっつお館』で利賀の蕎麦を喰わせてくれる。一昨年の晩秋に来たときには『うまいもん館』で食べたので今回は『ごっつお館』で食べることにした。

---盛り蕎麦を大盛りで下さい!

値段は、\1000である。

味: 色合い:歯ごたえ 
-------------------------------
利賀村: 満足:   淡泊:さらり 
開田高原:十分満足:蕎麦色(黒っぽい):シコシコ 
戸隠:少し不満:  淡泊:さらり
-------------------------------

蕎麦色(黒っぽく)で味もきつく蕎麦の匂いがプンプンするものが好みなので開田高原で食べた蕎麦の方が私の好みかも知れない。しかし、歯ざわりは、利賀の感じが讃岐うどんを連想する硬さで気に入った。開田と利賀は優劣を付け難い。

前回食べた"かけ蕎麦"は、"盛り蕎麦"と違ってもっと黒っぽく、匂いもきつく、麺も硬く、だしも旨く、比類なく最高であった。

[8/11-3]帰途

蕎麦を喰い終わって時計を見たら15時前。いっそうのこと松阪まで走ってしまおうか。ゆっくり家で寝たい気もするし。R156を飛ばせば19時頃岐阜、22時頃松阪に着ける計算(経験的推測)になる。

「まあ、夕日でも見ながらゆっくり帰るとしましょうか」なんてぶつぶつ云いながら山の神峠を越えた。峠道のトンネルからR156迄の道は完成しすべてセンターラインが付いている。一昨年に土砂降り中を登った林道が谷の底に見えている。感慨深いものがある。

R156 を一路岐阜方面に南下する。広い道路が川沿いを高速道路のように続く。10年後には高速道路が開通しているのかも知れないことを考えると日本中の自然が、欲望や身勝手だけで節度なく開発されていいものかと思う。利害だけで人が都会に住み、既得権の様に水を使ったのがこの有り様である。都会は田舎を蔑み、自分達の住む都会がパラダイスのように思っていた部分がなかったか。自然に囲まれ自然と共存していく知恵を持つ文化を軽んじてはいけない。いつか今年の水不足以上に罰を食らうだろう。

台風が九州に向かって接近中のせいで西日本の太平洋側は不安定な天気が続いているらしく、スコールのような雨が三重県南部を見舞っている。四日市あたりから例外なく私もスコールに迎えてられてしまった。シャワーを浴びせてくれるならヘルメットを脱いでからにして欲しい。

ほぼ予定時間通り、21:45松阪着。走行距離576Km 

[8/6-8/11]あとがき

今回のツーリングでは、湧水は命の水であった。灼熱の国道を走って、もうこれ以上暑い国道を走るのは嫌だと思う。今までに前例のない暑さだったのではないだろうか。久しぶりに行ってみて思うに、東北はやはり広かった。とても青森や盛岡などには到達できないし目指せない。内陸部ではバイクの姿は少なかった。みんなが北海道に向けて走って行ってしまうからだろうか。それとも高速道路を一気走りしてしまうのだろうか。日本海側には高速道路がないこともあってかたくさんピースを交わした。秋に行くのが一番いいのかも知れないが、秋休みは長くても5日程度だからほとんど不可能だ。電車で行くしかないか。そうなると、ゴールデン・ウィークに行ってみるか。まだ寒いかな。この夏の旅は、若い頃の自分に戻った様な感じであった。未知の場所を走ることに生きがいを感じている。(実は未知ばかりではなかったが)しかし、体力の衰えと無鉄砲さの消失に、もう若くはないことを知らされる。帰ってから手の痛みや握力の低下で顔も洗えなかった。靴ずれするし、日焼けはするし、悲惨であった。何も良いことがなかった旅でもひとりになれて走り回れたことが大きな充実感をもたらしているのだろうか。



支出表 


=
8/6
・110・冷飲料(350cc)
・100・ 〃(500cc)
・1030・鳥羽ー伊良湖(旅客)
・1230・鳥羽ー伊良湖(バイク)
--------------------------------------------
小計・2470・走行距離361Km・(1788)・ガソリン(14.3㍑) 山梨県長坂町
=============================================
8/7
110・アクエリアス・220
・ 〃 ボトル(1.0リットル)
・100・コンビニのおにぎり(1ケ)
・100・ジュース(350cc) 
--------------------------------------------
小計・530・走行距離489Km・(1764)・ガソリン(14.0㍑) 新潟県守門村
=============================================
8/8
220・冷飲料(2ケ)
・500・喜多方ラーメン     
・780・エンジオイル      
--------------------------------------------
小計・1500・走行距離211Km福島県・(1543)・ガソリン(13.3㍑) 伊達郡川俣町
=============================================
8/9
100・冷飲料(500cc)
・100・ 〃
・300
・山寺拝観料
・460・ビール
・620・夕飯一式
--------------------------------------------
小計・1580・走行距離216Km
=============================================
8/10
1140・鳥海有料道路
・100・冷飲料(500cc)
・100・〃
・1990・夕食買出(酒類含む)
--------------------------------------------
小計・3330
・走行距離409Km 
・(1863)・ガソリン(15.4㍑) 山形県遊佐町
・(6600)・ワシントンホテル/三条燕      
=============================================
8/11
・230・コンビニのおにぎり(2ケ)
・100・冷飲料(500cc)
・1000・大盛り蕎麦
・100・冷飲料(500cc)
--------------------------------------------
小計
・1430・走行距離576Km 
・(1659)・ガソリン(13.6㍑) 柏崎    
・(1769)・ガソリン(14.5㍑) 郡上郡   
=============================================
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
現金総計・\10840 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
カード総計・(ガソリン・ホテル) \16986 
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
走行距離・     2261Km 
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


S君への礼状


前略、S様。先日は大変お世話になりありがとうございました。突然の訪問にもかかわらず手厚くお世話をいただき、心から感謝しております。また御家族の方々にも御迷惑をおかけしたかも知れず、申し訳ありませんでした。どうぞ、心意を皆様にもよろしくお伝え下さい。一方で、S君自身も旅の疲れが癒えていないうちに私が押し掛けましたため、予定があったかも知れないのに変更してもらったかも知れず、いくら"旅のわがまま"とはいえ勝手をしました事を後悔しております。さて、お世話になったおかげで精神、体力とも元気を取り戻し旅を続ける事ができ、8/11に無事わが家に帰ってまいりました。芭焦気取りで出掛けた旅でしたが、予想以上に暑い日が続き、心身ともにバテておりました。バイクに乗っている間は意外と食欲もなく食事を取りませんので、手厚い食事がとても嬉しくなりました。"何故、野宿か"を語れば長くなります。ただ、昔に読んだ「菜根譚」に「貪らざるを以って宝と為す」(不貪為宝)のくだりがあり深く感銘を受け、現代の社会の崩壊の根元を見るような気がし、自然人の生活をできる時はやってみようとしている訳です。単に貧乏とも云われますが。久しぶりに会ったS君は何も変わっていませんでした。歳は喰いますが、太りもせず、痩せもぜずですね。話し方までほとんど同じですから。高校時代の数学の先生が「歳、寄っても声は変わらないんだ…」と授業中に話をされていたのを思い出しました。早稲田文学部の学風を感じて久しぶりに若返った気がしました。昔一度、西門の所の居酒屋で飲んだ事がありましたね。私のような工学部出身の理屈ばかりを追いかけている仕事をしていますと、文学部の持つ優しさにひかれて行ってしまいます。考古学や文化人類学、中国古典などに逃避してみたくなります。芭焦を知らずして、芭焦を想像して奥の細道の旅に出た私は結局のところ現実逃避を繰り返しているに過ぎないのかも知れません。飯坂温泉を出て蔵王を通り、天童市郊外・山寺に辿り着きました。仙台で蕎麦を喰うつもりで出たのに急遽予定を変更しました。(落雷警報などの事もありまして)その後、鳥海山をめざし、日本海沿岸を走って南下し富山の利賀村で蕎麦を喰い家路につきました。東北には予想通りの優しさがありました。旅日記は8000字を越えると思いますが、お盆に書こうかと思っています。よろしかったら読んでやって下さい。残暑、まだまだ続くようですがお身体、ご自愛下さい。皆様にもよろしくお伝え下さいますように…かしこ

PS:機会があれば旅のついでに伊勢や京都にも来て下さい。案内しますから。
(1994.8.13 自宅にて)

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