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2009年5月11日 (月曜日)

1983年の東北〔幻の東北旅〕

1983年の夏は、アンニュイに始まった。はじめての東北は、センチメンタルな旅でした。それで私は東北が嫌いになってしまったかのように、北には足を踏み込めなくなってゆくのです。思い出は化石のように風化してゆくけど、私が生きている間だけ消えなければいい。

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7月28日〔木曜日〕 はれ

朝5時を少し回ったころに目が覚めた。別に早く出発するつもりはなかったけど、気持ちがその気になったら出掛けるしかないか。前日から用意してあったタンクバックとディパックをバイクにつけて、さあ出発。ちょうど青山さんちの純子さんと家の前で挨拶を交わしてエンジンをかけた。AM5:45だった。

丸太町通りまで出て、トリップメーターを見たら「11739」であった。どこまで走るかは決めていない。もう嫌だというところまで思うほど走ってくるつもりだった。

天気は良いし、太陽が昇り青空が広がっていた。とにかく信州へ、そして千鶴子さんの所へ・・・、このことだけを考えての出発だ。だから好天なのが何よりも嬉しい。

京都市内を抜けて滋賀県に入る。旧中仙道であるR9に入り関が原方面へと向かう。左側に新幹線のあるところで第1回目のピースサインを交わした。

左側に伊吹山が見えるはずなんだが雲が掛かっている。しばらくして雨がパラパラときた。太陽が出ているのに降っているのは「狐の嫁入りというのです」なんていうひとりごとを言って不安を忘れようとする。

R8からR21へと移って岐阜市内に入る。軽トラのおじさんが信号で止まっているときに「暑いでしょうね、革を着て・・・でもかっこいいよ。どこまで行くのだい?」と聞いてきた。

「北海道に行くんだ。10日間の休みで・・・」と答えて別れててしまう。十六銀行というのがある。道端のスタンドでそこを教わったので探す。けれどお少し迷って、やっと見つけて3万円をおろした。9時ちょうどだった。

このときには白川郷から高山を抜けて平湯のほうへと考えていたが、何だか遠くて疲れそうだし…と思ったら、少し近いほうのルートに変えて走ることに決めていた。ゴールデンウィークに安藤が走った白川街道を走ってみたかったが、既にめげていた。

岐阜から少し遠かったR156と別れてR248に入り、そしてR41へと、何かに引かれるようにただ走っている。

飛騨川沿いのこの道は、車もそれほど多くなく谷間をくねくねと続いている。金山町、中切だったと思う。ダム湖のそばにある店で11:30に昼食とする。

カツカレーを頼んだけど、食べ切れなくて、珍しいこともあるね。手が震えて・・・。疲れているんだなと感じる。
けど、とにかく米を腹いっぱいに入れなくてはいけない、と思ってがんばるけど、やっぱし残してしまった。

店の人が「乗鞍はいいところです」といっていたのが有料道路に行くきっかけとなってゆく。

高山市を抜けてR158へと入る。去年の秋に走ったところだ。そしてここはゴールデンウィークに安藤に会いたくて走ったところでもある。

平湯に入るまでにガソリンを入れた。詳しいことは残念だがメモにない。

乗鞍スカイラインに行くことにする。高さを稼ぐところで馬力が落ちたかと思わせる。寒い。何もかもが高いためだ。

2700メートルくらいの終点のところでしばらくぶらぶらしていたが、降りることにした。高原のほうに行くことにした。去年の秋にも下ったルートだ。懐かしい風景を見てまたR158に戻って松本市へと向かう。

3:00PMを少し回ったころか。上田まほろばYHに泊まろうと決意する。松本市内を抜けてR143へと行く。

青木峠というところを走って行けば上田市に抜けられる。峠に入る前にYH に電話を入れてOK。

実はこのOKはとてもラッキーだったのです。バイクの人が2人居たけど、出掛けて戻ってくるまでに接触の事故を起こして、急遽東京に帰ってしまったのだそうで、そこへあたしが電話を入れたんだそうです。

YHには5:30PMに着いた。京都の人がたくさん居て、工芸繊維大学と京都大学の人の住所を教わってきた。

T.M. 12183 本日444キロ。

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7月29日〔金曜日〕 はれ

天気はよく、まほろばYH の前で記念写真を撮って出発となる。8:45AMであった。今日のコースは昨晩にほぼ決定していた。

まず菅平まで行き、草津に向かう。R143を走って上田市に入り、R144に移って鳥居峠を目指した。特に印象がないところだが、5月に霧の中を走った菅平高原の入り口を、妻恋村のほうに向かった。

ハプニングとして大きな事件があった。国鉄バスと接触をするところだったのです。結構見通しのいい2キロほどある直線で、普通車が1台だけバスについて走っていた。ずっと後方から追い上げて近づいていった私は、バスを抜こうという気持ちになっている。そのとき、バスが右にウインカーを出した。そして戻して、再び出した。

ラッキー!抜けのサインだ、と思って右に抜きはじめて、まさに抜こうとするときにバスが右に曲がってきたのだ。もう止まれない。時速100キロ以上は出ていただろうか。右側を必死で抜けた。バスの風圧が私に届くのがわかった。バスのブレーキのエアーが抜ける音を背中に聞いて、助かったとほっとしながら、胸がどきどきして止まらなかったヨ。

「追い越しは気をつけろよ、スピード出すなよ」とつぶやきながら鳥居峠を越えて、万座温泉へとバイクを進めてゆく。

CBXは快調だ。天気もいい。だから万座ハイウェイは楽しめた。温泉は硫黄の匂いで、それが谷じゅうに充ちている。ここももう一度来たいところだ。

白根山の頂上にまで人の列が並んでいるのが見えた。人でいっぱいだったけれど、風景は最高にいいところだ。この辺りを見たら他の場所ではなかなか感動しないだろう。硫黄の匂いが風に乗って草津温泉の方からやって来る。

草津道路はR292.。そして長野原に下りてR145を吾妻町に向かって走って高山村を通って沼田市に出る。東北新幹線の線路だけが近代的である。R17に出る。

三国峠。53曲の峠でカーブひとつひとつにR25とかR40などと示されている。運良く前方に車なしで最高の気持ちで峠を越えた。

さて、今度は湯沢あたりと思っていたが。CBX650にのった山口に似た感じの人と外人さんと、スタンドで話をする。外人さんは当てのない旅だそうだ。

湯沢で給油。 1800円 12リットル 約350キロ。

カナディアンロッキーという店で休んで、地図を見て只見YHに電話を入れた。3:30PMころ。

只見まで1.5時間ほどだ、と店の人が言うので走り出した。R17からR252へ。

田野倉ダムまで1.5時間ではとてもじゃないが行けない。地元の人たちはみんなが1.5時間というが、無理だ。

六十里越えトンネルを抜けてダム湖が見えたとき、ああやっと只見だ、と思っても少しもダムは来ない。なんてでっかいダム湖なんだろう、そう思うことしきりだった。

ダムで30分ほど休んだ。5時PMころだった。店は町営なのだろうか、閉めてしまっている。その後、只見町に降りた。YHに飛び込んでひと息ついた。

仙台から来た国鉄職員の人と2人だけ。女子高校生が4人勉強に来ていた。夜、彼とビールを買いに出て歩きながら飲んだ。昨夜は飲めなかっただけに天の水だ。ぐっすり眠れた。

夕方5:30只見YH着。T.M.12493 本日310キロ

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7月30日〔土曜日〕 曇り時々雨

只見YH を出るとき何とか天気は良かったのにR252を猪苗代に向かって走っている間にパラパラと来た。会津若松に出るこの国道の途中で雨具を着た。しかしすぐにやんだので脱いだ。さて、今夜は困ったものだ。泊まる宿が決まっていない。

とにかく猪苗代湖に出てみた。海みたいな湖だ。大きいから湖という感じはしない。汐の香りがしないから何となく味が出ない。

R252からR49にすでに移っていた。このあたりは磐梯朝日国立公園である。残念ながら一番見てみたい磐梯山には雲が掛かって見えない。

猪苗代湖から磐梯山の東側を回って裏磐梯に出た。五色沼に行ってみたが人ばかり。ひとつだけ沼を見て、駐車場でXL250の人と話し込んだ。筑波から来たとのことで、CB750にも乗っているんだそうだ。

天気が今にも崩れそうだ。2時過ぎ、ここを離れてR115に出て吾妻小富士のほうに向かう。土湯峠を往復して猪苗代湖を回っているR49に戻ってきてしまう。

YHはいくつかあったけど、今ひとつで、泊まる気になれず郡山へと降りてきてしまった。市内に入るとパラパラと降り始めた。駅前のほうに走ってみたり、戻ったりで、開成山公園というところで雨宿り。少しやんだから、また、大槻町を探して出発するけど、土砂降りに遭う。ガソリンスタンドで雨具を着て詳しい住所を探し当て、千鶴子さんの家の近くまで行った。

6時前だった。家に電話を入れた。それが家のすぐ前のボックスだったから、知らないって恐ろしい。7時半くらいまで待っただろうか。彼女は帰ってきてかなり強引に家に泊めてもらうことになった。

夜遅くまで話をしていた。夜というか、朝の5時くらいまで話していた。

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7月31日〔日曜日〕

朝起きると雨は上がっていた。お母さんとお兄さんと彼女と4人で食事を取って、写真を撮って、彼女を乗せて出発。猪苗代この方に向かうけどパラパラ・・・。ああ。

あぶくま洞というところがあると言うので、郡山市内を抜けてR49をいわき市の方に向けて走る。10キロほど走って、そこからそれてあぶくま洞へ。

雨が途中から強くなり私だけが雨具を着けた。三春町の方へ回って郡山市に戻った。

今夜の宿は、ワシントンホテルだ。バイクが心配なので駐車場に入れて荷物を降ろして・・・。

いつの間にか日が暮れていた。

夜には酒を飲んで、ホテルの階上でさらに食事をして、部屋に戻ったのが10時過ぎ。

バンダナを買ってもらった。思い出の多い1日だった。

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8月1日〔月曜日〕 雨のち晴れ

朝起きると雨だ。うんざり。もう走りたくないし、郡山を離れたくない。

けど、思い切って北に向けて出発。

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8月2日〔火曜日〕

唐桑YHから田沢湖まで。

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8月3日〔水曜日〕 雨のち晴れ

田沢湖から那須まで。

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8月4日〔木曜日〕

那須より安藤の家まで。

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8月5日〔金曜日〕

古里へ。日記は、中途半端で終わっている。記載することがなかったわけではないだろう。そっと自分の心の奥にしまっておくことだと思っていたのかもしれない。20年も前のことなど、断崖から飛び降りるなど、死ぬ間際に直面しない限り思い出せない…。

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