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2009年4月29日 (水曜日)

辿らせて。縺れた糸の行く先を

最近のつぶやきから
----------------

 辿らせて、縺れた糸の行く先を [2009-04-29]

縺れる糸をほぐすように、 少しずつ、うまくいくといいですね。 今はそう祈っています。


 ブルースを静かに気障にやってくれ [2009-04-29]

私はブルース調ってのはそれほど好きじゃないけれど、 言葉でいうといい響きやから、好きです。


 ため息と媚薬のような呟きを [2009-04-29]

つぶやきとため息。 そうよ。


 おはようと呟くだけで届いてる [2009-04-29]

おはようと、ほんとうはメールしたかったんだ。


 筆置いて夜のしじまにないて海鳴り [2009-04-28]

静けさの中で泣いている。 海鳴りの聞こえる鄙びた宿。
そんなかんじ。


 好きやって言うてはならないこともある… [2009-04-27]

解説不要や。


 どうして夢なんか見てしまったんだろう… [2009-04-27]

夜は長いなあ。 そしてまた明日も、やってくるんや。


 今日こそは好きだと言おう、チューリップ [2009-04-27]

いい感じ。明るくなってきた。


 こんな真っ青な空の下で、もしも二人で浜辺に行けたら [2009-04-26]

ぐっと、飲み込んでしまったね。


 夜が更けて、好きなんだけどキミのこと [2009-04-25]

深夜ってのは不思議な力を持っているな。


 鴨川ホルモー読み終わったよ。好きです、こういうの [2009-04-25]

いい作品。青春小説なんじゃない。


 花を生けていたあなたを想い浮かべる [2009-04-25]

これは、私だけの心にしまっておきます。

2009年4月28日 (火曜日)

足踏み

黄金週間は仕事やという人に対して書いたコメントから・・・・

ちょいと前に会社の名前を創業者名から横文字に変えてしまった会社で設計技師をしてましたが、
あのころは連休といえば必ず10日は確保して出かけていました。

今思うと、
バカみたいに、
そんなステータスを追っていたのは人生の足踏みだったかもしれないとさえ思います。

もっと、
世の中に恩返しをする仕事をしなきゃ、と思っていますわ、最近。

人ごみに酔いしれているのは、精神の貧困さと麻薬のような喜びで、やはり本質を見失っているのが、現代社会の片面だなと、切実に思います。

GWは
仕事をするか
流されずに有意義に過ごしたい。

2009年4月27日 (月曜日)

おバカなことで落ち込んで

今夜は
ちょこっと
落ち込み中。

旧友にメールした。♀。

---

おバカなことで落ち込んでいる私は
子どもだよん。
いいよん。
会社の可愛い
ちょっとどころじゃないほどに
思い入れている子に
今日
メルアドをきいたん。
OK!
で教えてもらって
ルンルンで帰って
家に帰ってメールしたけど
返事がこん!
まあ
そんなもんや。
チョイハネの
茶髪のショートのボブ。
可愛いんですよ。
20歳くらい歳が違うのが
ちょっとね。

2009年4月26日 (日曜日)

泣き顔のあなたを。気障に水割りで

プチハネのショートなボブのキミは、
石畳の坂道を歩いているんだ。
ヒールの音がコツコツとキミを追う。

坂道の途中でうしろを振り返ると街の様子が見渡せる。
そこはお気に入りの毎日の通勤風景で、森陰から結婚式場の教会の屋根が見えるんだ。

もう少し登ると坂道は石段に変わって、一番上からは海が見える。
空に浮かんだようにタンカーが見えることがあるのを楽しみにしている。

いつか、昔,
お昼休みに散歩に出かけて
海の見える秘密のスポットの話をしてくれた。

そんなときでも、キミは泣き顔で、
そうだ、キミの笑顔は泣き顔なんだね、って気づいたんだ。

ステキな笑顔と出会えた一日が終わっていったその夜は
ひとりでこっそりと乾杯をするんだ。

どうか、気障だと言ってくれ。
お礼に好きだと言わせておくれ。


 最近は、こんな感じの心理状態が続いていて、いわゆるテンションは沈みがちなところから少し上昇気味に変化し始めている。

 こんな真っ青な空の下で、もしも二人で浜辺に行けたら [2009-04-26]
 夜が更けて、好きなんだけどキミのこと [2009-04-25]
 花を生けていたあなたを想い浮かべる [2009-04-25]

などという呟きも残していることからも、この大型連休中に新しいドラマでも作り出せるといいなあなどと考えてみたりしてます。

私の思い浮かべる物語は、涙を溜めたブルースで、夢に描いたあなたのもとへいつか届けたい呟きなのかもしれません。

2009年4月24日 (金曜日)

 (ミニレポ) 琵琶湖岸+鳥喜多(長浜市)

  Iちゃんが先にしっかり日記書いてたので、ごらんください。Iちゃん、ありがとう!

Iちゃんのレポートのほうが、旅の雰囲気出てます・・・・ねえ。


  ◆[鈴鹿山脈を越える]

  10時に集合にした。豊橋から走って来てくれるというから感謝だ。安全にきてくれよ。まだまだ小娘なんだから。

  鈴鹿山脈をスカイラインで越えるつもりでいた。あまりの寒さに尻込みし、山のてっぺんを見上げては怯んでいたのですが、崖崩れで通行止めということで、即座に鞍掛峠越えに変更しました。 石榑峠はアカンと思っていたし、彼女バイクじゃ可哀想やし。

  ◆[琵琶湖岸は寒かった]

  とにかく、寒かったす。「さざ波」なんて洒落たものではない。水しぶきがシールドに掛かります。 でも、広いねえ。平日で車も少なく快適に長浜まで行きました。 寒くなければ、野鳥の公園とかも行って、奥琵琶湖も案内し、元気であれば敦賀のソースカツ丼、今庄の越前おろし蕎麦を案内したいのだが。 安易に、「鳥喜多」の親子丼。 噂のお店だけに、満足です。かしわ鍋も食べてしまった。

  ◆[関が原へ]

  あまりの寒さに、早々に挫けてしまいました。 関が原で、日向ぼっこをしようと決めてしまいました。 私の大好きな石田三成の陣地跡へ。 散策をして、くつろぎました。

  バイクで走っていると、話ができないでしょ。 あれってストレスですよ。 しかし、こういう時間を通じて心が通じ合うようになるんだろうね。 でも、私ら親子ほどの間柄にはそんなロマンはないわな。 娘よ、ついてきなさい!ってかんじ。

  ◆[揖斐川河畔(左岸)から木曽三川公園、長島方面へ]

  堤防道路は愉しいね。 ぼんやり、のんびり走れます。

  滋賀県から岐阜県へ、そして三重県へと来ると、気温も13度くらいから17度ほどまで上がってきて、何とか寒さから解放されました。 もう少し暖かくなったら、越前まで頑張って走ろうね。 温見峠方面にも行きたいなあ。 でかいバイクは難しいかな。

ひとりごつ、今夜は気障に飲みとうて

まあ、話したって誰もわかってくれやしないから、申し上げませんけどね。

私がどんなに嬉しかったかを、聞いて欲しいな。

ほぼ、1ヶ月ぶりに姿を現した彼女は、昔のままだった。

2009年4月22日 (水曜日)

泣き顔は蓮華の花にうずめよう

近所の田んぼでは田植えが始まっている。
ああ、そんな季節になっているのか。

その水田の横で、麦の穂がそろそろ出始めた。
そういえば、蓮華畑ってのはすっかり見かけなくなったなあ。

そんなことを、ぼんやりと思いながらつり革に捕まって景色を見ている。
田んぼの地面スレスレを燕がひゅーんと飛んで行くのが見えた。

桜が散ったなどといって、悲しんでばかりも居られない。

2009年4月21日 (火曜日)

訳あって、いや訳もなく一人飲む

淡い色の花びらは雨に打たれて散っていった。そのあとには静かにゆれる新しい葉が芽を出していても、わたしの心はそう簡単には切り替えることなどできない。儚く消えた数々の思い出が蘇ってきては去ってゆく。痛みを伴うといえばそうかもしれないが、もはや痛みとは呼べないほどにまで忘れかけてしまったものもある。それが、わたしの気持ちとして、悔しくて許せない。


 花冷えを詰ってそっと腕を抱く

4月4日の夜にそんなメモを書いている。「なじって」と言葉では簡単に言うものの、漢字で書くのを少しためらった。自分を少し苛めてみようと思って漢字で書いた。そんなささやかな気持ちがそこにある。


 花冷えをなじってみたい恋心

花が散るのを見上げていると、朧な春の公園を二人で歩いた懐かしい日々が戻ってくる。
何にも言わない、好きだとも言わないで花びらを見上げるあなた。もういいわ、黙って見つめて。
電車の走り行く音が小さな森の向こうからこだましてくるのが聞こえたわ。黙って見つめるあなたの優しさ。


ドラマは終わって、花も散った。
風に舞う花びらを美しいなんて言いたくないの。わたしにはちっとも美しくも鮮やかにも見えなかった。
あなたの手をいつまでも握っていたかった。


4月という月は、儚く朧な月なのですが、実はその影に激しいドラマがあった。その一部始終を、ほかの誰にも内緒にして…

 訳あって、いや訳もなく一人飲む

そんな夜を過ごしてみるのもいいのではないかな。

2009年4月19日 (日曜日)

鬼を棲まわせる

  鬼が棲む。

  人は心のどこかに鬼を棲まわせてなければならない。それは、鬼に見張られているという意味ではなく、自分が鬼を慕っているということだ。

  自分が成長して、自らの努力で実力が身についてきたとしても、常に自分を振り返る時間を持ち、第三者的または大局的に自省することが必要不可欠だ。

しかしながら、やはりいわゆる天狗になってしまうことは多い。

確かに天狗になることも必要だ。自信を持つこと、そして自分を褒め称えることは非常に重要なことで、偉業を成すときに、自負が無くては突き進まない。

  だからこそ、いつも心に鬼が棲んでいなければならない。鬼は何を思っているのだろう…立ち止まって考え、自らを見つめなおし、鬼を伺うのである。

  私の身近な所に、ちょいとジイサンになりかけの人がいる。定年を過ぎて2,3年。社会的地位の非常に高い職だった方なのですが、今はそれなりに肩書きを貰って先生と呼ばれたりしているのです。

ところが、ジイサンに限ったことではないのだが、心に鬼が棲んでいないなあ、と感じる。あらゆる行動を見ていても老人らしい「厚かましさ」や「無神経さ」が随所に出てきている。

  もう、この方々を叱る人はこの世には居ないのだなとつくづく思う。他人から指図を受けることなく、悠々自適で歩んでいる。

(怖いものなし、等という表現が相応しいか)
だが、輝かしい実績や経歴を否定しているのではない。

  「人の振り見て我が振り直せ」

  まさに、自分にも言い聞かせねばならない言葉なのです。 ジイサンみたいに「厚かましいなあ」と思われたくないし。

2009年4月18日 (土曜日)

春に咲く白きがゆえの悲恋かな

あのとき
あの人は
白い花ね
と言った。

私は
ふん
と言っただけで
花の話はおしまいになった。

けれども

私は
白い花のことを
別れてもなお
いまだに
忘れられなくて。


【タムシバ】


植木鉢の花が枯れかかっても…キミの姿は見えない

最近の呟きから

久しぶり、ひこうき雲が見えました [2009-04-15]

4月15日ころには、そんな風に穏やかな日々を送っていたのだが
この言葉の裏には、まあ複雑な思い出もあるのだ。

飛行機雲。
誰だって、見上げたことあるだろう。


さて、

 植木鉢の花が枯れかかっても…キミの姿は見えない  [2009-04-15]

小さな植木鉢の花を抱えて、
エントランスの花台に飾っていたあの人。

そのうしろ姿をじっと見ていたことがあったな。

笑ったときに小さくなってしまう、猫のイラストのような目だった。
会いたいなあ。
おーーい

2009年4月15日 (水曜日)

補助線を引けばあなたが見えるかな

ふと、
思い出した魔法のような言葉が、
「補助線」だった。

補助線を引けば…

あなたに逢える
あなたが見える
あなたを思い出せる

私たちは、
ちょっとしたヒントで
強くなる。

2009年4月14日 (火曜日)

散りゆくものを手のひらにのせてみる

冷たくて
寂しい
雨ですね。

ときどき
大きな周期でやってくる
誰にも話せない無力を
どうしようかと
考えている。

恋をするのが
一番かもしれない。

2009年4月11日 (土曜日)

日記には、桜が散りそめ、とだけ書く

日記には、桜が散りそめ、とだけ書く  [2009-04-11]

弱虫を睨んでそっと手を添える  [2009-04-08]

花を生けて、じっと静かに眺める  [2009-04-08]

バキューンとクールなぼくがキミを撃つ  [2009-04-06]

花冷えを詰ってそっと腕を抱く  [2009-04-04]


花冷えを詰って(なじって)みたい恋心

頭の中から、「詰る(なじる)」という言葉が抜け切れません。
人が人を詰る、姿も想像しますが、モノや現象を詰ることって、存在してもいいのだろうか。

単なる負け惜しみじゃないの。

負け惜しみ。
なるほどね。

負け惜しみと言われてもスキなんだ   …みたいな。

元気になりました(肘の痛み)

肘の痛みは、殆ど気にならなくなりました。

ご心配をお掛けした皆様、どうもありがとう。

そんで、

この歳なので、先日からオナカが痛くて1日休暇を取ったりして過ごしているのですが、まだ少しちくちく痛い。

おヘソの下付近です。

腸なんだろうと思って、トイレと仲良ししていたのですが、どうも、もしかしたら違うかも。

なんじゃー

膀胱?

前立腺癌。

(夫婦の会話)

― なあなあ、前立腺癌て、チンチン使いすぎるとなりやすいんやろ?

― でも天皇陛下もそうやろ。あの人は3回しか使ってないやろ。

― そうか…

― あんたは、使いすぎやし。急に痛いって、どこかで使こたんとちゃうか。

― まあ、ちょっとな。

ということもあって、

前立腺癌やったら、どうしましょ。

切ってしもうたら、愉しみ減るなあ。

2009年4月 4日 (土曜日)

私たちの出会いは、偶然で、そう…

私たちの出会いは、偶然で
そう、
別れは必然だった。

おバカさんばっかしでもなかった…

実は、1000円でバカみたいに喜んでいる人ばっかしかなと思っていたのですよ。

さらに、給付金もらって、総理大好き!なんていってる大ばか者ばっかしかと思って心配してたワケ。

「次の選挙はよろしくね」と触れ回りながら、お金を封筒に入れてポストに(各家庭に)配る行為とそれほど変わらないと、個人的には思っているので、それに釣られて浮かれていてはアカン。

金は戴くけど、選挙・政策を考えたら別問題。

そう言い切れるしっかりした人たちが残っているのか。

そういう心配をよそに、未来の政治や環境問題をしっかりと考えている人が幾らかいるので、まあ、捨てたもんじゃないなあ、と思ってます。

自分のことしか考えない社会。言い換えれば、自分が豊かになることしか考えない日常。

社会は、今のままじゃ、良くならないなあ。

奥深い所に潜む哲学的な話なのかもしれません。

2009年4月 3日 (金曜日)

明日は雨か・・・じゃあ明後日に

明後日、雨が上がったら出撃しようか。

久し振り。

美味しいお魚の丼を食べに寄ろうね。

2009年4月 2日 (木曜日)

消えてゆくもの

高速道路が千円で乗れるいうニュースを聞きながら排気ガスの心配をしていた。そんなときに、業務で鳥羽に向かう用ができたので、最寄の駅からJR線を利用してみた。

途中の駅で列車の待ち合わせの時間ができたのでホームを行ったり来たりしてみる。人影は殆どなく、3両編成のディーゼルカーのなかには乗客がゼロの車両もある。

20分ほどの待ち時間というモノを改めて考察してみる。もしも車で現場へ行けば渋滞もある。1回1分の信号待ちが20回で済むだろうか。

さて、排出したCO2のガスの量も去ることながら、この20分に環境の諸問題を幾らか振り返ることができた意義は大きい。


4年ほど前に名松線の終着駅(伊勢奥津駅)を訪ねたときの写真があったのでオマケに載せます。

40年前に蒸気機関車が走った時代の名残だ。

数両の客車連ねて、真っ黒の煙を吐きながら山間に消えてゆく姿を憶えている人は数少なくなってきた。

しかし、ガソリンを入れて騒音を撒き散らして走る車が同じように数十年で消えてゆくとするならば、千円で高速道路走って旅するより、鈍行列車で景色を眺めなら行くほうが未来的であるのか…とふとそんなことを思った20分だった。

石畳のこの坂道を、ほんとうはあなたと

 石畳のこの坂道を、ほんとうはあなたと一緒に歩きたい… 。

そう思いながら、桜の花がほころび始めている公園へと散歩道をぶらっとしてきました。昨日のお昼です。

風は、少し冷たいけど、速足で歩くと汗ばむ。一気に屋上まで駆け上がって海を見る。

ねえ、前髪をバッサリと…、気づいたよ

可愛いやん。

3月30日にそんな呟きを残しておきながら
あくる日には、

ぼくの大好きなあの人が、悩んでいる…

と、走り書きをしている。

時々刻々とわたしの心は揺れていたのが
いよいよ止まってしまった。

あの人の姿が、もしかしたら、しばらく見られないのかも知れないのだ。

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