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2009年3月 4日 (水曜日)

校歌 〔2003年3月下旬号〕

卒業式の季節が過ぎていった。我が家の娘さんも中3なので卒業だったのですけど、クラスのほとんどがそのまま隣の高校に進学するので卒業にセンチさはまったくなさそうである。山のように積み上げられた春休みの宿題に埋もれて不平を言い、幾分、投げやり気味である。

三角関数がわからないと泣きべそをかいていたかと思うと、わからんものは仕方がないとあっけらかんとしている。焦るわけでもなく嘆くわけでもなく、ただ楽天的な雰囲気でいる。

それならそれが一番いいと思う。長い人生のひとコマであるなら、目の前に難題が山積されていることなど何ら異様なシーンではない。

飄々としているけれど、実は悩んでいるというのが最も始末が悪い。しかし、私には実のところ、あの子気持ちなど計り知れないので、私が飄々として見せて、できなくてもいつかは何とかなるだろう、と言ってやるしかない。仕事がなくても私は飄々としている。そんな私が最も始末が悪いのかもしれない。

「疾風に勁草を知る」というではないか。私に本当の力があったならば必ずや芽を出すだろうと信じるしかない。本当の力とはなんだろうか。

さて、校歌の話を書こうと思っていたのだった。校歌を歌う季節となっています。皆さんはご自身の母校の校歌が全部歌えますか? 

私は幸いにも楽器に縁があって中学高校と吹奏楽部で演奏したため、すらすらと思い出せます。大学では少林寺拳法部にいたので、これまた新入部員は嫌になるほど歌わされました。

また、小学校の校歌というのも意外と覚えているもので、校舎も校歌も今はすでに新しくなっているけど、私の記憶には鮮烈に残っています。どんな思想であっても異なったイデオロギーを持っていても、そこで修学しようとする学生をたたえ、また学生は恩師に感謝の気持ちを抱き日々勉学に励むのが普通の時代だったころ、私は決してそんな優良な学生ではなかったが、多くの学生は校歌を歌ったのですね。

春になる。学校を去る人は次の新しい闘いの地に向かい、次なる学校に進学する人は希望に満ちて新しい学舎の門をくぐる。こういう怒涛の中に踏み出してゆく人の気合に触れていると、まったくの他人でもうきうきとしてくるから不思議である。未知なる荒波に呑まれぬようにしよう。

これを書き始めてあっという間に日日が過ぎた。桜も咲いた。小泉さん、桜の下で校歌(塾歌)を歌えばそんな意地のツッパリのようなことを言うのも恥かしいでしょう。福沢諭吉が泣きますぜ。

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